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真面目と委員長

 目覚めると、そこは何とベッドの上だった。俺のベッドの。……当たり前だ。一時間ほどの睡眠から目覚めて、時計を見る。するとやっぱり、さっきから一時間。時計の針はほぼ二時ちょうどを指していた。


「幽霊……」


 起きた瞬間から思ったことはこれ。やっぱりすごい気になる。

 取り憑かれていたとしても、さすがに自殺まではいかないだろう。というわけで外に出てみるとするか。さっきの和姉さんを探したくなってきた。

 夏休みという時間は本当に長くて助かる。何をしても時間を無駄に使った気がしないのだ。


「早速、外に出るとしようかな。」


 調査だ。調査だ。和風美女の調査だ。

 俺は簡単な準備をして家を飛び出す。


 と、家を出た瞬間。俺の目には一人の女の子が映った。本当に出た瞬間。玄関のドア開けて一秒以内だ。


 俺の目に映った女の子の名前は、神崎禊(かんざきみそぎ)


 同じクラスの委員長。絶対不変の委員長。委員長らしからぬ容姿からは、想像もつかない優しくて真面目な性格。そして、委員長オーラを持っている。


 委員長委員長言い過ぎた。彼女は真面目を嫌う。委員長なんて言いまくったらどんなことになってしまうのか。因みに真面目を嫌うというのは、真面目過ぎるというか、固いことを嫌うのだ。誰に対してもフレンドリーでありたい彼女、たがその真面目オーラによって、大体の人が固く──凄く真面目に接してしまう。


 こんなに彼女のことを知っているのは、俺が神崎と結構な友好関係を築いているからだ。


 というわけで、何だか大きな紙を広げて歩いている彼女に話しかけてみようか。


「──おーい、神崎ー。何してるんだ?」


 俺が声をかけてみると、神崎は紙をたたんで懐にしまう。そして、反応した。


「あー、誰かと思ったら天城くん。天城くんこそ何してるの? あっ、そういえばここは天城くんの家の近所だったよね。散歩か何かかな?」


「近所とかいうレベルじゃなくて、家の目の前だぜ、目の前。あと、散歩じゃなくて調査だよ。心霊調査さ」


 心霊調査?

 と、神崎は首を傾げる。


「ああ、心霊調査。最近和服のお姉さんの幽霊が現れるらしいんだ。取り憑かれたら自殺してしまうだってさ。そんな噂」


 俺は簡単に説明する。

 神崎はニコニコの笑顔で何度も頷く。


「うんうん、わかるわかる。最近噂になってるよー、特に女子の間でね。少し気になるし、今度私も調査してみようかな、楽しそうだし」


「じゃあ、どうせなら今日俺と一緒に調査するか?」


 俺は問う。

 神崎はちょっと考えこんで言った。


「実は……今日は用事があるんだよね……。ごめんね?」


「いや、別にいいよ。気にしなくて」


 女の子を何かに誘って断られるなんて慣れっこだよ。


「惡ノ宮って山奥の神社に行かないといけなくて」


「惡ノ宮か……そういえばこの前、全く対立した善ノ宮に行ったな……」


 俺は、神崎に聞こえないような小声で呟いた。


「なにか言った? 天城くん」


「いや、何も言ってないよ。……にしても今日もいつもと変わらずいいファッションスタイルだな」


「えっ、そうかな」


 ある意味皮肉。さっき言った彼女のフレンドリーに接したいという気持ち。彼女がまず変えたのが服装だった。服装が真面目な感じでなければ多少は変わるだろうと思ったのだろう。……効果はなかった。


 結果、ワイルド、今時ギャル風、何かヤクザみたいな服、パジャマみたいな服。と言った風に、様々な、意味のわからない方向に向かっていったがために効果はなかった。

 やはり服装なんていくら変えても、神崎禊は神崎禊だったのだ。委員長は委員長だったのだ。

 どんな服を着ても、まるで服が自分に合わせてくれるように、着こなしてしまう彼女だ。つまり変わらない。いつもと変わらない。似合っているということは、彼女がいつも通り神崎禊であるということ。いつも通り委員長な神崎禊であるということ。

 皮肉だなー……。


 そんな彼女の奇抜なスタイルは、今はなりを潜めていて、普通に似合った服装だ。そういう意味では皮肉ではないのかもしれない。


「いやはや、ありがとうありがとう。服装を誉めてもらえるなんて、とても嬉しいよ」


 何か目を擦っている、神崎の目に涙が見えた。……いや、そこまで嬉しかったのか?! 泣くほどってどんだけ嬉しいんだよ……。


「おいおい、泣くなよ。そこまでの──」


「目にゴミが……」


「ありきたりなオチだな! おい!」


 本当にありきたりすぎるわ!

 神崎が取れた取れたっと笑顔を見せる。

 魔性だ、魔性。色んな意味で魔性だ。


「あっ、天城くん。さっき天城くんに話をさえぎられたというか、ファッションの話にすり替えられたけれど……。さっき惡ノ宮に行くって言ったよね。だから、その……できたら案内してもらえないかな? 天城くんここら辺の地域に住んでるでしょ?」


「ああ、住んでるよ。ここら辺の地域というか、家は目の前だから。因みに惡ノ宮の場所も多分、分かる」


 案内してあげるよ、っと俺は数歩歩いて、姉ちゃんの自転車にまたがった。


「さあ、乗ってくれ」


 俺は言う。


「嫌だ」


 なんでやねん! 乗れよ!

