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第13話

 ゆっくりと瞼が開かれていくさまは、あまりに美しくその一連の動作がスローモーションのようだった。

 健が寝ている間に沢山のことを考えた。

 なぜあんなことをしてしまったのか。色んな角度からその謎を暴こうと私なりに善処したつもりだ。

 そして、導きだされた答えは、


 分からない


 だった。

 混乱する頭をフル活用して理解しようとすればするほど、意見はまとまらず、自分が何を導きださなければならないのかさえ分からなくなるしまつ。

 そうして考えた答えがそれだったのだ。

 だから私は、今現在の自分のありのままの想いを健に伝えようと思う。

「健? 目、覚めた?」

「美子。ここは……?」

 ゆっくりと起き上がると、キョロキョロと辺りを伺った。

「どっかの公園だけど……」

「ああ、俺が必死に美子を探して、やっと見つけたと思ったら、美子は小学生たちと無邪気に遊んでいたんですよね」

 そんな風に言われると、私がのほほんとドッジボールをしていたみたいじゃないか。いや、否定はてきないんだけどね。

「その通りです」

「どうして俺から逃げたんですか? 話せませんか?」

 顔が間近に迫っていて、逃げることは許さないといった健。

 だけどもう逃げるつもりはないのだ。

「話すからさ。ちょっと近いんだけど」

「逃げませんか?」

「うん。逃げないから」

 健は私の指先を掴んだ。

 そのほんのちょっと結ばれた指先が温かかった。

「自分でもどうしてあんなことをしてしまったのか分からない。こんな風に言ったら最低だって思うでしょ? でも、嘘偽りない事実なんだ。私が好きな人同士じゃなきゃダメだって言ったのにね。それなのに自分がしちゃうなんて……」

「美子は、俺が好きなわけじゃないんですか?」

「ごめんね。いくら考えても分からないんだ」

 そういう方向からだって考えたんだ。私が健のことが好きだからキスしたくなっちゃったんじゃないかって。だけど、しっくりこないというか、ピンとこないというか……。はっきりとした確証がもてないのだ。

 嫌いじゃないむしろ好きなんだと思う。

 だけど……、

「本当、ごめん。自分のことなのに、自分の気持ちが分からなくって。健のことは好きだよ。出会った頃より今のほうがずっと好き。でも、この気持ちが健が望んでいるものだとは思えないんだよ」

 今、もし私の前から健がいなくなったら、私はきっと大泣きするだろう。でも、それが好きとは結び付けられないんだ。

「美子は今も坂田先生が好きですか?」

「ううん。それは好きとは違うみたい」

 今思えば、周りの空気に流されていただけのような気がする。周りがみんな坂田先生が格好良い、好きだって言っていたから、私も好きなのかもと思ってしまった。

「美子。じゃあ、今好きな人はいないんですか?」

「うん」

「なら、俺の彼女になってくれませんか?」

「何言って……。自分の気持ちが分からないって今、言ったでしょ?」

 冗談なのかと思った。だけど、健の目が真剣だったから、その考えは打ち消されてしまった。

「今はそれでも構いません。美子が俺を好きになってくれるように頑張りますから、だから、俺の隣にいてくれませんか?」

 今は本気の好きとは言えないけど、一緒にいれば健を好きになるのかな?

