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昔の話

 今から語る昔話は、別段語る必要性は無いと言えば無いのだが、あると言えばあるかもしれない……そんなレベルの話だ。幼なじみが幼なじみを守ったという記録と記憶、これが後の俺の物事の考え方を変えていく。

 ……ってそれほど大それた話でもない。



 ──中学一年生の頃の俺はごく普通で、ちょっと人より勉強より遊びを優先するような……そんな、普通の男の子だった。別に俗に不良やらヤンキーと言ったような人柄だった訳でもない、特別なところがある──と強いて言うならば、人より遊ぶことが好きで……少し悲観的──ネガティブな感じがあった。ネガティブな、悲観的なくせに、前向きに、ポジティブに人と遊び、関わることを好む俺は、少し珍しく、矛盾したような部類ではあったかもしれない。

 ここで中学最初の話に入る訳だが、入学式を終えて俺が一番始めに話した相手は、一ヶ月後にはクラスの中心となる、高いカリスマ性を持った少年だった。彼は何事も自由に考えて行い、誰にも止められない行動力を持っていた、好きな事はやりまくって、嫌いな事は頑なに拒む。


「──なあ、お前天城……だよな? 今日俺と遊ばね?」


 入学式が終わり、ほとんどの生徒が帰ろうとしていて、もちろん俺も例外でなく、そんな時に初対面、すれ違ったことすらない俺に、彼はそう言った。十中八九、席が近かったからだと思う。


「えっと、天羽君だっけ? 別にいいんだけど……僕達まだ会ったばかりだし……」


 彼の名前は天羽王騎(アモウオウキ)。天羽に遊びに誘われるが、俺は会ったばかりの人と遊ぶのは気が引けるので断ろうと思っていた。だが、天羽のそのカリスマは、俺も合わせて万物を引き寄せる力でもあったのだろうか、俺はやり取りの結果承諾することになる。それといい忘れていたが昔の俺は自分のことを僕と言っていた、別にキャラを作っていたわけでもない、本当に弱々しくそう呼んでいた、自分を。


「──分かったよ。いいよ遊ぼう天羽君」


 彼は笑顔を浮かべて言う。


「そう言ってくれると思ってたぜ!」


 俺達はすぐに学校を飛び出た。

 その日俺達は日が暮れるまで遊んだ。

 気が合ったというかなんというか、まあ普通に気が合ったんだと思う。俺達は毎日一緒に遊ぶようになった。だんだんと遊ぶ人数も増えてきて、本当に充実した日々を送っていた。



 それからすぐに天羽は校内でできるグループのリーダー格となる。俺もそのいつものメンバーとして毎日を楽しく過ごしていた。


 そうして時は経ち七月上旬。ある大変なことが発覚する。……それは、天羽の転校。正確には転校直前だということ。天羽はある大きな会社の社長の息子で、父は彼にいつも一番であることを要求する。俺や天羽の通っている中学校は、言うほどレベルが高い訳じゃないため、天羽の父は彼にもっとレベルの高いエリート校に通わせようとしていた。

 ベタな青春ドラマにありがちな展開だったけど、俺達にとっては一大事だった。



「──天城、俺は転校したくない。でも、どうしたらいいんだよ……どうすれば説得できるんだ」


「……」


 もしかすると勘違いかも知れないが、恐らくは当時最も互いに交友関係が深かったといえる俺に、天羽は相談を持ちかけていた。どうすれば転校しなくて済むのか。


「そういえば……何かの漫画でもあった気がふるけど、野球で……部活で全国制覇するとか? ほら、天羽君は野球部のエースだし、一応この学校の野球部は全国大会の常連だし……達成できなくもないよ。天羽君のお父さんの信条が一番であることなら、野球で全国大会優勝──一番になればちょっとは話を聞いてくれるかも」

「……いいかもしれねえな……良策とは言えないけど──言わないよりは言ってみた方がいいか。天城、サンキューな! とりあえず説得してみるよ!」



 翌日、天羽は説得に成功してしまう、まさか成功してしまうとは思わなかった。

 ともかく、全国大会で優勝すれば、最低でも一年は転校の件は無しにすると、と父から言われたらしい。と言うことはずっとこの学校に居るには、恐らく全国大会の三連覇を達成しなければならないのでは? とすぐに考えが浮かぶが、今は説得に成功しただけで十分だった。


