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その婚約は私が許しません

作者: 鷹のつめ
掲載日:2026/06/05

【追記】誤字修正致しました。報告ありがとうございます!

 その日は、とても綺麗な満天の星空が印象的だった。

 初めて見るその景色に、私は目を奪われ思わず見入ってしまう。


 決して一人ではない。

 手に伝わる温もりを感じながら、私に微笑んでくれる存在がいた。

 彼女はいつも、私の隣にいてくれた。


 星空を見ていると、あの頃の情景が蘇る。

 かけがえのない、常に一緒だった幼い頃の記憶が思い浮かぶ。

 でも、今は違う。


「——メイナ?」


「申し訳ございません、ライゼ様」


「どうしたんだい? ぼーっとして?」


「いえ、少しばかり妹との日々を思い返していただけですわ。幼い頃によく二人で天体観測をしたものですから」


 急に現実に戻されて、悲壮感が私の心を支配する。

 もう、あの頃の温もりは感じられない。

 私に気を遣って、こうして天体観測に連れ出してくれたのにも関わらず、心ここに在らずといった精神状態で、ライゼ様には申し訳なく思っていた。


「妹のエルナがいなくなってからもう一ヶ月か。すまない、気晴らしにと思ってお誘いしたのだが、かえって余計なお世話だったかな?」


「いえ、お気遣い感謝致しますわ」


 私はライゼに微笑みを浮かべる。

 暗闇の中、星々の光のみで彼が視認できているか分からないけれど、私は取り繕った。

 ただどうしてもあの頃の思い出が蘇り、この感動的な星空も彼女と訪れた時を重ねてしまう。


「絶対に見つかるさ。エルナは生きてる。君を置いて勝手にいなくなったりしないよ」


 不安に思う心を読み取ってなのか、ライゼ様は私の手を強く握る。

 男性だけあって、少しばかり強過ぎるような気もしたが、私も表情は変えなかった。

 昔、エルナに握られた時のような、あたたかな温もりは確かに感じていたから。




 子爵家令嬢——メイナ・アルストファー。

 それが今の私の身分。

 しかし子爵の地位を得るために、先代のアルストファー家の人たちが、長い年月と苦労を重ね続けた上で手に入れた身分、というわけでもない。


 たったの二ヶ月。

 二ヶ月前まで私たちは貴族とは程遠い、平民として質素な暮らしを送っていた。

 何の変哲もない、ごく普通の一般家庭。

 多少の家族同士のぶつかり合いはあったにせよ、次の日には互いに忘れ去って何事もなかったかのように、再び他愛のない話で談笑する。

 生活は苦しくても、それなりに幸せな日々を過ごしていた。


 私たちアルストファー家は、笑いの絶えない家族であったと記憶している。

 けれど、それも気づいた時には終わりを迎えていた。


 全ては私たち双子の姉妹が、神聖術と呼ばれる力が目覚めたことに起因する。

 とは言え、元からこの世界に存在していたものではなかった。

 突如として、私たち姉妹にはその力が宿り、日々の生活は一変する。


 各地へと赴いて、普通ではありえない、数多くの奇跡と呼ばれる現象を引き起こしていった。

 私たちはただ、祈りを捧げるだけで神聖術は発揮される。

 天候を変化させ、枯れ果てた大地に雨を降らし、どんな難病やケガも完治、回復へと導く。

 神聖術を目の当たりにした人々は、皆一様に驚き、喜びの声を上げていた。


 そして運の良いことに、姉妹二人とも同じように神聖術に目覚めていた。

 双子による影響が、あったのかもしれない。

 新たに発現した奇跡をもたらす力に、私たち姉妹は喜びを分かち合った。

 お互いにとって昔からの夢でもある。

 神聖術を使いこなせば、誰かのため役立てることができるとそう信じていた。


 二人で力を合わせれば、私たち姉妹にできないことなんてない。

 そんな風に考えていた時期もあった。


 やがて奇跡を目の当たりにした人々からは、神からの天啓を与えられた双子として、私たち姉妹は崇拝されていく。

 次第にその者たちからは、聖女様と呼ばれるようになっていた。


「メイナは聖女として本当によくやっていると思うよ。エルナがいなくなってしまった以上、君は唯一無二の存在だ。くれぐれも無理はしないように」


