蛇 髪 冒険者
ん、ああ。
その剣か。
それはある冒険者だったやつの持ち物でな。
ある事情があって俺の手元においてあるんだが、倉庫になんかしまい切れたもんじゃないし、デカくて目立つから、どうせならってことで飾ってあるんだよ。
ひとつに、新米冒険者への物言わぬ教訓って意味もある。
それはこういうわけだ。
見ての通りの縦にも横にも規格外にデカい剣だがな、そいつを持ってたのは人並み以下の小柄なヤツだった。
人が剣を背負ってるんだか、剣が人に腰掛けてるんだかわからないくらいの、小さいヤツだったよ。
重くないのかって俺が聞いたら、「ない訳はないが、どうにも下ろせないんだ」って恥ずかしそうに笑って…
とにかくそんなヤツだったんだ。
冒険者としては優秀なやつで…
周囲との交渉やら、折衝やら…落とし所ってやつを見つけるのが上手かったんだな。
当事者同士じゃあ絶対に揉めてうまく行かない所、あいつが一枚噛むと自然とまとまることが多かった。
どう見ても交渉事に向いてるようには見えない態度なんだが、朴訥とでもいうか…
とにかく、「こいつがそこまで言うならまぁいいか」と、その場にいる全てに思わせる、不思議な力のあるヤツだった。
嘘か真かは知れないが、差別やら因習やらが絡む百年の宗教の問題も、あいつの顔一つ立てるだけで解決したなんて話もある。
…そんな顔するなよ、あくまでも噂だ。
渉外はその通りだったが、人外が絡む荒事にもめっぽう強くてな。
そこの剣を一本背負ってひょいと出ていったかと思えば、どんな化け物でも軽くのしてきちまう。
一度だけこの酒場で、あの剣が役に立ったこともあるんだ。
そん時は俺も、アイツの強さをこの目で見たわけだ。
当時は今ほど広くない、ケットシーの額ほどの広さの店だったわけだが…
まぁ見ての通り今でも誇れるほど広くはないやな。
ともかく、あまり素行のよろしくないお客さん方がいてな、何人もで武器を持って暴れ出したことがあったんだ。
酒の勢いってやつもあるんだろうが…
そうしたら偶然立ち会ったアイツが、文化的な解決を試みて、すぐに諦めるや否や…
あの剣をブンブンと振り回したかと思ったら、あっという間に決着がついちまった。
持ち上げるのだって難儀するだろうあの剣を、この狭い店内で振り回したら、どうなるかなんて想像がつくだろう?
狭い樽の中で、刃の付いた風車が回るみたいなもんだってくらいだろう。
当然俺はどんな悲惨な事態になったのか、考えるのも嫌で頭が真っ白になった。
だが、当事者以外に怪我人なんて出なかったし、その当事者にだって死人は出なかった。
見てた俺だって、どんな魔法かと疑うくらいだったぜ。
人が剣を振り回すんだか、人の周りを剣が踊り狂ってるんだかわからんくらいの…それはもういいか。
うん?あぁ…
そいつがどんなヤツだったかはわかってきた頃だろうが…
確かに渉外に荒事、どちらも冒険者に必須の基礎的な技術なわけだが…
そいつが冒険者に向いていたかっていうと、それは全く別問題でな。
ある月のない夜に、俺の酒場にも持ち込まれた依頼があった。
とにかく緊急だって喚き散らす女がいたんだ。
顔を見れば、そこらでは知らん奴のいない悪ガキの母親でな。
聞けば、子供が夜になっても帰ってこない。
近所の子らに話を聞いてみると、その悪ガキは、最近は冒険者になるって言って好き好んで魔物のいる辺りを我が物顔で出歩いていて、それを自慢していたんだそうだ。
子供特有の全能感ってやつかもな。
もちろんわかっていると思うが、夜ってのは人間の領域じゃねえ。
こうして火や…お前さんが飲んでる強い酒なんかを使ってそれを克服しているわけで、それが届かない領域においては、人間なんかこれっぽっちの力も持たないわけだ。
緊急だって駆け込まれても、一旦落ち着いて、捜索は翌日。
どこででも出されたその結論を、飲み込んで帰ってもらうしかないと思っていたんだが…