 ……この件はすぐにクラス中に広がり、そしてある人物が皆の輪を破壊する。

 それは刈谷拓斗(カリヤタクト)という男の存在、刈谷は天羽を嫌っていた。あからさまの嫌がらせ、あからさまの嫌悪は……この転校事件を悪方向へと向かわせる。些細ないたずらは大きな悪魔へと変わる。


 ある日移動教室の授業で、天羽と一緒に教室はと向かっていた時だった。



「天城、お前の考えた策……良かったよ、助かった。お前は本当に色んな場面で役立つな!」


「はは、そんなことないよ。僕だって本当にあの考えが通るなんて思わなかったし……結構テキトーな考えだったし……」


「なんだそれ! 真面目に考えろよ、ひでぇ!」


 天羽が笑いながら、俺に肩を組もうとしたとき、俺も肩を組もうと、天羽の方を向いたのだ。そしてそれを見た。

 刈谷と天羽のすれ違う瞬間、そしてすれ違い様に刈谷は天羽の体を押した。押した瞬間の刈谷の顔──笑っていた、これ以上ないくらいに、最高だと……清々しい気持ちだと言わんばかりの表情。


 目の前は下りの階段……真っ逆さまに落ちる天羽。そして天羽は床に激突、あの刈谷を追うか、天羽の元に行くか、……俺は天羽を選んだ。


「天羽君! 天羽君! 起きてくれよ!」


 意識のない天羽。もしかすると頭から落ちたのかも知れないと俺は真っ青になる。


 俺はすぐに誰もいない廊下を天羽を背負って駆け抜ける。保健室へと向かった。


 天羽はすぐに病院に運ばれた、俺も付き添っていいと言うことになった、付き添ってそのまま医師に聞いた言葉は、天羽の利き腕、右腕、ボールを投げる腕、──骨折しているという事だった。

 これじゃ、天羽は転校してしまう。

 絶望に駆られながら俺は帰路についた。


 ──そして翌日、俺が教室に入ると……、俺は──天羽を階段から突き落とした犯人にされていた。



「──だから僕は違うって言ってるじゃないか……!」


「嘘つくな! お前が天羽を突き落としたんだろ! もう分かってるんだから白状しろよ!」

「そうだよ! 天城が落としたって言ってる奴だっているんだぞ!」


 その日の放課後、多くの同級生が、天羽を階段から突き落とした犯人として認めさせるために、多人数で俺に暴行を加えた。と言ってもそこまで過激な内容ではなかったとは思う。中学生としては過激だったかも知れないが……。


 俺が落としたと言っていたのは、恐らく刈谷だろう。これは、確実に刈谷が俺に罪を被せた、冤罪と言うわけで。実際至近距離で真実を目撃したわけだし、一瞬刈谷と目が合った──ような気もする。見られたから、そいつに罪を被せる……誰だって考えることだろうと思う。


 特に教師からのお咎めもない。学校敷地内、生徒同士の揉め事を、生徒のみである種の解決をしようとしているし、しようとするならば、このタイプの解決法の場合は大抵がそこに選ばれる。校庭の裏庭や体育館裏だ。



「──ちっ、今日はここら辺にしといてやる。絶対に白状させるからな」


 天羽に変わる新リーダー格であろう男がそう言うと、数人の連れも共にこの場から離れていく。


 俺はすぐに学校の職員室にでも行って、この事を伝えようとも思った。でも、当時の俺はそんな勇気が無かった、もっと詳しく言うなら更に理由がある。


 一つはこの事を家族や教師……大人に知られたくない、もちろん他のクラスの同級生にも、実際他クラスには伝わる可能性は高いが、せめて大人には……。俺は思われたくなかった、可哀想だとかそういう風に思われたくなかったのだ、哀れみの目で見られたくないという、へんぴなプライド。


 もう一つは、教員に伝える──チクることによって、更にこの彼等なりの解決法が激しくなると思ったからだ。俺は痛みをとことん嫌っていた。と大袈裟だが……言うなら……結局言うならば、ただ普通に、人並みに痛みが嫌いなのだ。


 こんなことに何の意味があるのだろう思う、弱い者を暴力で屈服させることに。仮に犯人と認めさせることに成功したとして、彼等にとって何になる、ボロボロの少年が……、僕がやりました、ごめんなさい──なんて謝りに来たなら多少問題になるだろう。


