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第15話

 本当に今日はぐったりと疲れていた。

 陸上部の部長は、私がハードな練習を望んでいると聞いて、鬼か、といいたくなるような超ハードメニューを私及び部員たちに課した。部長自ら根を上げた超ハードメニューを私は全てこなし、どうにか家に帰って来たところだった。

「ただいま」

 正直、料理の支度をするのも面倒だった。

「おかえり、お姉ちゃん。今日部活出たんでしょ?」

 麻子が玄関にひょっこりと姿を現し、そう言った。

「うん。なんで知ってんの?」

「下で会って、姫に聞いた。疲れて帰ってくるだろうから、姫も今日うちで食べればいいと思って。今日は、私が作るから。姫は、居間にいるよ」

 ありがたい。

 よく部活をした日は疲れて帰ってくるので、気をきかしてくれたのだ。

「ありがと、麻子。愛してるよぉ」

「何言ってんの、気持ち悪い。そういうのは、姫に言ってあげなよ。お姉ちゃんのこと大好きなんでしょ? あの人」

 健と私の微妙な関係性については、麻子には話していない。ただ、亜子ちゃんに頼まれて健の夕食を作りに行っているだけなのだ。

「びっくりすることないでしょ。姫見てれば誰だって分かるよ」

 当然と言いたげの麻子は、なぜだか得意気だ。

 麻子もいつの間にか大きくなったんだな。人の恋愛事情にまで口を出すほどに。

「麻子は、好きな人いんの?」

「なっ、いないよ」

 顔を真っ赤に染めて台所に逃げていった。

 どうやらいるようだ。

「うい奴め」

 時間を掛けて妹の好きな人を突き止めようと、にんまりと笑った。

 居間に入ると、健が甲斐と桂の宿題を見ているところだった。

「ただいま」

「「あっ、姉ちゃんおかえり」」

「おかえりなさい、美子。お邪魔してます」

「宿題見てもらってんだ?」

「うん。姫は先輩より頭良いんだな」

 健は教え方が上手そうだから、弟たちもなんなく理解できるのだろう。

「甲斐君。姫は止めてください」

「何でだよ。いいだろ? うちの姉ちゃんなんかよりよっぽど姫っぽいんだから」

 聞き捨てならないことを、子供は悪気なく言うものだ。

 私は、自身が姫っぽくないのを一番承知しているから傷付きもしないが、健は姫と呼ばれることをかなり気にしているようなのだ。

「甲斐っ。あんたゲンコツされたいの? 健に謝りなさい」

「美子。いいから」

 そう言った健の表情は、とても悲しそうだ。それを見た甲斐も、不味いことを言ったのだと気付いたようで素直に謝った。

「でも、俺、名前知らないもん」

 そういえば改めて紹介したこともなかった。

「森田健人だよ」

 ニコッと微笑む健を甲斐は、ぽかんと口を開けてほうけたように見惚れている。

 小学生をこんな表情にさせる健って一体……。


「ねぇ、健。私、色々これでも考えたんだけど。健が言ってくれたこと、健の気持ち、すごく嬉しいよ。だけど、中途半端のまま付き合う意味がやっぱり分からないんだ。私には無理だよ、そういうの。それなのに私は、我が儘だからさ、それでも健の傍にいたいんだ」

 エレベーターの中、健は断ったけれど、私が無理矢理送るとついてきた。

 きちんと話をしたかった。中途半端は嫌いだ。

「私、健のこともっと知りたい。知って、見て、感じて、自分の気持ちを見つけたい。私が自分の気持ちに気付いた時には、もう私のことなんて好きじゃないかもしれないけどさ」

「大丈夫です。ずっと変わらず好きですから」

「そっか……」

 照れてしまってエレベーターの隅の方を意味もなく見つめていた。

「でも、良かったです。断られたら、もう話してもくれないと思いました」

「それはないよ」

 そうですか、と小さく呟いたその声は心なしか弾んでいた。

「うん。ないよ、ない」

「はい」

 健と視線が合ったので、ニシッと笑った。

 エレベーターが止まり、健は私を先に行かせた。


「美子は可愛いです。誰かが美子の可愛さに気付いて攫ってしまったらと思うと心配です」

 私のおチャラけた笑いを見て、そんなことを言う男はそんなにいないだろう。

「そんなこと言うのは、健と大和くらいなもんだよ」

 大和は小さい頃から私を可愛いとたえず言っていた唯一の男だ。

「大和君ですか……」

 難しい顔をして考え始めた健。

「大和のは、健が思ってるのとは違うよ。小さい頃からあんなんだから」

「それは小さい頃から大和君が美子を好きだったってことですね。……羨ましいです。小さい頃から美子と一緒にいれた大和君がすごく羨ましいです」

 こんな場合、どう返せばいいんだろう。

 時間は戻らないし、私がどう言おうと気休めにしか感じられないだろう。

「気にしないで、美子。ただの嫉妬です。俺は大和君になりたいです」

「もし健が大和になったら、男として一生見れないってことだけど、それでもいいの?」

 私にとって大和は出会った時から恐らく死ぬまで幼なじみなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。そんな大和に嫉妬しても時間の無駄ってものなのだ。

「やっぱり俺は俺でいいです」

「でしょ?」

 ここだけの話、健がどう感じているかは知らないが、私の一番近くにいる男の子は、健だと思っている。

 今一番近くにいたいと思っているのもだ。

 それを言うとぬか喜びさせてしまいそうなので、口外はしないが。

「あ、そうだ美子。言い忘れていましたが、年末から1週間ほど父が帰国するそうなんです。母はどうしても仕事でアメリカを離れることが出来ないので、父だけ帰国するんですが、俺も父も料理が出来ないので、出来れば美子にお願い出来ないかと……」

 健のお父さん……。好きな子が出来たと報告した健に、キスをしろと無責任なことを吹き込んだお父さん……。

 一度でいい、どついていいでしょうか?

「別にいいよ」

「お正月に祖父母の家を訪問したりしないのですか?」

「行くよ。行くけど、父方も母方も近いから泊まったりしないから平気」

「良かった。父は美子に会いたがっていましたからきっと喜びます」

 私も健のお父さんには、会ってみたいと思う。いろんな意味で……。

「健のお父さんってどんな人?」

「普通の人ですよ。美子のご両親は?」

「うちも普通だよ。でも、あの二人が一緒にいると暑苦しい。未だにイチャイチャしてんだよ」

 普段二人とも仕事が忙しく、すれ違い生活を送っている両親は、たまの休みになると、ベタベタして暑苦しい。

 仲が良いのは喜ばしいことなんだろうけど、限度ってものがあるよね。目のやり場に困る。

「うちの両親もそうですよ。父があまり人目を気にするタイプじゃないので」

 健と視線が絡み、お互い苦労するね、といった感じで苦笑した。

「っと、もうついてしまいましたね」

 気付けば私の家の前に二人は立っていた。

「あれ? なんでうち?」

「はははっ。美子、エレーベーターを二度乗ったのに気付きませんでしたか?」

「なんで私が健を送って行ったのにここに戻って来ちゃうのよ」

 それじゃ、送った意味が全くない。

「俺は男ですから。送ってもらう必要はないですよ。美子と話したかったので、言いませんでしたけど。それじゃ、また明日」

 健が背を向けて歩いて行く。

「健っ」

「はい?」

 振り返った健に、かける言葉を用意していなかった。

「またねっ」

「はい、またっ」

 不思議と健の遠ざかる背中を見ていると、胸が締め付けられた。

 もう一度、もう一度振り返らないかな。

 そう思っている私がいた。


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