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朽木伊従と戦い

 朽木さんはケースの中身を取りだそうとする。武器か何かが入っているのかな。

 とにかく俺は全力で朽木さんの元へ走る。

 彼女は女性だ。女性だから彼女なのだ。そんな訳で女性を殴るのは正直気が引ける。だが、そんな場合ではない。俺がここで朽木さんを打ち破らねば、神崎を救うことはできない。

 だから、全力で殴りにかかる。言い方が汚いが。

 でも、多分あの人にそんな容赦をする必要はないはずだと。俺は思う。

 それは案の定正解だった。

 ケースから何かを取り出そうとする朽木さんなのだが、俺は何を勘違いしていたのだろう。ケースの中身がなければ戦うことはできない、なんて彼女は一度たりとも一言たりとも言ってない。

 なのに俺は突っ込んだ。

 中身の物を取り出すのに、手間取る朽木さんを見て、チャンスだと。隙だらけだと。

 ものの見事に勘違いしたわけだ。


「もらった!」


「中々抜けないな──」


 本当に抜けない抜けない──と朽木さんは笑う。俺の拳が朽木さんの頬を本当に打ち抜こうとしたとき、俺の左上半身に多大な負荷がかかった。負荷っていうか衝撃が。

 その理由は簡単。

 朽木さんは結局ケースから中身を抜くことは出来なかった、なのでケースごと俺を攻撃してきた。大きな大きなケースを右腕だけで掴み、俺にぶち当てた。

 俺は恐らく四、五メートルは吹っ飛んだ。

 そして、痛い。


「──痛ああああああ!」


 ついでにって言うほどの軽いものじゃないのだけれど……。骨折したとき並みに痛い! かつて、車のドアに指が挟まれて、骨を折った時があるが、そのくらい痛い。その十倍は痛いのだ。もしかしたら本当に折れたかも。


「ごめんごめん、ちょっと本気で払い過ぎたかな? でも、本気でぶつけなかったら、逆に君の拳が私の顔面を直撃していただろうし、仕方がないよね?」


 それにさ──と彼女は言う。


「女性の顔を傷付けるのは嫌でしょ? 私的にも、君的にもさ」


 余りの痛みにうずくまる俺は、それを虚ろに聞き流すことしかできなかった。

 すると、朽木さんはやりすぎたか……みたいな顔をして言った。


「千九咲くん大丈夫? これくらいで倒れられても……。まだ始まったばかりなんだし……。ほら立ちなよ」


 俺は言葉で催促される。

 朽木さんは至って変わらぬ笑顔で、俺は苦痛に表情を歪めた顔で、互いに反対の気持ちなのだろろか。


「よいしょっと」


 朽木さんはケースから武器を取り出す。

 中身は薙刀のようだ。刃物……。

 薙刀をデモンストレーションのように振り回す姿はとても似合っていた。て言うか、その前にあのケースには、どれだけの武器が詰まっているのだろう。あんなでかいケースに薙刀一つじゃ割に合わない。


「やっぱりやめよう」


「何を……ですか?」


「刃物なんか使ったら、君がやりにくいよね」


 そう言うと朽木さんは薙刀をケースにしまう。その代わりに他のものを取り出した。


「これでどう? いいんじゃないの?」


「いや……、それもどうかと思いますけど」


 鉄製の棒かな? 鉄パイプみたいな。

 でもそれよりは、はるかに存在感がある。ほらあれだよ。孫悟空の使う何か伸びる棒、如意棒みたいな装飾が施されてる。

 何にせよ、鉄の棒でぶっ叩かれるのも、痛いしどうかと思いますよ。

 朽木さんは如意棒モドキを立て、肘をおいて頬杖ついている。そして彼女は言う。


「じゃ、行きますよ。千九咲くん。痛いのは我慢してくれ」


「いや……まあ……その……少しくらい手加減してくれてもいいですよ……?」


「いや、女性に手加減されるってのは、男としてどうなんだい? ダメダメじゃないか」


 その瞬間に俺の腹部に鋭い痛みが走る。


「あぐっ……。ば……バカな……」


 如意棒モドキたる鉄棒は本当に伸びてきやがった。伸びたというか延びてきた。引き延ばされてきた感じだ。

 そんな優しい表現だけれど、腹に響く痛みは優しくなんてない。


「マジで如意棒……?」


 俺は疑問を口にする。

 朽木さんは軽く笑って言う。


「はははっ、それは違うよ千九咲くん。これは如意棒なんかじゃない。だって、棒が伸びたからと言って、それが如意棒とは限らないだろう?」


 俺は幾度も立ち向かう。

 何度も何度も叩きのめされ、その度に立ち上がって朽木さんに挑む。

 十回程度なんて越えてしまった。


 馬鹿みたいに立ち向かって、まるで子供のように無邪気に戦うような感じ。あながち間違ってはなく、子供が大人に立ち向かうみたいな構図だった。

 決して勝てない相手、小さな子供が大きな大人に勝つことはできないだろう。

 だってそこには年季、経験の量が違う。知識も負けてる。身体能力も負けてる。精神力も負けてる。……多分勝てるところなんて無いだろう。

 それでも。それでもだ。もし、そんな小さな子供が大きな大人にそれでも勝てるとするならば……それはその無邪気な心。今、この状況で言うなら、無邪気に立ち向かい続ける心。