「ええ。それは重々承知しています。ですが……」


「心配なのは皆同じだ。俺も全力でエルナの行方を追っている。今しばらく吉報を待つのだ」


 実際、捜索隊の方々はよくやってくれている。

 早朝から深夜にかけて、エルナの行動範囲を片っ端から探し続けていた。

 地位のない昔の私では、こうも人を動かすことは難しかっただろう。


「全てはライゼ様が陛下に推薦してくださったおかげです。アルストファー家は子爵の地位を手にし、エルナ捜索に総力を上げることが可能となりました」


「聖女としての功績を踏まえれば、当然のものだ。もっと上の地位でも良いくらいだよ」


 双子姉妹の聖女としての活躍が、徐々に国内にも広がり噂になり始めた頃、私たちの元を訪れたのがライゼ様だった。

 侯爵家の嫡男として、彼は生まれた時から病弱気質であり、日常生活にも支障が出るほどだったという。

 そんな中、私たちの噂を聞きつけて、聖女(メイナ)からの加護を受けた後、彼は見るみるうちに回復していった。


「今の自分があるのは、君たち姉妹のおかげなんだ」


 今までと違った生活を送れることを粋に、そして恩を返したいと一助してくれた。

 突然、誕生した聖女という存在は一部の人たちからの手厚い支持はあっても、公にその存在は認められたものではなかった。

 立場のなかった私たちに対して、彼は国の重鎮たちに訴えかけたのだ。

 聖女の持つ神聖術の価値と、その希少性を。


 その甲斐あって、こうして私たち姉妹は、聖女としてその存在を認められることに。

 これまでの貢献度合いから爵位を付与され、これからの聖女としての活動においても、援助を受けられるようになった。

 全てライゼ様の働きかけによるものだった。


「——ライゼ様……」


「本来なら、もう俺たちは婚約を結ぶはずだったんだ。このくらいは許しておくれ」


 満天の星空の下、ライゼ様は私の額に口づけをする。

 妹が見つからない、今の私の精神状態を鑑みて、どうやら自重したようだ。


「ライゼ様、お気遣いありがとうございます。引き続き、エルナ捜索のご協力よろしくお願いしますね」


「もちろんだよ。メイナのためにも絶対見つけるよ」


 そうして私たちは、星空に見守られながら帰路に着く。

 エルナが姿を消してから、もう一ヶ月の時が経過した。

 皆、必死になって貴女を探していますのよ。

 しかし、いくら月日が経過しても、エルナが見つかることはなかった。



※ ※ ※ ※ ※



——こつ、こつ、こつ。


 辺り一帯、静寂に包まれ闇夜に染まる中、ゆっくりと歩みを進める。

 目的地を目指して、蝋燭の灯一つだけで螺旋状の階段を下っていく。

 石畳を靴底で叩く音だけが周囲に反響。

 ふと振り返ると、蝋燭の灯によって真っ黒に映し出された自身の影が、吸い付いて来ているような感覚に見舞われていた。

 夜遅い深夜帯の時間とあって、自然と恐怖心を駆り立てられる。


 しばらく下っていくと、古い木の扉の前へと辿り着いていた。

 懐から鍵を取り出す。

 視界の悪い中、鍵穴付近を蝋燭の灯で照らしながら、探るようにして鍵を差し込み回した。


——ガチャン。


 開錠音とともにミシミシと音を立てながら、木の扉を押し込むようにして開いていった。

 中に入ると、思わず顔を歪めてしまう。

 カビ臭さが鼻をつき、扉を開けた途端、空気中にホコリが舞い散らかしていた。


 一見すると、ただの物置小屋。

 等間隔で松明が灯されているので、真っ暗ではないものの薄暗い。

 近づけば物の位置を把握するくらいは何とか。


 躊躇いを捨てて、部屋の奥の方へと進み始める。

 以前に通り道だけは確保していたため、四方に物が散乱していても、真っ直ぐに奥へと進むだけで良かった。


 しかし地下室の物置小屋にしては、かなり広い空間だ。

 以前の持ち主は確か、それなりの富豪であったとか。

 建物は老朽化が進んでいるものの、とても立派なもので家というよりお屋敷だ。

 少なくとも、子爵の地位を得る前では考えられないくらいの豪邸だった。


 この地下室もそうだ。

 家を譲り受ける前に、もうすでに引き取られてしまったが、表には出せない厄介な代物が隠されていたらしい。

