番外編「蜂蜜色の瞳に映る銀の聖者」(ノエル視点)
初めて彼を見た時の衝撃を、僕は一生忘れないだろう。
入学式の日。満開の花の下を歩く彼は、この世の誰よりも美しく、そして孤独に見えた。
銀色の髪は月光のように輝き、青い瞳は氷河のように澄んでいた。
周囲の人々は彼を恐れ、遠巻きにしていた。
「冷酷な公爵令息だ」と噂しながら。
でも、僕には違って見えた。
彼は、怯えていたわけではない。媚びていたわけでもない。
ただ、騒がしい俗世から一線を画し、自分だけの静寂な世界を守っているように見えたのだ。
彼と目が合った時、時間が止まった気がした。
彼は僕を見下したのではない。
他のアルファたちのように、僕を「オメガ」という記号として見なかった。ただ「一人の人間」として、あるいは「風景の一部」として、平等に、無関心に通り過ぎてくれた。
そのことが、どれほど僕を救ったか。
特待生として入学し、好奇と欲望の視線に晒され続けていた僕にとって、彼の「無関心」こそが、最高の紳士的態度だったのだ。
図書室でのこともそうだ。
彼が僕の前に座ることを許してくれた時、心臓が破裂しそうだった。
乱暴な生徒たちが来た時、彼は言葉少なく彼らを追い払ってくれた。
「邪魔だ」と言った彼の声は冷たかったけれど、その背中は「僕の領域で騒ぐな」という、彼なりの不器用な正義感に満ちていた。
彼は決して「助けてやった」とは言わない。恩を着せることもしない。
なんて高潔な人なのだろう。
雨の日に、自分の上着を貸してくれた時もそうだった。
「臭い」なんて悪態をつきながら、その顔は赤く染まっていたのを僕は見逃さなかった。きっと、素直に優しくするのが恥ずかしいのだ。
その上着に包まれた時、僕は確信した。
この冷たくて、不器用で、誰よりも優しい人を、僕が守りたい。
世界中の誰もが彼を誤解しても、僕だけは彼の本当の姿を知っている。
彼がたまに見せる、クッキーを食べた時の微かな輝きや、数式を教える時の真剣な横顔。
そのすべてが愛おしい。
ルシアン様。
貴方が悪役だと呼ばれるなら、僕は喜んで共犯者になりましょう。
貴方が世界を敵に回すなら、僕がその前に立ちましょう。
だって、貴方は僕の、たった一人の「運命の番」なのだから。
蜂蜜色の瞳に映る彼は、今日も眉間に皺を寄せながら、でも決して僕の手を振りほどこうとはしなかった。




