偶然と狐
自分が我を忘れて攻撃し続けていたことを思い出すと、何だか自分が自分ではないように感じる。何かに取り憑かれたような……そんな感覚。
話を戻そう。
骸が再生する前にとどめをさすことができるなら、そっちの方が良いのだが、あいにくそれは無理のようだ。
「──簡潔に言うとだね、骸はある種の呪いで動いている。その呪いを解くためにある術式を仕掛けないといけないんだ。それまで時間稼ぎよろしくって事だよ」
と、朽木さんは言う。
囮となって逃げ回り、術式を作るまでの時間をくれって事だな。
「分かった朽木さん。とにかく逃げれば良いんですね?」
「そうそう。逃げ回って逃げ回って、最終的には私の所に骸を連れてきてくれれば最高だ」
俺は静かに頷く。
そんな俺を見た朽木さんは、こう言う。
「随分と余裕だねぇ、千九咲くん」
「余裕ってわけじゃないです」
「そっか。……じゃあ離れた所で術式作ってるから、よろしくね」
手を振りながら神社のずっと奥の方へと向かう朽木さん。
俺はずっと粉々になった骸を見ていた。
見張っていた。
「どのくらいで再生するんだろうな」
五分経過。十分経過。三十分経過。一時間経過。
みたいな表現をしたいところだが、一時間も経ってしまったら、今回の物語は終わってしまっているだろう。
なので表現を変える。
数字を入れ換えるだけだが。
──三十秒経過。
ちょっと短すぎる経過だろうか……。
「気持ちの悪いことに、砕いた骨が一ヶ所に集まってきてるな」
──一分経過。
まだまだ短すぎる。さっきから三十秒しか経ってないもの。
「何か骸の形に戻ってきてるな。……蹴ってみるか……おらっ! 硬化でもしたのか……? めっちゃ硬いぞ」
──二分経過。
この短すぎる経過なんて誰も求めてはいない。終わりたい。
「大分……、形ができたな。そろそろか……」
大きく深呼吸。緊張してきた。
──三分経過。
しっかりと骸の形を取り戻した粉々だった骨。俺は臨戦態勢というか逃げる態勢になっていた。心臓の鼓動が聞こえるほどに、集中と緊張が交わる。
少し待つと骸は立ち上がる。
とても恐怖を仰いでくれる、ホラー映画なんかでよくありそうなシーン。立ち上がるだけで、その恐怖を感じさせてくれる。
「ったく……恐怖映画かよ。入場料は払わねえからな」
遠隔操作がなくなり、ただの殺戮兵器になった骸には分かることのない言葉を吐き捨て、俺はどうやって逃げるかを今頃考え始めていた。
「ギギ…………ガ……ギ……ゴゴギガ……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ」
狂気の断末魔のような声ではない──音と共に骸は飛び付いてくる。
「おい、骨からの抱擁なんて求めてないぜ!」
不意を突かれたものの、間一髪──冗談混じりの言葉を据えて躱すことができた。
──いや、完全に避けきれてない!
「ぐっ……」
本当に何かのワンシーンなのか、頬に傷……血が垂れた。
「こいつ……」
時間稼ぎ……だけでも、骨が折れる作業になりそうだな。て言うかなるよね、間違いなく。 にしても何故頬を削られたんだ……。スピードは間違いなくあのときの朽木さんの方が速かった、だから躱せたと思ったのに……。
すると、骸はまた不可解で不快な音を立てながら、こちらに迫ってくる。
「ギゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
「速っ?!」
予想以上の……さっきの二倍はありそうな早さで突っ込んできた。
骸が振るう右腕を、俺は姿勢を低くすることで避ける。
「よしっ、よしっ、避けたぞ!」
こいつ、速いだけでやることは単純だ。ひたすら突っ込んできて一発殴りに来るだけ。これなら、変なミスをしない限りは安泰だぜ。
骸はまたこちらを向き、飛び込んでくる。
俺はそれを軽やかに避けた。
楽勝だな。さっき頬をやられたのは、油断してたからって事だ。
「だけど、緊張はするわな」
以前として心臓の鼓動は早い。
もう、逃げる気などさらさらない。緊張感が高まり、少しずつ高揚していく自身。
全てを躱しきって、あわよくば骸に攻撃を与える。
