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第18話

 私は健が好き。

 何の前触れもなく気付かされた気持ちに、戸惑うばかりで、通常の自分ではいられなかった。

「美子ちゃん。ぼうっとしてどうしたぃ? 風邪でも引いたかい? 最近めっきり寒いからね。気を付けなよ」

「あら、美子ちゃん。今日は試食はいいの?」

「美子ちゃん。タイムサービスに間に合わないわよ?」

 商店街を通れば馴染みの深いオジサンやオバサンたちに声をかけられるが、満足な受け答えは出来なかった。

 ぼんやりとしたまま家に帰れば、心配されるのは明らかだ。

 私は携帯を取り出すと、アドレス帳を眺めた。

 誰か、誰かにこの動揺を止めてほしかった。

「……」

 電話出来る人が少ないことに、心が冷えていく。友達と呼べる人は、たくさんいるつもりでいた。けれど、いざ何かを相談するとなると、尻込みしてしまうばかりだ。

 相談も出来ないのに、友達って言えるのかな。

 名前ばかり並んでいるのに、とてもそれが無意味なものに見えて仕方なかった。

「誰にも相談できないって……」

 自分の希薄さに絶望していたその時、私の指が止まった。


「一応、あたしこれでも受験生」

「先輩は受験しないって言ってたよね?」

 横山先輩は、形だけ迷惑だと言葉にしていたが、その表情からはそのような感情は見受けられなかった。

 追い詰められた私は先輩に電話し、自宅へと押し掛けた。亜子ちゃんに話を聞いて貰うという手段もあるにはあったが、両親に余計なことを吹き込むという危険が伴うので止めたのだ。

「まあね。で、どうした?」

 素っ気ない先輩の態度が、逆に私を冷静にしてくれた。

「あくまで友達の話なんだけど……」

 その前置きもどうかと思ったが、自分のこととして話す勇気がなかった。

 先輩はちらりとこちらに目線を送ったが、別段何かを言うこともせず、先を促した。

「その友達は、昨日まで何とも思ってないと思っていた男友達を突然、好きだって気付いてしまって混乱していて……」

「へぇ」

 またもちらりとこちらを見て、少しだけ微笑んだ。

「私は……、とっ友達になんてアドバイスしたらいいかな?」

 先輩は、ブッと吹き出して笑った。

「先輩?」

「ああ、悪いね。そんなの気持ちを伝えたらいいんじゃん?」

 さらりと先輩が口にした言葉を反芻して、胸が苦しくなった。

「伝えるって、伝えるってことだよね? どうやって?」

 あまりにも間抜けな質問をしていることは、自分でも重々承知している。

 おかしなことかもしれないが、私が健に気持ちを伝えるなど、考えたこともなかったのだ。しかし、単純に考えれば、自分の気持ちに気付いたならば、その想いを相手に伝えることは至極全うなことだ。健は、私のことをずっと好いてくれているのだから、尚更のこと。

