第4話
すでに秋が終わり、冬が始まっている廊下は底冷えがする。まさかここが室内であるとは信じがたいほどにそこは真冬のような寒さだった。
放課後の人気の少なくなった踊り廊下、私の前には、三人のケバそうな(いえっ、美人な)おネエさま方が立っている。
冷静な私が今の私の状況を分析する。
放課後。校内。踊り廊下。ケバそうな人。おネエさま。怖い顔。
それらが導き出す言葉と言ったら、呼び出しでしょうか……?
そう考えると、ふと思い浮かべるのが姫の顔。
私に気持を伝えたことをいいことに、教室内でも、家でも何かにつけて「好きです」を連発してくるのだ。その度に、はっきりと「ごめんね」と公言しているのだが、姫の勢いは衰えることを知らない。
私がはっきりとお断りしていることは、周知の事実。呼び出しを受ける意味が分からない。
「あんたさぁ、森田君の告白断ったんだって?」
「ええ、まあ。私には他に好きな人がいますんで。そんな私が森田君の告白を受けるわけにはいかないと思いますんで」
ふーん、と値踏みするように私の爪先から頭のてっぺんまで舐めるように見る。まさか、自分がこんな目で見られる事になるとは思ってもいなかった。
「確かに正論だよね」
分かっていただけるのは嬉しいですっ。では、私はこれにて……。
笑顔を振りまいて、その場を立ち去ろうとした私の腕を、ケバ女のうちの一人が強く掴んだ。
「あの……? もう用は終わったんじゃ……?」
振り返った私を待ち構えていたのは、鋭い眼光ではなくて、貼り付けたような不自然な笑顔だった。それはそれでまた怖いものがある。
「えっと、何か?」
若干怯えの入った私を三人のケバ女たちが笑顔で見下ろしている。この三人、とっても背が高いのです。もう少し化粧を大人しめにしたら、モデルなんかも出来るんじゃないのかなって思う。
「私達ってほら、もうすぐ受験じゃん?」
「はあ、頑張ってください……ね」
こんなことしている暇があるのなら、さっさと家でも図書館でも塾にでも行って勉強したらいいと思うんだけど。
「そう。つらーい、つらーい受験勉強を毎日毎日頑張ってるのよ。可哀想だと思わない?」
私にそんなこと言われても、困る。第一、大学に受かりたいなら受験勉強するのは同じ三年生ならみんな立場上同じはず。それに一年早いか遅いかだけで、その苦労を来年には私達もやることになるのだから。
「はあ、まあ」
煮えきらない私の態度に業を煮やしたのか、リーダー格っぽいケバ女が私の胸元をむんずと掴むと上に持ち上げる。
私の足が廊下から持ち上がり、バタバタと行き場を失う。
この人、物凄い力持ちだな。私といい勝負かもしれない。
「私達の息抜きのために、一肌脱いでほしいっていってんのよ」
笑顔は絶やしていないが、目が少しも笑っていない。
私、この状態で怯えていると思うでしょ? でも、全然怯えていないんです。ほら、私って兄弟が沢山いるから、私が下の子たちを守らなきゃならないって強く思っているのだ。小さな子供達は街に連れて行くと騒ぎまわるので、色んな人にぶつかっちゃう。ぶつかった人がいい人ならいいけど、たまにやくざまがいの人がいたりするんだ。そういう人に同じことをされた経験が何度もあるので、ケバ女の先輩ごときで怯えたりはしない。ちなみに、やくざまがいの人とは今はお友達だったりするので、その迫力にも慣れてしまった。慣れてしまえば、やくざさんも案外可愛い生き物であることが分かる。彼らは無暗に一般人を傷つけたりしないのだ。
「あの、伸びるので放して貰っていいですか? まあ、話は一応聞きますので」
私はケバ女リーダーの手を掴み、その手を制服からはがした。
私の力の強さにリーダーは、驚いたように口を開けている。
「……」
リーダーさんはそっぽを向いて小さく何か呟いたが、私の耳には届かなかった。
「はい?」
「だから、デートだつってんだよ」