時間稼ぎということは十分理解しているが、今のところ自分がしたのは逃げたり話をしたりしただけ。
自分だって戦いたい。勝手だけどさ。
それにやれるなら、やった方がいいはずだ。
「今度はこっちからだ!」
骸に向かって全力で駆ける。
俺と骸との距離がおよそ二メートルほどになったとき、骸も動き出した。
単純な動作は消え、さっきまでとは全く違う動き。まるでボクシング選手のように、鮮やかで流麗な連撃を俺に行う。
「……っ! いきなりっ……バカな……」
攻撃の速さが尋常じゃない。腕を使って何とかガードしているが、それを貫通する圧倒的なパワー。
構えた腕に攻撃を受ける度、強烈な痛みと共に俺は後退りをしてしまう。
後退りするほどの力は俺の腕に、打撃として痛烈な衝撃を与えながらも、鋭い斬撃を与えた時のように血を噴き上げさせる。
「う……ぐっ……」
凄く痛い。痛いけど負けることはできない。俺は両手を使い、骸の片腕だけでも掴もうと必死に動いた。
身体中に傷を負いながらも俺は骸の右腕を掴むことに成功する。
「うおらっ!!」
「ガゴ……ギ……」
骸の肋骨下部辺りに蹴りを入れ込む。
とてつもなく軽かった。俺が骸の腕を掴んでたから、それは起きなかっただけで、本当なら数十メートルは軽々と飛びそうだった。まるでサッカーボールのような……。
これほどまでに軽い物体が、一体どうやって驚異的な力を生み出せるのか。軽すぎて、俺が受けたような重い一撃など出せそうにない。
と、一瞬の間に考えていた時、骸の腕が黒に近い紫の光に包まれる。掴んでない左腕だ。
「妖力か──」
気付いたときにはもう遅く。
「ギゴゴゲゲガガガガギゴグググゴガガガガ」
骸の光輝く腕は、奴の叫びと共に俺の腹にぶちこまれていた。
俺も軽々しくふっとぶ。飛ばされた方向は、石段の最上段にある鳥居。
俺の体は鳥居の柱へとめり込む。
「あぐぁっ……!」
めり込んだとほぼ同時に、俺は壮大に血を吐いた。
柱に激突した痛みを我慢しながら、抜け出そうとするが、思ったより深く嵌まったのか抜け出せない。
骸は徐々に増幅していく光を纏って、こっちに少しずつ近づいてくる。
マジでやばい……。
「はや……く…………抜け……ないと……」
だが痛みに強い耐性があるわけでもない俺だ。我慢といっても限度があり、強い力で抜け出そうとすることができない。
「うぐっ……! ふぅっ……!」
小さな力しか入れることができてないが、柱から少しずつ抜けてきているのは分かった。
骸も少しずつ近づいてきていることも分かる、このままでは殺される。
奴の左腕に纏われた光は肥大化、既に骸自身と同じ大きさになっていた。あんなものに殴られれば……、ちょんと押されただけでも消し飛ばされてしまいそうだ。
そして骸は、俺の目の前までやってくる。
「ギ……ギ……ギ……ギ……」
骸は俺を攻撃しようと左腕を少し引いた。
俺は恐怖に怯え、希望にすがり、叫ぶ。
叫びながら必死に抜け出そうとする。
「うわあああああああああああ!」
すると、俺の体はまるですり抜けるように柱から抜け出て、すぐそこに両手両足を着いて地面に降りる。
「……!」
それと同時に骸の拳が、俺の頭上を通って突き出されていた。轟音と共に柱は文字通り消し飛ぶ。
あとちょっとでも抜けるのが遅かったら、鳥居の柱のように跡形も無く消えてしまう。と思うととてもおぞましかった。
俺は走る。バランスを崩しながら骸から離れようとする。
だけど、すぐに骸に掴まれた。
「うう……あ、やめろっ……! この、離せよおい!」
首を掴まれ持ち上げられる。
徐々に首が絞まってくる……。
……そんな俺の視界にあるものが……石段を昇ってくる人が映った。俺を見て、青い顔をした、驚いた表情の──。
「──あ、天城……くん……? え……な、なんで……」
神崎だ。
ああ俺はバカだ。何で気付かなかった……。
たまたま同じ方向に用事があるなんて……骸を操作していたやつも言ってたじゃねえか。
神崎を巻き込むわけには……。
「ぐくっ……か……神崎。……に、逃げろっ……!」
「あ……う……」
「はやく……はやくっ……!」
俺は必死に言った。




