白い結婚を望んだのはあなたです。今さら夫婦になりたいと言われても遅すぎます。八年間ずっと私を見守っていた国王陛下に溺愛されてます
私、イヴェット16歳は、夫、レナート19歳と、政略結婚しました。
そして、結婚初日に「君を愛することはない」とレナートから言われました。
私は、夜の事は覚悟していたけど16歳での結婚は周りと比べても少し早くて、何もせずに済むならと少しホッとした。
私の気持ちを無視して、一日でも早くと、私とレナートとの結婚は望まれていた。
私のヴィンターベルク男爵家と、夫のヴァルデック子爵家は、領地が隣同士でした。
小さな領地同士なのに、昔から水不足になると水資源をめぐる問題が起こり、大変仲が悪かったそうです。
たまたま子爵家に男の子が生まれて、三年後に男爵家に女の子が生まれた。
だから、この二人を結婚させて、不毛な争いを止めようと言うことになった。
私は、物心ついた頃から聞かされて、レナートと結婚するのが当然だと思っていた。
年に数度はレナートに会う事があったけど、子供の頃は三つ年上のレナートが小さな女の子と遊んでくれるはずもなく……私は七歳年上の、私のお付きのメイドになったばかりのアンナと遊んでいた。
もう少し大きくなると、挨拶程度の言葉は礼儀にのっとって交わせるようになるけど、話しが弾む事もなく、二人で庭園を散歩させられても気まずいだけだった。
私は、庭園を一周して戻ってくると、気疲れしてアンナにしがみついた。
「イヴェットお嬢様、頑張りましたね」
そう言ってアンナに抱きしめてもらって安心したけど、私の振る舞いはレナートにとって大変に失礼な事だったと思う。
子供の頃からの婚約者として、何度も会いながら成長して行ったけど、仲良くなるどころか、お互いの悪い面ばかり知っていった。
16歳の私は、これから社交界デビューして婚約者を探そうという令嬢たちを羨ましく思いながら、よく知っている好きでもない相手——知りすぎて、これからも好きにならない相手と結婚した。
もし、よく知らない相手なら、もう少しワクワクしたりドキドキ出来たのに、レナートには何も感じていないし期待もしていない。
16歳にして私の人生は先が見えていた。
『君を愛することはない』
レナートに言われても、レナートとの間に愛など生まれない事はわかっていたから、そこに身体の関係もなくなっただけであまり変わらなかった。
ただ、子供を作る事は義務だ。
今すぐじゃなくても、数年以内にはやらなくては——。
さすがにそれを拒否するつもりはレナートにもないと思いたいけど……。
「私を愛せない理由を教えてください」
レナートに聞くと少しためらって答えた。
「好きな人がいる。彼女に想いを伝えるまでは、君を愛する事は出来ない」
好きな人、想いを伝えるまで……要は、片想いしている人がいるから、私は愛せないという事でしょうか?
「そんなものは、結婚前に伝えておけばいいでしょう」
伝えて想いが通じ合っていたら、愛人がいるから愛せないになっていただけで状況は変わらないのかもしれないけど。
「君と結婚しなければ伝えられない相手なんだ……!」
意味がわからない。
人のものを取るのが好きな令嬢なのかしら?
親友の令嬢に婚約者を取られたとか、結婚するからと辞めてしまった女子学園では上級生がいつも揉めていたけど。
白い結婚は、早すぎる政略結婚で心の準備が出来ていない私にも悪い話ではなかった。
……片思いで操を立てられるなら、私にだって立てたい相手はいる。
田舎の領地に住んで、学園でも女子ばかりで、男の人なんてほとんど見た事がない私が唯一出会った素敵な男性。
騎士様——。
要人の護衛をされていたのに、私がメイドのアンナと連れ立って歩いている時に、怖い男の人たちに囲まれて居たら助けてくれた方……。
名前だけは教えていただいて、武術大会の優勝者に名前があったから、侯爵様だと知る事が出来ました。
もう一度会う事もないし、会っても、もう私は人妻だから、何が起こるわけでもないけれど。
そもそも身分違いすぎる。
栗色の髪と瞳を思い出して、助けていただいた後の続きを妄想するのはいいでしょう?
レナートとの結婚の為に受けた閨教育はこんな形で役に立っています。
——そんなわけで、数ヶ月がたった。
政略結婚の妻に『君を愛することはない』なんて言うレナートもどうかと思うけど、私も大概呑気だった。
その均衡が崩される日が来てしまう……。
実家のヴィンターベルク男爵家から手紙が届く。
内容は、私のお付きのメイド、アンナへの縁談だった。
私より7歳年上のアンナは、アンナが13歳で私が6歳の時から、私の専属メイドでずっと一緒だった。
今のアンナは23歳で、結婚適齢期を過ぎてしまっている。
と言うのも、私がアンナじゃなきゃダメとわがままを言って二回も縁談を壊したから。
最初の一回は、まだ私も9歳で子供だったし、アンナも16歳だったから、仕方なかったけど。
二回目は、私も14歳で、アンナは21歳。
アンナはもうすでに婚期を逃していたのに……レナートと会う日が近づいて、アンナなしで会うのが怖いという理由で引き留めてしまった。
結局、レナートとは結婚しても気まずいままで白い結婚だし、アンナの人生を潰してまで、あの時、アンナにいて貰わなきゃならなかったわけじゃない。
「縁談より、イヴェットお嬢様の方が、私には大切ですから」
アンナは怒っていなかったけど……。
最近は元気がない。
私の結婚で子爵家まで着いてきてくれたけど、慣れない環境だし、ここに来るくらいなら結婚していればと思っているのかもしれない。
実家から送られて来た縁談は最後のチャンスかもしれない。
今度こそ、アンナを結婚させてあげよう。
子爵家を探しまわると、アンナがいた。
レナートの姿が近くにあるけど、夫婦だというのに私たちは会っても挨拶もしない。
今回も、レナートには目もくれず、アンナに向かって行く。
「アンナ! 聞いて! お父様とお母様があなたに縁談を探して下さったわ! 商家の跡取りで、きっと素敵な方よ!」
私の話を聞きながら、アンナの顔がみるみる曇っていく。
「……嬉しくないの? アンナ……?」
私は、戸惑いながらも笑顔を貼り付けたままで、アンナに釣書を差し出す。
泣き出す寸前のように歪むアンナの顔の前に、釣書を掲げる私。
二人の間に人影が近づいて、私の手から釣書が抜き取られた。
——レナートが、釣書を破った。
「こんなもの、二度と持ってくるな!」
レナートが私に怒鳴って、破いた釣書を踏みつけて去っていった。
レナートとは、仲良くはないけど、あんなに怒った顔ははじめて見た。
ああ、そういうことだったの——。
私はやっと結婚初日の言葉が腑に落ちた。
『君と結婚しなければ伝えられない相手なんだ……!』
アンナが崩れ落ちて泣いている。
◆◇◆
アンナは私の専属メイドだ。
結婚前はずっと私と一緒に男爵家にいて、一人で外に出る事もなかった。
レナートが、私と結婚しなければアンナに会えなかったのは当然で、レナートが男爵家に来れば私に会いに来たものだと思われる。
アンナだけに会わせてはもらえない。
私とレナートが結婚して、私付きのメイドとしてアンナが子爵家にくれば、二人で話す機会も作れる。
——レナートはアンナが好きだったんだ。
私は子爵家の廊下に座り込むアンナを立たせて、破られた釣書を持って自分の部屋に戻る。
人の来ない廊下で良かった……でも、だからこそレナートとアンナがここにいた事の意味が浮かび上がって来る。
「イヴェットお嬢様、申し訳ありません……」
苦しそうな声で、アンナが流れてくる涙を必死で止めようとしていた。
私の大好きなアンナ。
姉のように思っていて、わがままを何でも聞いてくれる人だと思っていた。
だから、二度も縁談を壊してしまったのに……。
だから?
