第8話
「よう、美子。買い物か? それにしちゃ、大人数だな。まさか……」
「んなわけないって、特売品をゲットするためにお手伝いしてくれるんだ。それにしても、シゲさん久しぶりだね。最近見なかったから心配してたんだよ」
私とシゲさんが話している背後で、先輩たちが固まっている気配がする。
それも無理はない。シゲさんは、どこからどう見てもやくざさんにしか見えないのだから。
「いやぁ、ドジッちまってちょっとムショに入ってたもんでよ。ガハハッ」
「もう、気を付けてよねぇ。もしかして、どっかでのたれ死んでんじゃないかって、桂が泣いて大変だったんだから」
「おぅ、そりゃ悪いことしたな。また組の方に遊びに来いよ?」
「勿論行くよっ。組長さんにも会いたいしね」
手を振ってシゲさんに別れを告げると、若干蒼白気味の先輩たちに腕を捕まれた。
「あんた、どういう交友関係してんのよ? 今の人、やくざの組員でしょ?」
横山先輩が唾が飛ぶほどに勢い良く問い詰めてくる。
「ええ、そうですけど?」
女子高生にやくざの知り合いがいては駄目なのでしょうか?
「あんた何か弱みでも握られてんの?」
弱みねぇ。特に握られた覚えはないですけど……。
そもそも私の弱みって一体なんだろうか?
「握られた覚えはないですね」
「あんたって底知れないわね……」
「はあ?」
私のとぼけた反応を見て、先輩は大きな溜め息を吐いた。
「それより、早く行かないと牛乳が売り切れてしまいます。急ぎましょう」
私には、シゲさんや先輩たちと油を売っている暇はないのでした。
「なんかやっと理解したかも。梅に睨まれても全く動じないのも分かるわ」
そう発言したのは、髪の長い方の朝長先輩だった。
実は、何だかんだで横山先輩がいつも口を開くので、直接朝長先輩と話すのは初めてだった。
それにしても、朝長先輩の声ってアニメの声優っぽい。
女の子が変身して悪に立ち向かう系のヒロインの声をきっと彼女なら難なく出来そうだ。
「ふふっ、そうだね。美子は面白い」
逆に髪の短い中根先輩の声は低くて少しかすれてハスキーな感じ。
耳元で囁かれたらゾクゾクしそうな声をしている。
なんかこの二人、見た目とのギャップが激しいな。でも、面白い。
「あっ、いけない。先輩とにかく急いでください」
私は先輩の背中を押して、走りだした。
何だかんだで無事に牛乳をゲットした私は、夕飯の買い物まで付き合わせ、しかもその荷物まで持たせてしまった。
「いやあ、先輩、本当に助かりました。ありがとうございます。もしなんだったら上がって行きます? 多分、甲斐と桂ももう帰ってると思いますよ」
どうしようかと顔を見合わせていた三人だったが、弟に会いたいのか、頷いた。私の予想通り甲斐と桂は、帰宅しており、居間のこたつで二人、宿題のプリントをしているところだった。
今日は、そこに兄の留衣と妹の麻子もいた。
「美子。お兄ちゃんが帰って来たんだよ。さあ、いつものようにお帰りのハグをしておくれよ」
私が帰宅したことに気付いた相変わらずの兄の様子に安心したものの、正直、鬱陶しくもある。
「そんなもん習慣にした覚えはないけど? でもまあ、お帰り」
「ううっ。美子が冷たい。なあ、反抗期? 反抗期なのか?」
本気で泣いてる留衣兄を無視して、来客を知らせる。
甲斐と桂は飛び上がらんばかりに喜び、麻子と留衣兄は三人のケバさに驚いていた。
三人を居間に残し、私は買って来たものを冷蔵庫におさめていく。
「なあ、美子。あの子たちは友達なのか?」
「友達っていうか先輩だよ。特売に付き合ってくれたの」
私の背後に張り付いて離れようとしない。
何故か留衣兄は私を溺愛しており、帰って来るたびこんな感じなのだ。