勢い良く私を睨み付けるリーダーさんは、真っ赤な顔をしていた。
まあ、何てお可愛らしい……。
「私とデートがしたいんですか? そんな簡単なことならいつでもいいですよ。ただ、言っておきますが、私はそっちの気はありませんので……」
「違うっ。あんたなんかとデートして何が嬉しいんだよっ。私達がデートしたいのは、もっ森田君だよ」
こういうケバ女が頬を赤らめる姿は、なんだかとっても愛らしいのだと私はこの時初めて知った。
人は見かけで判断しちゃいけないって、本当なんだな……。
「森田君ですか……。どうでしょうね? ちょっと待って下さい」
私は制服のポケットに入れておいた携帯を取り出すと、姫に電話をかけた。
『はい。間中さんですか? 間中さんから電話くれるなんて、嬉しいな』
「ああ、うん。今、森田君はどこにいる?」
『今ですか? 今は、図書室にいますけど……。一緒に帰ってくれるんですか?』
「うん、分かった。ありがとう」
姫の嬉しそうな声を完全に無視して、通話を切り、ケバ女達に顔を向けた。
「図書室にいるそうですので、直接お誘いして下さい。では、私はこれで。急いで帰らないといけませんので」
携帯をポケットの中に納めると、私はそう言ってその場を足し去ろうとした。
「ちょっと、待ちなって」
「もう、一体何なんですか?」
正直、ケバ女の皆さんが案外可愛らしい生き物であることは分かったが、これ以上巻き込まれるのは面倒だった。なにしろ私は、これからスーパーに行って、(通常100g100円前後の豚肉が本日は半額の)特売品をゲットしなければならないのだ。
食べ盛りの小学生がいる我が家では、肉は貴重な食材。半額をゲットしないで何をゲットするというのか。
「あんたも一緒に来てよ」
「イヤですよ。私はこれから大事な用があるんですから」
「あんたんちって兄弟が多いんでしょ? 私と一緒に来てくれて、デートが出来るように取り計らってくれたらさ、私達の三人で兄弟の面倒見てあげるからさ。ね?」
なんてことだろう。なんて素敵な提案を持ち込んでくるんだろうかこのケバ女は。
私は兄弟達を深く、そりゃもう深く愛している。だが、たまに一人になりたいなって時だってあるわけですよ。
「わっ、分かりました。お供いたしましょう」
リーダーは嬉しそうに私に微笑んだ。
そんな笑顔が出来るのなら、いつもそうしていたらいいのに。
私達の登場に、図書室で静かに過ごしていた学生たちは驚いていた。
ケバ女に図書室は確かに不釣り合いなのだから仕方ない。
図書室の一番奥、ドアからでは見えない位置に姫はいつもいる。あまり目立ちたがらない姫は人目を極端にさけているところがある。
ケバ女をひっさげ歩いて行くと、姫の姿が見えて来た。視線を下げて本を読んでいる姿は、物憂げで今にも消えてしまいそうに見える。
足音に気付いた姫が私を見つけ、嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みに、ケバ女達が甲高い悲鳴をあげ、周りの顰蹙を買った。
「邪魔してごめん。この先輩達がちょっと話があるらしいんだけど」
「はい。いいですよ」
姫は快く受け、場所を移した。あんな顰蹙と好奇心丸出しの視線の中で話など出来るものではない。
図書室の外、あまり人気のないエリアに移動すると、ケバ女先輩達が中々口を開こうとしないので、仕方なく私が口を開いた。
「このケっ、先輩たちが、受験の息抜きに森田君とデートをしたいんだって。どうかな?」
思わずケバ女と言おうとしてしまい内心焦ったが、そこはさらっと流した。
「ちょっと、間中さんと話しをさせて貰っていいですか?」
私とケバ女達を交互に見た後、姫はそう言った。
姫が私の腕を引き、ケバ女達に背中を向けひそひそ声で耳打ちした。
それは、ケバ女達とデートをするにあたっての姫が出した条件だったのだ。