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やれやれ、この学園は規格外の俺を理解しないらしい



窓の外に広がる、まるで絵画から抜け出してきたような中世ファンタジー風の街並みを眺めながら、一条悠人は深くため息をついた。


「はぁ、面倒だ」


 無意識に出た口癖に、隣の席でノートを広げていたクラスメイトがちらりとこちらを見る。すぐに「またか」とばかりに視線を戻したが、その僅かな仕草にも、彼がこの学園でどう見られているかが透けて見えた。


 俺がこの世界に転生して、はや十六年。もともとブラック企業で社畜としてこき使われた挙げ句、過労死した俺は、ひょんなことから異世界転生という特典を手に入れた。その際に神とやらから授けられたチート能力は、想像を絶するものだった。


「時空操作」と「万物創造」。


 時間を操り、空間を捻じ曲げ、無から有を生み出す。文字通り、世界をも作り変えることができる、規格外の力だ。


 だが、現実はどうだ。


 目の前の『聖ジェネシス魔導学園』の教室で、俺は万年魔力値最低の「無能」として扱われている。


 この学園は、世界でも有数の魔導師育成機関だ。当然、入学には高い魔力適性が求められる。俺自身、入学試験の際には、この学園を覆う特殊な魔力結界のせいで本来の力が抑制され、かろうじて最低基準をクリアする程度だった。そして、入学後も状況は変わらない。学園内の魔力測定では、常に一般生徒の平均を遥かに下回る数値を叩き出す。


 おそらく、この学園の結界は、俺の規格外の力を「システムエラー」と認識し、勝手に無効化しているのだろう。もしくは、俺自身が転生時に「目立たないように生きたい」と願った結果、無意識のうちに力を抑え込んでいるのかもしれない。どちらにせよ、現状は「役立たずの一条悠人」だ。


 そして、俺は今のところ、その状況を特に不満には思っていない。目立たず、波風立てずに生きていければ、それでいい。


 授業開始のチャイムが鳴り、教師が教卓に立った。今日の座学は『魔力循環の基礎理論』。俺にとっては前世の物理学の方がよほど難解に感じる、退屈な内容だ。


 教室を見渡すと、皆真剣な顔で板書をノートに写している。エルフのフィリアは熱心に耳を傾け、獣人のリーファは眠そうに船を漕いでいる。そして、最前列の席には、学園の二大巨頭ともいえる二人の少女が座っていた。


 一人は、小柄な体躯からは想像もできないほどの魔力を宿す、天才魔導師ノエル・シュガー。まだ小学生にしか見えないその可愛らしい容姿とは裏腹に、彼女の繰り出す複合魔法は学年トップクラスだ。


 もう一人は、漆黒の髪を揺らす高嶺の花、クリスティーナ・フォン・ローゼ。名門貴族の令嬢であり、学園の生徒会長を務める彼女は、光魔法と結界魔術のスペシャリストだ。常に冷静沈着で、その冷たい瞳は、時に周囲の者を射竦める。


 俺は、彼女たちとは対極に位置する存在だ。


「やれやれ、今日も一日、平穏無事に終わってくれればいいがな……」


 そう呟き、俺は机に頬杖をついた。


 午後は実技訓練場での『魔力行使テスト』だった。


 広いドーム状の訓練場には、魔法攻撃に耐えるための頑丈なターゲットゴーレムがいくつか設置されている。生徒たちは順番に、それぞれ得意な魔法を放ち、ゴーレムに与えたダメージによって評価される。


 すでに数名がテストを終えていた。


 「よし、次はノエル・シュガー!」


 教師の声に、ノエルが小走りで前に出る。小柄な体に似合わず、彼女の魔力は桁違いだ。


 「『紅蓮爆炎クリムゾンフレア』!」


 ノエルが手をかざすと、手のひらの上で炎の魔法陣が瞬く間に形成され、巨大な火球となってゴーレムに直撃した。ドォン!という轟音と共に、ゴーレムの胸部が大きくへこむ。


 「流石はノエル!完璧な威力だ!」教師の声も弾んでいる。


 次に呼ばれたのは、クリスティーナだ。


 「『聖光矢ホーリーアロー』」


 彼女が掲げた手のひらから放たれたのは、一本の純粋な光の矢。しかし、その輝きは神々しく、ゴーレムの頭部を貫通し、背後の壁に深い傷跡を残した。洗練された無駄のない魔法。


