魔王とゴーストバスター
気付いた時に俺が居たのは、何もない公園だった。本当に何もない公園だった。看板がなければここが公園だとは気付かなかったと思う。
はあ……。それにしても情けない。どれだけ俺はビビってたんだよ、あれじゃ神崎を見捨てたのと同じだろう。
いや、同じと言うか。もう見捨てていたんだ。
骸に恐怖していたんだ。
恐怖に負けていたんだ。
負けに屈していたんだ。
屈してそのまま立ち上がれなかったんだ。
俺は弱い。そんなこと分かっている。
それでも俺は、何をしてでも神崎を助ける。
俺の大切な友達を助けるんだ。
解決策を考えないといけないな。とにかく詩乃音に連絡を取ってみるか? それとも……。
「そういえば……」
骸の言った言葉。あの動く人骨が放った言葉。今思うと喋ったと言うよりは、テレパシーに近いものだったのかもしれない。
とりあえずだ。とりあえず……。骸の言った言葉……。化け狐?
「それはおかしいだろ……。だって、それじゃあ神崎は……。あいつは、ずっといつも同じ人間だったはず……。いや、それもまた違うのか、一方的に俺が同じだと……思い込んでいただけ」
人間ではなかった。
狐は居たのだ。
神崎は狐だった。
分かってしまった。
嘘ではないと。
嘘なんかじゃない。骸の言った言葉は嘘なんかじゃない。
思い返せば、神崎には何か人間離れした何かがあった。人間離れした雰囲気を持っていたのだ。
詩乃音と同じが故に気付かなかったのか。
多分詩乃音の時と同様に、俺は神崎の妖力を吸収していたのだろう、だから神崎が化け狐だと気づけなかった。
元人間の妖怪とのシンパシー。
吸収しなければ、あの骸のような確実な何かに気付いていたはずだ。
でも、そんなこと今更考えても、もう遅い。それに謎はまだある。
あの骸が神崎をあんな風にする理由。
「いつからだ……。いつからあの骸と接点があったんだ」
「本当にいつからなんだろうね。何のことかは知らないけれど」
期待に沿わぬ声。というより、期待はしていなかった声。期待しても意味のないはずの声。
あの和服のお姉さんこと和姉さんは言う。
俺の眼前に立ち、堂々と胸を張り、今までの事を全て見透かしたように言った。
「え? 和姉さん?」
「やあ、久し振り。というか。ちょっと前に会ったばかりだけどね」
和姉さんは笑ってそう言う。
「何にせよ。核心への確信は得た。……訳だね」
そう言うと、和姉さんは俺の服を掴み、恐らく柔道技なのだろうか、一瞬で引き倒してきた。
「うわっ!」
俺は見事に転倒、そのまま両手を後ろに回され拘束された。和姉さんはうつ伏せになっている俺の上に乗り、動けないように固めている。
「始めて会ったときは。本当にただの偶然だった。だけど、気付いたんだよね。君からほとばしる妖力。強大な妖力に。これはあくまで予想なんだけど。君はもしかして妖怪だったりするのかい? 千九咲くん」
そう言う和姉さんに、俺は言った。
痛みに耐えながら、力なく訴えた。
「ち、違います……」
「だとするならだ。君が妖力を持っている理由が付かない。その膨大な妖力が。何故か人間である君にある理由が」
「それは……」
「同業者。と言うわけではない。そのはずだよね」
同業者? 別に俺は同業者と言われるような、何かをしている訳じゃないが……。
「違いますけど……その、これには理由があるんですよ……。これには……」
そもそもでお前は誰なんだ。
和姉さん。あなたは一体何者なんだ。
「て言うか……そもそもあなたは一体誰なんですか? ほんの少し前に会ったばかりの人に、こんな風にされるなんて全く理解のしようがありませんよ。それよりどうしてあなたが妖怪だとかそんなことを知ってるんですか!?」
少し悩んだ風に和姉さんは呻く。
「そうだな。確かに気になることは分かる。私だったら凄く気になることだ。ならば教えるよ。最後のはなむけにね」
和姉さんはそう言う。
声のトーンはずっと変わらない。
「私の名前は朽木伊従。地球で言うなら、歳は二十四の若きゴーストバスターってところかな?」
ゴースト。バスター。ゴーストバスター、と朽木伊従は言う。
「ゴーストバスター……?」
「うん。ゴーストバスターだ。心霊関係について関わっているんだよ。悪い物を消す。それが仕事」
そして、言いづらそうに朽木さんは言う。
「あー、分かってはいるよ。私だってね。君に宿される力も」
知っているのなら? リンクのこと? リンクを知っているのなら、朽木さんは何故俺を?
