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疑問の嵐

「随分と遅いね、朽木さん。もう時間を過ぎてるのに何してるんだろ」


 ふと俺のすぐ傍にいた神崎がそう呟いた。

 神崎の独り言ではないが独り言のように言った言葉を聞いて、俺もそれに対して言葉を発した。


「まあ、そんな感じの人だしな。外から見ると真面目そうな容姿だけど、内面はユルいみたいな人だよ。……まあ多分、私用で遅れてるんじゃないかと思う」


 今、俺と神崎の二人は山にある神社のふもとにいた。惡ノ宮だ。


「私達が時間を間違えた訳じゃないよね?」


「ああ、それはないな。このメールには十時集合と確かに書かれてあるからな」


 禊ちゃんと十時に惡ノ宮に来てね──とのメールが朽木さんから届いたので来ているのだが、メールの主が一向に来ない。

 て言うか、あの人はどうやって俺のメアドを知ったんだろうか、教えてなかったはずなのだけれど。


「ところで一体何の用事なんだろうね、急に呼び出されて何か大変なことでもあったのかな?」


「それはないだろうなー、朽木さんにして大変なことだと言うのはそりゃ本当に大変なことだぜ? あの人はゲームで言うチートキャラ性能だから」


「チート性能って、つまりはサッカーで手を使っても反則にならないみたいなことよね?」


「そんなレベルじゃないな、それはあくまでルールを破っただけに過ぎない。朽木さんはもはやルールを自分好みに変える事ができる位だ」


「そ、それはすごいね」


 そこまで言うか……って顔をしている神崎。


「実際、本当にヤバイからな」


 付け加える。


「──まあ、そこのところは置いといて、今日俺たちを呼んだのには理由があると思う。多分なんだけど、大体予測はついてる」


「へー、じゃ何の目的で呼ばれたと思ってるの?」


 聞かれたので俺はすぐに答えた。


「神崎、お前少し前に髪の毛抜かれなかったか? 朽木さんにサンプルにとか言われて」


 俺がそう言うと、神崎は頭にハテナが浮かびそうな表情で首を傾げた。


「んー、……サンプルにとは言われたけど、髪の毛を抜かれたりはしてないかな?」


「え、あ、そう……。じゃあ髪の毛じゃないのなら何を抜かれたんだよ」


「いや、何も抜かれてないから!」


「じゃあサンプルにって何をやられたんだ?」


「ただの妖気。私から出てる妖気を貰っていかれただけだよ。もちろん、許可はしたけど」


「ふーん、そうなんだ」


「何その興味の無さそうな返事」


「別にそういう訳じゃないよ」


 ここで俺は軽く咳払いをする。

 チラッと腕時計を見て、話を変えることにした。


「それにしても、もうすぐ十一時になるな。俺達は一時間も待った計算になるんだぜ。これについてお前はどう思うよ神崎」


「天城くんはどう思ってるの?」


 即座に質問を質問で返してくる神崎。

 と、そんなときにまるで強者が現れたみたいな雰囲気が漂う。ザッザッと風と共に足音が聞こえる。俺達はその音の聞こえる方向に目を向けた。

 ここにやって来た主は、考えずとも予想できる……考えずともわかった。朽木さんが遅れてやってきた。


「やあ千九咲くん、禊ちゃん。随分と早いんだね、まだ待ち合わせの時間より少し前だって言うのに。それとも最近の若い人は十分前行動が基本なのかな?」


「……いえ……最近というか……朽木さんも十分若いし美人ですよ」


「う、うん、ありがとう」


「……そうじゃなくて──」


 思考を再度回転させる。


「一体何を言ってるんですか。全然早くなんかないし、約束の時間もとっくに過ぎてますよ」


 俺が呆れたように言うと、キョトンとした顔で朽木さんは言った。


「えっ、千九咲くんこそ何を言ってるんだい。約束の時間は過ぎてなんかないはずだよ、だって待ち合わせは十一時だよ?」


「いやー、でも朽木さん、メールにはこう書いてあるんですけど……ねぇ天城くん?」


 神崎が恐る恐るといった様子で、朽木さんに携帯を差し出しながら言った。ついでに俺にも同意を求めてくる。

 朽木さんはじっと画面を見つめている。そこには……携帯の画面には確かに十時と書かれてあった。


「……」

「……」

「……」


 三人が黙った。一拍、二拍、三拍と静寂が進んでいく。

 九拍目くらいだろうか、朽木さんがこの短な沈黙を破った。


「えーとですね、二人ともいいかい?」


「いいですよ」


「私も大丈夫です」


 朽木さんは一呼吸の後、言った。


「文字を打ち間違えちゃったみたいだね、ごめんね?」


 文字の上ではわからないと思うが、顔がデフォルメされて星マークが出てきそうなくらい、お茶目な謝罪であった。

 だけどこれは、「バカにしてんのか」てきなシチュエーションにさせようとしている訳ではなく、あえて軽い感じで謝ることによって、和みを与えて許しをもらおうとしているのだろう。

