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天城千九咲と神崎禊

 神崎は逃げなかった。

 俺の叫びを無視し彼女のとった行動は、俺を助ける事だった。



「……あ、天城くんを離して! 彼は何も関係ないでしょ!」



 神崎は自分のことよりも、自分の安全よりも、自分が嘆くことよりも、俺の事を優先した。自分より他人を優先した。

 これは誰にでもできることではないだろう。染み付いた委員長気質が発揮された。と言うよりは、そういう性格なんだろうな。そういう性分なんだ。

 優しくて優しくて優しくて、優しすぎる。自分のことは後回しにして、先に他人の事を優先する。何よりも友達思い……ならぬ、人思いってやつだ。


 そんな神崎に俺は言う。



「神崎……む、無駄だ……もうこいつ には……話を聞くことなんか……できない……。……意思が……な──あっうぐぅっっ」


 首を絞める強さは限界に達してきた。息が苦しい。苦しい……。



「何でよ! 早く離してよ!」



 神崎は骸に組み付き、俺の首に巻かれた手を引き剥がそうとする。

 すると、骸は組み付いてきた神崎の方に顔だけ捻る。ずっと神崎を見つめる。




「──やめろ! 神崎に手を出すな!」


 ──と言いたかったが首をきつく絞められ声が出ない。しかも、酸素の供給も無くなり、強く絞められてないときに、最低限取り入れた酸素も使い果たした。

 意識の消失まではあと僅かだろう。


 俺は、自身も神崎も死ぬことを覚悟したが、その時急に俺の首を絞める腕が緩んだ。

 どうして、殺すのをやめた?

 今もなお骸は神崎を見ている。

 まさかこいつは先に神崎を?!