留衣兄に彼女がいたこともあったが、彼女よりも私を優先させるものだから毎度フラれるはめになるのだ。別に私は優先してくれなどと頼んだ覚えはない。
「大丈夫なのか? まさかいじめられてるとか、お金をゆすられてるとかだったらお兄ちゃんに相談してくれよ?」
「留衣兄が思ってるようなことはないよ。見た目はケバいかもしれないけど、優しい人たちだよ」
私が振り返り、留衣兄の目を見てそう言えば、留衣兄は納得せざるを得ない。
私が留衣兄に嘘を吐いたことがないのを知っているからだ。
「留衣兄も話したら分かるよ。でも、心配してくれてありがとう」
微笑んで見せれば、留衣兄は私に抱きつき、おいおいと泣いた。
「ああ、美子はなんて優しいんだ。美子はなんて可愛いんだ」
もう分かったから、退いてよ。
その言葉は本泣きしている留衣兄には、かけられなかった。もしかしたら、一人暮らしは結構寂しいのかもしれない。
そもそも一人暮らしを決めたのは両親で、留衣兄のあまりのシスコンぶりを見て、妹離れが必要だと強制的に追い出したのだ。
「よしよし。留衣兄、泣かないで」
留衣兄のシスコンが直らないのは、私が甘やかしているせいかもしれないと、つれない態度を試みるも、案外私もブラコンなのか、冷たく引き離すことが出来ない。私たちは、とても仲の良い兄妹なのだ。
「もう、また留衣兄泣いてんの? 超ウザいんだけど。今日も帰って来てから美子はまだかってうるさかったんだから」
居間から台所に入って来た麻子が私にしがみ付き泣いている留衣兄を見て、いやそうにそう言った。
「それよりお姉ちゃんあの人たち、見た目のわりに案外いい人たちだね。なんだかんだ言って甲斐達の宿題を見てあげてるよ」
早くも麻子は先輩たちの良さに気付いたようだ。
「麻子。それは本当なのかい? 美子が近くにいても危険な人たちじゃないんだね?」
「ああ、うん。大丈夫だと思うよ。そういう感じは見られないね」
麻子の言葉に納得したのか、急に元気になり、居間にいる先輩達に笑顔を振りまき握手等を求めている。
「俺の大事な大事な妹をどうか頼みます」
その声はここまで聞こえて来なかったが、口の動きでそう予想した。
先輩達も留衣兄の勢いに若干引き気味ではあったものの、笑顔で応対してくれていた。
「先輩。今日、もし良かったら家でご飯食べて行きません? 今日、鍋なんで人数多い方が楽しいですし」
「そうだよっ。お姉ちゃん達も一緒に食べよう?」
桂が小首を傾げて、先輩達を可愛らしく誘うので先輩達もその可愛らしさには逆らうことが出来ずにこくこくと頷いていた。
「姉ちゃん。じゃあさっ、姫も呼ぼうぜっ」
甲斐がそう言ったので、私は正直焦った。
留衣兄が姫を見たら、どんな反応をするのか正直想像出来ない。ただ、仲の良いクラスメイトというだけなのだが、私に近づく男を見るとすぐに排除しようとするのだ。
「なんだ、姫ってのは美子の友達か? なら、呼んだらいい。俺も挨拶がしておきたいからな」
「先輩。姫って誰か分かりますよね? 呼んでもいいですか?」
「あたしらは大歓迎だよっ。会えるなんて思ってなかったから、超ラッキーだよ」
確実に、留衣兄は姫を女の子だと思っているし、先輩たちは姫に会えることを喜んでいるようだし、弟たちも姫を呼ぶ気満々みたいだし、仕方ないから呼ぶことにしますか。
「じゃあ、甲斐。あんた言い出しっぺなんだから姫のこと呼んできてよ」
「俺駄目。まだ宿題の途中だから……」
「俺と麻子とで野菜は先に切っとくから美子迎えに行ってきな」
留衣兄は、のちに何故美子に行かせてしまったんだと後悔することになるのだが、この時は上機嫌でそう言ったのだ。
私は仕方なく、姫の家へと向かった。