第14話
和歌が落ち着いた頃には、もう既に午後の授業は始まってしまっていた。
「まあ、いっか。今日はサボりで」
私と和歌が同時にいないとなると、二人でサボったのがバレバレであるが、涙でぐしゃぐしゃな友を他人の目にさらすわけにはいかない。
「うん。付き合わしちゃってごめんね」
「いいよ。たまには日向ぼっこもいいもんだしさ」
風は少々寒いが、日差しは結構温かい。
「ユッキーが心配するね?」
「先生もね」
漸くにこりと微笑んだ友を見て、心底ホッとしていた。
「美子は、ユッキーが好きになったの?」
散々泣き喚いた和歌は、今までの和歌よりも年相応に感じた。今までが大人過ぎたのだ。きっと、先生を好きになってしまったことで、意識的に張り詰めていたのだ。
「分からない。本当、分からない」
私は、先日までの出来事を話して聞かせた。
公園で健が言った言葉に目を輝かせている和歌は、やっぱり同い年なのだと思った。
そんな彼女にわたしは何度も甘えて来たのだ。今更ながらに自分に腹が立ってくる。
私なんかよりも和歌のほうが断然甘えたかったに違いないのに……。
「美子?」
分からないと呟いたきり、考え込んでしまった私を心配そうに覗き込む。
「和歌だったらどうする?」
「うーん。あんまり無責任なことは言えないけど、私だったら付き合ってみるかな」
そういう考え方もあるのか。
私は、男の子と付き合うというのは好きな人同士でなければならないと思ってきた。だが、それが必ずしも全てではないのかもしれない。
告白されて嫌いじゃなければオーケーする人もいるようだ。とりあえず付き合ってみて、ダメなら別れればいいのだから。そんな風に考えている人がもしかしたら、私のようにかたくなに考えている人より多いのかも。
私の考え方はやっぱりかたいのかな?
「相手がとんでもない奴だったら賛成なんかしないけど、相手はユッキーだし、彼なら美子も好きになれるんじゃないかな」
そもそも付き合わねばならないのか?
もし、和歌が言うように好きになれるのであれば、その気持ちに気付いてからでも良いのではないか?
なぜこんなにも、彼氏彼女の関係にこだわるんだろう。
「うーん。悩むね」
「たくさん悩んでいいと思うよ。美子が納得するまで考えな」
和歌が言うようにじっくりと考えたほうが良さそうだ。待ってくれている健には申し訳ないけど、いい加減にはしたくない。
「そうするよ。あーあ、今日は体でも動かそうかな」
「今日は何部に行くの?」
私は、どの部にも所属していない。けれど、度々助っ人に入っているので好きなときに部活動に参加できることになっている。
「がむしゃらに体を動かしたいよね。陸上部に行って走り込もうかな」
考えるのはいいことだと思うけど、考え過ぎれば妙案は浮かんでこない。
時にはひと休みして、脳をしずめ、何も考えずに体を動かしたい。
こんなとき、走り込むのがいいと思われる。
「陸上部か。練習ハードだよね?」
「うん、なるべくハードなほうがいいよ」
今日くらい何も考えずにぐっすりと眠りたい。その為には、体を酷使するのが望ましい。
放課後、私は、宣言どおり陸上部の練習に参加することにした。
その旨は同じクラスの陸上部員にあらかじめ伝えてあった。
「美子っ。今日陸上部出るんだろう? 一緒に行こうぜっ」
ホームルームが終わった途端に現われたのは、私の幼なじみの大和だった。
「なんだ大和か。ちょっと見ないうちに背が大きくなったんじゃない?」
「ホントか? 俺、毎日牛乳しこたま飲んでんだ。とうとう効果が表れてきたのか」
ここまで喜ばれると、嘘でしたとは言えない。皮肉のつもりで言ったのだが、本気に受け取られてしまった。
「ああ、そりゃ。オメデトさん」
「美子。今日は陸上部に出るんですか?」
健に問いかけられ、にこりと頷いた。
「うん。今日は走ってくるよ」
「なあなあ、森田。森田は美子が好きなんだって噂になってるけど、あれってホント?」
なんだってこんなところでそんな際どい質問しているんだ。まだ、大半のクラスメイトが教室に残っているというのに。しかも、大和。お前はどうして無駄に声がデカいのだ。今に始まったことじゃないけどさっ。
「はい。大好きですよ」
満面に笑みを浮かべ、臆することなく、健がさらりと言ってのけた。
教室の何処からかキャーと悲鳴が上げた。
「お前が美子を好きでも無駄だぞ。俺は美子と結婚の約束をした仲なんだぞ」
「こら待て、大和。あんたは一体いつの話をしてんだっ。私は、そんな約束した覚えはないぞ」
デカい声で何言っていやがる。
「幼稚園のころ約束しただろう? 忘れたのか?」
「うん、忘れた。だから、その約束無効だから」
幼稚園の時の記憶なんてほとんど消えてしまった。覚えてるのは、よく大和と遊んでた気がするなって程度。結婚の約束をしたなんて覚えているわけがない。第一結婚の意味すら分かっていたかあやしいではないか。
「ひっでぇ。俺は美子のために毎日牛乳を飲んで、背をのばしてたっていうのに……」
私の為だったんだ……。
「美子は、あなたのことは何とも思っていないようですね? 安心しました」
その穏やかで微笑ましい表情に大和は神経を逆撫でされたようだ。
「お前だって、美子に相手にされてないだろっ。へんっ、ざまーみろ」
「はいはいはいはい。子供の喧嘩じゃないんだから……。大和。ほら、部活行くよ。健、うるさくてごめん。バイバイ」
大和を無理矢理引き摺って、教室を出る。教室を出るときに、健に手を振って。
「大和。どうしてくれんのよ」
「何がだよ?」
あんたは知らないだろうけどね、お馬鹿なあんただけど、女の子にわりと人気があるんだよ。わんこみたいで可愛いって。お前はペットかって感じだけどさ。
健に引き続き、大和のことでもあらぬ噂をたてられるのは、迷惑以外のなにものでもない。
「別に何でもないよ、馬鹿どもめ」
どうしてこう、私の周りの男は周囲の目を気にしない人間ばかりなんだろう。
「ああ、美子。今日は部活でんの? というかその隣りの子ザルは誰だ?」
横山先輩がちょうど帰路についている所に出くわした。「子ザル」と言われた大和は、憤慨しているようだが、先輩であることを考慮して我慢をしている。
先輩の方でも大和がめっちゃ我慢していることなどお見通しで、真っ赤な顔で我慢している大和を面白いものでも見るような目で見ていた。
「先輩っ、こんにちは。今日は陸上部に出ようと思って。この子ザルは私の幼なじみで大和っていいます。特によろしくする必要はないので」
「そうか、よろしくする必要はないのか」
「おいっ、美子。それからそっちの先輩も酷いじゃないか。よろしくして下さいよっ」
「そう言っているが、美子。どうする?」
「先輩のお好きに。よろしくしたら、少々どころかかなりうるさいけど、良い奴ではある」
何だそれ、と言って先輩が笑った。
最近の先輩は、以前よりもケバさが抜けたような気がする。私の気のせいではない筈。
「そうだ、先輩。この間は甲斐と桂、麻子がお世話になりました。楽しかったって毎日騒いでるんだよ」
私が健と美術館デートをしている頃、先輩たちは甲斐と桂それから麻子もついでにつれてデパートでウィンドウショッピングを楽しんだそうだ。
「喜んで貰えて良かったよ。また、遊びに行くって伝えといてよ。んじゃ、あたし行くわ。じゃあね」
先輩は手を振って去って行った。