会話とイベント
目覚めた。日の光を浴びて目覚めた。
日の光というのは冗談だ。まあ、ともかく目覚めたのだ。
それにしても、昨日朽木さんと戦った時にできた傷が痛いな。ショックでハゲそうだよ。
「いてて、体が……。今は八時かー。約束は九時だし、そろそろ起きないとキツいよな」
俺はベッドから起き上がり、リビングへと向かう。
と、そこには朝早いのに姉ちゃんがいた。いつもは遅くまで寝てるのにな。
「おはよう、姉ちゃん」
「ああ、はよう千九咲」
【お】が抜けてたな。いや、敢えて抜かしたのか。いいセンスだ。
「朝のミルクはどうよ、一杯やりやせんか千九咲さぁん」
変な言い方で俺を誘ってくる。
朝の牛乳ってのは大事だよ。
「うん、じゃあ貰うよ」
「はい、どーぞ」
ひょいっと牛乳瓶を投げてくる姉ちゃん。いきなりだったので落としかけた。
俺はここで姉ちゃんに話しかけた。
「姉ちゃんにしては随分と早いお目覚めだな。何かあるのか?」
「別に大した用事はない。だけど予感がしたんだよ、千九咲が大きな戦へと赴く事を」
正解だな。何の予知能力だよ。
「ははは、間違ってはねえよ、姉ちゃん」
「へー、だとしたら今日は大事件起きんのかな? 高校生が盗撮で捕まる事件とか」
「社会的な生命を懸けた戦いには出向かねぇよ、姉ちゃん」
俺は牛乳を飲み終え、そのまま着替えに移る。すると、姉ちゃんは急に真面目な声色になった。
「──千九咲……そんな真面目で怖い顔して、何をするつもりかは知らないけど、無茶はするなよ。困ったときは頼れ。私を頼れ。妹を頼れ。母さんや父さんを頼れ。一人で一丁前に悩むな、私達がいつだってお前を助けてやるから」
常套句のようにも聞こえるけれど、そうやって言葉を貰えるととても気分が軽くなる。
「うん。ありがとう」
着替えが終わり、歯を磨き、靴下履い──略。というわけで八時半。俺がもう出ようと靴を履いていた時、ふと思った事を口にした。
「……もし、友達が危険な目にあっていたとして、姉ちゃんはそれを助けるか?」
「……? 当然だろ?」
「じゃあ、命を懸けることができるか? その友達の為に死ねるか? 死んでも助けてやるって思えるか?」
俺は聞く。
普通の事のように。
「馬鹿かお前は。死ねる訳がないだろう」
姉ちゃんは……そう言う。
「死なねーよ私は。そいつの為に命は懸けるけど、死んでなんかやらない。そいつを助けて、私も生きて──いつも通り楽しく日々を過ごしてやる。どんなときだって、自分も友達も死なない道を選ぶ。道が無いなら作ってやる、そのために何度だってもがき苦しんでやるよ。必死で足掻いてやるよ。友達ってのはそう言うものだろ、片方が欠けたら意味ない」
俺は笑った。姉ちゃんに聞こえないぐらいに。
「なんだよ千九咲。お前は救えねーのか? 助けようとは思わないのか?」
「いや、姉ちゃん。ほとんど同感だ。だけど、少しだけ違うな。俺は友達の為なら死んでやるさ、そいつを救うためなら死んでも助けてやるんだ。──まあ、それでもやっぱり」
やっぱり、そうだよな。
「簡単に死んではやらねーけど」
そうだよ。
「ああ、その通りだよ千九咲。人は簡単に死んだらいけない、死ぬことは軽くなんかない。だから、簡単に死んでやるなよ千九咲」
「──分かってるよ。……じゃあ、行ってくる。愛してるよ姉ちゃん、また会おうぜ」
「ああ、私も愛してるよ、千九咲。また今度な」
俺は家を出た。
出てからというものの、必死に自転車をこいで、何かを考えることもなく、ただ自転車を動かしていた。
だけど今考えてしまった。実際骸と戦えば死んじゃうかもしれないよな、なんて考えてしまった。何かを考えることもなくっていう言葉が無駄になったよ。
「まあ、つまり……俺の言いたい事ってのは……、神崎の事を死んでも助けてやりたいって事だよなぁ……。言葉のニュアンスをどう取ろうと、全く関係ないよ」
助けたいだけだから。
神崎禊を。
損得無しに。
「そう言えば──」
そう言えばそうだ。
「俺は神崎と友達だけど、数少ない友人の一人だけど、そんなに話すことはないよな。話すことのネタは尽きないけど、話す機会自体がそんなにないよな……」
すごいくらいに友人。すごいくらいに友達。すごいくらいに親友。
みたいに思ってるのは案外俺だけだったりして。それだったら何だか悲しいな。
「よし、そうだ。骸を倒して、神崎を助けたら、あいつといっぱい話そう。いっぱいあいつと遊んでやる。関わる機会を作りまくってやる」
なーんて、浮かれたことを考える俺。
だけど、それも悪くないよ。やるというなら、すごく楽しみだ。
いつから俺はこんな奴になったんだか……。
本当にいつからだろう……天狗に会ってから? 不自然なタイミングで天狗に出会ってから? 感情を操作、とか言ってたか?