だから、アンナはレナートと……。
レナートの事なんて好きでもなんでもないのに、舌がざらつく。
嫌な気持ちで胸がいっぱいになる。
私の部屋について、アンナをソファに座らせた。
私はすぐ横に座る。
「申し訳ありません……!」
アンナはそれしか言わない。
つまりはそう言う事なんだと思う。
でも、私は16歳で政略結婚させられて、好きな人だっていない。
一度会っただけの騎士様が、唯一の恋愛対象になり得る人だけど、好きなのかさえ分からないまま日々妄想してるだけで……。
この状況でどうすればいいかわからない。
まずは事実を確認する事だと思うけど……。
「ア、アンナはレナートと……か、隠れて会っていたの?」
アンナの身体がビクッと反応する。
俯いたままうなづいて、唇を噛み締めた後に、アンナが話してくれた。
「……イヴェットお嬢様……私は、最初からイヴェットお嬢様を裏切るつもりだったわけじゃないんです。ただ、レナート様に結婚式の夜に迫られて……大声を出して、イヴェットお嬢様に知られるわけにはいかないと思って……」
「け、結婚式の夜から!?」
私は驚いてしまう。
せっかく話してくれたアンナの話の腰を折ってしまうけど、妻には『君を愛することはない』なんて言っておいて、ちゃっかり自分は好きな人と初夜を過ごしてるってどういうことだ!?
相手が違うだろうーー!!
いや、私を相手にされても困るわけだけど……。
なんか、納得できない。
いや、それよりも、一番大事なのはアンナの気持ちだ。
「それは断れなかったって事でしょう……無理矢理じゃないの? アンナ……あなたは、レナートがずっと好きだったの?」
「最初はイヴェットお嬢様に知られるわけにはいかなくて、断れませんでしたが……次からは、私も……。
レナート様は、イヴェットお嬢様の婚約者ですから、嫌いになどなれません……好きだったことはありまんし、今も好きではありませんけど……」
アンナ……。
結婚式の日に夫がメイドの部屋にいたなんて、私だって誰にも知られたくない。
例え、レナートを好きじゃなくても、私が軽んじられていると私自身が周りに知られたくはない。
でも、それ以上に、領地問題がある家同士の政略結婚なんだから、絶対に私が軽んじられているなんて知られてはいけない!
「アンナが最初に耐えてくれて良かった……」
「イヴェットお嬢様……!」
アンナは私が理解を示した事で堰を切ったように泣き出した。
……でも、その後にも関係を内緒で続けていたのは……レナートを好きじゃないと言っても、アンナ自身も望んでいた事だったんだ……。
「私が、二度も縁談を壊したせいなの……?」
アンナの涙が一瞬止まった。
でも、すぐにこぼれ落ちてくる。
「私が……イヴェットお嬢様のそばにずっといたいと願う気持ちは本当です。出来るならイヴェットお嬢様とレナート様とのお子様を私の手で育てたい。……でも、それとは別に、結婚もしたかった……」
アンナの告白に、ズキっと私の胸が痛む。
「ずっとイヴェットお嬢様にも隠してきましたが、破談になった人たちとは別に、イヴェットお嬢様と一緒の助けて頂いた騎士様……あの、侯爵様が、私はずっと好きなんです……。身分が違うし、相手にされないのは分かっていますが、ただ、毎晩思い出すだけで良かったんです。でも、同じ貴族のレナート様に迫られて……まるで、騎士様のように思えて……」
……アンナも、あの騎士様が好きだったの?
私の、騎士様への恋とも憧れともつかない気持ち。
でも、アンナは——。
侯爵様なんて私ですら身分違いなのに、平民のアンナのはもっと手の届かない人だ。
そんな人に本気で恋するなんて、馬鹿な事をアンナがするはずないのに……騎士様と出会ったのは私が15歳になったばかりで、アンナの二度目の縁談を私が壊した後だった。
アンナが結婚を諦めたからこそ、本当にただ素敵だと思った人に本気で恋する隙ができたのかもしれない。
私自身が、諦めて妄想で遊んでいたから分かることだけど。
それが、アンナの中にレナートに付けいらせる隙を作っていたなんて……。
ザラっとした嫌な感触がまた舌を襲う。
レナートにもレナートの事情があるはずだけど、主人の私がいるのにメイドのアンナに手を出すなんて、アンナを苦しめるだけだって事がわからないの!?
アンナ自身は受け入れているけど……最初の時点で断れないように追い込んでいる。
一度受け入れてしまったら、身分の差もあるのに、その後に断るのは難しいでしょう。
仕方なかったとはいえ、私への罪悪感もある。
こんな状況に追い込まれて、まるで自分の気持ちで選んだと思って、泣いているアンナが悲しい。
レナートのやり方に嫌な気持ちが加速する。
私自身も、結婚初夜にアンナがレナートを受け入れてくれて良かったと思ってしまったし。
でも、私だって政略結婚の犠牲になっているんだ……。
「アンナはこのままでいいの? ちゃんとした結婚も出来るのよ」
私はレナートに破られた釣書を見た。
破られたからって、縁談はなくならない。
アンナはちゃんと、誰かの奥さんになって大切に扱われていいはずだ。
「わかりません。私は騎士様以外の人をもう好きになれないと思うから、このままでいいです。イヴェットお嬢様に許していただけるなら……!」
……私は嫌だ。
アンナがこんな扱いを受けているなんて……。
でも、私には何も出来ない……。
男爵令嬢で、子爵家に嫁いだからって、ただの政略結婚の道具にすぎず、レナートを止める事もできない……。
「……アンナが嫌じゃないなら、私は止めないわ……」
私は絞り出すように伝えた。
アンナはホッとしたように微笑む。
その歪んでしまったアンナの心に私は辛くなる。
——私に、力があれば……私もアンナも、もっと幸せになれるのに……、
わがままを言ってアンナの縁談を壊したような子供の私はもう要らない。
……今の私は、男爵令嬢で、子爵家の嫁。
今は何も出来ないけれど、二つの家を行き来できるから見えるものもある——。
◆◇◆
水源は、私の婚家のヴァルデック子爵家にある。
雨が降らずに水不足になると、私の実家のヴィンターベルク男爵領には水を流さないという事態が起こる。
ただし、私の実家、ヴィンターベルク男爵家には街道があった。
王都に続くこの街道を通れなければ、せっかく水を撒いて作った作物も腐っていくだけだ。
水が流れてこないなら、道は通さない。
そう言うことになるから、お互いが困って意地の張り合いが終わることになる。
作物を育てる水と輸送経路、このバランスで話し合いがされて、毎回解決はされる。
ただ、毎年、必ずと言っていいほど水不足は起こったが、場所も時期も違って、揉めている内容も毎回違うから、根本的な問題の解決が出来ずに同じことの繰り返しになっていた。
私とレナートの政略結婚によって、水不足になったらすぐに話合いが持たれるようになって、揉め事は大きくならなくなった。
——二つの領地の関係に私の存在は大きくて、離縁などと言い出せる状況じゃない。
私だけの事なら、男爵令嬢として生まれた義務として政略結婚に疑問を持つ事はなかったけど、今、私の代わりにレナートに愛されているのはアンナだ。
私の為に尽くしてくれたメイドが、更に自分を犠牲にしている……。
本人に自覚はなくても……。
——クロード・フェルディン侯爵様。
私とアンナを助けてくれた騎士様だ。
王立騎士団の所属で王太子の護衛を務めているエリートで、アンナより一つ年上の24歳で、独身。
独身だからってクロード様が平民のアンナと結婚する事はないけど、もし、会わせる事が出来たら、レナートがクロード様の代わりになれる男じゃないって気付いてくれるかしら?
