御札のオーラ
次回に続く、と言った展開など現実に起こるはずはなかった。俺達は覚悟を決める間を貰えずに札の貼られた机に近づく。
部屋のなかは妙に恐ろしげな雰囲気が流れている。階段を上っていたときよりも一歩一歩が慎重になってしまう。足が重い感覚と言ってもいいかもしれない。
「とりあえず俺が机を調べてみるから、神崎は下がっててくれ」
「……わかったわ、くれぐれも気を付けて」
「お前がいるから言われなくても無茶はしないよ。何かに巻き込むようなことはごめんだしな」
「あら、優しいのね」
「少なくともさっきのお前よりな」
「なによ、ひどいこと言ってくれるわね。私、天城くんのこと見損なったわ」
俺もお前の本質を見損なっていたぜ。
でも嫌いなわけじゃあないからな。俺も神崎も双方とも言葉の綾みたいなもので本当に評価を間違っていたということじゃない、ただのじゃれあい、冗談を言い合っただけ……俺はそう信じたいと思う。
「見損なったどうとかは今は置いておこうぜ。その前に済ませなきゃいけないことがあるだろう」
「そうね、じゃあ天城くんどうぞ」
にこやかな笑顔で送り出してくれる神崎。今から言う例えは分かりにくいかもしれないが、主に恨みを持った執事に送り出された気分だった。
「とはいえ、びくびく震えてても仕方ない。さっと引き出しを開けさせてもらおう」
俺は引き出しの取っ手を掴もうとしたところで思い留まる。嫌な予感がしたのだ。
俺には妖気を吸収する力があるが、机に貼られた札から感じる雰囲気を、嫌な予感として吸い取り察知したのかもしれない。
動かなくなった俺を見て不思議に思ったのだろう。神崎が俺に言った。
「どうしたの? 大丈夫?」
単純に動かないことに対する疑問と、俺の身を案じる言葉。
俺は何も無いかのように答えることにした。
「いや、別に何もないよ。ふと考え事をしてしまっただけだ」
そう言ってなんとなく机の裏を見てみる。と、そこには、
「札!」
「え、札があったの?」
「ああ、見事な罠だぜこいつは。取っ手の部分に見えないように貼ってやがる。気づかずに触っていれば何か大変なことになっていたかもしれないな」
気付いてよかった。
ただでさえ机に触れることで何が起きるかわかんないって言うのに、直接札を触っちまったら……、想像するだけで身震いが止まらなくなる。
「もしかしてそれも罠だったりして」
「え?」
神崎がやる気を削ぐことを言ってきた。
その真意は一体なんなのであろうか、もうなんでもいいので引き出しをがバッと開けたい気分だ。いや開けないけれどね。
「どうしてだよ? 頼むからまた不安になるようなこと言わないでくれよ……」
俺は聞いてみる。
神崎は聞いたことについてしっかりと答えてくれた。
「ただ札にさえ触らなければいいと思わせるために、取っ手に貼っておいたのかもしれないじゃない」
「まあ、確かにその可能性はあるかもな……」
「私はその可能性はないと思うけれどね」
「言っておいてそれかよ」
反論したい。何に反論したいのかと言われれば反論はできない。
「だってそんな無駄に凝った罠なんて仕掛けなくても、机に触っただけで作動する罠ならもっと隠れたところに貼っておけばいいだけだからね。引き出しの中とかにね」
「なるほど……」
「それをしてないってことは、これがただの何の変哲もない机だとか、札を貼った人物がそこまで頭が回らなかったとかそういうことでしょうね。無駄に複雑に仕掛けたいがために、最も強力でシンプルな方法を見逃している」
さすが神崎だ、随分と色々な発想を巡らせる。やるねぇ……。
「私の予測じゃ……いや、予言では札に触らなければ大丈夫よ。安心して逝ってきなさい天城くん」
「どうにも安心できない言い回しをされた気がするぞ神崎ぃ!」
例えるなら、行ってきなさいを逝ってきなさいに改悪された気がしたのだ。俺はまだ三途の川にも黄泉の国にも行かないし、逝ってきもしないからな!
