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長々と話

 ──んーよく寝た……。

 …………違うわ! 寝てたけど、そんな安らぎの意味での寝てたじゃねぇ!

 気絶してたんだよ!


「うっ……」


 起き上がろうすると身体中が痛い。まるで体の内部からハンマーで殴られているような感覚。よく使われる表現だけれど、これが一番しっくりとくる。

 と、ここで俺は気付く。自分の寝転がっているのは公園のベンチなのだが……そこまではいいのだが……。このベンチにはもう一人、人が座ってる。

 それはもちろん先程俺と激闘──とは言えない一方的な戦いを繰り広げた朽木さんだ。しかも、しかも。その朽木さんに膝枕をされていた。俺が思うに膝枕っていうのは、どちらかというと太もも枕と言うのが正しいんじゃないかとか思うけれど、そんなことどうでもいいよね。

 もちろん驚いたよ。


「──うおあああっっ!!」


「うひょあっ!」


 俺が叫ぶと朽木さんも驚いたようで一緒に叫んだ。


「な、何だ千九咲くん起きたの……。ビックリさせないでよ。すごく驚くんだからさ」


「こっちの台詞です。どう考えても、どう考えなくても」


 にしてもだ──朽木さんみたいな、美しい女と書いて美女と読める──朽木伊従と書いて美女と読めるような人に、膝枕をしてもらえて光栄ですよ。

 体に悪いよ本当に。いろんな意味でさ。

 なので頑張って起き上がろうとしたものの、このままで居たいという本能か、普通に体の痛みのせいか、俺は起き上がる事ができなかった。

 と、目が覚めたのに起き上がらないのは気まずいので、とりあえず何か言葉はないかと探していたら、朽木さんが俺に話しかけてくれた。


「千九咲くん……。ごめんね。痛いだろう。このままで居ていいからね」


「あ、いや、その……別に大丈夫……じゃなくもないですね」


 このままで居ようと思った。

 このままで居たいと思った。

 変な気持ちなんてない。朽木さんの女性らしい、細いけど柔らかくて、気持ちのいい体を味わっておきたい。だなんて思ってない。

 そんな変な意味では決してないのである。


 だってそう言うことなら、俺はちゃんと男らしく宣言するから。


 すると、朽木さんは、やっぱり──と言う。


「私には人を殺せないよ」


 そういえばそうだったな。さっきまで俺たち殺し合いしてたんだっけ? 俺は殺す気なんてなかったが。

 にしても、朽木さんが人を殺せないなんて何か分かる気がする。

 出会ってから一時間も経っていないけれども、それでも何となく分かる気がする。


「そう……ですよね。朽木さんに人は殺せないですよ。だって、最初から……そもそも最初の一撃で俺を殺せてたでしょう? 本気だったなら、確実に」


 そう言うと、自分で言っておきながらゾクッとする。恐ろしいな、仮に朽木さんが本気で──本当に本気の本気で俺を殺そうとしていたのなら、俺の人生はあそこで終わっていたのだ。

 これで恐ろしくないのなら、一体何が恐ろしいと言うのだろう。


「あはは……。バレて……た……?」


 今気付いただけなんだがな。あのときは、ただ神崎の元へ向かうことに集中してたし──て言うか神崎! 神崎の元へ行かなきゃ! 早く、早く行かないと。

 俺は動こうとするけど、やっぱり。


「いっ……ぐっ…………」


 無理だな。


「ダメだよ、千九咲くん! じっとしてなきゃ。……本当にごめんね。私、殺す勇気なんてない癖に、意地張ってひたすら八つ当たりみたいに攻撃して……」


「謝る必要なんて無いですよ。俺が朽木さんを攻撃しようとしたから、朽木さんが俺に攻撃しただけ。ただの正当防衛です」


 朽木さんは本当に小さく頷く。

 ごめん──という言葉と共に。


「千九咲くん、もう君を殺すような真似はしないよ」


「はい?」


 殺すような真似?