私だってクロード様で長年妄想していたのよ。
クロード様はレナートと違ってきっとたった一人の妻をずっと深く愛してくれる誠実な方だわ。
妄想だけど。
誠実なだけに、もし、このヴァルデック子爵家を訪ねていただけたとしても、アンナを一夜の相手にしてくれるような方ではないと思う。
妄想だけど。
でも、アンナが目を覚ましてくれたら、ちゃんとした人と結婚させてあげられる。
——だから、私のやる事は二つ。
二つの領地の間の水問題を解決する事と、クロード様がヴァルデック子爵家を訪ねて来る状況を用意する事!
私は、二つの領地の間を行き来して、解決策を模索した。
子爵領では、子爵家子息のレナートの妻とはいえ、16歳の令嬢に何がわかるのかという態度だった。
けれど、男爵領でも同じで、自分がどれだけ甘やかされて、ものを知らなかったのかと思う。
そんな事を一年続けるうちに、領民たちにも受け入れられるようになり、徐々に領民たちの抱える悩みというのが分かってくる。
それと同時に、この二つの領地の強みも見えて来て——。
——数年後。
「アンナ!」
いつものように、城に戻るとレナートがアンナに駆け寄った。
アンナは私の専属メイドのまま今もどこへ行くにも一緒だけど、レナートはアンナに届いた釣書を破いた時から、自分の気持ちを隠そうともしない。
帰ってきたら妻よりもアンナが優先で、部屋に連れて行ってしまう。
屋敷のものならみんな知ってる異様な光景で、私の実家の男爵家にも知られているだろう。
アンナは私の前では申し訳なさそうな顔を見せているけど、レナートの前ではどうなのだろう?
クロード様だと思って、レナートに微笑みかけているかもしれない。
領地を巡る間に、アンナとクロード様の話をした。
私はレナートにクロード様を重ねているようなアンナに、本物のクロード様の話題は控えた方がいいと思って避けていた。
でも、アンナは何処で聞いてきたのかクロード様がまた武術大会で優勝した事を知っていた。
「領地を巡る間に武術大会の話をしている人がいたから、少しだけ聞き耳を立てて聞いてしまっていたんです。イヴェットお嬢様はこんなはしたないことはしてはいけませんよ」
アンナがずっと年上のお姉さんのように話すけど、アンナがクロード様を好きだと知った後では、全てが可愛らしく聞こえた。
武術大会の事だけではなく、クロード様が王太子の専属の護衛だった事や、王が崩御されて王太子が王になってからは、近衛騎士団長になった事まで知っている。
色んな場所で、クロード様の話題に必死で聞き耳を立てているアンナを想像して笑みが漏れた。
でも、アンナはこれだけは話題に出さなかった。
——クロード・フェルディン侯爵29歳は今だに独身で、王都では令嬢たちの間で、クロード様の妻の座を巡って熾烈な争いが繰り広げられているらしい。
いまだに空いたクロード様の妻の座。
でも、絶対にアンナには手に入らないものだから、でも、想像の世界で妻にもなれるから。
どちらでも、アンナにとってはクロード様への想いを深めるもので、辛さが増すばかりだろう。
だから、レナートを求めてしまうアンナを想像して、グラッと私の世界が揺れた。
クロード様へのアンナの想いが本物だからこそ、レナートを介した歪みが耐えられない。
発端は、私のわがままだから。
——私は領地から持ち帰った液体を瓶からグラスに注ぐ。
甘くて美味しい。
これは子爵領の、特に北の方で作らせたワインだ。
葡萄の収穫時期を遅らせることで、冬の寒さで葡萄が凍る。
凍った葡萄でワインを作ると特に甘いものが出来上がるのだ。
領民から偶然聞けた話から、作るように言って数年前から作らせている。
大量に作る事は難しいが、その分貴重で、数年前から『アイスワイン』と名付けて売り出しているが、年々評判になり価格も釣り上がっている。
このワインを作る事で、ワインの製造時期をずらせるようになった。
通常のワインは秋に作り、アイスワインは冬に作る。
そうする事で加工工程で使う水の量が分散され、この地域での水不足が改善された。
全ての地域で同じく、加工品の価値を一部で高める工程を入れることで、加工時期をずらして、水の使用時期をずらした。
こうする事で、領地全体で水不足そのものが起こらない仕組みが出来上がった。
そして、付加価値のついた加工品は評判となり破格の収益をもたらしてくれた。
この、アイスワインを国王に献上して頂く為に、クロード様をヴァルデック子爵家に招待します。
そして、アンナと会わせて、レナートとの違いを教えてあげます。
◆◇◆
「どうして、王都の近衛騎士団長がここに来るんだ!?」
レナートがクロード様が来ることを知って慌てている。
屋敷の中は私の指示で着々と準備が進んでいた。
「王に献上するなど、君の指示で作った甘いだけのあの『アイスワイン』が、そんなに価値のあるものとは俺には思えない。全て君がやった事で俺や父上、子爵家は関係がないからな!」
私は子爵家の嫁なのだけど……。
「もちろん、そのつもりです」
レナートはその甘いだけの『アイスワイン』がどれだけの利益を産んでいるのか分かっていない。
そのお金で遊び歩いている癖に、子爵家の財政が最近潤っているのは、天候が安定して水不足問題が起きていないからだと思っている。
「アンナはイヴェットと一緒に出かけているのに、何故この馬鹿げた事を注意しないんだ! メイドでも俺の愛人なんだから、白い結婚の正妻など恐れる事は無いのに!」
レナートの言い分に、頭が真っ白になる。
私を馬鹿にしている事は知っているけど、愛人と正妻、メイドと主人の序列まで自分の思い通りになると思ているなんて……!