 結局は、彼等のストレス発散のためのサンドバッグだったか。もしくは、俺達犯人見つけたんだぜ、凄くないか? みたいな自己満足に浸りたいか……。そんなところだろう。


「痛い……痛い……痛いな」


 何もともあれ、その日の天城千九咲は、小さな傷と共に自宅へとよろよろ帰っていった。




 ──翌日、いかにも……と言った陰湿ないじめにあう、内容はよくある無視……本当に本当に本当に必要な時以外無視、結果その日は担任以外と喋ることはなかった。だが、これもまた、いじめと言っても俺自身あまりクラスに友達が居なかった為、対して辛いとは感じなかった。


 ……それでも、話し相手が消えた、天羽だ。天羽はすぐに他の病院に入院して、担任しかその入院した病院を知らない。だが、仮に分かったとしても、その前に誰かによって俺が突き落としたと伝わるだろう。そんなことでは会っても絶対にいいことはない。


 気持ちは楽だった。七月下旬で本日は七月二十二日。今日は昼から担任と保護者の個人面談があるため、昼で生徒……俺は帰れる、堅苦しい……狭苦しい空間から出れる。その次の日からは夏休みへと突入するため、尚良かった。


 そして一つの転機が訪れる。

 少女との出会い。……再会。少女との再会。帰ってきた幼なじみとの再会。



 そう言えば基本的に台詞は少な目で行ったが、これではイメージがしにくくなるな。ということで、今からは台詞を多めにして、分かりやすくてイメージしやすい昔話にしたいと思う。



 ──夏休み初日。ぐっすりと眠っている俺は、姉から連絡を受けた。


「ん……着信音……。……メール?」


 姉からのメールが来ていた。

 早速メールを読んでみる俺。


「えーと、『火紅涅ちゃん帰って来るってさ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!、!!!!!』か……」


 うん、とりあえず。


「て言うかビックリマーク多っ! しかもミスったのか【、】が混ざってるし!」


 俺は突っ込んだのだ。姉のメールに。

 昔からツッコミはよくするタイプだった。ツッコミの技量が、どうなのかは知らないけれど。


「か、火紅涅ちゃんが帰って来るのか!」


 普通、この言葉を最初に言うべきだよな。昔の俺も今の俺も多分変わらないんだろう。


 ところで、火紅涅ってナンダヨ。みたいな批判を食い止めるため、幼馴染みについて語ろうと思う。ちょっとだけ。


 幼馴染みの名前は……。

 やっぱり出会うところにいってからにしよう。

 ご免なさい。

 ちなみに彼女の読みは火紅涅(かぐね)である。


「『PS、今すぐ空港に来い』か……。んー、じゃあ、早く準備して迎えに行こう」




 早速準備をする俺だが。どうやって空港までいくか悩んでいた。


「……自転車はさすがに無理だし……、車も使えないし……」


 かくなるうえは、なけなしのお小遣いをはたいての、タクシーだ。これはタクシーしかないと俺は確信した。


「とりあえずタクシーを使おう……」


 俺は電話でタクシーを呼ぶ。

 かくかくしかじかと言ったところで、指定の場所に呼び込む。


 にしても急に幼馴染みが帰ってくるというのは、とても緊張するものがあった。


 幼馴染みの名前は希面火紅涅(きつら かぐね)。もちろん同い年の幼馴染みである。

 記憶にはないけど、生まれて数ヵ月位から、すでに顔馴染みなのだ。覚えてないなら顔馴染みとは言いにくいのでは? というツッコミは華麗に避けさせてもらうよ。


 つまり、かくかくしかじかで互いに親睦を深めあっていた訳だけど。ある年のある日、小学六年生の初めの頃の事だけど、親の仕事の都合で彼女が海外へと旅立つ事になった。

 悲しくは無かった。

 だって、回数で言えばもう四回目位の旅立ちだったから……。


 まあ、それから中一の夏休みが開ける頃。二学期から彼女はまた戻ってくるというだけ。

 いつものことと言えばいつもの事なんだけど、今回帰ってきてくれたのは、天羽の事もあって、とても心強かった。


 彼女自身の事は、簡単に言えば何にでも影響される性格かな。流されやすいタイプでもある。だけど芯は通っていて、正義感のあるとてもいい子。しかも可愛いし、幼馴染みとして誇りが持てる。自分と全くつり合わない、幼馴染みだということも分かってる。


