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妖怪と怒り

 俺は立ち止まっていた。

 立ち止まった理由は、先行して歩いていた朽木さんが止まったからである。


 ちなみに現在位置は、後数十段で惡ノ宮の敷地内に入り込んでしまう場所。

 まあ、石段ね。石段だ。

 て言うか石段の所で既に敷地内だよな。多分。


 と、ここまではちょっとした前置き。

 俺は朽木さんに立ち止まった理由を聞いてみた。




「どうしたんですか? 朽木さん」



 朽木さんは名探偵みたいに手を顎にやって唸っていた。名探偵コナソではないよな。あっついでにコナソっていうのは、俺なりに伏せ字的な意味を込めてみたんだ。

 朽木さんは言う。



「千九咲くん、君はもし骸の行っている事が合法だとするなら、何もする気はないんだっけ?」


「……はい、そうですね。それが周知の出来事で至って普通と言うなら……、神崎も認めているのなら、俺は何も手を出す気はありません。──神崎が嫌がっているのなら別ですけどね」




 そっか、じゃあ──と朽木さん。


「万が一の可能性も考えて骸に話を聞いてくれ。打倒骸が神崎ちゃんにとって迷惑になることなら、骸を狙うことに意味はないからね」


「分かりました」



 俺は間髪入れずに承諾。

 朽木さんも冷静沈着といった感じに言う。



「じゃあ、骸に話を聞く時のサインを決めとこう。……簡単だよ、グーとパーだ。もし君が骸と話していて意志疎通ができなかった場合、若しくは、骸が神崎ちゃんにとって害のある存在と判断したなら──両手をパーにしろ。手を開け、思いっきりな」


「俺の判断でいいんですか?」


「これは確認みたいな物だからね、十中八九神崎ちゃんは迷惑してるだろうさ。だから、君の判断でも問題ない。判断する必要も無いと言えばないのだけれど」



 そうか。それなら、俺はすぐに手を開いてサインを送るかもしれないな。



「千九咲くん、骸が危険だと思ったらすぐにサインをくれよ」



 速攻で殺しにかかるから──と朽木さんは、今まで以上に冷たく言い放った。



「骸の声を聞く間もなくサイン送るかもしれませんよ、ははは」


「それでもいーよ。千九咲くん」



 

 俺は朽木さんに笑顔を送り、その後石段を昇る。一旦深呼吸をした。

 そして、上り終えて敷地内に侵入、少し進んでから叫んだ。




「おい、骨野郎! 出てこいよ!」



 叫びつつも、しなやかみたいな声を出した。 場を静寂が支配した。

 風が舞い、草木や葉がざわめく音がする。



「居ないのか! そんなことはねぇよな?!」


 もう一度叫ぶ。

 すると、小さな竜巻と共に奴は現れた。

 バチが当たりそうだな、賽銭箱の上に現れたのだ。骸は堂々と上に立ってやがる。




「何か用か? お前はこの前、石段近くでこちらを覗いてたやつだろう?」


「……ああ、御名答だよ」



 俺は認める。

 さっさとこの話を終わらせてやる。



「聞きたいことがあるんだ」


「好きなだけ聞け。何でお前に見えるのかは知らぬが、面倒な事はさっさと終わらせるに過ぎるわ」



 ああ、どうやら俺と同じ思考回路のようだな。さっさと終わらせたいのは俺もだぜ。

 理解のいいやつでもあって助かるよ。



「俺の聞きたいことは、お前が化け狐に暴力を振るった理由だ。教えてくれ、何故あいつにあんなことをした?」



 あくまでクールに、内心燃え上がっているのだが、クールに振る舞った。

 骸は静止していたのだが、すぐに動き出した。



「あぁ? 化け狐?」


「分かってるだろ! お前が昨日蹴り飛ばした女の子の事だよ!」


「あぁー、あれか」



 思い出したような声で骸は言う。

 そもそも骨だけの体のどこに発声器官があるのだろうか。

 と、思っていると骸は信じられない言葉を発した。今にもサインを送ってしまいそうだった。だってあいつは──。




「──何となく。あいつを蹴り飛ばしたのは何となくだよ」


「は……?」



 たったそれだけか? どういうことだよ?