「正確に言うなら、今理解した。妖怪の噂や君の行動を少し見張ったり、そこから考えて見たら、一つの能力にたどり着く」
「それが……リンクだと……?」
「ああそれだ」
「だとしたら俺が何かされる理由はないはずだ!」
俺は叫んだ。
依然として俺は、公園の敷地内の地面にうち伏せられているわけだが、必死の抵抗をするかのように叫んだ。
「人間でも体内に妖力を宿す者は居るよ。それでも君のように尋常ではない量の、妖力を宿す人間は見たことがない」
大量に宿すだけなら別にいいんだけれど──と朽木さんは続ける。
「妖力を持つ人間が死を迎えた時、妖力だけが残りそれが死者の魂を取り込んだ結果として、妖怪が生まれる可能性が高い。そして、その人間に宿される妖力が多ければ多いほど、生まれる妖怪の悪性は高まる。人に危害を加える大魔王になりかねない」
俺は何も言えない。
ただ、黙るしかない。
自分が他人を傷付ける魔王になるなど信じられない。
だが、実際に妖怪と対面したことのある俺には、随分と現実味のある話だった。
信じられないなど建前で、信じてしまったというのが本音になってしまった。
「だけど、専門家が手順をしっかり踏んで仕留めれば、妖怪になるのを防げるんだよ。ごめんね、千九咲くん。君の持つ妖力は、妖怪になった際、一つの町を滅ぼしかねない程の物だ」
やるしかないんだ──と辛そうに言った。
君の代わりは創れるから──とも言った。
「本当にすまないな」
だけど俺は言う。
まだやらなきゃいけない事があると。
俺が皆を──町を滅ぼしかねない人間だと言うならば、それを止めるために殺されたって構わない。大事な人達を守る為だから。
だけど、それだけじゃ、まだ解決しきれてない物がある。
神崎の事はどうなる?
いつか俺が死んで終わりを迎えるはずだった町を救ったところで、あいつがあの骸に虐げられ続けるのは恐らく変わらない。
駄目だろう、そんなのは。
少なくとも見てしまったなら、もう止めてやる他にないだろう。
何度も言うけれど、神崎は俺の大事な大事な友達だから。
「無理ですよ……。そんなの……。まだ死ねないです」
いきなりすぎて、まだ現実味があってないような話だけれど。
いきなりすぎて、まだ信じられるような信じられないような話だけれど。
この話が本当の事なんだって言うことも分かるけれど。
まだ俺は──
「死ねない……です……よ」
いくら乗り掛かられているとはいえ、所詮は女性の体重だ。一気に力を込めれば、上からどかせることができるはず。
俺は朽木さんが何かを言おうとした瞬間、その隙を見て、自分の腕が折れようとも構わないと、言ったような勢いで暴れる。
「うわわっ」
朽木さんは以外と可愛らしく、声を出しながら地面に転がる。
そして、俺は立ち上がって言う。
「朽木さん……俺は今は死ねません。今だけは見逃してくれはしませんか?」
朽木さんもまた笑いながら立ち上がり言う。
「それは無理だよ千九咲くん。じゃあ、そうだな……。もし今殺られたくないなら、この私を倒していきな! ってことにしよう。さあかかってこい千九咲くん、私はおおらかに君を受け入れてやる」
朽木さんは側の木に立て掛けられていた、大きなケースを掴んで笑う。