「告白したことないのかよ?」

「したことないよ。私だよ? 当たり前じゃん」

「ん? 友達の話だったんじゃないの?」

「いやっ、違っ。そう、友達のっ話」

 笑って誤魔化すのにも無理があった。

「ばーか。あんたの話だって分かってんだよ。今さら隠してやんの」

 ゲラゲラと腹を抱えて笑う先輩を恨みがましい目で睨み付けてやったが、全く効果はない。

「むーっ。そうだよ、私のことだよ。文句あっか」

 開き直ってそう言えば、逆ギレだ、といってさらに笑われるはめになった。

「バカだね、あんたは。森田君がどれだけあんたのこと待ってると思ってんだ。自分の気持ちに気付いたんなら勿体つけずにとっとと言いな」

「でも、先輩。なんて言えばいいのさ」

 呆れたって目を向ける先輩ではあるが、出来損ないの私に手を差し伸べるように口を開いた。

「そのまんまでいいんじゃないの?」

 そのまんま……。

 言葉にすれば、とても簡単なことだ。けれど、想像するだけで、心臓が尋常じゃないほどに飛び跳ねる。

 こんなに心臓に悪いことを、健は私に何度もしていたんだ。

「先輩。私、無理かも」

「はあ?」

「だって、だって。どんな顔して会えばいい? 私、今日飛び出してきちゃったんだよ? 今までどうやって話していたのか、思い出せないっ。絶対無理だって」

 健に会うことを、考えるだけで、私は思考が停止する。

 昨日とはまるで違う熱情にも似た感情に振り回されていた。

「素直が一番だろ?」

 素直に、自分の気持ちを伝える。

「そっか、そうだよね。でも、いっ、いつ言えば?」

「今すぐ好きだーって叫んでくればいい」

「ううっ、先輩は告白したことある?」

「あるよ。中学ん時に三年間ずっと好きでさ、卒業式の日にダメ元で言ったんだ。結果は、惨敗。まあ、分かってたことだけどさ。そいつは私の友達が好きだって知ってたんだ。でも、言わなきゃさ、後悔するなって思ったからなぁ。あたしの場合は、フラれるって分かり切ってたけど、あんたの場合は、向こうの気持ちは分かってんだからさ、フラれる心配がないんだから気楽じゃんよ」

 先輩は私の勇気を沸き上がらせるためだけに、過去の恋バナをしてくれた。

 三年間も好きだった人。先輩のちょっと切なげな横顔を見れば、完全に過去のことには出来ていないように思えた。それなのに、私のために自分の傷をえぐるようなことまでしてくれているのだ。

「ちゃんと言うよ、私。先輩も頑張ったんだもんね? 私も頑張ってみる」

「おお、そうしな」

 微笑を浮かべ、私の頭をぐりぐりと撫で回す先輩は、ちょっと男前だったが、優しさが伝わって来るものだった。

「あっ、私そろそろ行かないと。甲斐と桂を迎えに行かなきゃ」

 先輩に何度もお礼と謝罪の言葉をのべて、先輩のご両親にも暇を告げて、先輩の家を出た。

 ちなみに先輩のご両親はとても優しそうな人たちだった。また遊びに来てね、と言われたので、遠慮なく遊びに行こうと思っている。

 外は大分日が暮れて、寒さがぐんと増したように感じた。先輩に上着を借りたのだが、その上着を着ていても感じる厳しい寒さだった。

 早足で歩き、マンションへの帰路を行く。

 マンションへと近付くたびに鼓動が速くなっていくのを感じる。

 自分がどんな顔をしているのか、確認できないが、とても変な顔になっているのだろう。いろんな意味で。

 商店街を通ると、再び声をかけられるが、笑顔を返すだけで、いつもの世間話は出来なかった。それでも、先程よりも幾分元気になったと、安緒の声が聞こえてきた。

 手を振って商店街を出ると、いつの間にか腕の中にはいろんなものが。元気のない私のために、持っていきな、とみんながくれたものだった。

 これだけあれば、今日は買い物は必要ないかもしれない。

 それらの貰い物を家に置き、麻子や両親から何かを聞かれる前に家を出た。三人の不思議そうな視線を感じたが、それは一切無視だ。

 エレベーターに乗り、健の家の前まで来ると大きく深呼吸した。

 チャイムをならそうと手を持ち上げたとき、ドアが突然開いた。

 驚いて心臓が一瞬止まった。

「ああ、美子ちゃん。んん? その様子じゃ自分の気持ちに気付いたみたいだね? 俺が思っていたよりもずっと早かったね」

 嬉しそうにペラペラと語るお父さんをあんぐりと口を開いて私は見ていた。

 昨日会った時から、意味深な表情をしていたのは、私の気持ちを私よりも早く気付いていたからだったのだ。

 そんな私にさらにこう言った。

「それじゃ、早速ケントに知らせてやらなくちゃ」

 だっ、ダメーっ。


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