その場にいたアイツが大真面目な顔で、子供の特徴を聞いて出ていったんだ。
俺は止めたが、無駄だったよ。行方不明が一人増えるだけだって言っても、どこ吹く風の涼しい顔でな。
結論から言えば、そいつは朝には帰ってきた。
その時の有り様は酷いもんだった。
晴れた日だってのに、ずぶ濡れで、しかもひどい色の血まみれで。
たしか、赤だけじゃなかったな、緑やら青やら…当時からはもう床も総取り替えしたが、しばらくはヤツが膝をついたときの血痕が残っていたもんだった。
…話が逸れたな。
そうして、この世の悪いことすべてが自分に降り掛かったみたいな顔をして、携えた何かを、夜通しここで待っていた母親に渡したんだ。
そう、クソガキの遺品だよ。
綺麗な栗色の、革紐でまとめられた、髪の束だった。
これしか持ち帰れませんでした、って言ってアイツがそこに膝をついて…
そこからは、俺だって関わりたくないくらい荒れた母親に、アイツが口汚く罵られて…
クソ、今思い出しても胸が悪くなる。
そうしてアイツは、本当に自分が悪かったんだって態度で唇を結んで、何も言わないんだ。
母親の前でこそ、そうは言わなかったが、そのガキはもうすっかり化物に食べられて、救いようのない形で見つかったんだそうだ。
バカなガキの痕跡探しから、捕食者の特定まで一晩で済ませて、しかもそれを仕留めて戻ってくるだけでも、人間業じゃないが…
その捕食者ってのが、またタチの悪い相手だった。
四足の獣ならまだ良かったのかもしれないが、足のない、水辺に住む種だったらしいんだ。
確かサーペント…なんとかって種類だったな。
つまり、アンタが想像するデカい蛇を、10倍くらいにしたらちょうどいいだろう。
大人だって近づきたくないが、危機感のない子供なんかは格好の獲物だ。
気付かず背後から迫って、牙の毒で動けなくしたあとは、胴体で締め付けて体中の骨を砕いてから、飲み込みやすい形に整えて…
そうして最後は頭からゴクリ。当人の意識がどこまであったかなんて想像したくもない話だな。
ヤツが見つけたのは、そんな子供の成れの果てだ。
どうして責められる必要があったんだろうな。
うん?あぁ…
ヤツが持ち帰った髪の毛だな。
ヤツが冒険者に向いてなかったってのは、まさに、そこのことでもある。
あとから聞いた話だがその髪の毛ってのは、目標らしき化物をあの剣で斬り伏せた後に、そのヘビを丁寧に切り開いて、消化されてない内容物を選り分けて…
飯が不味くなる話だったな、そっちのお客さんは耳を塞いどいてくれ。
とにかく、わずかに溶け出して混ざる過程にあるその中身を取り出して、髪だけを持ち帰ると判断したあとは、水辺でそれを丁寧に洗い流して、いちいち革紐でまとめて整えて、持って帰ってきたものらしい。
…そこまで気を回すくせに、自分の浴びた血だけは少しも落とさずに、そのくせ水辺にいたのだから全身ずぶ濡れで、依頼者の前で捨て犬みたいな顔をしてるんだ。
そんな奴が、生き馬の目を抜くこの家業を続けられるわけがないだろう?
アイツがその後どうなったのか…
俺が知ってるのは、冒険者を辞めるって俺に報告に来てくれた所までだ。
遠くの国で騎士団長になったとか、世を憂いて修道院を開いたとか…
とにかく色んな尾鰭のついた噂は聞くが、そのどれもが確かなモンじゃねえ。
あのバカでかい剣は、その時にアイツが置いていったものだ。
…
「また自分か、それを継ぐ誰かがこの剣を振るってくれるから、それまでは貴方に預かっていて欲しい」
…って言ってな。
今の話で少しは感化されるところもあるのかもしれんが、アイツに憧れるのだけはやめておけよ。
あんな化物、俺が長年冒険者を見てきても、一人だけだったんだからな。
もしどうしてもアレを振るいたいって思うんなら、一度の失敗程度でめげずに今日は早く帰って寝ることだ。
冒険者に向いてるってのは、そういう事ができるヤツのことだ。