 まあ、ともかく俺は、すぐにやって来たタクシーに乗り込み、無事に空港へと向かう。



 町を出て、様々な場所を通っていく。段々と人通りや交通量が増えるのが分かる。空港に近づけば近づくほど、都会的な場所に近くなる。

 長時間の移動の末に、空港に着くと、姉ちゃんらしき人影が見えた。


「千九咲ー、早く来ーい」


 空港の入口で待っていた姉ちゃん。俺をすぐ見つけて、呼びかける。

 ……どうやら一人のようだ。


「姉ちゃんだけ?」


「あー、うん、一人。他には誰も居ない、皆それぞれ用事がある。千九咲は暇だと思って」


「暇ではなかったけど……」


 寝てただけなんだがな。ただ、寝るだけと言っても、見方を変えれば趣味にも特技にもなりうる物だと思ってる。

 俺は、暇ではなかったという事を、切に語ろうとすると、真横の方向、ギリギリ視界の外れから、強烈な轟音が聞こえてくる。飛行機の音だろうか。


「あっ、多分あれだ」


 姉ちゃんは轟音のする方向に指をさす。

 俺も指差す方を向いた。案の定、思った通り飛行機だった。


「到着予定時間も大体合ってるし、もう来るぞ。行こう、千九咲」


「うん、わかった」


 姉ちゃんは空港の中へと入っていく。俺もそれについていく。

 空港の中は人がいっぱいで、何だか混乱する。人混みで凄い。ちょうど人の多い時期と時間が重なったのかもしれない。俺は姉ちゃんの後ろ姿を、何とか捉えつつ、追うだけで精一杯だった。


