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第10話

「駄目ですよ、美子。美子は女の子なんですから。俺が守ります」

 いつもはふんわりと優しい笑顔を浮かべていることの多い姫には珍しく、力強い、男らしい微笑みを浮かべていた。

 これって、殺し文句だよね。

 私みたいに「女の子」だと言われ慣れていないものにとって、「女の子」、「俺が守る」というような台詞は、鼓動を早くするのに十分な要素だ。

 普段、弟たちに囲まれているせいか、女らしさに無縁なだけになおさら。

「森田君、私は女の子って感じのタイプじゃないんだけど?」

「俺のことは、いつまでたっても森田君ですね? 名前で呼んではくれませんか?」

 私の言い分をざっくりと無視し、切なそうな表情が浮かぶ。

 名前で呼んでいないというだけで、そんな表情になってしまうのは何故?

「健人君。健人。健。健君。健ちゃん。健人っち。さあ、どれがいい?」

 別に呼び方に固執するつもりはない。そこまで親しくもないかと思って名字で呼んでいただけだ。

 姫が名前で呼んでほしいなら、そうしてもいい。それほどには、私たちも親しくなったと思っている。

 ただ、何故だか少し照れ臭く、胸が踊る感じがする。

「美子が呼びやすいように呼んでくれていいですよ?」

「じゃあ、姫で」

「それは勘弁して下さい」

 相当姫と呼ばれるのがイヤなのか、眉間を寄せている。

「じゃあ、健って呼ぶよ。うちの男陣はみんな名前が二文字なんだよね。だから、その方が呼びやすいと思うから。いい?」

「はい」

 ただ嬉しそうにしているだけなのに、その姿が小さな男の子のように見えた。そりゃもう飛び上がって喜んでいる可愛らしい男の子だ。

「よし、健。早いとこ片付けちゃお」

「はい」

 それからは二人、黙々と手を動かしていたのだが、健が口を開いた。

「そういえば、先ほど先輩が甲斐君と桂君に話しているのを聞いたのですが、先輩たちが二人の面倒を見てくれるそうですね?」

「あ、うん。いいって言ったんだけどね」

 先輩は、直接甲斐と桂に話したようだ。

「この間迷惑かけてしまったのに、こんなこというのは虫がいいかも知れませんが、その日俺とデートしてくれませんか?」

「何言ってんの。元々そういう話だったでしょ? デートはいいけど、また倒れちゃうんじゃない?」

 途中で私が迎えに行くことになってしまったけれど、健は先輩たちとデートをしたのだから、私も約束を守る義務ってものがある。義務ってほどの大げさなものでもないけど。

「大丈夫です。せっかく二人で出かけるのに、倒れたりしたら勿体ないです」

 明らかにウキウキしている健を見ていると、自分までデートが楽しみになっていく。

 健といると坂田先生の前にいる時のようなときめきはないが、心が弾むような楽しい気分になる。

 健と話していることが嬉しい私がいつの間にかいた。

 それはやっぱり健が望むような感情ではないけれど、ちょっとした変化ではあるのかもしれない。


 先輩たちが帰るにあたり、駅まで留衣兄が送ることになった。

 私と健はマンションの前で見送ることにした。

「先輩。今日は特売に付き合って貰ってありがとうございました。それに、あんなにうるさかったのに夕食まで付き合わせちゃってごめんなさい」

「いいよ、いいよ。スッゴい楽しかったし。あたしさ、あんたもあんたの兄弟もみんな好きになったよ。また、遊びに来てもいいかな?」

「ぜひ。社交辞令じゃなく、本当に来て下さいね」

 私は、今は先輩たちが大好きだった。それは、多分うちの兄弟みんなの意見だと思う。

「あたしさ……」

 私の耳元でそっと囁いた。

「え?」

「まあ、そういうこと。じゃね」

 先輩たちは、大きく手を振って帰って行った。

「美子? 先輩はなんて?」

「ううん。なんでもない」

 ぼんやりと先輩の後ろ姿を見つめる私を見れば、なんでもないことはないだろう。だが、健はそれ以上聞くことはなかった。

 健と二人、エレベーターに乗り込んだ。

 私は、先ほどの先輩の言葉を考えていた。


「あたしさ、あんたと森田君お似合いだと思う。二人を応援するよ」


 そう言ったのだ。

 先輩は健のことが好きだったはずだ。だから、私を利用してデートだってしたんだ。私が他に好きな人がいることだって知っているはずなのに……。

 なぜあんなことを?

「意味分かんない」

「え?」

「あ、ごめん。独り言」

 先輩はあんなことを言ったけれど、きっとただのきまぐれに違いない。


「ようっ、久しぶりだわね。あんた姫に告られたんだって? 前からそうだとは思ってたけどね。で、その後どうなったのさ」

 私が保健室に入室すると、亜子ちゃんは開口一番そう言った。

「まあね」

「なあに、そのつまんない反応は?」

「だって、私好きな人いるもん」

「あんたのその好きっていうのは、憧れって言うんだよ。本物じゃない」

 私には区別がつかない。

 好きと憧れがどう違うのか。

 だって、憧れから好きになることだってあるでしょう?

 私は、もしかしたら亜子ちゃんが言う通りに坂田先生のことを憧れの対象に見ていたかもしれないけど、今は……。本当に……好きなのかな?

「何かよく分かんない。確かに最初は憧れだったよ。でも、他の女の子と仲良くしている姿を見ればモヤモヤしたし、話をすればドキドキしたし。そういうのって好きって言うんじゃないの?」

「まあ、確かにそうかもしれないね。じゃあ、今も坂田君が他の女子と仲良くしていてもそんな気持ちにはなるのかね?」

「そりゃ、もちろ……ん?」

 なぜか最近の坂田先生のことが思い出せなかった。

 ついこの間までは、先生があんなことした、こんなこと言ったと亜子ちゃんに話して聞かせていたのに。

 私はまるで、坂田先生のことを目で追っていなかったことに気付いた。目で追っていないということは、先生が女の子と仲良くしている所も目に入って来ないわけだ。

 そう言えば、先生と話しをしたときも、普通だった気がする。そもそも、最近先生とまともに言葉を交わしていないような気さえしてきた。

「あんたは、本当に坂田君が好きなのかしらね?」

 大人で、何でも分かっているような余裕の顔して、私のような子供を上から目線|(それを人は温かい目という)で面白そうに見ている亜子ちゃんに腹が立つ。

「なにさっ。亜子ちゃんなんか一生結婚出来なきゃいいっ」

 私はそう吐き捨てて、保健室をかけ出した。

「まったく青いね。青い春だわね。あんたのあの顔見れば、誰だって誰を想っているかなんて分かるっつうのに。自分で気付け、若者よ。……それにしてもけしからん。最後に呪いの言葉を残して行きおってからに」

 亜子ちゃんがそんなことをにんまりと笑って呟いている頃、私は廊下を突っ走っていた。

 前も見ずに俯いたまま走っていた私は、大きな障害物にぶつかり尻餅をついた。

「おっと、大丈夫か間中。廊下は走っちゃ駄目だぞぉ」

 見上げると、坂田先生が笑いながら手を差し伸べているところだった。

 豪快に尻餅をついたことに恥かしくなりながらも、その手を遠慮なく借り、立ち上がった。

「すみません。気を付けます」

「まあ、元気のあることはいいことだけどな。壁にぶつかるとシャレにならないからな、止めとけよ」

 私の頭をポンポンと叩いた後、去り際にそう言いながら歩いていってしまった。

 取り残された私が気付いたこと、それは、


 私は、坂田先生が好きなわけじゃない。


 ということだった。


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