「安心できないというのなら安心させてあげるわ。あなたの遺骨は私が必ず遺族に送りとどける。そう……例えこの身が朽ち果てようとも、守りきってみせるわ」
「なんかかっこいいこと言って俺が死ぬこと前提なのを隠そうとするな! 全然隠せてないからな!」
「ていうか隠そうとなんてしてないからね?」
「微妙に気を遣って隠そうとしているやつより最悪じゃねーか! 酷いことを言っている自覚すらないと言うのか?」
「そんなことどうでもいいから、さっさと引き出しをあけてくれるかしら? 雑談を楽しんでいる暇なんて私達にはないのよ、天城くん。それを早く理解してほしいものね、能無しになっちゃうわよ……ってもう能無しだった?」
「……なあ? どんどん酷い言動がエスカレートしてきてないか?」
俺はどんよりとした空気で引き出しに手をかけようとする。かけようとしたのだがそこで神崎が言葉で介入してきた。
「ちなみにさっきあなたが言った、酷いこと言っている自覚がないという発言についてだけれど、それは聞き捨てならないわね、納得できないわ。私にだって感情はあるのよ」
「感情どうとかの前に言わせてもらうぜ! 雑談を楽しんでる暇が俺達にはないと言ったくせに、雑談を始めようとするな!」
「楽しんでないのなら別にいいじゃない」
神崎の速攻の、まさに電光石火の返しに俺は衝撃を受けた。
「え、え? ちょっとまって、今までの雑談は全く楽しんでなかったのか?」
「ええ、そうよ」
「そ、そんな馬鹿な、俺はお前と楽しく話ができているとばかり……」
「ジョークよジョーク。冗談だってば」
「ん、なーんだ冗談かよ。びびらせるなよな……」
はあ、おぞましい。楽しめてないというのが本当だったらおぞましすぎる。
「随分と溜めに溜めて、引きに引いたんだから、今やるべきことをやりなさいよ」
「わかってるよ。今から開ける」
俺は机の下に潜り、引き出しの札に触れないように、机の裏を思うがままの不規則な軌道でなぞっていく。指を滑らせているとどこかに爪が引っ掛かる。その辺りを
探っていると引っ掛かりのある場所が分かった。
俺はそこに自分の爪を差し込んだ。差し込めたのは人差し指の爪のみ。
わざわざこんな変なことをするのは、取っ手が札によって使えない以上、取っ手に代わる部分を探さないといけないからだ。少しの穴でもあれば爪であけることができる。
「なんとまあ地道な作業なことか」
そうは言ったが地道にという言葉を用いる必要がないくらいに、引き出しはすぐに開いた。
「うまい具合に開いてくれたな、中身はどうだ神崎」
俺がそう言うと神崎は離れた位置から背伸びをして引き出しを覗く。警戒心からか
らだろう。
でも俺は既に近くにいるんだけどな。
「天城くん、中はとても残念なことになっているわ、多分非常にガッカリすると思う。だから早く残ったもう一つを開けようか」
そんなことを言う神崎。大方予想はつくけど念の為に見ておこう。
俺は机の下から出て立ち上がり、確認する。
「……」
「ね? ガッカリしたでしょ。次にいこ、次こそ何かあるでしょ。確かに罠――セキュリティにしては甘すぎるけれど、何も無いことはありえないと思う」
ということで何も入ってなかった。
俺は次の引き出しを開けることに行動を移す。そして、それも間もなく成功する。
「どう神崎? 今度はハッピーになれるか?」
「ちょっと待って」
神崎が先ほどと同じように引き出しを見る。
ただし、反応まで同じではなかった。
「んー、喜んで天城くん。今回は超ハッピーになれるわよ」
よかったね――と付け加える神崎。
「ってことは?」
俺は急いで机から這い出て、引き出しを見た。そこには、
「これは、本……か?」
「いや、どちらかというと日記、というかメモ帳じゃないかな? 私にはそう見えるけど」
メモ帳か。俺はメモ帳にしてはでかいと思うが、けど学校で使ってるノートよりは小さいからな。
「とりあえず見てみるか、わざわざこんな机にしまってるんだから」
「いや、止めておいた方がいいと思う」
「どうしてだよ?」
俺は神崎に問う。
「なんとなく……、もうここには用はないでしょ。早く帰って朽木さんと一緒に見ましょう。…………つまりその、嫌な予感がするのよ」
俺は神崎が言った言葉に共感をしていた。
こんなにすんなりと終わってくれそうにない気がするのだ。経験上、ただでメモ帳を持ち帰らせてくれそうにない。ここで読むにしてもそれを妨害する何かが起きそうで……。
「そうだな早く出よう。朽木さんと一緒に見た方が良いかもしんないしな」
俺達はすぐに家を出ようとする。神崎が先に、俺が後に続く。
と、ここで神崎が振り向いた。俺に何か言うことでもあったのだろうか、と考えたが、神崎の睨むような目つきを見て考えが変わる。と、更にこの瞬間、俺はただならぬ雰囲気を背後から感じた。
後ろを振り向くとそこには、
「な、なんで……あいつが……」
「天城くん、逃げよう……早く!」
予想だにしてなかった存在、というより予想も何も既に忘れてたのと同じだった。
だって、自分達はもう会うことも、関わることも、その名を口にすることだって無いと思っていたのに……。
何の運命なのか、何の偶然なのか、何の意味があってここにいるのか、俺には分からない。
俺達の背後に居たのは、少し前に俺達を苦しめた、あの忌まわしい骸だった。