 「クリスティーナ様も素晴らしい!」


 学園トップクラスの二人の実力に、周囲からは感嘆の声が上がる。


 「次、一条悠人!」


 教師の声に、訓練場の空気は一変した。ざわめきが起こり、多くの視線が俺に集まる。その中には、心配そうなフィリアの眼差しと、軽蔑を隠そうとしないクリスティーナの冷たい視線があった。


 「やれやれ、俺の番か」


 俺はゆっくりとゴーレムの前に立った。


 本当なら、指先一つでこのゴーレムを塵にすることなど造作もない。だが、学園結界のせいでそれは叶わない。


 俺は試しに、体内の魔力を解放しようと試みた。だが、それは分厚い壁に阻まれるような感覚に陥る。まるで、俺の魔力が「存在しないもの」として扱われているかのようだ。


 仕方なく、学園のシステムが認識できる範囲で、最低限の魔力を行使しようと手をかざす。


 プシュウ、と、手のひらから微細な魔力の「塵」のようなものが漏れ出る。魔法陣すら形成されない。


 「……終わりか、一条」


 教師の呆れた声が響く。周囲からは嘲笑の漏れ聞こえる。


 「また最低値だ。よくもまあ、毎回ここまで酷い点数を取れるものだ」


 俺は黙って持ち場に戻った。やれやれ、慣れたものだ。


 実技訓練が終わり、生徒たちが各々のクラスに戻っていく中、フィリアが心配そうに俺に近づいてきた。


「一条さん、今日のテスト、また力を出せなかったんですね……。大丈夫ですか?」


 透き通るような緑の瞳が、俺の顔を覗き込む。エルフ特有のプラチナブロンドの髪が揺れ、神秘的な雰囲気を醸し出している。彼女の優しさは、この学園で唯一、俺の心の澱を洗い流してくれるものだった。


「やれやれ、気にするな。俺は元々こういう人間だよ」


 俺はいつものように気だるげに答えた。


「そんなはずはありません。あなたの魔力はとても澄んでいて、暖かく…何かを抱えているように感じます」


 フィリアは、まっすぐ俺を見つめる。彼女の純粋な言葉に、俺は少しだけ心を許し、ため息を一つ。この世界に転生して以来、俺の真の力を感じ取ったのは、彼女だけかもしれない。


 俺が力を隠しているのは、目立ちたくないという理由もあるが、もしこの規格外の力を学園の結界内で無理に解放すれば、何が起こるか分からないという不安もある。世界規模の魔力暴走に繋がる可能性すらあるのだ。


 「やれやれ、そんなわけないだろ。さっさとクラスに戻らないと、教師に怒られるぞ」


 俺は彼女を促し、歩き出した。


 その時だった。


 ドゴォォォォン!!