 慣れっことはいえ少なからずショックを受けた。女の子に拒否されたんだもん。


「ん? んんー? 別に天城くんが嫌いって言う訳じゃないよ。だって自転車の二人乗りは禁止でしょ?」


「そんな細かいところで真面目だから、友達という友達がお前にはできないんだよ! 男女の二人乗りという青春を謳歌しちゃえよ!」


 そう言ってやった、忠告というわけでもないけど。俺の言うことは多分正しいはずだ。そんな何でも真面目だから、皆も真面目に関わってしまうんだよ。

 だが、俺の言葉は彼女に届かない。


「えー、でも私友達いるよ? 少なくとも天城くんと同じかそれ以上は」


「そういうこと言うなよ……」


 俺は友達居るけど、自慢できるほど友達なんていない。ていうか少ないんだよ。この目の前に居る神崎も、俺とっては数少ない大切な友達です。はい。

 だけれど、そんなこと言われるとちょっと悲しくなる。

 だから、ちょっと強がってやる。


「そもそもさ、俺には友達なんてあんまりいらないから。広く浅くじゃなくて、狭く深くなんだよ。だから数人の親友がいればそれでいいと俺は思ってる」


「そういえばこの前、本屋で『たくさん友達を作る方法』なんて本を買ってなかったっけ? あと、『人気者になる方法』とかも」


「何で知ってんの?! 見てたのか! 見られてたのか!」


「注視してたよ。見つめてたよ。笑いながら」


「なんてやつだ、プライバシーの侵害にもほどがあるだろ!」


「嘘だけれどね」


「嘘なのかよ! ていうか嘘なら何で知ってるんだよ、怖ぇよ!」


 本当に怖い。姉ちゃんといい、神崎といい。

 どこの情報網だよ。

 これじゃ、おちおちあんな本やそんな本を買っていられない。


「そういえば惡ノ宮に案内してもらうんだった。これがあれば多分とは言わず、すぐ分かるよね」


 神崎はポケットから折り畳まれた紙を取り出した。どうやら地図のようだ。惡ノ宮の場所の記憶はあいまいだが、て言うかそもそもそんなところあったのかどうかも分からないほどに、記憶は曖昧模糊としているが、地図を簡単に見通せばはっきりとするだろう。


「はい」


 神崎は俺に地図を向けた。

 俺はそれを受けとる。


「──世界地図じゃねぇか!」


 俺は叫んだ。

 叫びながら地図を丸めて地面に叩きつけた。地図は車が全く通らない車道に転がっていった。田舎だ。


「どうしたの? そんな馬鹿でアホみたいな雄叫びをあげて」


 この短時間でほんの少しだけど、ほんの少しだけれども、ちょっとずつ口悪くなってきてないか?


「もう、確かにこれは世界地図だけど、虫眼鏡を使えば日本の地理もわかるんだよ?」


 嘘つけ。


 そんな神崎は丸められた地図を拾い広げ、虫眼鏡をかざす。


「あー見える見える。東京タワーの位置がまるわかりだよ」


「本気で言ってるのか? 本気で言っているというのか?」


「もー、そこまで本気にならなくても……。ギャグなのに。ボケなのに」


 ギャグだったのか。ボケだったのか。

 そして、お前はそんなキャラだったのか。初めて知ったわ。て言うか、初おみえだからキャラ作りしてるだけじゃねーのか?


「それじゃ本題に移ろっか」


 惡ノ宮に案内して──と神崎は言って俺に世界地図と虫眼鏡を渡してくる。あれ? 冗談ではなかったのか?

 とりあえず俺は世界地図を虫眼鏡ごしに見てみる。……やっぱり何もわからない。世界地図だ。ただの世界地図だ。


 と、ここで神崎の御言葉。


「何で世界地図を虫眼鏡で見るなんてことしてるの。意味わかんない。頭が大変になっちゃったみたいね。つまり言うとスライム並みに」


 えぇ…………。ちょっとよくわからない。頭が、脳がゼリー状ってことなのだろうか。

 いや、ゼリー状っていうか液状? ゼリー状と液状の中間ってやつかな。


「何だか私も自分が何を言っているのか、よくわからなくなってきたわ。そろそろふざけるのは止めましょう、天城くん」


 俺はふざけてないけどな。

 と言うことで、神崎はポケットからまた折り畳まれた紙を取り出した。今度は普通の地図かな。


「はい、天城くん。受け取って」


「ああ、受け取ろう──ってまたかよ!」


 俺はまた受け取った紙を、丸めて地面に叩きつけた。地図だったんだけど、沖縄だけしか載ってない地図だった。ここは沖縄じゃないぞ。

 そして直後、神崎は笑いながら俺に本当の地図を渡してきた。


「天城くんはやっぱり面白いね」


「どうも、ありがとう。じゃあ、行こうぜ。後ろ乗れよ」


 とりあえず今度は乗ってくれた。ではいきますか。惡ノ宮に。

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