 さぞかし不都合なものを隠すのに、丁度良かったのでしょう。

 それは物に限った話だけではなかった。


「本当に恐ろしい話だ。前の所有者は一体ここで、何をしていたんでしょうね」


 地下室の一番最奥へと辿り着く。

 頑丈な鉄格子が壁の端から端まで張り巡らされており、どこか異彩を放っていた。

 どうも聞くところによると、鉄格子の材質は超合金製らしい。

 まるで動物、それも猛獣の檻だ。

 前の所有者がどういう意図で、これを作ったのかは大体の想像はつく。

 閉じ込められたが最後、一切日の光を浴びることなく、愛玩動物として一生飼われ続けるってことなのだろう。


 全くもって理解し難い、と言えない時点で、もう私は聖女としては失格なのだろう。

 格安で売られていたこの物件を内見し、地下室を目の当たりにして私はこう思った。


——あっ、なんて都合のいい部屋なのだろう、と。


 そしてこの家は、前の所有者から担保として入れられていた。

 物件としては、裏の世界での取引に回されていたのだが、老朽化も進んでいたこともあり、捨て値で投げ売りされていたのを私が買い取った。


 その際、何と融通の効くことか。

 悪い顔のイカついおじ様は、購入者が誰だか分からないように取り計らってくれたのだ。

 故に、私がこの家を持っていることは誰も知らない。

 何が起こっても、外部に漏れることはなかった。




「もう地下生活には慣れました?」


 檻の前まで近づき、私はこの牢屋の主に声を掛けた。

 私の声を聞いて、ゆっくりと顔を上げる。

 気怠そうに膝を抱えたまま地べたに座る、みすぼらしい格好をした老いぼれの姿がそこにはあった。


「なれるわけ、ない…………ゴホッ! ゴホンッ!」


 彼女は息苦しそうに、咳を繰り返した。

 ほとんど密閉された地下空間。

 換気もままならず室内に充満した淀んだ空気も、ご老体には相当こたえているようだ。


「今日は貴女にお話があって来ました。こんな薄汚れた僻地に、わざわざ訪れることになりましたけど」


 あぁ、なんて可哀想なお姿に成り果てて。

 全体的に以前よりも痩せ細り、手足の骨が浮き出て、その場で身体を動かすこともままならない。

 上半身を支えるだけの筋力がないのか、腰をくの字に曲げ、地に(こうべ)を垂れているようだった。

 以前のように美しく、綺麗な容姿は見る影もない。

 変わり果ててしまい、消沈した様子の彼女に——私は勝ちを確信していた。


「——ふッ…………」


「——? 何がおかしいのです?」


「い〜や? つくづく気が合うなぁ〜って、思っただけ。全てが終わる前に、私もあなたに話があったのよ」


 無気力な老人へと成り果てたかと思いきや、まだまだ口は回るらしい。

 だけど私にはとても気に入らなかった。

 今更あなたに何ができる? 何もできないでしょうに。

 このままたった一人、この檻の中で無惨に朽ち果てるのだから。


 神聖術とはなんと便利な力なんだ。

 身体に及ぼす悪影響を治すだけでなく、その逆も然り。

 肉体の老化を促進させることも可能だった。

 それもたった一日足らずで。

 この力のおかげで、目障りだった存在も老婆の姿に成り果て、年老いた影響もあってか神聖術は扱えないようだ。

 もはや私の敵ではない。


 すでに勝敗は決している。

 一矢報いることができたのだ。

 私の想い人(ライゼ)を奪おうとした——この(メイナ)から!


「メイナとしての日々は、もう十分楽しんだかしら——“エルナ”」


「いいえ、まだ足りませんわ。ライゼと一生を終えるまでは——ね?」


「そう。けど残念——魔女に掛けられた魔法は、今日で終わりを迎える。所詮エルナは、おとぎ話のヒロインにはなれないのよ」


「よく言うわねぇ〜、そんな姿のあなたで一体どうしようと言うのかしらぁ〜? メイナとして面影の全くない、今の容姿でライゼに会いにでも行くぅ? きっと彼も面食らうに違いないわぁ!!!」


 その光景を想像するだけで、笑いが止まらない。

 あまりに変わり果てたその姿で、彼を呼び止めたとしても、決して気づかれることはないでしょう。


——あぁ! 愉快、愉快!


