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お姉さんと自転車泥棒

 つまるところ単純で、ただ牛乳という不変の存在を手に入れるために、コンビニへと向かった。と言いたかっただけなのだ。


 にしても玄関で靴を履きながら思う。

 この世の不便は不変だと。

 どんなめんどくさい過程をもつ物でも、何度も何度も創り直され洗練されることによって、便利に改善される。

 だが、人は幾ら洗練されたものを使っても思い続けるのだ。もっと使いやすくならないか、もっと便利にならないか、もっともっとめんどくさくないように創り直してくれと。

 それでは便利と思っていても、結果として不便と思っているのと同じである。だからこそ不変だ。いつの日も変わらない。どんなに簡単になろうが、次第にめんどくさいと感じて、楽々ルートへ進ませてくれという人間の思い。

 不便は不変だ。


 つまるところ単純で、何が言いたかったというと……。

 やっぱりコンビニに行くのめんどくさいなと思っただけなのだ。


「仕方がないか……、姉ちゃんの為に買ってきてやるとしよう」


 俺は靴紐を結び終えて立ち上がる。


「て言うか、買ってきてやるっておかしくね? お前が私の牛乳勝手に飲んだのに」


 リビングから姉ちゃんの声が聞こえた。


「おいおーい姉ちゃん。喧嘩はやめよーぜ、買ってきてやるからさ」


「お前は私をバカにしてんのか」


「いや、全然バカになんかしてない。むしろ尊敬してるよ、尊敬しまくってる。……とにかく行ってくるよ」


 実際リビングと玄関は近い場所にあるが、位置的にというか角度的にというか、俺の事は見えないはずだ。だけど、俺はそれでも手を振りながら家を出た。


 家を出ると、やはりいつもの光景が広がる。今日もいい天気だとか思いながら、家の前に停めてある自転車にまたがる。

 姉ちゃんの自転車だ。


「では行こうか」


 風に吹かれながら、俺は呟いた。


 こうして自転車をこいでいると気持ちがいい。偶然にも風が強いので、暑い日差しが浴びていても、そこまで暑く感じない。

 たまに向かい風で揺らぎながらも、ずっと進んで進んで進んでいく。


 無心でひたすらこぎ続けた。特に考えることもなかったし。強いていうなら、ちょっと向かい風がきついな、というくらいだ。


 約十五分ほどかかってコンビニにたどり着いた。自転車を空きスペースに停め、自動ドアの前に立つ。

 優雅に立ち誇ろう。自動ドアが開き、俺はコンビニに入った。


 そして何の事件も起こるはずはなく、店内で最も安価な牛乳を二本買って、外に出た──出ようとした。


 自転車に誰かが乗ろうとしていた。何で、乗ろうとしてるんだこいつは、と俺は当然の如く思ったし。そういえば鍵閉めてなかったなと思ったし。


「なにしてんだよ、お前」


 その瞬間をじっと見つめていた俺を、その自転車泥棒、略してチャリ泥と目があった。言葉を発した俺に反応して、チャリ泥もこっちを向いたのだ。


 その後の展開は言うまでもなく、チャリ泥は逃走。俺は走って追いかけることになった。



「──待てよ、おいいいッッ!」


 自転車に人間の足が敵うのか、それはもちろんNOだ。だが、何とか引き離されずにいる。足の早さには少し自信があるし、幾つものショートカットを使って何とか追いかけている。


 ほら、あれだよ。フリーラン。パルクール。障害物をぱぱっと乗り越えるやつ。

 のっぴきならない追いかけっこ。だが幾らアクション映画みたく駆けても、校内マラソンですら上位に入れないスタミナの俺だ。いつまでも走り続けることなどできなかった。


 次第に距離が離れてくる。


「返せぇ……、自転車~……」


 ちょっとだけ息切れ気味の俺がそう言った瞬間、自転車の向こうに人影が見えた。


 凄くいいタイミング。でも悪いタイミング。激突寸前だ。


「あ、危な──」


 息切れした俺が叫びかけた瞬間。

 チャリ泥と自転車は、共に宙へ舞った。おおよそ五メートルくらい舞った。


 激突しかけた人影の主。……女性は無傷でぶつかった気配もない。ただ、女性は足を伸ばしていたのだ。


 見たことを言うなら、その伸ばした足に引っ掛かった。人間が人間の足に引っ掛かったみたいに、自転車が女性の足に引っ掛かった。そのまま宙へ舞ったということだ。普通にありえねぇ……。


 女性はまさにといったドヤ顔で言う。落下するチャリ泥と自転車を背景に言う。


「少年。……いや、青年かな? まあ、どっちでもいいんだけれど、この私というお姉さんに感謝しな」

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