「……むぐっ……!」



 緩められたお陰で多少荒く動いても、首が強く絞まらなくなったので、俺はその隙を突いて骸の顎を蹴りあげた。

 だが、骸は先ほどの軽さとは一線を画していた。すごく重くびくともしない。逆に俺の足がダメージを負った。

 駄目だ、これじゃあ……。


「俺の事はいいから神崎──」


 瞬間、俺の視界はぶれた。

 骸に放り投げられたのだ。その投げの威力は凄まじく、放り投げられると言うか大砲で発射されたみたいな感じ。

 俺の体は猛スピードで回転し、建物の方へ直進。そして、賽銭箱へと直撃。

 弾けた。




「──うぐあっっ…………」



 天城千九咲という砲弾によって破壊された賽銭箱の残骸に、俺は仰向けに倒れた。辛うじて体は動くようだが、中々起き上がれない。

 さっきまでいた場所に目を向けると、骸が神崎に迫っているのが見えた。


 ……ごめん……神崎。俺はもう無理だ……。


 助けようとしても助けられなかった。

 一旦起き上がったものの、全身を襲ってくる激痛に耐えきれず、すぐに転倒する。



 「神ざ……きぃ…………」



 もう駄目だと思ったとき……骸の拳が神崎を貫こうとしたときだった。

 それは神崎に触れることなく彼女の肩の横を通った。何が起きたか分からないが、骸は攻撃に失敗した。強制的に、無理矢理腕を動かされたかのように不自然だった。


 だけど、そんな数秒の時間じゃ意味がない。また奴は神崎を殺そうと何かやるはずだ。俺が……行かないと……。


 それでも俺は立てなかった。

 痛みと身体的損傷は今のところ人生最高で最悪の物だった。




「結局……無理なのかよ……。ちくしょう……」


 そう諦めた時、


「全然無理じゃないし、無駄じゃないよ。君はよく頑張った。……間に合って良かった……」



 そういう言葉と一緒に、音もたてずに屋根の上から朽木さんは降りてくる。

 俺の傍で彼女は言う。


「後は任せて──」



 救われた? いや、だけど。



「でも、朽木さんは……」


 そもそも俺の能力で威力が軽減されているはずなのに、こんなボロクソにやられているのだ、ダメージ軽減能力のない朽木さんが行けばどうなるのか。

 だが、朽木さんは言う。俺をなだめるように。


 触れさせないから──と言った。



 彼女は跳んだ──て言うか翔んだ。空高くまで。

 そのまま背中に背負っていたケースごしに、上から骸を蹴り潰す。人間のできることじゃないだろう……。あの人の体はどうなってるんだ……、世界最高峰究極の筋肉でも付いてて、それで跳躍したのか? ちなみに跳んでから骸を蹴り潰すまでの時間は、ちょっと前に言ったときと同じで、一秒も満たなかったと思う。


 地面は爆音と共にひび割れる。骸は奥深くにでも埋まっているのだろうか……、影も見えない。

 気付くといつの間にか神崎をお姫様抱っこしていた朽木さんだった。



 ほら、行って。ここは僕に任せて──と言ってないかもしれないが、そう言わんばかりに、王子様ならぬ滑らかな動きで神崎を降ろす。


 距離があって聞こえないけれど二人は何か話してるようだ。少し経って神崎はこっちに歩いてくる。朽木さんは手を振っている。



「──何……話してたんだ……?」



 俺の傍までやって来た神崎に言う。

 彼女は質問に対してこう答えた。



「別に何でもないよ。助けてくれたんだあの人が……もちろん天城くんも」


「そうなのか? ……まあ、俺は結局役に立たなかった気がするけどな……」


「そんなんじゃないよ。気持ちが嬉しいんだよ……」


 上から何やら降ってくる。神崎の涙。


「どうしてこんなにボロボロになるまで……私なんかの為に……そもそも、知ってたの?」


 最近知ったばかりだよ。


「ああ知ってたよ。それに、お前だから助けたかった、お前が大事だから……な。神崎ともっと話したかった、遊びたかった、何でもないような日を過ごしたかった。自分がボロボロになろうが関係ないよ」



「でも……でも……」


 神崎は震えていた。


「こんなになるまで……こんなに大きな怪我したら天城くんが死んじゃうよ……」


「…………ああ、それは気付かなかった」


 本当に……気付かなかった……。

 壊れた賽銭箱の鋭い破片がわき腹を貫いていた。道理でありえないくらいの激痛があったわけか、道理で立ち上がってもすぐに倒れちゃった訳か。

 確かに……やばい状況だ。映画の主人公なんかじゃないんだ、俺なんか簡単に死ぬ。



「駄目だよ……そんなの。死んだら……嫌だよ天城くん……。助けてくれたのに……私の事を助けておいて自分だけ死ぬなんて駄目だよ……」


 神崎は俺を軽く抱いて泣きじゃくる。



「……はは、死ぬわけないだろ……? だって俺はこの人生の主人公なんだから……」


 映画の主人公ではなくとも、俺自身の人生の主人公だ。

 笑って冗談を言ってあげた。

 だけど自分の意識が朦朧としていることに気付いた。身体中の傷から血が溢れる。



「絶対……だからね……? 今度は私が……助けるから……」


 神崎はそう言って、涙を拭き、立ち上がろうとした。


 だけど俺は朦朧と意識……今にも瞼が閉じてしまいそうな中で、神崎を引き止める。必死に引き止めた。



「待……てっ、…………待って……くれ……!」


 俺は神崎の腕を掴む。

 神崎は驚き心配が混ざったような表情でこちらを見る。



「神崎……お前……は、お前は……今……悩みはあるか……?」


 言った。俺はこう言った。

 神崎は首を振って、俺の肩を持って答える。


「ないよ……ないよ……、だって天城くんが助けてくれたから……何も悩みなんてないよ!」


 神崎は訴えるように言った。


 それを聞いて俺は安心した。

 だから、苦痛に顔を歪められるかもしれないが、今できる精一杯の笑顔を見せた。

 俺は大丈夫だから安心してくれという意味を込めた笑顔。と共に伝えた。



「──そっか…………良かっ……た……」

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