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第7話

 いつもとなんら変わらない毎日が続いている。

 遊園地で倒れた姫を救出したあの日、私を戸惑わせた姫は、その後すぐに気を失うように眠りについた。

 その後、体調を取り戻した姫は、その事に触れることはなく、普段どおりの姫に戻っていた。

 だから私は私の中でこう処理したのだ。

 あれは姫の寝言だったのだと。様子が可笑しかったのは、イヤな夢でも見てうなされていたからなのだと。

 それが正しかったことは、変わりない姫の態度を見れば明らかだった。

 あの日、ケバ女先輩たちと遊園地で遊んだ甲斐と桂は、ご満悦で、すっかり先輩たちに懐いてしまっていた。別れ際に桂などは、涙を流したほどだった。甲斐にいたっては、あからさまな態度をとらなかったものの、先輩たちと視線を合わせようとしていなかったところを見ると、涙を我慢していたためだと私はみている。

 この二人の幼い弟たちによって、ケバ女先輩たちの名前が明かされた。

 特に名前を知る必要性を感じられなかったので、聞かなかったのだが、二人の遊園地での土産話に何度も名前が出てくるものだから、必然的に覚えてしまったのだ。

 リーダー先輩が横山梅子先輩。二人の先輩のうち、髪が長い方が朝長明穂ともながあきほ先輩。髪が短い方が中根美冴なかねみさえ先輩。だそうだ。

 そう、そのお三方に私は今日、放課後呼び出されていた。

 前回の姫とのデートで味をしめて、再びデートさせろと言われないことを願うしかない。

「大丈夫よ。きちんと断ればいいんだから。もしあれなら私もついていく?」

 心配そうに私を気遣ってくれる和歌に縋りたい気持ちはあったが、私は首を横に振った。

「ううん。まだ、悪い用事とは決まってないからね。私も、もう一度会って、弟たちがお世話になったお礼も言いたいし。それに、和歌は今日彼氏と会う約束でしょ? 早く行かなきゃ」

 和歌は今、大学生の彼がいる。和歌が付き合う人は決まって年上の人で、だから落ち着いて見えて、同い年の男子もガキに見えるから相手にしないのだろうと思われる。

「美子がそう言うなら……」

 今の彼氏がとても好きなのか、会える日は朝から機嫌がすこぶるよろしい。

 今だって私の心配はしてくれるけど、今すぐにでも彼氏の元に行きたくて仕方ないというのが伝わってくる。

「うん。じゃ、またね」

 私は和歌を解放して、先輩たちが待つ教室へと向かう。屋上とか体育館裏とかではなく、先輩たちのクラスで待っているそうなのだ。

 うちの学校は、三階に三年生、二階に二年生、この流れで分かるように一階に一年生のクラスが並んでいる。

 基本的に上級生のクラスがある階には余程のことがないかぎりみな行きたがらない。

 私も、正直あまり気が進まない。

 この学校の制服はブレザーだが、学年ごとにネクタイ及びリボンの色がわけられている。三年生は赤、二年生は青、一年生は緑。その同じ色のジャージを着ることになるのだが、三年生の赤ジャージは奇抜で同情したくなってしまう。

 リボンの色が違うため、色を見て何年生だかすぐにバレてしまう。

 三階に二年生が行くのは多少勇気がいるが、そんなことはおくびに出さずに階段を上る。

 上級生に多少冷やかされることを意識していたが、三階には生徒の数が殆どいなかった。

 指定された三年C組の教室に顔を覗かせると、あの三人しか教室にはいなかった。

「こんにちは」

「ああ、入って来なよ」

 リーダー先輩こと横山先輩が手招きして中に入るように促す。

「三年生の教室って放課後、あんまり人がいないんですね?」

「ああ、そうだね。あたしらは受験生だからね、予備校通いで忙しいんじゃないのか」

「先輩たちはいいんですか?」

「まあ、あたしらはいいんだよ。勉強なんか適当にやっとけば、多分大学は受けないと思うしね」

 あれ? 確か受験勉強の息抜きに姫とデートがしたいって言ってなかったっけ?

 まあ、どうせ適当な理由をこじつけただけとは思ってたけどさ。

「そうですか。それはよしとして、先日は弟たちがお世話になりました。……それで、今日はどういった用件で?」

 ぺこりと頭を下げたあと、早速核心に触れた。

 早いとこ終わらして、今日こそ特売品をゲットしたいのだ。ちなみに今日の特売は牛乳だ。育ち盛りの子供がいる家には牛乳は必須アイテムだ。それに家には牛乳大好きっ子が多いので、一日一本では足りない。本日、牛乳二本で250円。通常178円の牛乳が一本125円で買えてしまうのだ。出来れば四本は買いたいところ一家族二本限りと書いてあるので、他人のふりして弟に買わせる算段だ。それには、早急に家に帰り、遊びに出かけようとする弟たちをひっ捕まえなければならない。

「うん。あのさ、この間大分あんたに迷惑かけちゃったしさ、改めて弟たちの面倒見るよ」

 あの日、先輩たちが弟たちの面倒を見てくれたので、お礼はそれで十分だと言ってあったのだ。

「でも……」

「この間、あんた結局休めなかったじゃん。私達が呼び出しちゃって色々迷惑もかけたし。それに、あんたんちの弟、可愛いしさ。また遊ぼうって約束したしね。なにより、私らがあいつらと遊びに行きたいんだよ」

 弟たちが先輩たちに懐いたと同じように、先輩たちも弟たちが好きになってくれていたようだ。

「そういうことなら、是非お願いします。弟たちも喜びます。先輩たちはいつがいいですか?」

「あたしらはいつでもいいんだ。あんたと弟たちで決めて、決まったらメールしてよ」

 このような用事であるのなら、電話一本で出来たんじゃなかろうか?

 なんて尤もな考えが浮かんだが、先輩を立てて口を噤んでおくに限る。

「じゃあ、私は帰ってもいいですね?」

「ああ、今日もなんか急いでんのか?」

「ええ、まあ。今日は牛乳が特売なんです。二本しかほんとは駄目なんですけど、四本は欲しいので、弟たちを駆り出さないといけないんですけど、早く帰らないと遊びに行っちゃうんで」

 そんな話をしているうちにも恐らくあいつらは遊びに行ってしまっているだろう。あいつらときたら、おやつを食べ終わると脱兎のごとく飛び出して行くんだから。まだ近所で遊んでいるうちは捕まるからいいが、自転車で遠出されるとあいつらのテリトリーは有り得ないほど広いから、見つけ出すことは出来なくなる。

 今日あたり、私が広告をこっそり見てほくそ笑んでいる姿を見られてしまったので、逃亡しているに違いない。

 さて、どうしたものか……。

「じゃあさ、あたしらが買い物に付き合ってやるよ」

「えっ、いいんですかぁ?」

 なんて、いい人たちなんだろう。今までケバ女ケバ女と言ってごめんなさい。もう、二度と言いませんん。

「別にわたしら暇だから構わないよ」

 天の助けとはこのことなのですね。先輩たち、大好きですっ。

 私は、ウキウキとした面持ちで、先輩たちと連れ立って校舎を出た。

 周りの生徒たちは、ケバい三人の三年生女子に囲まれた地味目の二年生女子が、何故かウキウキとスキップしながら(スキップしていたのはもちろん私だけである)歩いている姿を目撃することになった。

 一見、異様な組み合わせのこの四人、これから度々見られることになるとは、当の本人である私も知らないのでありました。


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