出会いと縁
俺の名前は天城千九咲。この物語の語り部というもの。
自分のことを説明するのはここまでにしよう……説明というほど語ってもいないけれど。名前と役割しか言ってないけれども。
俺についての外見は各々好きに想像していてくれ、そのうち言うかもしれないから。もしかしたらとびっきりのイケメンかもしれないし、とびっきりのブサイクかもしれないぜ。
────ある年の八月一日の昼過ぎのことだった。俺は学校に居た。
俺の在籍している学校は課外などは基本的になく、夏休みに出校することはない。だけど、テストで赤点を取った者には厳しい。
国語や数学、英語などの通常の教科の成績はいいのだが、副教科、家庭科とか保健だとかが、何故か思い通りの成績に届かない。
お陰で、恐らく将来には言うほど関係しない教科のために、俺は追試や追試のための補習を受けに行っていたのだ。
その日、一人だけの教師とのマンツーマン補習を終えて、学校からよろよろと出た。この熱い暑い夏休みでも、部活動に精を出している他の生徒たちに頭が下がる。
正直、何を理由に部活に打ち込めるのか分からない。俺だったら、キツいツラいとか言って、三日と持たないだろう。
そういう意味では本当に尊敬できる。冗談は無しで。
自分のロッカーから靴を取りだし、履いてからすぐに帰ろうとした。
そんなときに、ふと目に入ってきた金色っぽい何か。俺は約数メートル離れた所に見える、金色の何かをまじまじと見つめる。何故か不思議な感じがするそれは、小さな生き物みたいだが。
「あれは……狐かな? 珍しいんじゃないのかこれって。生き物なんてよく見るけど、狐をみるのは初めてだよ。人生初の発見だよ」
俺の住んでいる地域は、結構田舎で色んな動物を見かけることもしばしばあるが、狐を実際に見たのは初めてだった。
とは言え、テレビや本でしか見たことなく、今視界に入っている生き物が、本当に狐なのかは曖昧だが。もしかするとタヌキかも。
「よし、そっと近付いてみようかね」
俺が抜き足差し足で、足音消したつもりで近付く。
すると狐が俺の方を向いた。
「あっ」
狐は驚いたように、素早く裏庭の方に走り去っていった。
「あーあ、行っちゃった。間近で見たかったなー、できれば写真も撮りたかった」
本心を……独り言をぶっちゃける俺。
いつもなら諦めて、そのまま家に帰っていただろうが、その時だけのその時限りの純粋な好奇心。何故かは知らないけれど、俺は裏庭へと行きたくなってきた。無性に。
「んー、男には行かねばならない時がある。って言葉あったよな。行ってみるか」
それは違うような気がしてきた。特に男ではなく漢字の漢でおとこと読む感じにしないと。
どうでもいいことを気にしていたら、影も形も残さず、狐が逃げてしまいそうなので、俺はすぐに走る。
──裏庭に行くと、俺は一瞬目を奪われた。
そこには何故か、とても綺麗で美しくて少し可愛げのあって、どこか奇妙さを持ち合わせた金髪少女が立っていた。
「っ……」
「……!」
互いの目が合って、少し流れる沈黙。
どうしようか、何を話そう。女子となんて一部を除いて、全く喋らないし、何の話題を振ればいいのか分からん……。
て言うか話題なんて振らなくていいだろ! ナンパ目的みたいになってるじゃん。別にスルーでいいんだ、ここは。
けれど、やっぱりそれは嫌だった。下心はないよ、ないから。
そこで本来の目的である、狐について思い出した。女の子に夢中になりすぎたようだ。狐を追いかけていることを忘れるなんて。と言うわけで、俺は彼女に話しかけた。
「なあ、今狐見なかったか? なんて言うか小さくて金色の毛の狐なんだよ」
くっ。くっ……。くっ! すごい馴れ馴れしく話した気がする! ナルシストみたいなアクセント付けちゃった気がするぜ! 何だか失敗した気がしないでもない!