 だけれど、俺と朽木さんの戦いは、もう少し+アルファがあった。大人はどんな武器も使っていい、みたいなハンデがついているのと同じような。戦い。もはやハンディキャップは圧倒的な戦力差を作るだけの、虐殺システムの一部。

 それではいくら子供が、無心で無邪気に一直線に立ち向かい続けても無駄に過ぎないだろう。どうしようもなく無駄過ぎるのだ。


 だけれど、そこに子供が勝てる可能性が……ほんの一パーセントでも、ほんの零・一パーセントでも存在すると言うならば──。そこに在るのは、非現実的な神の所業──ではなく。

 ただの油断。

 幾度となくぶつかって、理解した人間の油断。

 こいつは自分に勝つことはできない、確信という油断。

 根も葉もない、確証の無い油断。


「──うおおおおおおおおおっ!!」


 俺は踏み込んだ。まるで洗練すべきところを間違っていた。けれども、完璧に間違ってはなかった。というより、何が洗練されただって? それは……、立ち上がるということ。

 早く速く立ち上がること。

 この一回。俺は朽木さんに挑む中で、最も速く立ち上がり、最も速く立ち向かった。


「おっ?」


 少しだけ、朽木さんは驚いていた。

 この短い間、何十回も挑んだ中で最も速かったからだろうな。今までの二倍くらいは速いはずだ。


「すごいねぇ!? 千九咲くん!」


 朽木さんは言葉の感じでは、雰囲気の感じでは、余裕綽々みたいであったが、どうやらそれは違ったみたいだ。

 本当は少し動揺していたらしい、だって──


「狙いがブレブレだぜ! 朽木さん!」


 さっきまで俺には避ける余地のない、角度から、方向、強さで、棒を振るっていたのに、明らかに躱せる隙間があった。

 表すなら棒を振るうことで生まれる、棒のカーテン? それを潜り抜けた俺は二度目の、始めに不意を突いた際、以来の接近に成功した。


「やったっ!」


 俺は自分の右腕を突き出す。

 と。ここまで、偶然にも俺が高速でたちあがり。偶然にも朽木さんは油断して。偶然にも至近距離へと着いた訳だが。

 はっきりと言って無駄だった。


「がはっ……!」


 朽木さんの膝が俺の腹部に突き刺さる。

 さっきから腹はよく攻撃されるな。とにかく、俺はいつまで勘違いしてたんだろう。

 何でだろうな。武器がないと戦えないなんて言ってないじゃないか。棒の攻撃をくぐり抜ける事ができれば、もう安心だなんて──なんで思った。


 朽木さんはゴーストバスターだ。

 それなりに運動神経もあるだろう。計り違えた、油断してたのは俺もだった。


「はぁ……はぁ……」


 俺は腹の痛みにうずくまっていた。

 そんな俺に朽木さんは言う。


「千九咲くんはどうして戦うんだい? 何をしたくてこんなことしてるんだい? やるべき事があるのかい?」


 棒を俺に向けて言う。

 そろそろ終わりか、とどめを刺される感じかな?

 仕方ない。語れば、俺に同情してくれるかも知れないし。最後の賭けだ。


「──助けたい人が居るんです」


 俺は地面に寝た仰向けの状態で言う。


「俺は、そいつが変なことに巻き込まれてるのを、少し見ただけです。だけど見れば分かる! 一度でも一瞬見たら、それが、ヤバい事だっていうのは!」


 それを敢えて悪く言うように朽木さんは言葉を放つ。


「さっき、棒が伸びたからと言って、それが如意棒かと言われればそれは違う。みたいな事言ったよね。同じような……いや、同じではないか、言い方を借りるなら」


 朽木さんは言った。


「君が助けたいと思っているからと言って、本当にその人が助けてほしいと思っているか、と言われれば、それは別物だよね。もしかしたら、そうでなければいけない理由もあるのかも知れないし」


 だけど──と俺は言って。


「それでも助けないと……」


 言っていいのかは分からないが。


「暴力を受けなきゃいけない理由なんて無いはずだろ……。仮にあいつじゃなくても、一個人が暴虐を尽くされなきゃいけない理由なんて……あっていいはずがない……」


「そうだね。確かに理解出来るよ。今私達が行った喧嘩は、私の一方的な暴力と言ってもいいかもしれないけども」


「いや、それは俺が弱いから……」


 情けないな。悲しいよ。


「──朽木さんは、ゴーストバスターなんですよね?」


 俺は思い出したように言う。

 と言うか思い出したから言った。


「ああ、そうだよ?」


 ならば、あの骸をどうにかする方法があるかもしれない。あるかもではなく、どうにかしてくれるかもしれない。

 死んでやるよ。町のために死んでやるから。その代わりに──。


 だから。

 助けてほしい。

 神崎を救ってほしい。


「助けて……くださいっ……!」


 俺は少しだけ、起き上がる。


「俺の救いたい人って言うのは人じゃない……妖怪なんです。悲しい妖怪なんですよ。元々は人間で──」


 朽木さんの顔色が一気に変わる。


「──俺の友達で、変な骸に虐げられているみたいで……」


 ゴーストバスターなら、助けてあげてくれよ。骸を倒して、神崎を救ってあげてくれよ。


「今日初めて知ったけど……。妖怪だけど……化け狐だけれど、あいつは立派に人間で──」


 助けを祈る。

 その瞬間に俺の意識は飛ぶ。

 今までのダメージのせいだろうか?

 最後に見えたのは、朽木さんの悲しそうな顔。唇を噛んで、悔しそうに悲しそうにする顔だった。

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