何より、メイドであっても、アンナは私が間違っていると思ったら、私が恥をかく前に、自分が罰せられても注意してくれるわ。
そこを勘違いしてるならアンナの事も馬鹿にしてる。
……今更、これがレナートについての新たな発見ではないけれど。
だから、クロード様にアンナを会わせるのよ。
ただ、アンナにクロード様が来る事を知らせたら、緊張で倒れてしまうかもしれない。
それに、クロード様には私とアンナが昔、助けて貰った事を話して、少しでもアンナに親しみを持ってから会ってもらいたい。
「レナート、アンナに会いに行くのはやめてくださいね、使者様たちとの晩餐の時に私の補佐をしてもらえるように、昼間は休ませているので」
「……」
レナートは不満そうだが、アンナに会うのはやめたようだ。
使用人たちには使者の具体的な名前は伏せているし、夜までは部屋から出ずに休むようにアンナには言ってある。
昼過ぎにクロード様たち、使者の方々が到着した。
夜には晩餐会を開くが、その前に応接室で、『アイスワイン』の検分をしていただく。
私とレナートが使者の方々と向かい合って座る。
クロード様……やっぱり、素敵。
助けていただいてから六年が経って、私は21歳、アンナは28歳になっていた。
結婚してからは5年経っていて、領地を安定させて『アイスワイン』を作るのにこれだけの時間がかかってしまった。
「これは……甘く、極上の味だ。国王陛下もお喜びになります」
クロード様が『アイスワイン』に口を付けて感想を述べた。
褒められると思っていなかった夫は唖然としている。
一緒に来られた使者の方々も次々に賛辞を述べた。
この使者の方々が、クロード様に負けず劣らずのすごい身分の方々だった。
名門の公爵家の子息に、宰相の子息、これからの国の未来を担うような若き大物たちが集まっていた。
「ここ数年でのヴァルデック子爵家と、ヴィンターベルク男爵家の躍進は王都でも話題なんですよ。ヴァルデック子爵の若奥様が大変有能で、普通は何十年もかかるような大改革をわずか数年で終わらせて、両家だけでなく、新たな輸出品の開発で我が国にも莫大な富をもたらしていますから」
「イヴェット様に会えば得られるものが多いからと、今回の使者もなりたがる者が多くて、俺たちは選ばれて幸運でした」
「まあ、そんな事になっているなんて……。王都には学園時代に三年住んだだけで、今後の事業を広げるのが不安でしたが、お話が聞けて安心しましたわ」
私と使者たちが事業や領地についての話をしていても、レナートにはなんの事かわからない。
青くなりながら、悪い事態にはなっていないことに内心で喜んでいるようだった。
「では、晩餐会までの間、今夜の寝室で休んで下さい。案内させます」
話の弾んだ『アイスワイン』の検分も、私のこの言葉で終了した。
使者の方々がそれぞれ案内されて行き、夫も応接室を出て行った。
クロード様の案内が最後になるようにあらかじめ案内係に言ってあったので、応接室で私とクロード様が二人きりになった。
クロード様は、案内係を待っているだけなのに絵になる。
やっぱり、今でも私もクロード様には憧れを抱いてしまう。
こんなに素敵な方が29歳のいまだに独身なんて……。
私から話しかけようとして、クロード様から話しかけられた。
「お久しぶりです、イヴェット様。王都で一度、お会いした事があるのを覚えていますか」
クロード様に聞こうとした事を先に言われて、心臓が止まりそうだった。
「お、覚えています! クロード様に私から訪ねようと思っていたんです! まさか、私のような田舎娘を覚えていただいていたなんて……!」
「忘れるわけがありませんよ、本当にあの場にいて良かった」
私とアンナが街を歩いていて、男たちに囲まれてしまった時に、偶然クロード様が現れて助けてくれたのだった。
クロード様が来てくれなかったらと思うと思い出して身震いする。
「まだ独身だと聞いていたので、女性には興味がないのだと思っていました」
クロード様の顔が一瞬寂しくなる。
「……興味がありすぎるんです……。俺には忘れられない女性がいて、彼女と結婚できないのなら一生独身でいようと、家族や王にも話して許可をいただいているのですよ」
「え……?」
思いがけないクロード様の告白に絶句する。
私の妄想で、妻一筋の一途な方になっていたけど……想い人と結婚できないなら、一生独身を貫くって!? その為に周りの許可まで取ってるの!?
『君を愛することはない』
妻にそう言って、結婚初夜に想い人を半ば脅す形で想いを遂げたレナートとの違い!
レナートとは全然違うと思っていたけど、ここまで同じ状況で、誠実さが限界突破してるなんて!!?
……アンナがクロード様の心に入り込む隙なんて全くないけど、会わせたら、アンナの目も覚めるわね。
「……あの時、一緒に助けていただいたメイドがいるので、晩餐会で会ってくださいね」
案内係がちょうどクロード様を呼びに来る。
「……メ、メイド……!」
クロード様が愕然と私を見ている。
「……あの時には既に結婚していてもおかしくない年齢だったと思いますが……」
あ……それは……!
「……そうなのですが、私のせいで縁談を二度も壊してしまって……28歳なのに、いまだに結婚させてあげられていないんです……」
「……!」
クロード様が驚いている。
確かに、私はとても良くない主人だわ……。
「とにかく、アンナにも会って下さい。クロード様にずっとお礼を言いたがっていますから!」
「——俺に、彼女が——!!」
クロード様が部屋に案内されて行ったので、私も部屋を出る。
クロード様にはアンナの事を伝えられたし、これで大丈夫だわ。
「イヴェット!」
呼び止められた。
レナートがいた。
さっきまで応接室で青くなっていたのに、いまは誇らしげにニヤついている。
「何のよう」
嫌な予感がしつつも冷たく答える。
「俺の妻が成功して誇らしいよ。今夜から君の部屋へ行ってもいい」
「は?」
何を言っているの?
「君が欲しかったのは、俺の愛なんだろう。ここまでやったなら俺の負けでいいさ。君を愛している。今夜から夫婦になろう」
……。
ブチッ
私の中で何かが切れた。
「ふざけた事を言わないでよ、レナート。誰があなたに愛されたかったって? 逆よ! 逆! あなたとの夫婦の縁を切りたくて頑張ってきたのよ! 勘違いされたんじゃたまんないわ! 白い結婚を望んだのはあなたで、今さら夫婦になりたいと言われてもお断りよ! って、最初からお断りしたかったんだけどね!」
はぁはぁ!
一気に捲し立てたら息が切れた。
「そんな勝手な事が許されると思っているのか!」
「勝手な事って、勝手なことしかやってこなかったのは、レナート、あなたでしょう!」
言い返したところで、レナートは既に拳を振りあげていた。
ちょっと! 顔に傷付いたら、使者たちになんて言い訳するのよ!
本当に考えなしの男だわ!
私は出来るだけ顔に跡が残らないように祈りながら、目をつぶって身構えた。
パンッ!
音が響いたのに痛みがない。
そっと目を開けると、アンナが倒れていた。
「ア、アンナ!?」
私はアンナに駆け寄った。
「……良かった、イヴェットお嬢様、晩餐会の打ち合わせをしようと来てみたら……お怪我はありませんか?」
「け、怪我してるのはアンナよ!?」
「怪我……だって!?」
私が呼びかけると、アンナじゃない声が返ってきた。
振り返るとクロード様が立っていた。
「ひぃっ!?」
クロード様の怒りの表情で睨まれたレナートが悲鳴をあげた。
「ご、ごめんなさーい!」
レナートは、情け無い声をあげて逃げて行った。
「待って!」
クロード様が追いかけようとする。
「あの、私は大丈夫です! 鼻血が出ただけですから、え……!」
アンナがクロード様を止めようとして、その正体に気づく。
「クロード……様……何故、ここに……」
「——!」
クロード様が歓喜に震えていた。
「アンナさんが……俺の名を……!」
クロード様は真っ赤になって、手で顔を押さえて身悶えしている。
私はクロード様の様子に全てを察した。
「……イヴェットお嬢様……何が起こっているの?」
アンナはキョトンと私を見た。
その様子が私から見ても可愛らしくて、クロード様の心中を察して、私も身悶えした。
クロード様に、彼女と結婚できないなら一生独身でいようと決意をさせた、忘れられない想い人って……アンナのことだ——!
◆◇◆
私とアンナ、クロード様は、クロード様の今夜泊まられる寝室に来ていた。
アンナの鼻血は止まっていて、他に怪我はないようだった。
クロード様はアンナに怪我がなくて、あからさまにホッとされているけど、真っ赤になっていてアンナを前に何を話していいのか分からない様子だ。
私もクロード様の気持ちに気づいて、アンナとクロード様が両思いなことに胸がいっぱいになって何も言えない。
そんな中でアンナが口を開いた。
「クロード・フェルディン侯爵様、私はアンナと申します。こちらのイヴェット・ヴァルデック様……6年前はイヴェット・ヴィンターベルク男爵令嬢だったお嬢様の専属のメイドをしております」
「……は……い、存じております……」
クロード様が信じられないくらい弱々しく答える。
「イヴェットお嬢様とお話しになっていたんですね。では、簡潔にお礼を申し上げます。6年前に、イヴェットお嬢様を暴漢から助けていただきありがとうございます」
アンナが深々と礼をする。
「いえ、当然のことをしただけです……」
クロード様の声に少しづつ調子が戻って来たけど、まだ、呆けてアンナを見ている。
「いえ、侯爵様に偶然出会えていなければイヴェットお嬢様がどんな目にあっていたかと、思い出す度に身震いしております。……それに……わ、私の事も助けていただいて、ありがとうございます。6年間ずっと侯爵様を忘れた事はありませんでした……!」
最後の方は早口になっていた。
アンナは、これが言いたかったのか……。
言うだけ言うと真っ赤になった顔を隠すように、「晩餐会まで、ごゆっくりお休みください」と深く礼をして、私の手を取って、部屋を出て行こうとする。
クロード様はアンナの言葉がまだ心に届いていないようすで、呆然としている。
「ま、待って、アンナ! それだけでいいの!? せっかくクロード様に会えたのに!?」
「イヴェットお嬢様……あ、会えただけで充分です……偽物で満足してしまっていた私が、これ以上は望めません……」
アンナが悲しく笑う。
そうだ、アンナは身分違いな事を気にしているし、レナートにクロード様を重ねた事を後悔して……。
私が望んでいた通りに、アンナが目を覚ましてくれた。
だったら、ちゃんとした人と縁談させて結婚させるだけだけど、私は、クロード様の気持ちを知ってしまったから……結婚させるのはクロード様だけど……レナートとの関係が……!