「隣にいて、それでも好きになれなかったら?」

「その時は、遠慮なくフってください」

 そんなことしたら、健を傷つけることになってしまうじゃないか。

「少し考えさせて」

「はい」


 健との美術館デートは波乱に始まり波乱で終わったように思う。

 あれからの二人の関係は、表面上なにも変わっていなかった。

 変わったことといえば、私が朝から晩まで健のことを考えているということだろう。

「美子。ちょっと話したいことがあるんだけど……」

 思い詰めたような暗い目をした和歌が遠慮がちにそう言ったのは、お弁当を食べ終えた時だった。

「いいよ。ここでは話せないこと?」

 こくりと頷いた和歌と連れ立って屋上へと向かった。

「うはぁ、さすがにこの時期の屋上は寒いね。息が白いよ」

 はあっと息を吐くと、白く浮き上がっていた。

 同意を求めて和歌を見るも、俯いたままたたずんでいた。

「和歌? なんかあったの?」

 今にも泣き出してしまいそうな和歌の顔を覗き込んだ。

 和歌がこんな顔をしているなんて珍しい。いつも、どこか余裕で微笑を讃えているのに。

「……ごめん。美子っ、ごめんなさいっ」

 そう苦しそうになんとか言葉を紡ぐと、我慢の糸が切れたように泣きだしてしまった。

 まさか、本当に和歌が泣きだすとは思っていなかった私は、慌てふためいた。

 ハンカチを……と思うときに限って、カバンにしまい込んでいたことに気付き、結局なにもしてあげられないのだ。

「ああっ、ごめん和歌。ハンカチもティッシュもカバンの中だよ……」

「ブブッ。自分で持ってるから大丈夫。ありがとう」

 少し笑われてしまったが、涙は止まる気配がない。

 私は、和歌の背中を撫で、落ち着くまで待った。

「ごめん、美子。もう、大丈夫」

 鼻をスンスンと啜りながらそう言った。

「なんだか今日はいつもの和歌じゃないね? 謝ってばかりだよ。泣くほど私に酷いことしたの? 酷いことされた覚えはないんだけどなぁ」

 まったく身に覚えがない。和歌が私に酷いことをするとも思えないし。

「あのねっ、あの私、美子に話してなかったことがあるの……」

「うん」

「私ね、実はね、坂田先生と付き合ってるの」

「へぇ、そうなんだ」

「へ?」

 私のあっさりとした返答に拍子抜けしたような和歌の顔が面白かった。

 そういえば、坂田先生への気持ちが好きじゃなかったこと、和歌にはまだ話していなかった。

「私さ、どうやら先生のこと好きじゃなかったみたい。だから、和歌と先生が付き合ってるって聞いても傷ついたりしないよ。つい最近気付いたんだけど、色々あって和歌には話せてなかったね。ごめんね、ずっと悩んでたんでしょ?」

 相手が相手だけに、誰に相談することも出来ず、私は先生が好きだと言っていたのだから、言えるはずもなかっただろう。

 いくら大人っぽくても同じ17歳なのだ。

「美子、先生のこと好きじゃないの?」

「うん。今は何とも思ってない。だから、和歌は泣かなくてもいいんだよ。何にも悪くないんだから」

 和歌はいっぺん止まった涙を再び溢れさせながら、先生とのことを話してくれた。

 和歌と先生は、近所に住むいわゆる幼馴染なんだそうだ。幼馴染といったって私たちと先生の歳の差は10歳くらいあるので、私たちが6歳の時もう16歳。幼馴染とは言えない歳の差からもしれない。和歌は、近所のお兄さんである先生のことを本当に小さな頃から大好きだった。高校生になってどんどんと大人になり、隣りに女の子を連れて帰って来る先生を見て、幼いながらに心を痛めていた。けれど、その想いは胸に秘めたまま大事に大事に温めていたのだ。

 和歌が中学生になった時、もう先生は先生になっていた。一つの区切りをつけようと気持ちを伝えた和歌に先生はその気持に応えることが出来なかった。そりゃそうだろう。先生は大人で、しかも教職者なのだ。中学生に手を出したら犯罪になってしまう。勿論、高校生に手を出しても犯罪なのだけど……。和歌は一度断られたくらいでは、諦めきれなかった。何度も何度もぶつかり、その都度玉砕してきた和歌だったが、中学校を卒業した春、見事に先生と付き合うことになったのだ。

 先生は大人のけじめをつける為、和歌の両親に挨拶し、結婚を前提に付き合うことを認めさせた。勿論先生の両親にも了承済みである。よって、和歌は先生の正式な婚約者なのだ。そして、和歌が先生の婚約者であることは、校長先生と教頭先生も知っていることなんだそうだ。

 この歳で婚約者がいるなんて……。だからきっと和歌は大人びているのかな。ずっと先生に追いつきたいと背伸びしてきたのだろう。

 私はいまだ涙を流している友をそっと抱き締めた。

 



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