復活の願望
証拠もないのに第三者が起こした事故だと決めつけるのは、確率が上がるにせよ上がらないにせよ、言いがかりに似たものであった。
だけどその言いがかりの行為を発想してしまった時点で、俺の頭の中は真犯人を探すという考えだけになっていた。
まあ、それは間違ってはいなかったのだが。
「何かある……? どうも変な感覚が……」
俺は周りをよく見る。周囲をじっくりと見回した。
特に気になるような物もなく、いつもの商店街道があるだけだった。いや、人が居ないのは気になるけれど。
「あ……まさか……」
周りを見渡しても一つだけ見てない所があり、それは何かと言ったら自分自身。俺はポケットなどを探ってみる。
そして懐にしまっておいたバンパーの欠片を取り出してみると、欠片は薄い緑色に光っていた。
取り出すことでさらに違和感が高まる。
どこかで感じたことのある何か。
「これって妖気……だよな?」
妖気……妖力が拡散して薄まったようなもの。それがまるで車の錆びのようにバンパーにこびりついていた。
「……普通トラックに妖力は無いよな……。仮にあったとしても、それは間違いなく外部から力をねじ込まれたとしか思えない。やっぱり他の何かが関係してるんだ……」
俺がそう確信したとき、まるで見てはいけないものを見たような気分になった。そして見てしまった者を問い詰めるかのような雰囲気が全身を包み込んだことも理解する。
咄嗟の反応で俺は後ろを振り向く。
人ではない気配を察したからだが、本当に人ではなかったらしい。
だってそこに見えたのは大きな赤い影がだったから。
赤い妖怪、天狗だ。
「天狗……」
ずっとそこに居たかのように当然といった表情の天狗。その不気味な面で俺を見ている。
「久しぶりだな……」
「……これ……この妖気はお前のものなのか?」
俺は突如として現れた天狗にバンパーを突きつけた。いきなり出てきた奴に臆すことなく行動に出れたのは、それほどまでに俺が本気だったということだろう。
「…………いいや、違うな」
数秒、間をおいて言った否定の言葉。
正直残念であった。
「て言うか、何でお前こんなところに居るんだよ。早くどこか行けよ、見せ物でもないんだぞ」
俺は一瞬火紅涅を見て話す。天狗が彼女の死体を見ているのが分かったからだ。
「ふむ、ここにいる理由は単純だな。何かが事切れるような感覚がしたからそこに向かったというだけで、他に理由などない。それにどこかに行かない方がいいと思うぞ? 儂ならお前の望むことを叶えてやるのも可能だ」
「どういうことだ?」
これは全体的に疑問だった。事切れるような感覚を感じたこと、望みを叶えること、疑いを持たずには居られなかった。
「分からないのか? 儂の神のごとく力を……、実際には見ずとも既に知っておるだろう」
「ま……さか……」
望みを叶える力。そんな万能な能力ではないが、万能じゃなくても叶うこと。奴の力が全知全能でなくとも叶う願い。
「でもそんな……いや……ありえないだろ……」
奴の言っていることとはつまり、
「生き返らせる事ができるって言うのか?!」
天狗は笑う、嘲笑うような顔で笑う。
「そういうことだ、その程度の事ならば至って普通なのだ」
……信じられないけど……確かにあり得ることだった。詩乃音や神崎の証言から分かる、彼女らは天狗の所業により生き返ったということ。
「お前は……火紅涅を……希面火紅涅を生き返らせてくれるって言うのかよ?」
「ああ、そうだ。お前とは最近会った馴染みもある。ここは儂自身の気まぐれに興じて生を与えてやる」
気まぐれとは言うけれど……本当にただの気まぐれで助けてくれるのか?
「何か……」
「なんだ?」
「変なこと企んでるんじゃないだろうな? 俺に何かさせるつもりだとか、生き返らせた後に火紅涅に何かするとか。だって何の見返りもなく人を……死んだ人間をまたこの世に戻すなんて」
「お前は誰かを助けるときに常に見返りを求めているのか?」
俺は天狗の言葉を聞いて、最もだと思った。
常に見返りを求めて人を助けるなんてのは……、少なくとも天狗はお礼などを欲しいと思って、助けようとしているのではないのだろう。
「要するにボランティアだ。無償でやっているのだ。そもそも助けてやるといって助け、謝礼を要求するなど傲慢だとは思わぬか? 助けたいから助けたのではないのか? 見返りなど求めず、ただそこに困った奴が居たから助けたいと思ったのだろう? 仮に見返りをくれる状況になったのならば、それは助けた者が望んだのではなく、助けられた者がお礼がしたいと望む状況であるべきだ」
「……」
一分一厘反論不可能の超真っ当な正論。正義の名の元に生まれたといって良いほどのセリフである。誰がなんと思おうと、なんと侮辱しようと、俺はこの天狗に尊敬を感じた事を隠さない。
人それぞれの考え方はあるけれど、俺はこの天狗の言った考えに信仰を持ちたいと思うほどその通りだと思ったからだ。
「本当に……火紅涅を……火紅涅にまた生きて会えるのか?」
「もちろんだ。化け狐としてだがな」
「それでも……あいつが生き返るなら……」
