手段と真紅
彼女の涙は、彼女の悲しみは、苦しみは……、俺が助けたいと思うに十分だった。自分でも分かってる、俺はお人好しなので、どっちにしろ助けようとしていただろう。
だけれど、そう言う事ではなくて。ただ助けたいではなくて。悲しみや苦しみから救ってあげたいという、目的のある救い。そう思える事が…………。
……彼女は逃げている、自分を狙ってくる妖怪から。どういった経緯かは詳しく分からないが、何らかの理由、きっかけで彼女が元人間だと言うことが周りに知れ渡っていった。
そもそもで、何故妖怪が人間を嫌うのかは分からない。人間が妖怪に対して、極悪非道な事をしているとでも言うのだろうか。でも、妖怪という特定のものに関われる者は、この日本でも幾人かしかいないだろう。多分。
「なあ詩乃音……今頃だけど、なんで俺にはお前が見えるんだろう。俺は今まで幽霊なんてそういうのは見たことも感じたことも無かったんだけどさ」
彼女は少し俯いて言った。
「……それはもしかしたら。……私が天狗に狐にされて間もない頃、妖怪が人間に目撃されるっていうのが絶えなかった時があったのよ。それで、ある妖怪が言ってた……世界の霊的バランスが崩れかけてるって……」
「霊的バランス……。まあそれについては考えてても仕方がないよな……そのことは後回しにして……」
夏川詩乃音……彼女をどうすれば救えるのか……それを考え、いち早く行動し危機を乗り越える。幸いにも夏休みなので自分の社会的心配は特にない。
と、考えていると詩乃音がふと呟いた。
「鬼……」
「鬼……? 鬼がなんだ?」
「今回、私を襲ってきたのは鬼の妖怪……妖怪としての力は低い個体だったけど……何故か力が出なかったの……」
俺はキョトンと首を傾げる。
「私は妖怪として生き返らせてもらったから……、妖怪としての力を持っていた。今まではその力で、襲ってくる妖怪たちを追い払ってきたんだけどね。今回は、出力が制限されてる感じで……全く思い通りの力が出せなくて……」
「……」
俺は黙って立ち上がり、自室のベッドに寝かせた詩乃音を横目に、ドアノブに手をかけた。
「どこ……行くの?」
「ちょっと外にね……詩乃音はもう少し休んでなよ。──俺なりに何か考えてくるよ、せめてお前がその鬼から逃げれるように。分からないことをうだうだ考えていても仕方ないからな」
俺はそう言って家を出た。
──数分後……俺は商店街のベンチに座り込んでいた。
「──せめてお前がその鬼から逃げれるように……なーんてカッコつけて出てきたのはいいけど、実際どうすればいいんだ? 俺は妖怪とか霊とかそっち方面には……て言うかどの方面にも精通してないし……。いや、知識はあると言えばあるよな……斑のように所々程度の知識だけど」
俺はそこそこの成績を叩き出せる脳を、できるだけこねくり回して思考判断していた。
詩乃音を救うには幾つかの方法がある。それは詩乃音の力を取り戻すこと、二つ目は俺が何とかして鬼を倒すこと、三つ目は詩乃音を鬼から離れた場所へ逃がすこと。
出来れば一つ目がいい。二つ目はちょっと難しい。三つ目はまあ無難と言ったところだろうか……。
「霊能者がいるとするなら寺とか? て言うか寺は霊能関係にあるのかな……まあ仏教だから一応……。あっ、神社の神主さんとかいいかも」
少し頭の悪いアイデアを張り巡らせていると、赤い影が通りすぎ、同時にそれを追いかけるように一瞬のつむじ風が吹く。
それは偶然、奇跡という偶然、偶然という奇跡。狙い済ましたかのような──違う、そこにはある意図の隠された、狙い済まされた偶然があった。
すぐに影の方を向いた俺の視界に映ったのは、ある生物の後ろ姿……斜め後ろというのが正しく、その生物はなんとも異形で真紅の体に大きな翼を生やし、何よりも俺の視線を引いたのは……大きな鼻──天狗。
──どうして、こんなとこに──
断片的な思考が始まる前に俺は既に立ち上がり……そして、叫んでいた。
「ち、ちょっと待てッ!」
戸惑いと共に立ち尽くす俺と同じように、天狗も動きを止める。ここは商店街で人もたくさんいたはずなのに、今は俺以外には誰もいない。
天狗はドスのきいた低い……でも何故か優しさの籠っているような声で言う。
「お主……儂に何か用か?」