 俺は思ったことをありのままに言う。



「たったそれだけか? どういうことだよ?!」


「だからなぁ……、元人間の化け狐がここら辺うろついてるなんて聞いたから、人間風情が調子に乗るな。って事で痛め付けてやりたくなってなぁ。……今日も明日もじっくりと傷つけてやる予定さ」



 骸はケラケラと笑っている。

 そんな骸に俺はもう一度聞く。



「なあ、本当にそんな小さな事だけなのか?」



 まるで他人のことを聞くかのように。



「ああ、それだけだ。ぶっ飛ばしたくなったってだけだ」



 何だっけな。とりあえず骸を操作している奴が誰か知らんが、とにかく目の前に存在する骨は砕いてやらないとな。

 殺意が湧くよ、本当にさ。

 クズの妖怪め、ゴミめ、少し話しただけで苛つく。

 こいつを動かしている妖怪はどんな顔してんだよ。そいつの顔をぐちゃぐちゃにしてやりてぇ。殺してやりたい。


 神崎が可哀想だ、ただの八つ当たりと何ら変わらない仕打ちを受けて、これからもまた暴力を受けなきゃいけないなんて。


 絶対に止めてやるから安心しろよ神崎。

 元人間だからという、そんなちんけな理由だけでお前を傷つけるやつを、今から消してやるからさ。


 もう、忘れさせてやるからさ。


 だから、骸。お前はもうここに……この世に居ちゃ駄目だ。

 神崎のためだから。喜べよ。

 あいつのために死ねるんだから。



 何とも言えない思いを胸に馳せて、俺は握った拳を開く。



「ちょっと話したぐらいだけどさ、お前はクズだな。クズ中のクズだ。神崎には手を出させない」







 この時手を開き作戦が伝達された。

 骸の排除は決定されたのだ、俺の判断によって。俺の意思によって。

 賽銭箱の上の屋根。拝殿の屋根の上に朽木さんがいた。


 気づいたときには、朽木さんの足は屋根から離れていて──。

 右手には蒼白い光を纏った刀。

 左手には朱黒い光を纏った刀。

 二刀流で宙を舞う姿はとても神々しかった。


 そう言えば、朽木さんは人間を殺せなかった。妖怪でさえ、そいつがいいやつなら殺せない。けれど、絶対の悪ならば殺せると……人でも妖怪でも殺せると、石段を昇る最中に語ってくれた。


 そうは言ったものの。そうだとしても。

 敵が悪だからといって、あれほどまでに冷たい目が出来るものなのか。


 冷たくて、狂ってて、残酷で、残虐な目。それでいて綺麗で透き通った、美しい目。

 見蕩れた。凄く……見蕩れた。



 朽木さんはそのまま骸を叩き切った。

 本当に綺麗に切った。真っ二つと言うか、二刀流でクロスさせたので四等分。


 朽木さんが屋根から跳び、骸を叩き切るまでの時間は、多分一秒もかかってない。

 骸が躱せない訳だ。

 一秒なんてレベルじゃないかもしれない。……朽木さんは速すぎた。







「……」



 体が四つに分かれても、ムカデのように動いている骸。

 俺は骸を蹴る。蹴り潰す。砕くのだ、粉々になるまで。



「お前なんか消えろ!」



 怒りに身を任せてひたすら足を動かす。

 もう二度と動くな。二度と視界に映るな。二度と神崎に近寄るな。消えて失せろ。




「──ん! ──咲くん! 千九咲くん!」



 と、急に朽木さんの声が聞こえてきた。



「あっ。……朽木さん」



 朽木さんは心配そうな顔をしている。



「どうしたんだい……? 千九咲くん……」


「いや、別に……こいつは絶対にいなくなった方がいいと……思って」



 俺は朽木さんに包み隠さず言った。

 思ったことをそのまま。



「……。千九咲くん、こいつの遠隔操作は切れたようだ……。多分神崎ちゃんに危害を加える事はない」


「結局、囮役はしないと?」


「いや、囮にはなってもらう。遠隔操作が切れた今、骸本来の力が戻り、能力は底上げされているだろうから、すぐに再生して近くに居るものを襲うはずだ。だから、私達がこいつを倒さなきゃいけない」


「……はい、分かりました」




 俺はほとんど生返事みたいになったが、返答した。

 まだ、終わってはいない。

 だけど、もう神崎に危害を加えられないと分かると気が抜けてきた。


 後は骸にとどめをさすだけ。

 だけど、この後かなりの苦戦を強いられるなんて俺は思ってもみなかった。

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