「ゴーストバスターというのは、各々の地域があってね。この町は私の担当地域なんだ。……だから、町を滅ぼしかねない千九咲くんを──私は殺そうとしたの」


 早め早めに駆除をね──と、続ける。


「でも死なないのなら別にいいんだよ。問題は自分で勝手に死ぬということなんだから。誤って事故死なんてしなければ、君が妖怪になることはない……。だからね、待つよ。君の寿命が尽きる時まで、私は君の近くでずっと見てるよ。町が滅びたら、その時は私の責任。重すぎる責任だけどね、あははっ……」


「……朽木さん。ありがとうございます……。だけども笑ってられるような責任ではないですよね」


 とにかく一命はとりとめた。的な状況であることは間違いない。

 しばらくの沈黙の後、朽木さんは口を開く。


「──そう言えば、私気になることがあるんだけれど。化け狐について」


 化け狐……。


「最後に君が言ってたよね。もう何言ってるのか分からないくらい、必死で呂律(ろれつ)が回ってなかった気がするよ」


「……」


「とにかく、化け狐について簡単に聞かせてほしいんだ。……だって、今から私は君を助けてあげなきゃいけないしね」


 朽木さんは笑みを浮かべて、そう言った。ああ、この人は助けてくれるのだ。心優しいのだ。なんて思った。


「ありがとう……ございます。……でも俺が化け狐について知ってることは、あまり無いんですよね。残念な事に」


「そ、そうなんだ……」


「それに骸が言ってただけで──神崎って言うんですけど、あいつが本当に化け狐とは限りませんよね」


「神崎……くんが化け狐って言うのは──」


「あっ、神崎は男じゃなくて女です」


「えっ、そうなの? ごめん」


 突っ込んでみた。


「まあ、神崎ちゃんが化け狐って言うのは、信じられることだと思うよ。妖怪の事は妖怪が一番分かってるはずなんだから。恐らく妖怪なのであろう骸の言ってたことは、聞き間違えたって事がない限りは正しいものだ。神崎ちゃんは間違いなく化け狐……妖怪だよ」


「そう……ですよね……」


 どこかで、俺はあの光景を見間違えだと思いたかったのだろう。だけど、それは、分かっているのに、分かってないフリをしているだけになる。

 もし、本当に神崎を救うのならば、神崎自身に話を聞くこともあるだろう。

 もしかすると、朽木さんが言ってたみたいに、何かしらの理由があるのかもしれない。

 あってほしくはないけれど。


「──私は……まだ気になることがあるんだけど。聞いてもいいかい?」


「あっ、はい。大丈夫ですよ」


 そう言えば、細々と切っていたしゃべり方が無くなったな。キャラ作りの一貫でもあったのだろうか。まあ、とりあえず気にすることはないよな。

 朽木さんはその問いを口にする。


「私が聞きたいのは骸の事なんだけどね」


「骸ですか……」


「うん。骸に虐げられているっていう事の意味を知りたいんだけど。さっき言ってた時はボロボロな言葉だったから、解りづらくてね」


 まあ、実際ボロボロにダメージを負っていたしな。言動が支離滅裂になってたり、なりかけていたりしても不思議ではない。はずだ。


「骸が神崎に暴力を振るう瞬間を見ちゃったんですよ。……しかも、それと同時に骸が神崎の事を化け狐だって……」


 ああ、くそっ! 思い出すとイラついてくる。出来ることなら、あの骸をぶっとばしたい。殴って蹴って投げ飛ばしたいわ。


「なるほど。それは確かに助けないといけない、と思うのも無理はない。私だったら、その場で乗り込むもん」


「けっこうアグレッシブなことで……」


 そういう人と言えばそういう人なんだろうな、朽木さんは。


「というか一番聞きたいのは骸の形状なんだけど……そこはどうだった?」


 と、朽木さんは言う。

 膝枕をしてくれている俺に顔を近づけてくる。近い近い近い、勢いに身を任せてキスできちゃいそうだよ。

 ちょっと目をそらしてしまう。


「あー、そのですね……。普通に人の骨みたいな感じでしたけど、て言うか骨に形状なんてあるんですか?」


 俺は目を泳がせながら、質問をする。


「それがあるんだよね、形状って。実際私が見たことあるのは、どれも異形の物だったから、形容しづらいんだけどね。──ってそれはどうでもいいけど。にしても気になる、人の形の骸って」


 だってね──と言って朽木さんは続ける。


「妖怪として骸は存在してなくもないんだけどね。人の形の骸ってのは見たことがない、あるとしたら──それは作り物だ」


「作り……物?」


「そう、作り物。けっこう昔、大規模な妖怪同士の戦争があったんだけどね、その時作られたのが人形骸。超強力な戦闘能力を持った骸なのよ」


「……戦闘ロボット。無人機……って事だよな」


「うん、その通り」


 間違ってはないそうだ。


「でも、その無人機は……喋らないはずなんだけど」


 ん? 喋らない?