混乱して来た。
「と、とりあえず、私の部屋から『アイスワイン』を取って来てくれない? 王への献上品とは別に、6年前のお礼にクロード様にもお渡ししたいの」
「……あ、はい、イヴェットお嬢様」
アンナが行ったので、クロード様と話す。
「クロード様、私はアンナをちゃんとした方に嫁がせたいんです」
クロード様が我に返る。
「なら、是非、俺と結婚させて下さい!」
即答だった。
「そうしたいのですが、アンナは平民ですし、実は、私の夫の愛人でもあるんです」
「あ、愛人……あ、あなたの夫の……!? あんなにあなたの為に尽くしているのに……!」
アンナの様子を見れば私を裏切っていないのは明白だし、夫の愛人をなどと言えば驚くだろう。
「全て、話します。でも、これはクロード様のせいでもあるのです……」
そして、私はアンナがレナートにクロード様を重ねてしまった経緯を話した——。
「そんな……俺が、ちゃんとアンナさんが結婚しているのか確認していれば……! アンナさんの夫を見るのが怖くて避けてしまったばかりに……!」
クロード様は経緯を知って酷く後悔している。
「これでも、アンナと結婚したいですか? クロード様」
クロード様が私を真剣に見つめる。
「当然です。こんな事で俺の気持ちは変わりません! アンナさんの気持ちを聞いて、もっと、強く確信しました。彼女を絶対に手放してはいけないと! 今すぐにでも結婚して、永遠に離しません!」
クロード様が力いっぱい答えたけど……。
「本当ですか? 今すぐって、嘘だったら怒りますよ?」
「大丈夫です!」
そんな会話の直後にアンナが『アイスワイン』を持って戻って来た。
——そして。
「クロード・フェルディン。汝は、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しるときも、この者、アンナを妻とし、愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい」
クロード様が神父様の問いに答える。
「え? え?」
アンナが戸惑っている。
『アイスワイン』を取って戻ってきたら、神父様が入って来て結婚式を始めたんだもの、驚くわね。
「アンナ。汝は、健やかなるときも——……誓いますか?」
「アンナ、はいって言うのよ」
「はい」
これで婚姻が成立した。
「嘘だろ! アンナが侯爵夫人に——!」
晩餐会に参加する為に滞在している神父様を呼びに行かせて、そのまま結婚式の証人にされた使用人の男が驚いている。
「え!? 侯爵夫人って!? わ、私が!?」
それ以上に驚いているのがアンナだった。
「アンナ……」
クロード様がアンナを蕩けそうな極上の幸せに包まれた顔で抱きしめている。
「侯爵様っ! これはっ!?」
「クロードと呼んで下さい。俺はもうあなたの夫ですから」
「お、夫って!? イ、イヴェットお嬢様!」
アンナが私を見て助けを求める。
私はニッコリ笑う。
「フェルディン侯爵ご夫妻。晩餐会までごゆっくりお過ごしください」
私はゆっくり深く礼をして部屋を出て行く。
「イヴェットお嬢様……!」
アンナが私の方に必死で顔を向けようとする。
けれど、クロード様は離さない。
「じゃあね、アンナ様!」
パタンっと扉を閉めた。
「……アンナ、俺との結婚は嫌でしたか?」
「わ、私が嫌なわけありません」
「なら、何も問題ありません」
「わ、私は、メイドで、主人の旦那様のあ、愛人だったんです! 侯爵様の名前に傷が付きます!」
「そんな事ですか。全部、聞いて知っています。クロードと呼んで下さい。あなたはもう俺の妻なんですから、全部俺に任せてください」
「……! そういうわけにはいきません! 全部、私がした事で、侯爵様にはご迷惑はかけられません」
「クロードです、アンナ。俺のことを考えてくれるなら、名前で呼んで下さい。それだけで、俺は幸せになれますから」
「そんな……侯爵様に、甘えるわけには……」
「クロードです。俺に甘えてください、ね。アンナ」
キュンと、部屋の外で聞き耳を立てている私の胸が高鳴る。
クロード様の「ね」が甘すぎた。
「……ク、クロード……さま……」
意地を張っていたアンナもついに落ちた。
これ以上は聞き耳を立てたらはしたないわよね?
どうしても知りたい事なら聞き耳を立ててもいいてアンナが実戦してたけど、バレたら怒られるわ。
それにしても、やっぱりクロード様は素敵だわ。
私の長年の妄想相手だっただけある。
私の目は確かだったみたい。
——憧れだと決めつけていたけど……この気持ちはもしかしたら、恋だったのかも……。
でも、アンナならいいの。
私よりも、ずっとお似合いだもの……。
——っ!
私は涙を拭いて、自分の部屋に戻った。
どこかに、私だけを見てくれている人はいないかな——。
◇
クロードの唇が離れて、アンナは思う。
「……あんな偶然で、奇跡的に出会えて、こんなに幸せになっていいのでしょうか……」
アンナの惚けたような呟きに、クロードが答える。
「偶然の出会いじゃありませんよ」
「え……?」
アンナは驚いた。
だって偶然じゃなければ、どうして危機が迫ってすぐに助けに来てくれたの……?
「ずっと見ていた人がいるんです、イヴェット様を——」
◆◇◆
晩餐会にクロード様が妻を伴って現れたので、王都から一緒に来た使者達が驚いていた。
「一生独身を貫くとおっしゃっていたでしょう!?」
「忘れられない女性の事はどうするんですか!?」
当然、驚くはずよね。
数時間離れただけで妻帯してるんだから。
使者たち——公爵子息や宰相の子息、そうそうたる人々がアンナに注目している。
「彼女が、俺の忘れられない人なんだ」
「「ええ!?」」
面白いくらいに驚いているわ。
「確かに、とてもお美しい方ですが……彼女は……」
公爵子息が言いにくそうに言葉を濁した。
アンナが、平民だということは身分の高い方には分かってしまうのかしら?
急遽、晩餐会に相応しいドレスを私がアンナに貸して、見た目は貴族と変わらないと思うけど……所詮は私も男爵令嬢だから、公爵子息から見ればドレスの安っぽさが分かってしまうのかも。
それに、私とアンナはほとんど服のサイズは同じだけど、胸だけは私の方が大きくて、詰め物をしたり、そこだけ小さく仮縫いしてある。
そこで、偽物だとバレた?
