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希望の昼

 現在の俺の座標はある喫茶店。

 今いる喫茶店に初めて来たのは数年前。一度何となく来てから気に入ってしまい、今では常連である。まあ、自称【店長・オブ・マスター】と言う、意味不明な二つ名を名乗る従兄がいて、その人が経営する店だと言うのも関係はあるだろう。

 一人で来ても話しやすい人がいて、店内も何故か好感のもてる、独特のセンスで彩られているのは、常連になった一番の理由だと思う。



 にしても暑い夏に冷房の効いた涼しい喫茶店で、紅茶を……いや、コーヒー……でもなくて、オレンジジュースを飲むというのは、何だか気分がいい。

 だって窓際の席で外を見てると感じるんだ。ほとんど意味がないと知りながら、手をぱたぱたさせて扇いでいる人に優越感を抱くんだよ。


 最悪だな。

 最低だったな。

 自分でも思ったけど駄目なことを言ってしまった。


 まあ、一つ理由を言うなら……弁解させてくれるならば、もう言うことは決まっている。


 これはあくまで物語の始まりの前置きなのだ。つまりは──だ。

 一寸狂わず完全に冗談のつもりで言ったんだ。こういうことも必要かと思って。て言うか前置きってこういうものだよね? 大抵の物語って訳の分からない話から始まるよね? ……始まらないか……。



 実際の所は、ストローをくわえ、無心にジュースを飲んでいるだけの俺だった。おかわり四杯目なので、ちょっとお腹が苦しくなってきている。



 と、ここで俺のいる喫茶店の、入口のドアが開く。取り付けられた鈴が鳴り、同時に一人の女の子が入ってくる。

 こうやって女の子って言うと、幼女と捉えてしまいやすいけれど、普通に高校生。


 その女子高生は俺の前の席に座る。

 そして俺は彼女に言う。




「よう、神崎。遅かったな」


「ごめん天城くん、遅れちゃった……」



 俺の前に座ったのは神崎だ。

 実は待ち合わせしていたのだ。特にどこに行くということもないけど……、ただ話したいと思っただけ。

 何を話そうかと悩んでいると、神崎は手をあげて注文をした。



「すいません、デラックスウルトラハイミルク一つお願いします」


 注文を復唱し、神崎と一言二言客と店員としてのやり取りをした後、店員さんは奥の厨房へと消えていった。


「て言うか今の何?! そんなメニューあるのか! 初耳なんだけど!」


「裏メニューよ。普段は一人の時しか頼まないけど、天城くんは牛乳好きだと聞いたので、存在を認知させておいてあげようかと」


「昨日この喫茶店知らないって言ってたじゃん! なんで裏メニューの存在だけ知ってるんだよ! ……くそ、だけどそんな真面目な顔で言われたら信じざるを得ない!」



 そんなメニューがあったなんて……。

 身内が経営していて、常連でもある俺が、なんで裏メニューの存在を知らないのか不思議だ。

 一度も来たことがないはずの神埼が、そんな裏メニュー知っているのは不思議だ。負けた感じもする。



「ところで、一週間経った訳だけど、傷の具合はどうなの?」


 神崎は手を顔にあてて、心配そうに言った。


「ああ、大丈夫だ。順調だよ。何度か病院に通う必要はあるけどね」



 俺はそう言った。

 一週間前、骸との戦いで傷を負った俺は、すぐに意識を失った。文字で表現した以上に損傷は大きかったのだ。まあ、目が覚めると病院にいて、普通に治療が施されていたけれど。