 その時の絶望に染まった彼女の表情を見るのも、また一興ではある。

 まあ、ここから出す気は一切ありませんけどね。

 (エルナ)がメイナになり変わると決意した時から、この考えを曲げるつもりはない。

 ライゼのそばにいなければならないのは、この私なのだ。

 そのために、たとえ双子の姉妹であったとしても、一切の容赦はしないと心に決めていた。

 だから私は小さな綻び一つでさえ、見過ごすことはない。

 メイナにはこのまま、この地下室でおとなしく余生を送っていただきますわ。


「だけどッ! 面食らっていたのは、あなたではなくて——エルナ?」


「——何が言いたいのです?」


「私は知っていますよ。エルナが”メイナ“になり変わったのに、一度もライゼ様に気づいていただけなかったことを——」


「————ッ!!」


「本当は“エルナ”と、そう呼んでいただきたかったはずなのに! ライゼ様に気づかれることもなく——メイナ、メイナ、メイナッ、と!」


「——黙れ……!」


「ふふっ! エルナこそ。ひたすら“メイナ”って、ライザ様に呼ばれ続けていたその胸中、いかがなものだったのか。とても興味深いわねぇ〜!」


「——黙れぇぇえええッ!!!」


 私は絶叫していた。

 地下部屋に積まれていた、ありとあらゆる荷物を檻に向かって投げつける。

 片手で掴めるものから、一人で抱えるのも大変な巨大な木箱に至るまで。

 爆発したかのような大きな音とともに、中身はその場で散乱し、淀んだ空気が地下室中に舞い上がる。


 メイナの発言は、私の逆鱗に触れていた。

 私が喉から手が出るほど欲していた、ライゼからの愛情をこの女は当たり前のように貰えている。

 ライゼの心は、メイナ一色に染まり切っていた。

 どれだけ彼に言い寄っても、尽くそうとしても、何も変わらない。

 メイナに向けていた瞳を、私には向けてくれない!

 だから私は”エルナ“を捨てて、“メイナ”になった。


 あの時味わった、屈辱と敗北感。

 どれだけ惨めなことだったか、この女には分かるまい。

 けれど、私たちが双子だったことには感謝している。

 こうして形勢が逆転する機会を与えてくれたのだから。


「じゃあね、姉さん。会うのはもうこれっきりです! 老い先短い残りの人生を堪能していただいて、孤独と絶望に苛まれながらお過ごしください。最も死して(なお)、遺体の発見には期待なされませぬようにっ!」


 私は嘲笑を浮かべながら、メイナに背を向ける。

 最後に彼女の顔を見られたのだけは良かったって、心の底からそう思った。

 それだけでも、わざわざこの場に来た甲斐はある。

 だって、悔しさを露わにし、苦渋に満ちたその表情を私は見たかったのだから。


「——エルナ!」


「なぁに? 姉さん。命乞いなら地下室を出る間だけ、聞いててあげるわ」


「——それは、私の役目ではないわねぇ。どちらかと言うと、エルナの役目?」


「——? それは一体、どういう意味かしら?」


「私言ったでしょ? “所詮エルナは、おとぎ話のヒロインにはなれない”って——」


 何を戯言を。

 これが、落ちるところまで落ちた人間の末路か。

 単なる負け惜しみに過ぎなかった。

 今のみすぼらしい容姿で、何を言われたとしても、私の精神が揺らぐことはない。

 第一、その檻から出ることもできないくせに。

 メイナの戯言を聞き流して、この地下室から立ち去ろうと歩き始めた時————それは、異変となって起こった。


——ん? あれっ?


 不意に不自然なまでの、強烈な違和感に見舞われる。

 身体が重かった。

 腕の一つ、いや指の一本動かそうにも重い。

 身体の節々が悲鳴を上げるように動かすことを拒み、ちょっとした身に受ける衝撃ですら原型が保てず、崩れ去ってしまう心象が脳内に過ぎっていた。

 おかしい。何かが、おかしい。

 いつの間にか、その場でへたり込むように座っていた私は、自らの身体を確認する。


「——あ……あっ…………ぁぁあああああああ!!!!!」


 なんで! ありえない!