 だけど、俺は聞いたぞ。骸の声を、骨から声とも言えない声を、聞くだけで無性に苛ついてくるあの声を。

 そんな俺に朽木さんは続けた。説明してくれた。


「喋らないというか、喋らせる事はできる。だけど、仮に喋らせようとするならば、かなりの妖力の持ち主でない限り、そんなことはできないんだよ」


「つ、つまり?」


「かなりの妖力が無ければ無理だと言うのなら、喋らせる事のできる妖怪は、絞られてくる。実力的にも権力的にも強い妖怪が、そんなことしているというなら、一体その理由は何なのか。とっても気になるね」


 確かに気になる。神崎は化け狐だ、でも化け狐自体、妖怪としてはそれほど上位の物ではないのだろう。

 もし上位の妖怪と比べようものなら、一国の王様と庶民みたいな関係になるはずだ。

 だとしたら不思議に思うはず、王が一個人の庶民を気にする理由。大勢の庶民の中のたった一人を気にしている理由。


 謎が生まれた。


「何らかの意味があって……何か妖怪的な血が繋がってるとか」


 我ながらてきとうすぎる、幼稚な答えを出した気がした。


「千九咲くん、人間的な感情と同じように考えるのは止めた方がいい。妖怪っていうのは実に不思議なんだよ。上位の妖怪になればなるほど、大した理由もなく気分で動く奴が多くなってくるんだ。だから求めるのなら」


「……」


「それは出来るなら利己的な欲求の方向で考えるんだ」


 欲求? 性よ──とか? あれ今ちゃんと言えたなかったような。まあ、いいか。

 つまりマトモな考え方ではいけないということだよな。ただ単純に、本能的にやりたいと思った事。他人なんて関係ない、自分の事だけを考えた、いわゆる自己中。自己中心的な考え。

 人間的な感じで表すとあれだな。

 逮捕されるのもいとわず下半身露出するおっさんみたいな。

 ごめん、例えが悪かった。気分を害するよな。本当にごめん。

 じゃあそうだな、別に例えるならあれだ。

 彼女居るくせに浮気しまくる奴。

 ごめん、例えれてないよな。これまた、気分を害するよな。

 実際無理なんだよ、俺の頭的にも、書き手の頭的にもさ。マトモな例えが浮かばないよ。速く書くことを目指してるから、すぐ良い例えを考えるのを諦めちまうんだ。


 さあて、本題に戻るか。


「とにかく、そういうアレな方向で考えていけばいいんですよね?」


「うん? そうだなぁ、アレな考え方でいけばいいよ、うん……」


 自信無さそうに言った、朽木さんが。


「とりあえず、今はそういうのを考えるのはいい。そもそも、上位の妖怪などを相手取るのは、私のようなゴーストバスターの役目だからね。千九咲くんは神崎ちゃんを助ける事だけを考えてね」


「はい、分かりました」


 俺は頷く。

 と、ここで全くと言っていいほど関係無いのだけれど。こういう真面目な話をずっと膝枕状態でしてると思うと、何だかシュールだなぁとか思ってしまう。仮にアニメになって絵で表されたら本当にシュールなのかな。すごい気になるや。


「考えるべきは骸の退治方法ですよね?」


「うん、そうだよ。骸の退治方法を考えなきゃいけないね。……だけど、こんなただのマジ話を、ずっと追ってきている皆の為を思うと、そろそろ笑えない笑い話でもしておかないといけないよって思うよね」


「えっ、とりあえず皆って誰ですか?」


「この字面を見てる彼等だよ。君も今さっき外側の事を気にしていただろ」


「心を読まれていた?!」


「読んだんじゃなくて、詠んだんだよ」


「何故かカッコいい!」


「もっとセンスのある会話を学ぶべきだよね。君も書き手も」


 同意はするけど。認めたくない!