「千九咲置いてくぞー」

「ちょっと待ってくれよ姉ちゃんー!」


 人混みに巻き込まれる、いくら急いでいるとは言え、無理矢理に押し退けていくのは、性に合わない。

 ずっと追いかけて行くと、姉ちゃんは途中で立ち止まる。俺も姉ちゃんにぶつかる寸前で止まった。


「姉ちゃん、いきなり止まるなよ……」


「ごめんごめん。それより、ここで待ってれば来るはずだ」


 姉ちゃんはそう言う。その後、大した時間もせず、待ち人はやってくる。


「あれ、まさかあれは!」


「えっ」


「間違いないあれは……」


「うん」


「希面御一行だ!」


 なんの意図があって、妙に溜めた言い方をしたのだろう。全くもって理解不能だった。

 すると、希面御一行はこちらに気付いたのだろう。家族の大黒柱であろう男が手を振ってきた。

 姉ちゃんはそれに手を振り返していた。


 見ていると、最後に会った日の事を思い出す。昔の外見イメージと今の外見イメージの修正が終わったとき、俺はちゃんと希面御一行だと理解をした。

 あの家族は皆ほとんど変わってない。


「おじさまおばさま、そして火紅涅ちゃん、こんにちはー」


 姉ちゃんはそう言って近づいていく。


「こんにちは」

 俺も一緒に近づき挨拶を交わす。


「やあ、久しぶりだね二人とも」


「そうねぇ、一年と何ヵ月ぶりになるのかしら」


 両親ともども挨拶をくれる。

 すると、後ろで隠れるようにしていた彼女が出てくる。……ちなみに隠れていた訳ではないと思う。


「よっ、千九咲」


「……久方ぶり、火紅涅ちゃん」


 互いに会釈を送る。久しぶりに会うと、どうもぎこちなくなる。

 一年と数ヵ月ぶりの再会。何度もやってる再会だけど、その都度好感度的な物がリセットされてる感じだ。

 その好感度を元に戻したい、と言うか、実際リセットされてる訳ではないのだが──俺は火紅涅ちゃんに話しかけた。


「アメリカ……どうだった? 何度も海外に行ってるとは言え、初めてだったんだよね?」


 今回、希面家の出張先と言うのはアメリカだった。いつも海外に出張してるが、アメリカに行ったのは今回が初めてだったらしい。

 まあ、火紅涅ちゃんの両親は何度か行ったことがあるということだけど。


「……いつもと……。いつもと変わらないよ。いつも通り楽しかった……。友達もたくさんできたし、また今度会うって約束もしたからね」


「そっか。本当に……いつも通りだね」


 そう。本当に、本当に本当にいつも通り。彼女の性格上、仲のいい友達ができないという方がおかしいから。

 彼女の出している雰囲気は、人気者の雰囲気そのものな気がする。……人気者と少し違うかも……人気というか、人を惹き寄せる何か。人気とは少し違うと思う。


「千九咲はどうだったの? 町は変わらないけど、人っていうのは変わるでしょ? もしかして私が居なくて寂しかったんじゃないのー?」


「い、いや……僕は……別にそんな……」


 火紅涅ちゃんは肘で、俺を突っつくようにどついた。いや、どつくように突っついたのかな? ちなみに、ツンデレのように頬を赤く染めて言った訳ではない。


「千九咲……アンタまだ自分のこと僕なんて言ってるの? 何か弱々しく感じるから止めなよ。だって、千九咲はどう考えても、僕より俺の方が似合ってるよ」


 らしい……ね?

 実際どうなのよ、そこのところは。


「俺って言ってる方がカッコいいよ」


「そ、そう?」


 流石に照れた。頭を掻きながら照れた。それ以外の照れ隠しが見つからなかったのだ。

 それも無駄のようだけど。


「何照れてるのよ、調子に乗るな……!」


 火紅涅ちゃんは俺の頭にチョップをヒットさせてきた。


「ところで千九咲、町のこと改めて教えてよ。新しく建ったお店だってあるんじゃないの? ……それに行きたいところもあるし」


「うん、いいよ。新しく建ったお店で、僕……じゃなくて、俺が知ってる所は少ないけどね」


「いーよ、いつものことだし。恒例行事みたいなものよ」


「そういうものなのかな……」


「そういうものよ」


 火紅涅ちゃんはそう言う。

 確かに恒例行事っちゃ、恒例行事なんだけど。


「お父さん、お母さん。私、千九咲と一緒に町を回ってくるね」


 すると、火紅涅ちゃんは電話ですぐにタクシーを呼ぶ。俺より遥かに馴れてる感じだ。

 彼女が電話をしていると、俺は火紅涅ちゃんの両親に話しかけられた。


「えっと、千九咲くん……」


 実にむず痒いような感じで、火紅涅ちゃんのお父さんが言う。


「ほら、早く言いなさいよ」


 それにお母さんは催促する。


「……あー、千九咲くん。そのー、娘をよろしくな、火紅涅とこれからも仲良くしてやってくれ」


 お父さんは言い切った。

 俺もまたお父さんに向けて言う。


「はい、ずっと仲良くさせていただきますよ。大切な……友達ですからね!」



 すると、電話を終えたのだろう、火紅涅ちゃんが不意に問う。


「何話してたの?」


「それと言ったことは話してないよ、火紅涅」


 お父さんが火紅涅ちゃんに言った。

 彼女は不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げる。


「そう? じゃあ、お父さん、お母さん、ちょっと千九咲と遊んでくるね」


 久しぶりに、町に帰ってきた幼馴染みを町案内するのは、いくら町案内といっても、結局遊ぶだけなのだと思う。案内なんて、本音の前の建前のようなもの。

 だと俺は考えている。


「お姉さん、ちょっと千九咲借りちゃいますね?」


 火紅涅ちゃんは、姉ちゃんに断りをいれる。もちろん姉ちゃんの返事は承諾の方向だ。


「いいよ、どんどん借りていってくれ。こいつ、あんまし友達居ないからさ。毎日でも遊んでやってくれよ」


「ちょっと、姉ちゃん……! そういうこと言わないでくれよ」


 俺は口ごもるように言う。

 確かに……友達居ないのは事実だけど……て言うか居ないわけではないわい! ただ、少ないだけだ! 少ないと言うのは、居ないということになるわけではない!


