第2話
「君がどんな人だったか、覚えてる?」
男性にそう尋ねられても、ハッキリとした記憶はない。
曇りガラス越しに見えるような記憶で分かるのは、ごく一般的な女性の生活を送っていただろう、という事だ。
それ以外に特筆すべき事はない。
(そんな事より、お腹空いた)
歯が生えても舌がない以上、明瞭な発音はできない。
私は男性がどんな表情をしているかも分からず、空腹を示すために口を開いた。
「ああ、お腹が空いたんだね。歯が生えたから、硬い物もいけるね。今日はハンバーグだよ。食べやすいように一口サイズになっているから、ゆっくり食べてね」
この人はなんて親切な人なんだろう。
いつものように体を起こされたあと、ハンバーグが焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、じゅわりと唾液が滲み出る。
――食べたい。
――食べたい。
匂いを嗅いだだけで食欲を刺激された私は、落ち着きなく口を喘がせ、涎を垂らした。
「おまちどおさま」
男性が傍らに座り、カチャカチャと硬質な音が立つ。
綺麗な焼き色がついたまん丸なハンバーグを、箸で切っているんだろうか。
断面からは透明な肉汁がしたたり落ちて、ホカホカと湯気が立っているんだろうか。
早く、早く。
口を開き、あむあむと開閉すると、すぐ側で男性がハンバーグをフーフーと冷ましている音が聞こえた。
私はゴクッと生唾を呑み込み、〝その時〟が訪れるのを待つ。
「冷ましたけど、火傷しないようにね」
開いた口の中に、一口大のハンバーグが入れられる。
箸が口から抜けるのを待てず、私はすぐに咀嚼し始めた。
――美味しい。
想像していた通り、噛めば噛むほどジュワジュワと肉汁が溢れ、口内が歓喜に満ちていく。
ハンバーグの中には何かコリッとした物が入っていて、それがまた食感のアクセントになっている。
手でOKサインをした時の、親指と人差し指でできた丸。
それぐらいの大きさのハンバーグを、彼は箸で半分に切って、私の様子を見ながら次から次に食べさせてくれる。
個数にして、五、六個は食べただろうか。
私はグフッとげっぷをし、摺り下ろしたにんにくの匂いがする吐息をつき、満足感に浸って目を閉じた。
次に目を覚ました時、両耳と鼻、唇が戻り、手脚の付け根が少し生えていた。