 元々、肉づきのあった私の手や足は血管が浮き出るくらい、骨に皮膚が吸いつき。

 顔に触れると、萎れた花のようなハリの無い肌。

 刻まれたおびただしいシワの数々。

 血の気の引くような現象が、自分の身に起こっていた。

 そして——私は眼前の光景に目を疑う。


「あ、ありえない…………なぜ、私がそこにッ…………!」


 蔑むような視線を向ける、(エルナ)の肉体が目に映る。

 咄嗟に近づいて真偽を確かめようとするも、身体が思うように動いてくれない。

 背骨に激痛が走り、思わず腰をくの字に曲げて悶絶していた。


「これがエルナの身体かぁ〜。ふーん……双子というだけあって、あまり感覚に差異はないわね」


「——め、メイナッ!!」


 深淵の底から響き渡るような怨嗟の声を上げた。

 理屈は分からない。

 けれど結果として、自分の身体ではなくなってしまっていた。

 突然の出来事に、私は怒りで身を震わせメイナを睨めつける。

 しかし、彼女はあっけらかんと、意に返さない様子で言い放った。


「なに? そんな目をして。エルナは“メイナ”になりたかったのでしょ? 望みが叶ったのだから、もっと喜んだらどう?」


「わ、私の身体…………返してッ!」


「望み通りにしてあげたのに、何が不服なの?」


「——い、イヤだ……こんな身体、もう……イヤだ————ゴホッ! ゴホン!」


 いくら手を伸ばしても、届かない。

 本来なら私の身体であったはずの、肉体はすぐ目の前にあるというのに、取り戻せないもどかしさを感じていた。

 一方で、私と身体を入れ替えた本人(メイナ)は、地下室に積まれていた木箱の一つに腰掛け、したり顔で私の方を見ていた。


「驚いた? 神聖術ってエルナが思っている以上に奥が深いの」


 メイナは木箱の上で、ゆりかごに揺られるみたいに身体を前後に動かし、余裕のある様子で語り始める。

 しかし今の発言。

 絶望的な状況の私にとっては、聞き捨てならないものだった。


「神聖術ってね。神様が与えてくれたものなの」


 神様がどうとか、そんなことはどうでもいい。

 これがもし、本当に神聖術によって引き起こされている事象だと言うのなら。

 もしかしたら、私でも——取り返せるかもしれない!


「案外神様という存在もテキトーなものでね。(メイナ)に神聖術を与えるはずだったのに、双子として産まれたことで、どっちに授ければ良いのか、分からなくなってしまっていた。それで面倒だからって、二人ともに授けてしまったらしいの」


「そのような作り話……」


「本当なんだけどね。現にエルナはもう神聖術を使えないでしょ?」

 

「——なッ!!」


 そんなはずはない、と私はそう思いたかった。

 けれどメイナの言う通り、いつものように力が出せない。

 先ほどから、この年老いた身体の苦痛を和らげようと、神聖術を行使しようとしたが何も起こらなかった。


「私も自らが窮地に陥るまで、すっかり忘れておりました。神様との約束を——」


 なぜこの私が、このようなことに——

 今の置かれた状況、自らの境遇を再確認する。


「まあ、エルナに理解できないのは承知してますから、ただの妄言、独り言と思って聞いてください」


 これが聖女としての役目に反した、私への罰なのだろうか?

 メイナに掛けた老化促進も、結局は自らが被ることになってしまっていた。


「私は前世において、神聖術が引き金となって死んでしまいました」


 ライゼを振り向かせたい。その一心で私に他の望みはなかった。


「その際、私は初めて神という存在に出会いました。話を聞くと、彼は神聖術を人間に付与し、平和な世界を作ることを望んでいた。神聖術で争いをなくし、人々が豊かになると信じて」


 私はただ、彼のことを愛していただけなのに。


「ですがその道半ばで、前世の私は死にました。けれど神は諦めません。私は死してから神様と対面した際、転生先でも再び神聖術を付与したいと言い出したのです」


 でも、いつもメイナに邪魔されていた。


「けれど、私はすでに悟っていました。再び神聖術を付与されても、平和な世界が訪れることはないと」


 蚊帳の外であなた方の様子を、側から見ているだけの存在でしかなかった。


「神聖術は必要ない。嫌だと、私は主張しました。また私は争いの種となって、同じく死を迎えるのではないか? その旨、神様に危惧として伝えました」


 私の欲しかったものを奪い取って、本当なら——


「それを聞いた神様は、私にこう告げました。“もしも命の危機に瀕した際、君に力を貸そう——”と」


 前世がどうだと言って、メイナの話はよく分からないし、要領を得ない。

 そして、この盲信女に私のライゼが、奪われたという揺るぎない事実は残っている。

 全てを語り終えた後、私の怒りは頂点に達していた。


「——ふ、ふざけないで! なんで! メイナばかりがァ!!!」


 なんでコイツばかり好かれるの?