「一瞬だったけど、一時休憩挟んだし話を戻しましょう!」


「そうだね、それがいい」


 そうは思って無さそうな顔だなー。

 とにかくだ。骸を倒す方法を考えなきゃ。この白銀念狐編で時間は使ってられないぞ。


「千九咲くん一ついいかい?」


「何ですか? そんな真面目な顔で……また笑えないボケをかますなんて事はないですよね?」


「何を言ってるんだい? 千九咲くん」


 ヤバい。すごい白い目で見られてる。朽木さん的には、真面目モードに入っていたのか! こ、これは失敬……。


「そ、それで何でしょうか?」


 朽木さんは、うん──と一回頷いて答える。


「真面目な話もしようと思ったけど、その前に一ついい?」


「ん? 何ですか?」


「そろそろ長くなってきたし、一旦ここで切っていいかなって──」


「ダメだよ! ここで切ったら次の話が薄っぺらな物になっちゃう! 文字数がショボくなっちゃうよ!」


 文字数ってのは多い方が小説っぽいけど、少なすぎると様にならないんだよ!


「そっか、ごめんね千九咲くん。……じゃあ骸を倒す方法について言おうか」


「はい、よろしくお願いします」


 朽木さんは、特に抑揚も加えず言う。


「骸に弱点はない」


 静寂が訪れ、辺りは風の音だけが響いていた。


「……」


「……」


「……?」


「……?」


「あれ、ここで切るの?」


「切れませんよ! 文字数的に! 言ったでしょう!」


 しつこいネタ回しだ。かつてのDAKARAネタ並みにしつこいわ。

 かつて、と言うほど前のことではないけどな。


「いや、だって千九咲くんが反応しなかったから」


「すみません。何か続きがあるかと思って」


 さっさと話を進めろ!

 何て言われかねない。


「──それでだ、骸に弱点はない、ただ単純に力でぶちのめすしかない」


「中々──本当に単純ですね」


「そうでしょう? 単純極まりない。だけど、やることは難しいな。戦闘力が高いと言ったけど、本当に尋常じゃないくらいに強いんだ。正面から戦ったら、本気の私でも瞬殺されるよ」


「そ、それはマジですか……?」


 本気の私……と言うことは、俺と戦った時は本気ではなかったのだろう。手加減されてぼろ負けだったのに、本気だったら俺はどんなことになるのか。しかも、その本気の朽木さんでさえ瞬殺する骸はどんだけ強いんだよ。


「マジだよ、大まじめだよ。嘘なんかじゃない。インフレが速攻で起きる可能性も否めない強さだ」


「……」


 黙るしかなかった。そんなやつに俺がどう戦えと。

 だけれど、そんな俺に朽木さんは言う。


「君が囮役だ」


「はい?」


「君が囮になるんだ。隙を見て私がやる」


「いや、ちょっと待ってください! 朽木さんでさえ瞬殺する骸が相手ですよ? 俺なんか瞬殺以上の瞬殺ですよ!」


 いや、それはない──と朽木さんは言う。


「君の持つリンク能力は便利なんだよ? だって妖力による攻撃を、吸収することでカットできるんだ。だから骸は君にとって、ちょっと力の強い奴ってだけだ。……私が行ったら妖力使われて即死だよ」


「いや、でも、リンクは元人間にしか効果がないって──」


「それは違うぞ千九咲くん。リンク能力は元人間にしか効果はない、というのは嘘っぱちさ。全ての妖怪に効果がある、それには妖怪に触れなければいけないというだけだ。元人間の妖怪には、触れなくても吸収可能だけどね」


「な、なるほど」


 納得するしかないよな。

 納得以外の道が残されてないわ。


「と言うわけだ。詳しい説明は省く! 君はとにかく逃げ回ればいい。というわけで、明日の朝九時にこの公園に集合。はい、これ決まりね」


 決められた。もう、めんどくさいからさっさと決めちゃえ、みたいな感じで決められた。

 もうまるわかりだ。


「めんどくさいからって、早足で話を終わらせましたね……?」


「そうでないとも言えないね、確かに……」


 というわけで、これにて、今回の話は終了。

 終わり。

 終わる。

 終われ。

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