アンナに勝てているのは胸だけだから、私は胸を張って使者たちとクロード様のやり取りをうかがった。
「身分など関係ないんだ。俺にとってアンナだけがこの世で唯一の女性だから、俺の妻は彼女でなければいけないんだ」
クロード様がまた蕩けるように満たされた顔でアンナを見てる。
見てるだけで幸せが伝わってくる。
使者たちも当てられて、赤くなったり、目のやり場に困っている。
「クロード様がお幸せなら何も言うことはありません……再会できて何よりです」
緊張してクロード様と使者たちを見つめていたアンナも、この言葉に少し気が緩んで微かに微笑んだ。
使者たちを虜にする顔だったらしく、みんなが息を呑む。
クロード様が少し警戒して瞳を鋭くする。
そんな様子を子爵家一同と招待客が見ていた。
結婚式を執り行った神父様と、結婚式の証人になった使用人が、既に話して回っていて、アンナが侯爵夫人になった事はみんな知っていた。
だから、注目されているのは、レナートだった——。
晩餐会のほとんど中心の子爵子息の席で、青ざめたり怒って赤くなったり、内心の動揺が隠せていない。
アンナがレナートを見ようとして、クロード様に遮られた。
「あなたは俺の妻だから、俺だけを見てください。戻れないのに優しさを向けるには苦しめるだけです」
アンナは迷ってしばらく考え込んだ後に、小さくうなづいた。
アンナから見たら、レナートは完全な加害者ではなく、自分も利用してしまったという思いもあるのだろう。
——アンナにとってはね。
私から見たらレナートは完全な加害者で、私の落度なんてゼロよ、ゼロ!
それで16歳から五年間も自由を奪われて、アンナまで私の弱みに付け込んで利用して、アンナにちょっと同情までされてるって、許せないんだけど?
とりあえず、結婚は続けられないわ。
「皆様、今夜は子爵領の『アイスワイン』が国王に献上される喜ばしい日になりました。そして皆様にもう一つ嬉しいお知らせがあります。私、イヴェット・ヴァルデックは子爵家を出て、ヴィンターベルク男爵家に戻ります」
ざわざわと晩餐会の会場が騒がしくなった。
レナートの父の子爵も奥様も、寝耳に水という顔だ。
私の実家の男爵家から参加していた私の兄も驚いている。
根回しゼロで言ってますから。
「私は結婚してから五年間、夫のレナートを解放してあげるのにはどうすればいいか考えて来ました。そして、作ったのが水不足の対策になる『アイスワイン』などの加工品です。これらを領地の農産物に組み込むことで、水の使用時期を分散して水不足が起きない仕組みを作りました。だから、水不足が起こった時の対策としての政略結婚の必要がなくなったのです。私はレナートをこの結婚から解放して、私自身は領地の外から、この五年間で立ち上げた事業を使って、ヴァルデック子爵領と、ヴィンターベルク男爵領にさらなる発展をもたらしたいと思います!」
一瞬の静寂の後に、わぁっと歓声が上がった。
私が領地を離れる事に異論はないみたい。
ただ、一人を除いて——。
「俺は認めない! 俺とイヴェットは政略結婚なんかじゃない!」
青くなったり赤くなったり、情緒不安定だったレナートが、力を振り絞って私に愛を乞う。
「愛してるんだ、イヴェット。君を失うかと思うと、後悔しか無いんだ。今までの間違いを許して、やり直してくれ!」
……悪くはないわ。
本当に反省しているような表情にポーズ。
今のレナートなら、王都の劇場で俳優になれそうな名演技ね。
でも——。
「勘違いしないで、レナート。許すとか許さないじゃないのよ。私とあなたは五年間、白い結婚だったのよ。つまりね、婚姻自体が成立していないのよ。私とあなたの間には政略結婚すらないの。ただ、政略結婚ごっこをしてただけ。ごっこ遊びは終わりにしましょう」
この国の法律では、夫婦生活があって途中からの白い結婚でも、五年続けば一方的に離縁が出来た。
最初からの白い結婚なら、そもそも婚姻関係が成立してない。
唯一の例外が、お互いが白い結婚でも婚姻を継続したいと思っている事。
……領地に水問題が残っていれば、白い結婚でも私は政略結婚を続けましたが、解決しましたらから。
あなたが一度でも私を愛していたら、ここですぐに私が出て行くことは出来なかったんだけど、そこまで私を拒んでくれた理由ってなんだったのかしら?
無能な男爵令嬢と、よっぽど見下していたのよね?
でも、あなたの自業自得で助かりました。
レナートは虚に空中を見つめていた。
そこに、砕け散ったプライドでも落ちているのかしら?
レナートは哀れだけど、私が外から持ってくるであろう利益に、人々の関心は移っていった。
ここに私がいなくても、私の作った仕組みが利益をもたらし続ける限り、彼らは私の功績を話し続けるのだろう。
きっと「レナート様が白い結婚を望んでおかげね」と嘲笑まじりに付け加えられる。
子爵家を継いでここに居続けるレナートは一生それを聞き続けるの。
これからの領地についてみんなが話に花を咲かせている間に、私のはその場を離れた。
「イヴェットお嬢様……」
アンナが私に駆け寄ってくる。
私の後ろの力なく惚けているレナートをやっぱり気にしているようだけど。
「イヴェットお嬢様も私と一緒に王都へ来てくださるんですか!?」
でも、レナートより、私と離れずにすむ事への関心が高いらしい。
「事業を拡大する為に計画していたの。アンナにももちろん一緒に来てもらうつもりだったけど……侯爵夫人になっちゃうなんてね」
私の身分を飛び越えてしまって、事業の手伝いなんて頼めないわ。
ふと見ると、クロード様が頭を抱えている。
「ん? どうかされましたか?」
私が言うとクロード様がため息をつく。
「アンナと会って、すっかり忘れて居ましたが、イヴェット様の事業はそのままでは継続は出来ません。あなたをずっと見ている人に、ただあなたに会いたいから、王都へ連れて来て欲しいと頼まれているのです」
クロードが言う。
「ずっと見ている人って……?」
「イヴェットお嬢様、実は——」
アンナがクロード様から聞いた事を話してくれる。
6年前に男たちに囲まれたところをクロード様が助けてくれたのは、偶然じゃなかった。
私をずっとつけていた人がいて——!
「やだ! キモいキモいキモい!」
鳥肌が立って私は腕をさすった。
「み、見守っておられたのです」
クロード様は訂正するけど、見ず知らずのの、しかもクロード様を顎で使える方であれば、相当に身分が高い……おじさん!?
「公爵様とか宰相とか、そういうおじさんにずっと見られて付けられてたの!? 嫌! キモい!」
私が叫ぶとアンナが私を抱きしめて、クロード様を睨んでいる。
これは最初の夫婦喧嘩?
「嘘だろう親父がそんなキモいことを……」
「父上はイケオジだ、そなことをやってたらキモいけど……!」
あ、息子さんたちがいるんだった。
「いや、待ってくれ、ここにいる全員の親父がキモいわけじゃないよな。キモいのは一人だけだ!」
公爵子息が至極真っ当な事を言う。
しかし、誰の父親がキモいのか……自分の父親だったらと思うと誰もクロードに聞けずにいた。
「その方は誰なんですか、クロード様!
アンナが聞いた。
「いや、俺も最初にイヴェット様をつけてくれと言われた時は正気を疑いましたが、おかげでイヴェット様とアンナを助けられたんです」
それはそれとして、キモいものはキモいの!
「それにおじさんじゃなくて、俺より年下で今は23歳です。あの時は、17歳でしたが」
「23歳って……」
公爵子息たちには心あたりがあるらしい。
「イヴェット様を見守っていた、その方は——」
ゴクリと唾を飲み込む。
「国王陛下です」
クロードの声が一語一語、現実感がなく響く。
は? こく……?
「「こ、国王陛下っ!?」」
私とアンナ驚いた。
王位を継いだばかりだけど、前王のご病気の間に国王代理として、数々の難題を解決した有能でイケメンで、国民人気も高い方だったのに。
キモい方なの……?