「あ、あっちの方に行ったよ」
金髪少女は口ごもった感じで言う。
俺はすぐにお礼を言ってその場を離れることにした。何か恥ずかしかったので。
「そっか、ありがとう──、じゃあまた」
彼女に手を振ってそう言うと、手を振り返してくれた。
なんだ、その、すごい可愛かったな。それ以外に感想は出てこないよ本当に。
ちなみにそのあと、三十分の狐捜索を行ったが、見つからなかった。なので帰りました。
────────────
翌日、朝早くから補習の為に家を出た俺の目に、昨日の金髪少女の後ろ姿が映っていた。
「さて、今日もどうしたものか……」
話しかけようかな。話しかけない方がいいかな? でも、また出会うなんて、これは運命とも取れるな。……まあ、とりあえず話しかけようか。困ってるような顔してるし。
「よう、また会ったな。何してるんだ?」
後ろから話しかけられた、少女はビクッと驚いてゆっくり振り向く。
「あっ、昨日の……また会ったね。何か縁でもあるのかな」
「縁ね……、案外あるかもしれないぜ。──にしても、あんまり……ここら辺では見ない顔だけど……どこか遠いところから遊びにでも来たのか? 道に迷ってるなら俺が教えてあげようか?」
彼女は腕を組んで考え込んでいる。何を思っているのだろう。
「道に迷ってるわけじゃないんだけどぉ……うーん……」
「じゃあ他に何か……まあいいや、会ったばかりの奴にとやかく言うのもなんだしな」
「うん……ごめんね。……じゃあ、もしまた会うような縁があるなら、この町について教えてくれたら嬉しいな」
「……ああ、わかった教えるよ。この町は言うほど教えることもないけどな。……俺は天城千九咲って言うんだ、よろしくな」
「あっ、うん。私は夏川詩乃音、よろしくね」
「あっ、時間が……。俺、補習があるから、……またな!」
「うん、またねっ」
ちょっと話してるだけでも時間とは浪費するもの、一分一秒を争う時刻に、家を出たのを忘れていた。
俺は手をバタバタ振って、猛ダッシュで学校へと向かう。
補習に間に合うようにと、俺は走りながら祈りを捧げる。心の中で、心の底から。遅刻したら補習が増えるからだ。
詩乃音とはまた奇妙な縁によるものか、また出会うことになる。
そして、学校に辿り着く。昇降口で急いで靴を履き替え、俺は教室へと全力で駆ける。
「──セ、セーフっ!!」
「天城くん、全然セーフじゃ、ありません。罰として、補習期間を延ばします」
「ええええええっ!」
先生が呆れた顔でそう言う。いつもギリギリ遅刻しないような時間に出ているせいか、詩乃音と少し話しただけで遅刻を招いてしまった。結局、補習は増えるのであった。
すると、同じ補習仲間である垣根鶴亜が俺を茶化しにくる。
「おいおい、天城っち~先生に怒られたいからって、あえて遅刻するとはとんだドMだな~。しかも、先生に会うチャンスを増やしたいからって、補習期間を延ばすなんて……」
「全然そんなんじゃねえええええ! そしてドMでもねえええええ!」
教室に爆笑が起きる。と言っても、この教室には数人しかいないのだけれど。
「天城君、どうして遅刻したのかは理由はあえて聞きませんが、不謹慎な理由で遅刻するのは止めるように」
「ちょっと、先生までそんなこと言うの止めてください! 違いますから、不謹慎な理由じゃないですから! 美しいほどの純粋で潔白な理由ですから!」
またもや数人の笑いが舞い起こる。恥ずかしい、先生が割りと本気で美人教師なだけに、尚更恥ずかしい。ちなみに俺はMじゃない、ドMでもない。断じて違うのだ。
不謹慎な理由と言えば、不謹慎な理由かもしれないと俺は思った。女の子に話しかけたせいで遅刻したんだから……。
それにしても夏休みだと言うのに毎日補習というむず痒さ、実に最高の最悪だ。追試を落としてまた補習地獄に見舞われぬように、全力で勉強に取りかかる事にしよう。
ついでに先生のことが好きだという噂が流れないように、夏休みのうちに対処しておこう。
────────────
更に翌日、八月三日。本日の補習は先生が風邪を引いたので休みになったと連絡網で回ってきたのだが、垣根の悲しそうな声がまだ頭に残っている。あいつは先生が好きなのだろうか。そんな訳ないか。
先生と生徒の恋なんて普通にアウトだし、垣根は同じクラスの時川が好きって言ってたしな。
連絡網は俺が家を出て、その後携帯にかかってきたものだった。補習に行こうとしていたため、制服のままだった。だけど、どうせ外にいるのだし、ということで俺は散歩をすることにした。
今日はなんだかいい気候だった。夏休みは夏だ。夏は暑くて外に出ることを拒みたくなるが、本日、ちょうどいい日の照り方、冷たい風が、とてつもなくグッドチョイスとなっていて、今年の夏で最高の気分だった。
三年に一度あるかないか位の気候だ。
ちょっと都会風な田舎町を歩いていると、路地裏に金色の何かが見えた。
「なんだあれ」
俺は路地裏をじっと見つめる。そこには昨日、一昨日に短時間ではあるが話した金髪少女の詩乃音が血だらけで倒れている姿だった。
「は? おい、ちょっとあれって……。詩乃音! おい大丈夫か!」
俺はすぐに詩乃音の元に駆け寄る、すると彼女は体を小さく動かし喋った。
「あれ? 千九咲……何かの縁かな、また会ったね……ははは」
どうしてこんなことになってんだよ。体に沢山の傷が……。無数の大きな……ひどい傷。これじゃ死んでしまうかもしれない。
「何なんだよ……何があったんだ──すぐに、すぐに、病院に連れていくから、待ってろよ!」
俺がそう言うと詩乃音は弱々しい声で言う。
「病院はいいから、このまま放っておいていいから……」
「バカかよお前は! こんな血まみれの女の子放っておけるやつが居るわけないだろ! 病院に行く以外にどうしろって言うんだよ! 幸いここから病院までは近い、すぐに連れて行くからな!」
ほぼ全身血だらけで、もう意識も朦朧としかけている彼女はそれでも尚言った、弱々しくも力強く。その目に俺は一瞬震えた。恐怖したのだ。
「いいから、放っておいてッ……」
「そんなの……そんなの無理だろ……クソッ!」
「──っ!」
すると、詩乃音の傷の一つが、塞がって行くのが見えた。余りにも人間離れしていた。治癒速度が尋常じゃない……、普通なら、治るのに数ヵ月はかかりそうな傷も次々と治っていく。
「……し、詩乃音。これは……」
「……」
一瞬、ただ黙っているのだと思ったが、いつの間にか気を失っていたようだ。
「あぁ、くそっ! お前を信じるからなっ!」
俺は詩乃音をゆっくりと抱えあげ、そのまま走っていった。