「あはは、ごめんごめん。それじゃあ火紅涅ちゃん、千九咲をよろしく。新婚の夫婦並みに仲の良い友達で居てやってね」


 なんてことを、俺と火紅涅ちゃんだけに聞こえるように言う。

 新婚の夫婦だなんて……恥ずかしい……。そして、火紅涅ちゃんの反応がとても気になる。

 まあ、気になるのも当然だった。あの頃の俺は火紅涅ちゃんが好きだったのだから。恋愛感情を持ってたのだ、LOVEだった。

 ……なんか気持ち悪いな。

 昔はそうでも、今の好きな人は分からないぜ? 秘密だ。居るかも知れないし、居ないかも知れない。

 て言うか、今語ってる過去を抜きにしたら、まだ登場を甘んじている幼馴染みのことを、好きだというのは、何か変な感じがする。

 と言うことで、火紅涅ちゃんの反応はどうだったかと言うと。


「──善処します」


 と言うことだ。

 善処って言葉について簡単に調べたんだが──調べた事についてのツッコミはスルーさせていただくとして。善処の意味は、適切に処置する、だとかなんだよな。

 そう知ってから思うと、善処しますって言葉は、肯定の意味だと思うわけだけれど、……いや、深く突き詰めて行くなら、そう簡単に肯定だと決め付けるのは良くないと思う。

 何にせよ、当時の俺は、火紅涅ちゃんの言葉を肯定に見せかけた否定。気を遣った台詞だと思ったのだ。なので、とてもショボくれたのを覚えてる。


「ぜ、善処ですか……そうですか……」


「どうしたの?千九咲」


「い、いや、何もないよ。早く行こう、町案内するから」


「うん?わかった」


 火紅涅ちゃんは謎に思ったのか、ウーンと考えるようにして言う。

 俺は、火紅涅ちゃんが笑顔で、善処するといったのが、心に響いていた。心が幼かっただけに響きがすごい。



 ──その後、火紅涅ちゃんと町に繰り出した。繰り出したっていうか、地元なんですけどね。

 色々あって楽しかったです。

 過去の話が長いのもダレちゃう原因なのでカットしようと思う。



 ──まあ、何もともあれ、夏休みも後少しというところになっていた。

 帰ってきた火紅涅ちゃんと遊ぶ毎日。夏休みはとても楽しかったけど、もうすぐ終わってしまう。

 夏休み最終日の夕方頃、俺は火紅涅ちゃんと公園のベンチに佇んでいた。


「あー、疲れた。僕……俺もう足動かないよ」


「私も疲れちゃった……。……それより、全然慣れないね、一人称」


 ふぅ、と息を吐きながら、彼女は言った。


「意識してないと、つい僕って言っちゃうんだよ……」


「にしてもよ。夏休み中も俺って言うの心掛けてたんでしょ? いくらシーン的に省いてたとしても、私達からしたら一ヶ月以上の事よ。さすがに慣れてくると思うんだけど」


 そんなことより、シーン的にとか、省いただとか、そういうこと言ったらいけないことじゃないのか……?