 だけどそういうのにまんまとはまってしまうのが俺だった。


「はあ……仕方ないですよね、打ち間違えなら。この事はもういいのて本題に移りましょう」


 神崎が少々驚いている……いや呆れているのかもしれない表情でこちらを見て言った。


「……ですかねぇ……?」


 まぁこんなところで時間を無駄に使うわけにもいかないしな。わざわざ呼び出して来たってことは何かしらの理由があるはずだ。


「じゃあ朽木さん、話してくださいよ、今日ここに……惡ノ宮に何故俺たちを呼んだんですか?」


 朽木さんは一度頷いてから言う。


「うん、それでは話していこうか。今日ここに呼び出した理由を」


 神崎は何を言うこともなく話を聞く態勢に移っているようだった。真面目な話に切り替わることは俺にも分かった。


「あえてこの惡ノ宮に呼んだのはここが普通の神社ではないからなんだ。この神社は普通の人間には認知できないようになってる、例え認知したとしてもすぐに忘れてしまう。そういう所なんだ」


「それっていったい……」


「この神社は昔、ある妖怪が創った領域なんだ。妖怪が何らかの作業をしているときにただの人間から干渉されないようにって創られた所らしい」


「ある妖怪って?」


 俺は質問を繰り出した。朽木さんはちゃんと答えてくれる。


「天狗。大妖怪である大天狗だよ」


 俺と神崎は驚きを隠せなかった。


「君達からサンプルを頂いて調べさせて貰った結果。二人の体にはどうやら術がかけられている事が分かった。千九咲くんには負の感情を催促させる物、禊ちゃんには発信器の役割がある術だ」


「……それって本当ですか? そんなものが俺達の体に何故」


「理由はわからない。だけれど、兆候が前々からあったと言えばあっただろう、幾らかそんな時があったはずだ」


「……」


 神崎は黙ったまま話を聞いている。


「さらに術をかけた主は天狗である可能性があるんだ」


「なっ……、いや、ちょっと待ってくださいよ朽木さん。あの天狗がどうして俺たちにそんなことを、天狗はむしろ俺達を助けてくれてる──」


「千九咲くん」


 朽木さんが俺を制した。


「いいかい、妖怪が人間を味方することは何か目的がある場合がほとんどだ。その目的は人間の利益になるようなことではなくて、自分の利益になるような目的でしかない。今まで天狗が君を助けてくれた……そんな出来事があったとしても、それは君のために君を助けたんじゃなくて、自分のために君を助けただけなんだ」


「はい……」


 確かに都合が良すぎた気もする。妖怪の中ではトップクラスの天狗が、ただの人間の俺をえこひいきに助けてくれるなんて。

 俺はただ頷くことしか出来なかった。


「天狗の目的を見つける、そのためにここに呼んだんだ。この神社を探れば何かあるかもしれない、仮にもここは天狗の住み処である可能性が一番高い場所だからね」


 数秒の間を空けて朽木さんは言う。


「だけれど、君達には別の場所に調査にいってもらおうと思う」


「別の場所に?」


 その瞬間、朽木さんが何かを放ってくる、俺はそれを片手で掴みとった。どうやら丸められた紙のようだけれど。


「開いて中を見てごらん」


 朽木に言われた通り丸められた紙を開き中身を見てみる。


「天城くん、何か書いてあるの?」


 神崎が俺の横から覗きこんでくる。

 紙には近くの町の住所が書かれてあった。


「……どこの住所ですか、これは」


 俺が聞くと、朽木さんは間髪いれずに答え始めた。


「昔、あるゴーストバスターが居たんだけれどね、そのゴーストバスターは天狗を追っていた。理由は分からないんだけどそれは血眼になって探し求めていたよ。でも、ある日その人は帰らぬ人となった……何年たっても連絡がこなくなり、居なくなってしまったんだ。これは他の同業者から聞いただけの話で、十年以上も前の事らしいよ」


「じゃあつまりこれは」


 この住所は……、


「うん、そのゴーストバスターの住んでいた家の住所だよ。ゴーストバスターは同業者同士でプライベートを探るのは駄目なんだ。だけど、君達なら調査することに何の問題もない。その家は今はもう空き家だから、さっさと入って出ていくだけなら周りの人も気にしないさ。……調べれば天狗について何かあるかもしれない」


「……」


「まぁ、これは単純な頼みだ。私のために天狗について調べてきてほしいというだけだ」


「分かりました……」


 朽木さんは惡ノ宮の奥の方に歩き出した。


「私はここで天狗について調べながら、二人にかけられた物の除去の術式をひいてるよ。何かあったら電話でもかけておいで、番号は送っておくから」


 ああ、それと──と朽木さんが続ける。


「気を付けて」


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