俺は願った。今は血の臭いにまみれたどす黒い彼女と、今度は血の臭いなどない生気を持った彼女と会えることを。
「良いだろう、こいつを復活させてやる。少し待て」
そう言うと天狗は火紅涅の死体に手を伸ばす。すると、天狗の手から黒い妖気が出ていき、火紅涅を包んでいく。他人の視点から見たなら、これはもう今から彼女が大変なことをされるみたいな様子だった。
どうやら数分そこら時間がかかりそうだ。俺はその時間の間、天狗に問うことにした。
「なあ、お前はさっき自分の考えを言ったよな」
「……ああ、言ったな」
「助けたいから助けるってことだけどさ、お前はどうして俺を助けたいと思ったんだ? 何か特別な理由でもあるのか?」
「……特別な理由だと?」
少し天狗の反応が変わった。
「そうだな──例えば、俺が幼い頃お前と会ったことがあって、実は友達だったりとか?」
ここでカマをかける。どうして助けたいと思ったか、それと同時に小さい頃に出会った事があるのかを確認する。
二枚刃のような質問。
「……」
「……」
天狗は答えない、互いに口を閉じ黙ったまま。
なんとも言えない空気が流れている。これは悪い雰囲気だ、なんとも言えないだなんてうやむやな物でなく、明らかに不穏な空気が流れていると今理解した。
「忘れて──」
──忘れてくれ、誰かが誰かを助けたい理由なんてそれぞれだもんな。わざわざ聞くことでもないよ──と言いたかったのだが、それを遮って天狗は答えた。
「──哀しみの感情を感じた、その発生源がたまたま知ってた奴だったから。可哀想だと感じただけだ。何にせよ儂が、お前が幼き頃からの馴染みだったというのは絶対にあり得んな。儂にはそんな記憶など一切ないしな」
「……」
ちょっと呆然というか唖然というか、悪い意味ではない。びっくりしただけで意外だと思っただけだ。
「天狗は……お前は結構優しいんだなぁ」
俺が笑って言うと、天狗はふんと鼻を鳴らしそっぽを向いた。かわいらしい表現だけど姿が姿なので、可愛いとかそうはいかないな。
「──…………終わりだ。蘇生完了と言ったところか」
天狗が突拍子に言った。
そこで俺は、火紅涅の体が消えてしまっていることに気付いた。
「終わりって……おい、火紅涅はどこに行ったんだよ? 何で消えちまったんだ?」
「蘇生したところでその場に復活すると言うわけではない。確かにその場に出てくることも多いが、三割程度の者は生前の記憶の中で思い出深い場所に出てきたりするのだ」
三割ね……こいつは何度も人を生き返らせた事があるのか? 今はどうでも良いことだが、それよりも火紅涅の事が心配だ。こんな風にあっけなく死者が蘇ったが、それはあくまで蘇ったらしいということで、実際に見てみるまでは分からない。
嘘かも知れないと正直思っている。何だか妙に淡々と進んでいる上に、味気のなさすぎる展開だから。それは俺の思い違いで、こういう事ほど案外何事もなく過ぎるものなのかも知れないが。
「……ありがとう」
「礼には及ばん。むしろこっちの方が利益があるといっていいほどだ」
「何だそりゃ、そんな威風堂々と言われても」
胸を張り自信に満ち溢れているような天狗。大国の独裁者のような感じだった。
思わずひきつった笑いが出てくる。
「──役目も終わったことだ、儂はもう行くぞ」
早々にこの場を立ち去ろうとする天狗。俺はすぐに引き止めた。
「ち、ちょっと待ってくれ!」
「なんだ?」
天狗は動きを止めて俺を見る。
「これ、調べてほしいんだけど……大丈夫か?」
俺は妖気の付いたバンパーを差し出す。
天狗はそれを迷うことなくすぐに受け取った。
「これに付いた妖気がどの妖怪の者なのか調べてほしいんだ。火紅涅は生き返ったんだろうけれど、それでもどうしても犯人を捕まえたいというか……、もし妖怪がこの事故に関わってると言うなら俺は…………」
「わかった、良いだろう」
「本当か? ありがとう。もし調べ終わったら俺に会いに来てくれ、何かしら連絡をくれるだけでもいい」
それを聞くと天狗は一瞬でどこかに飛び去った。
「……行ったか」
これで事故の対策は大丈夫だろう。
実は、俺は実際天狗がこの事故に関係してはいないというのを百パーセント信用していない。だから、バンパーにこびりついた妖気を調べてもらうことにした。
天狗が犯人だと仮定しこびりついた妖気も天狗のものだとするなら、恐らく天狗は他の妖怪の妖気だと偽ってくるだろう。なので俺は付着していた妖気の一部を指で拭った。ある意味賭けではあったが上手く指に妖気が付いてくれたようだ。これを朽木さんに調べてもらうことにする、そして天狗の妖気だと発覚すれば、次に天狗と会うとき奴が妖気を偽ってきても嘘だと分かる。つまり、完璧に何かを隠しているということが分かる。
他の妖怪のものならそれはそれで良いし、天狗が居ないときに何か話したい事や聞きたい事があったりしても必ず一回は会える。それに──
「アイツの態度……何かおかしかったよな……」
天狗が善か悪かは後々分かるだろう。
今は早く火紅涅を探さないと……。本当に生き返っているのだろうか。




