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第6話

「こっちこっち」

 大きく両手をあげ、こちらへと促すケバ女先輩たちの姿に甲斐と桂も一瞬ひるんだ。

 それでも、それを振り切るように足を前に進めたのは、姫を救うという名目があったからだ。

「こんなとこまで来てもらって、ごめん。あたしらじゃ、どうしたらいいのか分からなくてさ」

 リーダー先輩が頭を下げながら、早口にまくしたてた。

 ケバ女先輩たちに囲まれたベンチにはリュックを枕にして横になっている姫の姿があった。

 まだあまり良くなっていないのか、まっちろい顔をしている。

 心配そうに見下ろすケバ女先輩たちの顔色も青白いものだった。

 いくら姫がよく倒れると知っていても、突然倒れられたら、動揺もするだろう。

「なあ、タオル濡らしてきて、おでこにのせたほうがいいかな?」

「大丈夫ですよ。いつもの貧血ですから、もうしばらくすれば意識も戻ると思いますから」

 専門家でもない私が言った言葉でしかなかったが、それでも、その言葉に心底ホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

 姫の状態を確認し、安心した私は、ケバ女先輩たちがいつもよりもさほどケバくないことに初めて気付いた。

 姫とのデートということもあって、みなおめかししてきたようだ。

 リーダー先輩と二人のケバ女先輩。三人とも今日はケバ女率が極めて低い。

 姫が大丈夫だと聞いたチビ助たちは、遊園地という魅惑的な世界を目にし、らんらんと目を輝かせている。普段、こういったところに連れて来てあげられないので、そうなるのも仕方ない。

「あんたたち、今日は遊びに来たわけじゃないんだからね?」

「分かってらい。ただ見てるだけだっ」

 心底乗りたいと思っているのは、分かりきっている。けれど、今姫から目を離すわけにはいかないし、小さな子供二人で行けば迷子になるのは目に見えている。

「あたしらが、弟たちを連れてってやるよ。あたしらがここにいても邪魔になるだけだし、遊園地に来たのに乗り物に乗れないなんて可哀相じゃないか。まあ、あんたがいいって言うならだけど……」