◆◇◆
「イヴェット! 会いたかった!」
ギュゥっと私は国王陛下に抱きしめられています。
側には、アンナとクロード様、使者の方々がいて、王都の王宮の国王陛下の私的な応接室で『アイスワイン』を私が献上していたところです。
でも、『アイスワイン』そっちのけで、私を抱きしめる国王陛下。
ずっと私をつけて——じゃなくて、見守っていて下さったらしいけど。
「ああ、『アイスワイン』は大好物だよ。イヴェットだと思って毎日飲んでるし、他国の重鎮と会う時には必ず勧めているよ」
国王陛下が他国の方々に宣伝してくださっていたなんて心強いけど、そこはかとなくキモい……。
「政略結婚から逃れる為によく頑張ったね」
国王陛下は恐ろしく整った顔を私の向けて、にこりと蕩けるような笑顔を向ける。
クロード様がアンナを見る時のようで、ドキッとする。
本当に国王陛下は私を好きなの!?
顔の良さと若さと権力で、キモさは消せる!
「本当は僕が助けに行きたかったけど、前国王が倒れて、王太子兼国王代理の時間が長くてね。代理の肩書きがあると、自分の意思だけでは動けなかったんだ
でも、ちゃんと毎日報告書を貰って、君の好みとか君のことは全部把握してるから安心してほしい」
消せなかった……。
むしろ、安心できない……。
使者の方たちも引いてる。
「……親父じゃなくて良かった……」
「8年前にイヴェットが学園に通う為に王都をはじめて訪れた頃だよ。僕と君は運命的な出会いをしたんだ。歩道を歩いている君と、僕の乗った馬車がすれ違って……君は覚えているだろうか?」
「それは、馬車とすれ違っただけなので」
国王陛下が真顔になる。
「か、可愛い! イヴェット! すごいツッコミできる! 有能可愛い!」
今の有能とか可愛いところがあったの? ツッコんだらまた何か言われそうだけど……。
「恐れながら、私と国王陛下とすれ違った時もメイドのアンナが一緒だったはずです。何故、国王陛下はアンナを好きにならなかったのですか?」
そばに控えているアンナとクロード様も動揺して身体がビクッと揺れた。
「イヴェットを好きになったのに、他の人のことなんて見えてないよ。第一、年上すぎるし」
……。
国王陛下が15歳の時、アンナは20歳で5歳の歳の差。
レナートは16歳で、4歳歳上でも、いつからかアンナを好きになってたけど、普通はその年齢だと4、5歳の歳の差は大きいはず。
「……同じ年だったらアンナの方が好きだったってことじゃない……」
私がボソッと言うと、国王陛下は驚いていた。
「なんで、やさぐれてるの?」
報告書を見たら、アンナを好きな元夫に白い結婚で五年間相手にされずに、憧れのクロード様もアンナが好きだったんだから、理由はわかると思う。
私が不満で横を向いていると、国王陛下は顔を擦りつけて来る。
キ……!
「可愛いイヴェット、アンナを好きなマザコン二人の事は気にしなくていいんだよ! あの二人はアンナと君を見て、アンナに君のように愛された言って思ったんだ。俺は君をアンナのように可愛がりたいって思ってるから、君しか好きにならないんだよ!」
レナートはともかく、クロード様もマザコン?
クロード様が少し赤くなって、アンナは微笑んで見ている。
ちょっとそうなのかも……。
アンナは私が縁談を二回も邪魔したのに怒らなかったり、包容力ありすぎるのよ。
「それじゃ、君たちは帰っていいよ! もう献上品は貰ったから」
国王陛下は、『アイスワイン」』を持った私に頬擦りしながら言う。
「じゃあ、受け取ってください!」
私が『アイスワイン』を差し出しても国王陛下は無視する。
「イヴェットお嬢様!」
アンナが駆け寄ろうとするけど、クロード様に耳元で何か囁かれて、踏み止まる。
私に深く礼をして、応接室を出て行った。
「ま、待っ、私は献上品じゃない!」
「まあ落ち着いてよ、イヴェット。やっと会えたんだから話をしよう」
「私は、落ち着いてますけど」
やっとテーブルに座って国王陛下と落ち着いて話せる。
さっきまで、ずっと私に頬擦りしっぱなしだったのは国王陛下だ。
「僕は本気で君を王妃に迎えたいんだ。子爵との結婚は白い結婚で無効になったんだし、問題は何もない」
国王陛下は言うけど、私はただの男爵令嬢で、ただ八年間、国王に付き纏われただけでなんの価値もないのよ。
「なぜ国王陛下は私なんかに付き纏ってたんですか」
礼儀だとか、無礼だとか、この国王陛下の前では無意味だと思って、率直に聞く。
「イヴェットが大好きだからだよ!」
「答えになってません」
それ以外に理由がいるとは思ってなさそうな国王陛下をバッサリと切る。
国王陛下は目を泳がせた後にポツリと語り出した。
「イヴェットが大好きなのは本当だよ。でもきっかけは馬車ですれ違ったからという運命的なものではないんだ」
「違う方がいいですね」
そんなんで付き纏われたら怖い。
「僕は当時は王太子で、学園に通う年頃になると、毎年、王都中の学園の優秀な女子生徒が婚約者候補として僕のところに釣書になって来るんだ。その中に君もいて、優秀さが他の生徒より数段上だったから、馬車でこっそり見に行ったんだ。
そして、一目惚れだった。可愛くて、わがままそうで、最高に僕好みで……」
「わ、わがままそうって、それ悪口でしょう! アンナ以外にわがままなんて言ってないのに! 政略結婚だって素直に受け入れてたのに!」
なんか、ショックだわ。
私、頑張ってたのに!
「僕はわがままな子大好き!」
「じゃあ、私のことは嫌いになってください」
私は、わがままじゃないんだから!
「君を大好きなのに調べたら問題があったんだ。ヴィンターベルク男爵家と、ヴァルデック子爵家。両家の水問題は放置すると何年も国の安定的な作物の流通に影響を与える。だから、君とレナート子爵子息の政略結婚を壊せないと、君と僕の婚約は絶対に無理だよ言われたんだ」
「え、そんな……!」
私とレナートの結婚は、国にまで影響を与えていたなんて!
「でも、絶対に君を守って、領地の水問題も解決して、結婚しようとしたのに、父の前王が倒れて、僕が自由に動けなくなった……。ただ、君の報告書だけは頼んで、幸せな君の結婚の報告を聞いて諦めようと思ったんだ……。でも、君は白い結婚を受け入れて、自力で水問題を解決してしまった!
しかも、僕が、君を領地の安定の功績を讃える為に呼び出す日を楽しみにしていたのに、先に『アイスワイン』と自分自身さえ献上してくれるなんて……!」
「……自分は献上してませんよ。お話しはわかりましたけど……私である必要性が分からないわ」
「イヴェットが可愛くて大好きって言ったけど! 僕は王になる為に他の事を犠牲にして全て受け入れたんだ、結婚相手くらい好きな子としてもいいだろう!」
好きな子の為にって言うのがレナートと一緒だけど……国王陛下は、他の事は全部、諦めたんだ……。
私が政略結婚を受け入れてたみたいに.。
その上での国王陛下の唯一の望みが私って……。
「私は、そこまで思って貰えるほどの女じゃありません……」
「僕は毎日、報告書をもらって君の事はよく知ってる! 君で間違いない!」
報告書……うーん、説得力あるわ……。
「……国王陛下は、私を守ってっておっしゃったけど、6年前に私とアンナが襲われたのって、もしかして偶然じゃないの……?」
「うん、他の僕の婚約者候補だった令嬢の家がライバルを襲わせたんだ。その家は取り潰したからもうないけど」
「……ただの変態で付けてたんじゃないの!?」
「イヴェットを見ていたかったのも理由の一つだけど……」
「もしかして、報告書も……私に何かあれば助けてくれるつもりだったの? 領地の特産品がすぐに売れ出したのも、国王陛下が何かしてたの!?」
『アイスワイン』は他国へも紹介してくださってたけど。
「イヴェットの作った物が全部いい物だったから、少し協力したらすぐに大人気になったんだよ」
サラっと言うけど……もしかして。
「国王陛下って、キモくないの?」
「キモいと思われてた!?」
私をつけたり、私の報告書を受け取って、全部、本当に私を助ける為に使ってた?