 これは別段話さなくても良いところだな。

 俺は結局のところ、骸がどうなったのか詳しく知らない。だけど、神埼が言うには骸の脅威は無くなったらしい。

 あのゴーストバスターの朽木さんのお陰だ。

 今度また会って礼を言いたいけど、この一週間、朽木さんは全く俺の前に現れなかった。

 毎朝手当たり次第に探しているが見つかることはなかった。


 とりあえず朽木さんに礼を言うこと以外は、一件落着ということだ。




「うん、一件落着、良かった良かった」



 俺は口に出して言う。

 神崎は首を傾げて俺を見ている。


「骸との事以来、初めてこうやって遊ぶから、何をすればいいのか分からないね」


「そうだな……確かにこの一週間何度か会ったけど、真面目な話しかしてなかったもんな」


「本当にね……。とりあえず、今日は買い物に行きたいかなー……。ほしい本があるのよ……」


「うーん、じゃあここで一息ついたら近くの本屋に行くか。ずっとこんな静かなところに居てもなんだしな」



 心なしか店長である従兄がこちらを睨むように見ていた気がする。



「そういえば私、天城くんに助けて貰ってから、言葉でのお礼はしたけど、行動でお礼をしてなかったね……。……ということで、天城くんは何かしてほしい事ってある?」


 してほしい事ねぇ……。


「なあ神崎。俺は、そう言った見返りを求めていた訳じゃないんだぜ? ただ、これからも……これからお前と仲良くしていきたい、と思ってただけなんだよ。別に礼なんていらないよ」


 神崎が頬を膨らませている。何か言いたそうにしている。

 ……俺は礼なんてほしい訳じゃなかったんだけどな。でも、見返りを求めていたというなら、俺は『仲良くしたい』という見返りを、既に求めているよな。



「むぅ……天城くん、本当に何もないの?」


「うん、ないよ。……まあ、強いて礼を求めるなら、これからも俺と仲良くしてくれよ」



 神崎は両手をばんざいするみたいに上げていた。何の意味があるかは知らない。

 だけどすぐに意味は示される。神崎の両手は、俺と彼女の間のテーブルをバシッと叩いた。

 そして彼女は俺を指差しながら言う。



「異議ありだよ、天城くん!」


「それ逆○裁判? ……パクってんのかパロってるのか、はたまたオリジナルのつもりなのか分からないな」


「と、とりあえず! 私は既に仲のいい最高の友達だと思ってるよ。これからも仲良くしたいと思ってるよ。て言うか私たちの関係が既に親友レベルだと言うのは、互いに知ってること。だから、求めるお礼が仲良くしてくれなんてのは矛盾してるんだよ! ムジュン!」


「まあまあ、とりあえずお前がパロディなのかパロディじゃないのかよく分からん微妙なネタが好きなのは分かったから。でも俺って少なくとも親友レベルではお前と関わってなかったはずだろ? せいぜい冷めた幼馴染み関係位だろ」


「ぐぐぐ……冷めた幼馴染み関係だなんて……例えがひどい! 黒○徹子に似ている友達並みにひどい!」


「誰なのそれ? 一体誰なの? すごく気になる」


 しかもまた伏せ字を使うなんて!


「あの子は……もう、この世には……うっ、ぐすっ」


 そんな……事って……。


「おいおい、マジかよ……悪かったな」


「っていうか初めからこの世には存在しないけどね」


「嘘をついたな! お前はそんなやつだったのか! 嘘をついて何になるってんだい!」


「意味はあるよ、練習なんだ。私の将来の夢は詐欺師だから」


「ええっ! ほ、本気かい?!」


 驚きのあまりマ○オさん風になっちまった!


「冗談だよぉ天城くん。本当の将来の夢は、オレオレならぬワタシワタシ詐欺を行う詐欺師よ」


「やることを限定しただけで結局詐欺師じゃねーかっ! しかも、ワタシワタシ詐欺とか初耳だし言い辛いわ!」


「ふっ、天城ぃ……その程度のツッコミじゃあ詐欺師としてまだまだだなぁ……? これじゃ私を越えるなんてむりだぜぇ……」


 (すさ)まじく悪そうな表情で不思議なポーズを取る神崎。恥ずかしいはずなのに……、キャラ崩壊すら起きかねないのに……、俺は神崎のかつてない姿に感動を覚えていた。

 ……はっ、感動なんて覚えちゃいけない! ツッコまないと!


