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不確定の凶行

 目の前で幼馴染みがトラックに轢き逃げされた。

 言葉がでない状況。言葉にできない状況。言葉にしたくない状況。

 何かを嘆くこともなくただ見つめているだけ、完全に完璧に本物の呆然とした状況。開いた口がふさがらないとも言える。

 そんなシチュエーションであったからこそ、俺は自身の体をすぐに動かすことができなかったのだ。

 その瞬間と直後の硬直、他人の様を見ているような感覚が消えるまで、体感的には分の時間。実際には秒の時間がかかった。

 自分に大きく関係する事が起きたと、ようやく意識的に理解したところで、俺は道路に横たわる無惨な状態の物質に駆け寄った。

 もうあれはただの物質で物体である。だなんて事は言いたくなんかなかったけれど、それでもあれを彼女だと称するよりはましだった。

 近寄ってわかる。俺の視界にあるのは、紛れもなく正真正銘幼馴染みの希面火紅涅本人だ。紛れもなく希面火紅涅の体だ。そこには生気のかけらもなく、死体であることに間違いなかった。

 普通ならここで死体に無意味な呼び掛けを行ったりするのだろうが……、俺が行ったのは無意味な救援を要請する行動だった。

 誰か居ないか──という言葉が途中まで口に出たが、俺はすぐに唇を噛んで言葉を呑み込んだ。

 周りには誰も居なかったのだ。こんなときに限って、助けを呼ぼうとしているときに限って周囲には人が居ない。すぐに他の方法に移り、携帯で救急車を呼ぼうとしたが、ポケットを探っても何もない。偶然なのか神の悪戯なのか、本当にこんなときに限って携帯を忘れてきたようだ。持ってきたような気もするのだが、運悪く落としたか……。


 これ以上死体になった火紅涅を見ているのは精神的に辛く、俺は目線をできるだけ逸らすようにした。

 目線を逸らす行動の一貫で横を向いた。するとそこには何かの破片が落ちているように見える。目を凝らしながら近づいてみると、そこに落ちていた破片がトラックのフロントバンパーの一部だったことが分かった。

 脆くなっていたのだろうか、普通は簡単に壊れてくれない物だと思うが。しかし、これで車種を絞りこむことができ、轢き逃げの犯人を追うことが容易になる。


 助けは呼べなかった。ヒントは入手した。今できることは、何処かに走り誰かを呼ぶこと。若しくは、火紅涅の傍に寄り添ってあげること。

 火紅涅に近くに居てあげたい──ではなく、居たいと思った瞬間、俺はようやく自分の感情を感じたのか涙が道路にこぼれ落ちていた。



「……なんでだよ……、ふざけんなよ……」


 彼女はここで死ぬ。それは最初から決められていたことなのか?


「それは……違うよな。そうだ、轢き逃げ野郎の過失だろうが……火紅涅は何も悪くないし決められていたことでもねぇだろ」


 責めるならトラックの運転手じゃないかと自己解決した。

 殺してやりたいと切実に思い願った。


「まだ、何も言ってないのに……。ごめんな火紅涅……俺のせいでもあるよ……。馬鹿みたいに考え込まなきゃ良かったんだよ、ずっと雑談でもしておけばお前が横断歩道に出た事に気づけたはずなのに」


 罪悪感が込み上げてくる。自分に大きな責任がかかっている。


「もっと……もっと生きたかったよな……。ちゃんと自分の人生を歩んで行きたかったよな。……女性としての一生を楽しみたかったよな……好きな人できて、恋人つくって、結婚して、子供できて、いい家庭つくって、そんな願望だってあったはずだよな……。ごめん……ごめん……ごめんね……」


 時間にすれば数十秒。たったの数十秒ではあるが俺は黙って火紅涅に泣きついていた。馬鹿みたいに子供みたいに泣いて。

 俺の中には悲しみではなく怒りが……確実に生まれてきていた。

 俺は自身の感覚がおかしいと思った、麻痺しているのではないかと。知り合いの事故に立ち会いながらもここまで冷静で居られるのだから。……怒る自分をどこかなだめるように見ている、冷めた自分がいるのだ。

 俺が泣きじゃくるのをやめて立ち上がった時だった、立ち眩みのように一瞬バランスを崩しよろけてしまう。

 バランスを崩した原因が足下にあると感じ、俺は足の周辺を見てみる。すると、俺のかかとの部分と火紅涅の手が触れていた。死体が俺の足を掴んだという訳ではないだろうが、「行かないで」という意思が伝わってくるようでもあった。


 引き止めようとしている風な姿を見て、俺はふと思う。


「そういえば……お前……」


 少し前に火紅涅の言ったことを思い出す。それは特別な話やセリフでは無かったが、この状況で違和感を感じさせるには十分の言葉だった。


「……さっきも俺を引き止めようとしたよな……?」


 既に矛盾点はわかっている。理屈をこねられたらそこで終わりだけれど……。


 火紅涅は……俺は引き止めた。

 他には何もない。

 ただ、引き止めた。

 気を付けて、と俺に注意を促したのだ。


 ここが問題である。気を付けてと言った本人が、車が来ているのにうっかり飛び出して轢かれる、なんて事はあり得るのか。いや、あり得ない。彼女がそんなドジを踏むことはない、と俺は確信している。

 何故なら火紅涅は普通に普通なのだから。確かに人とは違う部分もあるけれど、至って普通だ。普通な所は普通なのだ。ここまで強調した普通ということ。それは彼女が真面目であることを示し、彼女が車の有無を確認せずに信号無視をする、という凶行に出るような人ではないことを表している。


 つまり、僅かな可能性でしかないけれど、この事故は、


「第三者の起こした物である可能性がある……」


 確率論で言えばもう0と言って良いほどの確率であったが、次に見つかるヒントで数字が大きく跳ね上がることになる。

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