「いいんですか? 多分かなり大変だと思いますよ?」

「こっちは三人いるんだ。なんとかなるさ」

 甲斐と桂に視線を向けると、懇願するような目で見上げてくる。

「いい。お姉さんたちに迷惑をかけないこと。お姉さんたちの言うことをよく聞くのよ。約束できる?」

「「うん。俺たちいい子にしてるっ。約束するっ」」

 返事だけは人一倍立派な我が家のチビ助たちは、もう駄目だと言っても聞きはしないだろう。

「よしっ。じゃあ、気をつけて行っておいで。すみません、先輩。お願いします」

「いいんだよ。わたしらもまだ遊び足りないんだからさ」

 リーダー先輩が照れたように顔を赤くしてそう言った。

 最初は、とんだ厄介な人たちに絡まれたと思ったものだが、彼女たちを知れば知るほど、好い人であることを知らされる。

 本当に可愛い人たちだ。

 甲斐と桂の浮かれようなら分かるのだが、先輩たちの浮かれようは、弟たちと負けず劣らずと言ったところ。

 姫のことが気になって思う存分遊べなかったのだろう。

 手をつないでスキップしながら去っていく姿を微笑ましく見送っていた。

 五人の姿が見えなくなると、私は姫の顔を覗き込んだ。

「青い顔。あれだけ無理はしないようにって言ったのに……」

 姫のおでこに手をおいた。熱はないようだ。

 姫の頭を持ち上げ、自分の膝の上にのせた。起きてしまうかと心配したが、少し低い声を上げたが、大丈夫だった。

 不思議と姫が自分の兄弟のような気がした。病気がちで手のかかる弟。と、言ったところだろうか。

「大丈夫。すぐに良くなるからね」

 頭を撫でながらそう言ったのは、そう感じていたからだ。

 いつも弟や妹が熱を出した時にしているように。

「美子。どうしてここに?」

 頭を撫でていた手を姫に掴まれ、弱々しい姫の声が問い掛ける。

「森田君が倒れたって、先輩から連絡もらったの」

 そうですか、と口の中でもごもごと言っている。

「まだ顔色があまりよくないね。それでも少しは良くなったかな?」

 起き上がろうとする姫を制止した。

「実は、俺、絶叫系の乗り物が苦手で、だからそれもあって……」

「乗ったんだ?」

 姫が頷く。

 無理をするからそうなるんだ、と叱りたいがいまだ青い顔の姫を見ると何も言えなくなってしまう。

「乗り物酔いと貧血……か。まだ、気持ち悪い? 何か飲み物買ってこようか?」

「いいえ、今は大丈夫です。飲み物も今は……」

 うん。

 しばらく沈黙が訪れた。それというのも、姫がまだ具合が悪そうだったので、話をするのを控えたためだ。

「美子。今日、甲斐君と桂君はどうしたんですか?」

「ん? ああ、あの二人なら先輩たちと遊びに行ったよ。嬉しそうだったよ」

「そうですか、良かったです」

 人の心配より、自分の心配すればいいのに。

 姫のそういうところが私は案外好きだったりする。

 そんなことを言ったら、姫が変な風に誤解してしまいそうなので、秘密だけれど。

「そうだね。さ、もう少し寝てなよ」

 姫が再び目を閉じると、私は暇をもてあそぶことになる。

 十一月の終わりだというのに今日は風が暖かく、もうじき本格的な冬が始まろうとしているとは考えられない。薄手の上着を着ていると汗が滲んでくるほどだった。

 振り返って見れば、桂が遊園地に来たのは、これが初めてだ。小さいと乗り物に乗れないし、甲斐は乗れるのに自分は乗れないと泣きじゃくるので、出かけるとなると動物園や水族館、鉄道や航空博物館が主だった。

 桂は乗り物に乗れただろうか。

 身長制限にひっかかって乗れないなんてことになれば、ケバ女先輩たちの手を煩わしている可能性がある。それでも、携帯の着信音が鳴らないのは、大丈夫だったということなのだろう。

「私は、いつも姫の寝顔を見ているな……」

 見慣れた寝顔は、いつものことながら美しい。白雪姫が現世に現われたなら、恐らくこんな顔をしているのだろう。

「そんなに見られていたら、寝られません」

「起きてたの?」

 私がそう問うと漸く瞳を開けて、私を見上げた。

「美子が、俺と同じ目で俺を見てくれたらいいのに……」

「え?」

 私の問い掛けの答えとはまるで違うことを言われて、私は意味が分からず戸惑った。

「俺を好きになってくれることはないですか?」

 私の戸惑いなど目に入らないのか、縋るような目が私を捕らえて放さない。

「私は……、森田君をそんな風に見ることは出来ないかもしれない」

 姫のことは好きだけど、坂田先生を好きな気持ちとは違う。かといって、兄弟のように感じてはいても、やはりどこか本当の兄弟とは違っている。

 自分でもよく分からないんだ。

 どう答えたらいいのか分からないんだ。

「俺は、この気持ちを諦めた方がいいんでしょうか?」

「……」

 何も言えず、姫の悲しそうな目を見ていた。

 今の自分には、姫の喜ぶような言葉は与えられないのに、その悲しそうな目をどうにかして明るいものにしたいと願ってしまう。

 笑って欲しい。笑顔が見たい。

 どうして私なんかを好きになっちゃったの? 姫ならもっと奇麗で可愛くて性格が良い子がいるじゃないか。どうして、私なんかのことでそんな苦しい目をするの?

 姫の悲しそうな目を見ると、胸が鈍く痛むのは、どうしてだろうか……。


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