「いや、実際仕方ないとは思わない? 長年、僕って言ってきたのに、急に俺って言うのは……」


「にしてもって言ってるでしょー? 急にじゃなくて、もう一ヶ月以上よ。……まあ、強制してる訳じゃないから、止めたらいいじゃない」

「でもなー……」


 悩む俺に、火紅涅ちゃんは言う。


「変える必要は特に無いんだよ?嫌なら変えなきゃいいよ」


 確かに嫌なら変えなきゃいいんだけど。て言うか、別に嫌な訳じゃないのだけれど。


「……嫌ではないよ」



 だけど、俺は変えたいな。

 一人称を変えるだけでも、何か変わるかも知れないから。

 夏休みの終わりを迎える頃に思い出す問題。いじめられていたことを、思い出した。

 それに対して、逃げたいという気持ち、立ち向かいたいという気持ちも生まれた。

 でも、少しずつ、何かを変えていけば、いじめだって無くなるかも……なんてことを考えていた。

 意味ないかもしれないけど、僕が俺に変わることで、何か変わるかも知れないと思った。それだけだった。

 明らかに無意味に期待しすぎている。


「とりあえず、頑張ってみるよ。変えたいって思ってるしね」


 火紅涅ちゃん、うんうんと言って頷き、笑顔を見せた。


「それじゃあ、頑張って。千九咲じゃ中々変われないかもしれないけど」


 ちょこっと悪態を突く火紅涅ちゃん。


 そう言えば聞きたいことがあった。

 自分自身を変えるために。


「……火紅涅ちゃん」


 参考までに……、


「友達関係とかってさ」


 聞いてみるか。


「どうやったら上手くいくのかな?」


 友達が多くて人気者の彼女に相談するのは……適切だったと思う。適切な処置──まさに善処だったと思っている。


「……上手く行くって……どうして? ……まさか、友達と上手くいってないの?」


 火紅涅ちゃんは心配そうな顔で聞いてくる。本当に心配そうに、顔を覗き込むように。


「いや、上手くいって……」


 俺の脳裏に浮かぶ出来事。明らかに上手くいってない出来事、人間関係。

 好きな人だからこそ、知ってもらいたい。助けてもらいたい。という気持ちが中学時代の俺にはあった。


「……ないこともないけど……。いや、やっぱり……上手くいってないかな……」


 俺は詳しくは言わなかった。


「火紅涅ちゃんなら、友達と仲良くやっていけるようなアドバイスくれるかな、って思って」


「そういわれてもな……」


 火紅涅ちゃんは困った表情を浮かべる。困るのも仕方がないよな……俺だってこんな相談、いきなりされたら困るし。


「……それじゃあ、千九咲はどんな風に上手くいってないの? まずはそれを教えてくれないと、私にはどうしようもないわ。何をどうアドバイスすればいいのか分からないもの」


 火紅涅ちゃんは言った。

 こうやって、すぐに助けようとしてくれるのは、さすがは火紅涅ちゃんだ、と言うところ。

 そんな火紅涅ちゃんに安心した。心が落ち着く。

 だけど、俺にも何をどう言えばいいか分からなかった。何も思い付かなかった。

 ただ、単純にいじめられているとでも言えばいいのか。

 さっき、好きな人だからこそ知ってもらいたいと言ったが、いじめられてるなんて事実は、できることなら伏せておきたい。いつか、ただの笑い話にできるように。こんなことがあったんだよって。

 小さなプライドだ。本心では別にどうなってもいいプライドだったけど。必要ならばすぐにでも壊せるプライドだ。

 だから俺は、すぐにプライドを壊すことにした。伏せておこうと思ったけど、それでは埒があかない気がしたから。



「……火紅涅ちゃん。とても言いにくいけど……」


 できるなら……、そこまで深刻な事じゃないから──あまり心配しなくても良い。という事も伝えたかった。深く心配されるのも何だし。だけど、直接そういえば、深刻な事だって思われるだろう。

 だから口には出さず、表情と声で、笑顔と笑みのトーンで、俺は言う。


「俺……いじめられてるんだ」


 まるで殺気だった。いや、そもそもで殺気というものが、どういうものかも理解できてないけど、それはピリピリした焼け付くような感覚。

 隣の火紅涅ちゃんから感じ取ったのだ。

 火紅涅ちゃんは大きな衝撃音と共に、ベンチから立ち上がる。……衝撃音が何による物だったのかは、各々の想像に任せるが……。

 俺は、張り詰めた空気を生んでいる火紅涅ちゃんの顔を見る。怒っているような、暗い表情だった。


「誰にいじめられてんのよ」


 火紅涅ちゃんは言う。

 今までより数段低い声のトーンだった。


 そう言えばそうだったと思い出す。中学時代よりまだまだ昔のときにも、俺はいじめられていて、火紅涅ちゃんに助けて貰っていた。その時、今度はこっちが助ける番だ、なんて思ったけど。結局、また助けてもらうんだな。情けねぇ……。



「ちょっと待ってよ、火紅涅ちゃん」


 俺は今にも爆発しそうと言うか、俺のために何処かに駆けていきそうな彼女を、引き留めようとする。

 だけど、彼女は、


「待つ必要があるの?あるわけないでしょ? どうしようもないことで、またいじめなんて最低な事やられてるんでしょ。そんな最低な事をしてる奴等なんて、待つ必要も意味も訳もない。だから、アンタに突っ掛かって来る奴の居所を、今すぐ教えなさい」


 そう言う火紅涅ちゃん。真っ直ぐな正義の心を持った火紅涅ちゃん。時には道を間違えることもあるけど、正義を信じて進む、完全な善の少女。完全な完善の少女。


「いや、だけど……」


 俺は頑なに助けを乞うことを渋った。

 自身で助かりたいと思ったから。助けてもらうだけでは嫌だから。実際、アドバイスをもらおうとしてる時点で、助けてもらうという事になるんだけど。

 黙る俺に、火紅涅ちゃんが言う。


「千九咲はさ、いじめられてて楽しいの?」


 その質問に俺は驚いた。だって、楽しいはずがないから。そんなの分かっているだろうに。……だからこそ、意図が分からない。


「いじめられてて楽しいはずがないよね。少なくとも、私は楽しくないね」


 それは……そうだ。当たり前だ。


「だからやめさせるんでしょ。無理矢理にでも……暴力的にでも。いじめなんてやってる奴等に、何か言葉で注意したって、どうにもならない。だから、無理強いにやめさせる。嫌なことをずっと受け続ける理由なんて……どこにもないでしょ?」