「そ、そんな悪い顔で言うな! ちなみにいつから俺は詐欺師になったんだ。しかも勝手に師弟関係みたくなってるし! ……て言うか詐欺師ってツッコミが大事なの?!」


「うん、とても大事。詐欺師にとってのツッコミは、蛇にとってのカロリーメイトくらい大事よ」


「意味不明だ! しかも蛇にとってのカロリーメイトだなんて、全く大事じゃねーだろ!」


「ん? ああ、その蛇じゃなくて、かくれんぼの蛇だよ」


「なんだ、その蛇か。それなら納得…………できるかっ!」


「そんなこと言ってるうちに、蛇も大好きなデラックスウルトラハイミルクが来たよ」


 店員はニコニコとした顔でデラックスウルトラハイミルクとやらを持ってきた。


 ……至って普通のミルク。牛乳だった。

 俺の目に映ったのはただの牛乳だった。デラックスウルトラハイの称号を得ることは、到底不可能であろう見た目の物。

 長年牛乳を愛してきた俺には、どうしても澄んで見えなかった。まあ、高級だろうがノーマルだろうが、牛乳はうまいんだがな。



「……飲む?」


「いや…………飲もう」


「どうぞ」



 神崎は何を思ったのか、俺に牛乳を譲渡しました。理由は分かりません。俺は思わず、敬い言葉を混ぜて説明するぐらい、意味が分かりませんでした。



「アイスコーヒー一つお願いします」



 と、ここで神崎は、自身の本当の要求を示した。店員は、かしこまりました、と頷いて俺達には見えない厨房? へと消えていった。




「結局何のためにミルクを頼んだんだよ、お前は」


「退院祝いだよ。退院祝い……」


「退院って……、確かに病院で寝込んでたけど、たった一日だけなのに……」


「退院祝いと言ったらまだまだあるよ」



 まだあるんかい! なんてツッコミをやりかけたが、嬉しくない訳じゃないし、むしろ嬉しいし、退院祝いという何かを楽しみにすることにした。



「えーっとね……。はい、どうぞ」



 神崎はまるでサンタクロースからのプレゼントのような、ゴージャスな包装がされた物を取り出した。

 そしてそれを差し出される。



「あ、ありがとう……。……一体何なんだこれは……」


「天城くん好きかと思ってロボットのプラモデル買ったの」


「…………へぇー、プラモデルかー。何のロボットだろうなー」



 プラモデルなんだ。どうしてプラモデルなんだ。神崎のセンスを疑うぜ。

 別にプラモデルが嫌いな訳ではないんだけど、ロボット人形なんて幼稚園以来のご対面だよ。

 ……まあ、それにさ、退院祝いに選ぶものって、もっと固定された物なかったっけ? 花束とか……ね? まあ、いいや、とりあえず何のロボットだろうか気になる。



「ほら開けて開けてっ」


「ああ、分かったよ」



 神崎の催促もあるし開けるか。



「よーし、開封だ」



 俺はできる限り丁寧に包装を剥がす。そして、中身が見えた。



「見た感じガンダムかな? ガンダムとかよく知らないけど……これはどういうやつだろう?」



 何て書いてるかな……。

 えーと、起動……千子……カンタム……。



「パッ……ぬぐぐ」



 パチもんプラモデルじゃねーか! 起動千子カンタムってなんなんだよ! 危うくツッコミかけた……、せっかくの退院祝いを投げるわけにはいかない……。

 ……なんだ……神崎ニヤニヤしてるし…………。ま、まさか、わかっていてこんな事したのか……、何てイヤらしいやつだ!



「それね、機動戦士ガ○ダムっていう作品のパクリものらしいよ」


「こ、公言しやがった! やっぱり知っててパチもんを……。て言うかカンタムなんて言ってしまったら、ガン○ムの伏せ字が意味なくなるよね」


「急に何を言っているの天城くん……。しかも伏せる場所が間違ってるよ」


「……まあ、いいや。ともかく、退院祝いをくれてありがとう、カンタム」


「いや、私カンタムじゃないよ!」


「あっ、ごめん。予測変換のミスだ」


「天城くんって予測変換で言葉をだしてるの?!」


「そういう意味ではないんだよ神崎」


 とにかく諭す俺だった。


 にしても……何て言うか……、話が進まないな。

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