 訓練場の奥で、突如として轟音が響き渡った。


 生徒たちの悲鳴が上がる。何事かと振り返ると、先ほどまで魔法を受けていたターゲットゴーレムの一つが、禍々しい紫色の魔力を放ちながら暴走していた。


 「ゴーレムが暴走!?制御装置は!?」


 教師たちが慌てて対応しようとするが、ゴーレムはすでに制御不能な状態だった。周囲の壁を破壊しながら、生徒たちがいる方向へと突き進んでくる。


 「危ない!みんな避けて!」


 教師の声が響く。


 ゴーレムは、巨大な岩石の腕を振り上げ、まさにフィリアの頭上へと振り下ろそうとしていた。


 「フィリア!」


 俺の脳裏に、彼女の透き通るような緑の瞳がよぎる。


 「最悪だ。フィリアに怪我はさせられない」


 俺は内心毒づいた。この学園の結界内では、派手な魔法は使えない。だが、諦めるわけにはいかない。


 俺は、「時空操作」の能力を極限まで微細化した。周囲の魔力結界に干渉しないよう、そして、誰もその力の行使に気づかないよう、細心の注意を払う。


 狙うは、暴走ゴーレムの岩石の腕の関節部分。


 ──「関節の特定の時間軸だけを、ほんの数ミリ秒停止させる」。


 目に見える変化はない。魔力的な反応もない。しかし、その僅かな時間の歪みが、ゴーレムの動きを狂わせる。


 振り下ろされようとしていたゴーレムの腕は、フィリアの頭上、わずか数センチのところで、カクン、と不自然に停止した。


 次の瞬間、その腕は砕け散るように音を立てて崩壊し、粉塵を巻き上げながら地面に散らばった。


 ドォン!という大きな音と共に、ゴーレム本体も動きを止め、力なくその場に座り込んだ。


 「な、なんだ!?」


 「止まったぞ!?」


 周囲からは驚きと安堵の声が上がった。


 教師たちが駆け寄る。


 「ゴーレムの腕が…まるで老朽化して崩壊したかのようだ!まさか、訓練用のゴーレムがここまで劣化していたとは!」


 「偶然助かったようだな!すぐにこのゴーレムを撤去しろ!」


 教師たちの言葉を聞き、俺は「やれやれ、セーフか」と冷や汗を拭った。誰も俺が介入したことには気づいていない。これでいい。


 フィリアは、崩壊したゴーレムと、そして俺の顔を交互に見つめていた。その瞳の奥で、俺の力が作用した一瞬だけ、時空が歪むような、あるいは宇宙の深淵を覗き込むような光を見た気がして、彼女は俺への信頼を一層深めるのだった。


 事件の騒ぎが収束し始めた頃、漆黒の髪を揺らす冷たい視線が、俺を射抜いた。


 「一条、貴方は何をしているのですか」


 クリスティーナ・フォン・ローゼが、颯爽とした足取りで俺たちの前に現れた。


 「貴方の無能さは知っていますが、魔力もろくに扱えない者が訓練場で何をしていたのですか。貴方が動揺させたせいでゴーレムが暴走したのでしょう!全く、貴方のような無能は、この学園にいるだけで邪魔なのです」


 彼女の容赦ない言葉に、周囲の生徒たちも同調するように頷いている。


 「やれやれ、言いたいことはそれだけか?なら、とっとと失せろ」


 俺は気だるげに答えた。彼女のプライドを逆撫でするような言葉だが、俺としては面倒事を増やしたくなかった。


 「なっ……!この、無能のくせに生意気な…!」


 クリスティーナは怒りで顔を赤らめる。


 その時、状況を知らない教師が駆けつけてきた。おそらく、クリスティーナの私的な使いの者から報告を受けたのだろう。


 「何事だ!クリスティーナ様のご気分を害したのか、一条!」


 教師はクリスティーナの言い分だけを聞き、俺に一方的な懲罰を言い渡した。


 「魔力暴走の責任として、お前には学園の魔力中継施設、そこの強制清掃を命じる!」


 魔力中継施設とは、学園全体を覆う結界の心臓部だ。そこは常に強力な魔力で満たされており、俺のチート能力が最も抑制される場所でもある。


 「やれやれ、最悪の罰ゲームだな」


 俺は肩をすくめ、清掃道具を抱えて地下へと向かった。


 学園の地下深く、厳重な扉の先に魔力中継施設はあった。


 分厚い鋼鉄の扉を開けると、そこは広大な空間だった。中央には巨大な魔力炉心が据えられ、無数の魔力パイプが複雑に絡み合っている。パイプの中を流れる魔力は青白く輝き、不気味な唸り声を上げていた。


 ここが、学園の魔力結界の心臓部。俺の力を抑え込んでいる張本人だ。


 「やれやれ、こんな場所を清掃するのか……」


 俺はブラシを片手に、パイプの埃を払い始めた。


 その時、俺の視界に異常を告げる表示が飛び込んできた。


 ──【警告:魔力炉心の一部に異常な熱上昇を検知。魔力循環に乱れ発生。】


 どうやら、先ほどのゴーレム暴走とは別件で、魔力炉心の一部がオーバーヒート寸前になっているらしい。このままでは学園の結界が破綻し、最悪、学園全体が魔力暴走に巻き込まれる可能性がある。