──それは違うだろ。誰かに何かを変えられた事なんてない、俺はいつも通りの俺だ。
「あっ」
そうやって公園に向かう俺の視界に映ったのは、散歩か何かをしてた神崎であった。
もちろん、流れと言うかその場の勢いで呼んでみた。
「おーい神崎ーー!」
神崎は俺の方を振り向く。
「あれ? 天城くん。何してるの?」
「ちょっと向こうの方に用事があってな。神崎こそなにしてんだ? 散歩でもしてるのか?」
俺は指を差しながら言う。
神崎は驚いた表情を浮かべる、だがすぐに笑顔になる。
「奇遇だねぇ、私もそっちの方に用事があるんだ。決して散歩とかじゃないよ?」
などと、本当に奇遇なことに、同じ方向に用事があるようだ。ちなみに散歩ではないらしいな。詳しくは聞かないし聞かれなかったので、目的地への話はこれで終わり。
にしても小説みたいな文字だけの作品で、向こうだとかそっちだとか言ってもよく分かんないよな。読者的には憤怒の対象だよ。
「なあ、神崎」
そして、ここで一旦真面目になる俺だった。
「お前は悩んでる事とかあるか?」
向こうからすれば明らかに唐突過ぎる質問。それは分かっているけれど、聞かずにはいられなかった。
私情に深く踏み込んでくるのは迷惑だって分かってる。それでも聞かずにはいられなかった。
「私に……悩み……?」
明らかだった。
明らかに表情が暗くなるのを、俺は……見た。
だけど、それを必死にひた隠しにするように、彼女は明るい表情を浮かべる。
「ないよ? 悩みなんて……そんなもの」
我慢なんてするなよ。
悲しいこととか辛いこととかは、ちゃんと吐き出せよ。
楽になった方がいいよ。
──そう俺は思った。……心の中から、心の底から、そう思った。
「そうか? まあ、何かあるなら相談してくれよ。待ってるからさ」
待つことはないよな、今から俺が終わらせに行くんだから。
まあそれでも、これ以外にも悩みがあるなら──無いとしても、これからできるとするなら、その時は絶対に待っていてやるからな。
お前の障害は俺が取り除く。
俺は言った。
「俺、もういくよ」
そして、もう一つ。
「次に会ったときだ、次に会ったときはいっぱい話そうぜ! 今まで以上に仲良くしよう! またな、神崎!」
「ち、ちょっと天城くん……?」
急に変な事言い出して、去っていこうとする俺に、不審の目を向ける神崎。そりゃ仕方ないわな。
神崎から大分離れて、俺は独り言を呟いた。
「よーし、やってやろう。絶対にあの骨を倒す!」
決意が固まる。
一人自転車をこぎながら笑顔でいる俺は、他の人からはどう見えるのだろうか。
腕時計を見ると九時近くになっていた。
公園も見えてきたし、ちょうどいい時間帯だな。
「千九咲くーん」
公園に着く前に呼び止められた。
朽木さんのようだ。
「朽木さん! 早いですね」
「まあ、準備は必要な事だからね。千九咲くんはもう準備はオーケーかい?」
「はい、オーケーですよ。いつでも行けます」
じゃあ、行こうかね。
「早く行きましょう。ラストバトルの前の会話イベントは終わらせましたしね」
「そうだねー。よし千九咲くん、いざ出発だ。最高のグッドエンディングを迎えようぜ」
なんてバカを言いながら、俺達は惡ノ宮へと向かう。