 確かにないな。

 だけど、俺の言いたいのは、……一人で助かりたいって事なんだよ。いつも助けてもらってばかりじゃ……。ただのわがままと同じなのは分かってるけど……。

 俺は……。


「俺は助けなんかいらない……一人で助かりたいんだ。火紅涅ちゃんは……ほんのちょっとだけ、俺に助言をくれる位でいいんだよ……。むしろ、くれなくたっていい」


「……どうして、そう思うの? どうして助けはいらないの? 何で一人で助かりたいと思うの? わざわざ一人で全部やろうなんて思わなくて良いじゃない」


「確かにそうだけど。一人より二人の方が、どう考えてもいいって言うのは分かるけど……」


 火紅涅ちゃんは黙っていた……。

 その続きは?と言わんばかりに。

 続きなんて言っても、俺が一人で助かりたい理由なんて一つだけなのだ。


「それでも……助けられてばかりは嫌じゃないか! 僕は…………俺は一度だって火紅涅ちゃんを、救った事なんてないのに……!」


 男が女に。好きな人に助けられてばかりというのは、正直辛い。また、助けられようとしている自分を醜いと思う。


「……千九咲。私はアンタにいつだって救われてるわよ……」


 火紅涅ちゃんは静かに口を開く。そして、俺に救われている、と言った。

 救った覚えなんてなかった。いつも、俺が助けられてばかりで……。仮に救っていたとしても、落としたものを拾った、とかの小さい事位だろ……


「俺が何をしたんだ?」


 俺は、火紅涅ちゃんに疑問をぶつける。

 彼女はすぐに答えてくれた。


「私はさ、結構有名な会社の社長令嬢じゃない?分かるわよね?」


 そうだ。火紅涅ちゃんは、希面火紅涅は……社名は伏せておくとして、大会社の社長令嬢なのだ。

 そんな社長令嬢と幼馴染みってどういうこと?って質問に対する答えは簡単。実は俺の母さんと火紅涅ちゃんのお母さんは、姉妹なのだ。

 姉妹のそれぞれの子供。そんなわけで、彼女とは色々と接点があったということだ。


「だからさ、私は何か避けられてたのよね。色んな意味でお高く止まってるらしくて……。ああ、でも、避けられてるってよりは、関わりにくいというか、本音で語り合えない感じかな。悪意があって避けられてる訳じゃない……とは思う」


「……」


 思わず黙ってしまう。

 いつだって皆と仲良くしていた──はずの火紅涅ちゃん。皆の人気者だと思っていた火紅涅ちゃん。


「ご機嫌とろうと……ごますって、私に取り入ろうとしているような。……でもね?」


 彼女はとても明るい表情で言った。

 さっきまで暗い表情だっただけに、一種の安心感を覚えた。


「そんな中で、私に裏表なく、正面から正々堂々と関わってくれた数少ない友人の一人が……千九咲だったの」


 そういうことか……。


「千九咲と一緒に居るのは、とても嬉しかったし、楽しかったし、私の心の支えになった。偽りの関係がはびこる中で、本当の友達で居てくれた千九咲は、十分私の救いになってるよ?」


 火紅涅ちゃんは俺の手を握って、頬を赤に染めて言った。


「だから、助けてもらってばかりとかじゃないよ、千九咲は私の事を救ってくれているもん。……私と千九咲は助け合う関係。いつだって互いを思って想って、助け合ってる関係なの。いや、違う、助け合ってるなんて、言い表すものじゃない」


 火紅涅ちゃんは少しの間、空を見上げた。

 そして口を開く。

 俺達の事を。


「私達は大事な大切な友達同士でしょ? 本物の……まるで相思相愛かのような、絶対の友達でしょ?」


 火紅涅ちゃんは凛とした雰囲気を持って言った。


「だから助け合うなんて当たり前なのよ」


 そう言ってくれた……。嬉しくて泣きそうだった。


「だからいつだって私を頼りなさい。その代わり、私もアンタを頼るから。それで通常運転。私達はそれで平常運転なのよ」


「……うん…………」

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