 「はぁ…なぜ俺がこんなことまで…」


 俺は頭を抱えた。自分の無能を演じているせいで、こんな面倒な事態に巻き込まれるとは。


 だが、この規模の異常は放置できない。学園が壊滅すれば、フィリアたちも危険に晒される。


 「仕方ない。やるか」


 俺は決意した。結界の中心でまともにチートを使えば、存在が世界にバレる。それは避けるべきだ。


 俺は**「万物創造」の能力を、再び極限まで微細化して行使する。


 炉心に近づき、オーバーヒートしている部分に手をかざす。


 周囲の魔力に悟られないよう、最小限の力で、「炉心の異常魔力を吸収し、それを無害な『無』のエネルギーに変換する極小の魔力回路」**を、空間に即座に創造した。そして、それを、誰にも気づかれない速度で炉心の内部に組み込む。


 俺の指先から放たれた力は、まるで宇宙の法則を書き換えるかのように、炉心の魔力循環を正常へと導いていく。


 【警告:解除。魔力炉心、正常に稼働中。】


 瞬時に、炉心のオーバーヒートは収束し、魔力循環は正常化された。空間に物理的な変化は一切ない。


 「やれやれ、これでよし」


 俺は安堵の息を漏らした。


 その時だった。


 「貴方、一体何をしたのですか…!」


 背後から、凍り付くような声が聞こえた。


 振り返ると、そこに立っていたのは、クリスティーナ・フォン・ローゼだった。おそらく、俺を監視しに来たのだろう。


 彼女には、俺が何をしたのか、具体的には理解できていないはずだ。だが、彼女の**「光魔法」の才能は、炉心が正常化された一瞬、俺の周囲の空間が一瞬だけ「美しく、完璧に整然とした光」**を放ったのを、捉えてしまったようだった。


 「な、何を…何をしたの、一条!偶然にしては、炉心の熱が完璧に下がっているわ!貴方がやったのね!?」


 クリスティーナは動揺を隠せない様子で、目を大きく見開いていた。


 「ああ?俺はただ言われた通り清掃しただけだ。お嬢様は幻覚でも見たんじゃないか?」


 俺はとぼけた。


 「くっ…!馬鹿にしないで!でも…貴方のような無能が、こんな危険な場所で、何事もなく…(小声で)別に、貴方を心配していたわけじゃないのよ!ただ、学園の被害を防ぐため…」


 彼女は顔を赤らめ、目を逸らしながら必死に弁解している。ツンデレだな、と俺は内心で思った。


 「やれやれ、勝手に勘違いしてろ」


 俺はそう言い残し、清掃道具を片手に中継施設を後にしようとした。


 クリスティーナは、俺の背中に向かって「待ちなさい!この無能が!」と怒鳴っている。だが、その声にはどこか、戸惑いと、そして奇妙な好奇心が混じっているように聞こえた。彼女の心の中で、俺という存在が、少しだけ特別なものへと変わり始めた瞬間だった。


 魔力中継施設の件は、結局「経年劣化による偶然の復旧」という形で片付けられた。俺は再び、学園の「無能」な一条悠人に戻った。


 「やれやれ、この学園結界は厄介だ。俺の力を隠してくれるが、いざという時に派手な形で使えない。しかし、フィリアや、あの面倒な令嬢まで巻き込むわけにはいかない」


 俺は自室に戻り、今後のことを考える。この学園での「無能」生活を続けつつも、裏では密かに学園結界の分析と、限られた状況下で力を極限まで制御して使う練習を始める必要があるだろう。この世界では、俺の「やれやれ」な日常を脅かす面倒事が、まだまだ潜んでいる予感がした。


 その数日後。


 学園の、人目につかない最上階の一室で、銀色のセミロングの少女が、うっとりとした表情で、小瓶に入った微弱な魔力の残滓を眺めていた。


 「ああ…これこそ、我が運命の師の放った**『無の創造力』**。世界を救う力…」


 少女、シエラ・メルフィは、血のような赤い瞳を細め、狂気を帯びた笑みを浮かべる。


 「学園(邪魔者たち)は、師を無能と罵る。許せない。私だけが、師の真の力と孤独を知り、守り抜くの…」


 彼女の手に握られた小瓶の魔力は、数日前に魔力中継施設で、悠人が微細な魔力回路を創造した際に、ごく微量だけ漏れ出したものだった。それを、闇魔法の才を持つシエラだけが、密かに回収していたのだ。


 シエラは、静かに小瓶を胸に抱きしめ、悠人への盲目的な崇拝をさらに深めるのだった。


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