 横から掠め取るみたいに、彼の治療をして、恩を売って。

 本当なら、私がライゼと一番最初に会っていたのに!

 こんなのおかしいですわ!

 全てメイナのせい。私たちが双子で生まれたから、私ばかりが貧乏クジを引かされて!


「だからどれだけ、今のエルナが抗おうと無駄ですよ」


「な、なんで! なんでできないの!?」


 神聖術で自身の回復、または彼女の老化促進を行おうと躍起になるが、何も起こらない。

 ただただ無力で躍起になっている私に、メイナはゆっくりと檻の前へと近づいて来ていた。

 涼しげな薄ら笑いを浮かべながら、立ち上がることもできない私に目線を合わせてから、言葉を口にする。


「私ね。どうやったら、エルナに思い知らせることができるのか、ずっと考えてたの。ずっと——」


「………………」


「神聖術がある以上、エルナが掛けた老化促進も治そうと思えば可能だったのですが、私は何もせずそのままの状態で、エルナが来るのを待ちました。なぜだか分かりますか?」


「し、知らないわよ、そんなこと」


「答えは簡単——同じ双子として産まれたから。エルナがこれから味わう苦しみにも、多少の理解をしておきたかったの。あなたには酷な運命が待ち構えているのだから——」


 表情一つ変えることなく、メイナはすっと立ち上がった。

 しかし私には彼女の最後の一言で、これから起こるであろう最悪の展開が脳内に想起される。

 思考が巡らされるほどに、もう今しかないことを痛感させられていた。

 これが、最後の機会であると——


「待って、メイナ! 私が悪かった! 私が悪かったから……助けてッ!!!」


 私は気づかされていた。

 メイナに見捨てられた時点で、私に生きる術はない。

 自分で作り上げた、この人知れない地下室で、今後誰かが訪れることは万に一つもありえない。

 そしてこの肉体は、自らが掛けた老化促進によって、今すぐにでも寿命を迎えるかもしれない。

 私自身が神聖術を扱えなくなってしまった以上、結局は誰かが来たとしても、彼女に頼らざるを得ない。

 私はここで、命乞いをするしかなかった。

 けれど、メイナは私の必死な訴えにも、一瞥するだけだった。


「ここで朽ち果てるのは私ではなく、あなたでしたね——エルナ」


「い、いや……! いやぁ……!!」


 思わず私は声を荒げていた。

 このままじわじわと、終わりを迎えてしまう。

 檻から出られず、誰からの助けもなく気づかれずに、なす術なく身体は弱り続け——

 その光景を想像するだけで耐えられなかった。


「ライゼ様と婚約するのは(メイナ)です。決してエルナの役目ではない。だからエルナとの、その婚約は——私が許しません」


——ま、待って……お願いだから……待って…………!


 バタン、と地下室の閉まる音だけが、室内に反響する。

 私の願いは虚しく、彼女の元に届くことはなかった。



※ ※ ※ ※ ※



 燦然と輝く星々の下。

 恍惚とした表情で、星を眺める二人の姿があった。


「何度見ても、この一つ一つの星たちには、輝き方一つにしても特徴があって美しい」


 広大な草原の中で、ライゼの肩に頭を乗せて寄り添うメイナ。

 しかしライゼは、どこか星の観察に夢中になり過ぎて、メイナをほったらかしにする節があった。

 それでも天体観測の良さを、彼にも共有できたことの方が、彼女も嬉しいようで。


「私はライゼ様と一緒にいられて、今とっても幸せよ」


「俺もだよ。こうしてまた、メイナと星を見られて嬉しい」


 そのような二人のやり取りもあり。

 程なくして、メイナとライゼの二人は正式に婚約を結ぶこととなった。

 そう遠くないうちに、二人の婚儀が執り行われることも決まっている。

 両家ともに望まれた婚約。

 順風満帆といって差し支えはないだろう。


 一方で——


 エルナの捜索は行方不明のまま、時間の経過とともに打ち切られたという。

 あの家も所有者不明として、誰の手にも渡ることなく、巷では有名な幽霊屋敷と化していたのであった。


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「俺もだよ。こうしてまた、メイナと星を見られて嬉しい」←双子の区別もつかないような男で良いのかと思ってたが、本当は気づいてた? エルナは実はメイナと双子に生まれたこと自体が幸運だったから欲かかずに全…
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