「領地の改革は全部、私が自分でやったと思ったのに……」
「イヴェットが全部やった事で間違いないよ。でも、僕が協力すれば、少し早く進んで効率が良くなるだけ。君が王妃になっても同じことだよ」
……。
「それって、政略結婚と何が違うんですか? 能力が欲しいだけなら白い結婚でいいもの。
私、白い結婚ならしてもいいです」
国王陛下は驚いた。
「やだ、君のこと愛してるのに……」
「国王陛下が一方的に知ってただけで、話したのも初めてでしょう。……でも、国王陛下、私は、私のことを愛してくれる人と結婚したいんです」
「僕が君を一番愛してると思うけど……そういうわがままなところも大好きだから、僕が君を愛してるって教えてあげるよ!」
「わがままって、だから悪口でしょう。でも、お願いします、国王陛下」
政略結婚が当たり前の世界で、愛されてもいいと思える人と結婚したいと思うことはそんなにわがままなの?
最初の結婚は政略結婚でも、ちゃんとするつもりだったんだから。
私が白い結婚を望むのは、前の結婚のせいです。
◆◇◆
「疲れたわ、アンナ」
私はアンナに抱きついていた。
国王陛下にお城の庭を案内して貰ってるけど、動き回って全然じっとしてくれない、
私に見せたいものがたくさんあるらしい。
「イヴェット、疲れたなら、僕が抱っこしてあげるよ!」
国王陛下にお姫様抱っこされてる。
「あっちには池があるから見にいこう!」
私を抱えて移動する国王陛下……元気すぎます。
「これじゃ、私が国王陛下のわがままに付き合わされてます」
「えー! わがままだなぁ、イヴェットは」
はい?
次に私達はテラス席で昼食を食べたけど……。
「恥ずかしいから降ろしてください! 自分で食べますから!」
国王陛下が自分の膝の上に私を乗せて、私に食べさせようとする。
「わがままだなぁ、イヴェットは」
「わがままなのは、国王陛下です!」
私と国王陛下の様子に、アンナが微笑んでいる。
「イヴェットお嬢様が甘えられる人が見つかって良かったです……しかも、国王陛下だなんて……!」
「……国王陛下の気持ちは俺も毎日聞かされていたんだ、イヴェット様を任せて大丈夫だ。ただ、王妃が事業を続ける事はできないから、アンナが代わって表向きの業務を続けるのがいいだろう」
「はい、そうします。クロード」
アンナがクロード様を呼び捨てにして、ますます仲良くなってる!
良かったけど……私が王妃になる事が前提で話が進んでる!?
白い結婚ならいいって言ったけど!
そして、国王陛下の部屋に、お姫様抱っこのまま連れて行かれた。
「今日も楽しかったね、イヴェット!」
「国王陛下だけがでしょう」
ずっと私をお姫様抱っこして、国王陛下の体力は無限なの!?
私はソファにそっと下ろされる。
「じゃ、イヴェットはここで休んでてね。僕は書類に目を通さないといけないから」
書類!? これから仕事するの!?
私はもう疲れて動けないのに——!
◇
僕はソファのある部屋の隣の執務室の机に座って書類に目を通した。
イヴェットと一緒にいたくて無理に時間を作ったけど、疲れさせただけだったかな。
明日はもっとイヴェットに合わせないと……。
その前に、この書類の山を片付けたら、夕食の時間だ。
「国王陛下……」
ソファで休ませていたイヴェットが来た。
僕が振り向くと、ギュッと抱きついて来る。
「国王陛下に今日はずっと抱っこされてたから、いなくなったら寂しいです」
——!
可愛い! イヴェット可愛い!
「書類を読むだけなら、私を抱っこしててもできるはずです」
イヴェットが僕の膝の上に乗って抱きついてきた。
「イヴェット、僕の事好きになったの?」
「いえ、なんか寂しいだけです……」
そう言って目をつむってる。
か、可愛い!
僕はイヴェットを膝に乗せて書類に目を通す。
スーッと寝息が聞こえて来る。
幸せだと思った。
でも、片手が塞がって、ちょっと書類が捲りづらい……。
◇
私はベッドの上で目を覚ました。
国王陛下は執務室で、まだ書類を見てた。
「国王陛下が、私を邪魔だから追い出した……!」
国王陛下の背中に恨み言を言う。
国王陛下がビクッと肩を震わせた。
「それは、邪魔だったし……」
邪魔って。
「うー、やっぱり国王陛下は私のことなんて嫌いなんだ」
「イヴェット、寝ぼけてる? でも、いいよ。ずっと抱っこしてますから」
国王陛下が自分の膝を指してる。
「はい」
私はまたギュッと抱きついて眠る。
夢の中で、「やっぱり、やり辛い……」って国王陛下の声が聞こえてきた。
——朝になってた。
国王陛下も一緒にベッドに寝てる。
「仕事、終わりましたか?」
「なんとかね」
半分寝てる国王陛下に聞く。
私は笑った。
「私の事、邪魔だったのに、本当にわがままな子が好きなんだ」
ギュッと国王陛下に抱きつく。
「甘えてくれたら、とろとろに甘やかせるし」
国王陛下が、私を溶かすようなキスをする。
私は、国王陛下となら白い結婚じゃなくてもいいと思った。
「クラウス、これで大丈夫?」
私は今夜の夜会用の衣装を見せた。
王家に伝わる宝石を付けている。
王妃としてお披露目される時はこれを付ける決まりらしい。
「大丈夫ですよ、とってもお綺麗です、イヴェットお嬢様」
侯爵夫人がいたについてきたアンナが、メイド時代と変わらずドレスを整えてくれる。
クラウス——国王陛下は泣きそうな顔をしていた。
8年間も待っててくれたんだもんね。
ただ、人前に出ると威厳のある顔をする所がすごい。
私も王妃っぽく何事にも動じない顔をしないとと思ったのに——レナートがいた。
国王陛下が結婚した直後の、王妃のお披露目の夜会だ。
国中から有力貴族が集まってくる。
レナートのヴァルデック子爵家からも誰か来るだろう。
ただ、よりにもよってレナートとは……。
私はいいんだけど、レナートが……真っ青だ。
別れた日も真っ青になってたけど、その時よりも酷い。
それもそのはずで、私とクラウスの近くにはアンナとクロード様もいる。
自分を捨てて行った女達がことごとく自分より大物の妻になって溺愛されてるって……直視したくないわね。
過去にロクな事してないんだから、夜会になんて来なければいいのに!
ただ、私がしたかったのは離縁までで、その後が想定外だったのは同じだ
ペラペラの紙みたいな動きで夜会会場の外に飛んでいったレナートは心配になる。
側近の一人にレナートをヴァルデック子爵領まで送るように指示した。
流石にのたれ死んだとか聞かされたら気分が悪くなる。
「え? レナートが来てたのか! お礼言わなきゃ!」
クラウスに話したら、『イヴェットと白い結婚でいてくれて、ありがとう!』と感謝を伝えたいと言うので、全力で止めた。
たぶんレナートは相当後悔してるだろうから、そんなこと言えない。
でも、国王陛下に心から感謝されたら嬉しいかしら?
……やっぱり、とどめ刺しにいくようなものだから、止めて良かったのよね?
「国王陛下も結婚されて、前王以上の立派な王になられますな」
「これが噂の『アイスワイン』ですか」
「クロード様がご結婚されるなんて……!」
人々のざわめきの中で、私とクラウス、アンナとクロード様が笑顔で笑いあって、踊って、楽しく夜会の夜は過ぎていく。
そして、私は今夜もクラウスにトロトロに蕩けさせられる。
白い結婚を辞めて望んだ夜が、ずっと続く——。




