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思い出の場所

 火紅涅と一緒によく遊んだ公園、それが彼女の心に深く残っているかいないかどちらかと聞かれると、それは分からないとしか答えようがない。他人の気持ち、心、考えは本人以外には知りようがないのだから。

 それでも何か答えるとするなら、それはあくまでただの予想に過ぎないが、ふと思い出せる位の思い出だと思う

深くは残ってないけれど、思い出が忘れられているということではない。

 俺が考えてみても、火紅涅と関わってきた中で深い思い出というのは、この公園よりも他に印象の強い出来事や場所がある。

 それでも火紅涅がこの公園に居たというのは、俺にとって何でもないような記憶が、彼女にとっては特別な記憶であったということなのだろうか。

 まあ、ただの確率であることも否定はできない、偶然にもこの公園に生み出されただけかもしれない。天狗が言っていたからな。

 にしてもな……、


「全く……何でこんなところで寝てんだか……。どこかの野良猫かよ」


 自分なりの精一杯の馬鹿にするような笑い。それと共に公園のベンチに可愛らしく丸まって眠っている火紅涅に、俺は言った。

 俺はまるで彼女が狙ったかのようにわざとらしく空けられているベンチのスペースに座り込んだ。ギリギリ一人分ってところか。

 変なことを考えた訳でもなく俺は火紅涅の頭を軽く撫でてみる。


「良かった……本当に生き返ってて……、にわかに信じがたいけどな。まあ、チート野郎の力に信じるも信じないもないよな、そんな奴なんだから。妖怪なんかと関わったせいで適応力が上がった気がするぜ」


 なんて独り言を連ねる俺。

 今度は少し強く、擬音で表すならそれはもう「わしゃわしゃ」って感じで撫でた。もちろん火紅涅の頭をだ。

 サラサラの綺麗な髪からとてもいい匂いが香る。もっと匂いたいって位の……。何だか変態染みてる気がしてきた。

 撫でるのを止めて、俺は火紅涅を眠りから目覚めさせるために揺さぶった。出来る限り強く、それでいて強すぎないように。


「おーい、こんなところで寝てたら風邪引くぞ、早く起きろ火紅涅ー」


 火紅涅の体を揺らしていると、彼女の瞼がゆっくり開いてきているのが分かった。


「おはよう、良く眠れた?」


 こういうシチュエーションでよくありそうな定番のセリフを言ってみる。

 火紅涅は目を一瞬だけこすって、体を静かに起こしていった。


「……」


「……」


 静寂。と思われた瞬間だった。

 静寂が訪れる前に目を覚ました火紅涅が俺に抱き締めてきた。


「夢……だったのかな」


「何がだ?」


 消え入りそうな声で呟かれたその言葉の真相に俺は近付こうとする。抱きつかれていることに関しては特に言及はしない。俺達にとってはそこまでおかしいことでもないし、それに状況が状況だったから。


「詳しくは覚えてないんだよね。何の目的かは分からないけど、千九咲と二人で歩いてたらトラックに轢かれちゃった夢。夢にしてはすごくリアルな感じがして、見えるもの全てが現実味を帯びてる感覚で、とても……とても痛かったな……。はぁ、鮮明に思い出したくないや……」


「それは…………すごい夢だったな……。別に思い出す必要なんてねぇよ、嫌な夢を無理して思い出す意味なんてないからな。だって所詮はただの夢だったんだから」


 どうやら火紅涅は事故のことを夢だと思っているみたいだった。そっちの方が都合は良いけれど、このまま何も思い出さないでくれたらいい。こういうことには、何も関わって欲しくはない。


「……っ……ぐ…………んぐ」


 火紅涅が嗚咽をあげて何かをこらえる。その嗚咽すらもこらえようとしているのが分かった。

 だけれど結局耐えることはできず、彼女は涙を流すこととなった。


「うわぁぁぁぁ……ううっ……」


「大丈夫だよ……大丈夫だよ」


 俺はただ火紅涅を強く抱き締め返し、「大丈夫」とただ耳元で言い続けた。


 たったの数分間だけではあったが彼女は泣き続けた。涙を流し続けた。

 そして彼女が落ち着いてきた時、俺は言った。


「すっきりした?」


 火紅涅は無言で頷いた。


「ごめんね。ただの夢なのに、所詮はただの夢なのに、それが本当にあった現実みたいに思えて怖くて恐くて、夢の中で千九咲とはもちろん、お父さんやお母さん、他の友達にも二度と会えなくなると思ってたから……。でも良かった、本当の事じゃなくて」


「別に謝るようなことでもないよ。俺だって変な夢を見て勝手に悲しんだりすることはあるし、ただの夢で泣きたくなることだってある」


「うん……ありがとう」


「夢で……良かったな」


 と、ここで抱き締めあっていたことを思い出す。何だか冷静になると恥ずかしくなってくる。

 火紅涅と目が合う。俺達は二人ともほぼ同時に俯いた、若干火紅涅が早く。

 俯くと俺は火紅涅に触れていた手をパッと離した。それは彼女も同様だ。


「に、にしても火紅涅……」


「な、なに?」


 俺は俯きながらも横目で火紅涅を見ながら言った。彼女は俯いて、顔を手で覆っている。


「何か体におかしいところはないか?」


「ないよ……別にどこもおかしくない。すごく正常だから」


「……そうか、それならいいんだ」



 ──今回の出来事で火紅涅に刻まれたのは死の恐怖、痛みへの恐怖、孤独の恐怖、沢山の恐怖を刷り込まれた。彼女が夢であると思っている分、色々とたちが悪い。現実だとおもってないからこそ、その恐怖が潜在的な能力のように、深く押し込まれてしまう。

 自覚のないまま彼女に襲いかかる恐怖。それは自分の身に隠されているもので、思い出せない、思い出したくない記憶が恐怖の元。

 夢だとわかっているのに泣いてしまうのも無理はなかったのだ。

 しかも記憶になくとも実際に体験している訳なのだから。


 まぁ、ともかくだ。

 希面火紅涅は無事生き返ることに成功した。

 それだけで十分である。

 生きてくれただけで十分である。



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