朽木さんの御話
その場を後にして、俺達はそこらを歩きながら話すことにした。
「──朽木さん、話してもらいますよ。何で連絡の一つや二つ、何もしてくれなかったかを……、骸の事とかとても気になっているのに」
今、俺と朽木さんは二人で並列に並んで歩いているのだが。どうしてかな、俺は朽木さんの左に居るのに、彼女は右を向いて言葉を発した。
「あー、千九咲くん。実は言うとだね……」
「誰も居ないですよ、そっちは」
「知ってるよ、そんなことは。何となくの気分だったのさ」
なんだ、気分だったのか。
例えるなら──漫画家とか小説家がシナリオを考えているけど、何も思い浮かばないので、とりあえずてきとうなトークシーンを入れてみた──のような気分だったんだろうな。
て言うか、そんな推論や議論をするために本屋を出たのではないぞ。
「千九咲くん、このあと私も用事があってね、手短に頼むよ。まあ、私も千九咲くんに話すことがあるにはあるんだけどね。それもできるだけ早めに終わらせるから、互いに善処しよう」
「……そうですね。俺も俺で友達にお土産買ってあげなきゃいけないし、時間も押してますからね」
俺達の利害は一致したようだ。
まあ、朽木さんはそもそもで、俺に今日会う予定はなかったので、今から俺と会話をするのは予定外のことで、予定が狂っているといえる。狂ったのは俺のせいとも言え、そう考えるなら利害は完璧にバランスがとれているとは言えない。
「じゃあ、どうします? どっちから話しましょうか?」
「そうだね、まずは千九咲くんから話すといい。君の方が早く聞きたいことがあるのだろうし」
朽木さんはそう言って歩を進める。少しだけ歩くのが速くなった。
「俺が聞きたいことって言うのは、結局あの骸はどうなったのかということと、神埼はこの先あんなのやあんなことに巻き込まれたりはしないかという事です。あくまでそれが主ですかね、聞きたいことは沢山ありますけど、時間がないならそれを優先してくれるとありがたいです」
自分で例えるなら、取引先との会話をイメージして言ったつもりだ。そう、朽木さんを催促するために、冷静に機械のように淡々と言ったみたいな──つもりだ。
「なるほど……なるほど。分かった」
──と言って何度も頷き、朽木さんは続ける。
「私が話したいと思っていたのも大体それだ。他にも言いたいことはあるけど──だけど、とりあえずはその事について言わないとね」
「……お願いします」
俺は数センチ程度頭を下げる。
語ってくれることへの、形式的な謝礼。
「……骸についてはもう心配しなくていいよ。あれは消えたから」
「消えた? あの骸は死んだって事ですか?」
「いや、死んだんじゃない。消えた、文字通り消えたんだよ。私が展開した術式でとどめをさそうとしたけれど、直前で持ち主の所に逃げられたようだね」
逃げられたって……それじゃ……。
「ちょっと待ってください! 持ち主の所に戻ったって、それじゃあ安心なんてできないじゃないですか! また骸を神埼の所に送り込んでくる可能性は否定できませんよ!」
抗議を始める。だが、俺の異義は軽くあしらわれるかのように受け止められた。
「それが大丈夫なんだよ。逃げられる前にちゃんと手は打っておいたから、追跡の為の術をぶつけておいたんだ。奴がこの町に近づけばすぐに分かる。その時は私の仕事さ、ゴーストバスターとして有害な骸は駆除するさ。妖怪であろうとも、できれば殺したくはないけど……仕方がない……」
「……そうですか」
俺は小さく頷き納得する。
朽木さんは一応この道のプロなんだ。俺よりは知識があるし実力もあるし信頼できる。
それに骸を相手にしても化け物みたいな身体能力もあるようだから……大丈夫だろう。しかし、本当に人間レベルじゃないあの身体能力は一体……、もしかしたらそれも術というものによるものなのかもしれない。
「それと、禊ちゃんの今後のことだけど……」
神埼ちゃんから禊ちゃんという呼び方になっていた、いつの間に仲良くなったのか……。それとも、朽木さんが一方的にそう呼んでいるだけだろうか。
「それは彼女次第だよ。私や千九咲くんにはどうにもできない」
他人にはどうにもできないという事に疑問を持ち、俺は質問をする。
「……? どうしてですか?」
朽木さんは、今日も着ている立派な和服に付いている紐を弄りながら言う。
「禊ちゃんがこれからどうなるかは彼女の行動による。いかに妖怪らしく、いかに妖狐らしく生きていけるかによるんだ。もし、人間だとバレれば狙われる可能性が増える、可能性を無くし続けるには、やはり彼女自身にかかっている。それについては、禊ちゃんに詳しく話しておいたから、千九咲くんが気にする必要はないよ」
「そうですか、わかりました。……それなら、神埼には頑張ってもらわないといけないな。できることなら俺も協力してやらないとな」
そう、できることならば神埼のために何かしてやりたい。
などと思っていると、朽木さんは改まったようにして、一旦間をあけてから言う。
「…………うん、じゃあ、千九咲くん。私から一ついいか?」
「はい……。朽木さんは何を言いたいんですか?」
「君や禊ちゃん、妙におかしいんだよね、何か不純な物が混ざっているかのような妖気を出しているんだ。だから、それについて調べたいと思っているんだけど……ほら、あのとき千九咲くんおかしかったじゃないか、死ねと言う思いを剥き出しにして骸を踏み続けて、死ねと叫び続けて……。まるで、何かに取り憑かれているようだった」
「……」
「もしかしたら、それと関係あるかもしれないからね。妖怪が人間などの体の中に何かを仕込むのは、案外少なくない事なんだ。……と言うわけで──」
朽木さんは歩くのを止めて、俺の方を向き近付いてきた。そのまま俺に顔を近付けてくる、まるでキスを迫るかのように。朽木さんがあまりにも美人なもので、俺はたじろぐ……って言うか恥ずかしくなって、頬をが熱くなってきた気がする。
何の恋愛小説だよ! と思いながら、俺は目を閉じ、朽木さんのキスを受け止める──受け入れる事にする。
「いッ……!」
と、その瞬間、俺の頭部に一瞬の衝撃的な痛みが襲ってきた。略して瞬痛と呼ぶ。……瞬痛は特に俺の前髪の付け根部分に生じた。
目を開いて見ると……、
「ふふふーん」
鼻歌を交えながら、俺の髪の毛を一本抜いていた朽木さんが目の前に映ったのだった。
「サンプル……貰っていいよね?」
「……ぬ、抜いた後に言われても」
そりゃいきなりキスなんてするわけねーよな。当たり前だよ。何を期待してたんだ俺は。
すると、朽木さんがその気持ちの穴を突くようにして言う。
「あれあれー? 千九咲くん顔が赤くなってるよ? もしかして何か他のことされるかと勘違いしたの?」
なんてからかってくる朽木さん。俺は下を向いて、手で顔を隠す。図星すぎて黙ってることしかできなかった。
「じゃあ、千九咲くん。また今度ね。調べ終わったら、私から連絡するから」
そう言って朽木さんは去っていった。
今の俺には、神崎の髪の毛も今のように抜いたのかという疑問が湧いていた。
もちろん他の気持ちも一つあるけど……心臓がバクバクしてやがる。
にしても……、
「俺……遊ばれてる……?」




