@婚約破棄の会場にて、不謹慎令嬢はズケズケ物申す
王家主催の華やかな夜会で。
今日はわたしアナベルの社交界デビューの日なのですよ。
期待と不安で胸が押し潰されそうになっていたのに、こんなことに巻き込まれるとは。
その事件はネルファルス王国第一王子ハドリー殿下の一声から始まりました。
「ぼ、僕はセシリア・メイリーステル侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
……えっ?
お姉様との婚約を破棄?
しかも大事な場面で噛むとは、わかってはいましたがダメな王子ですね。
お姉様が滑ったみたいに見られるではないですか。
いいところは顔だけです。
お姉様の様子をチラリと拝見すると……特にショックを受けてるようではないですね。
よかったです。
あるいは婚約破棄を察知していたのですかね?
もっともハドリー殿下は出来が悪いですからね。
お姉様くらい優秀な令嬢にとっては、どうということもないのでしょう。
ん? とするとお姉様がメイリーステル侯爵家を継ぐことになりますか。
お姉様が殿下の婚約者になった時、わたしが家を継ぐことになったのですのに。
もっともわたしの嫁ぎ先はお父様が決めるでしょう。
しかしメイリーステル侯爵家全体に迷惑をかけるとは、どこまでもダメな王子ですね。
「新しい婚約者はアナベル・メイリーステル侯爵令嬢とする!」
「えっ?」
わたしですか?
いきなり将来を考えなくてもよくなりました。
おバカなハドリー殿下が王になるのでしたら、わたしが牛耳ってネルファルス王国を思い通りにすればいいですね。
国民もその方が幸せでしょう。
って、よくないですわ!
わたしがお姉様から婚約者を奪ったように見えるではないですか。
略奪婚とか欲しがり妹なんて言われ続けるのは末代までの恥!
――――――――――セシリア視点。
『セシリアは地味だ。決して悪くはないが地味過ぎる。僕はもっと華やかな令嬢を妃にしたいんだよね。例えば君の妹のアナベルのような』
ハドリー殿下はよくそう仰っていました。
わたくしのことを気に入っていなかったのだと思います。
だからいずれ婚約が解消になるだろうなあとは感じていたのです。
「ぼ、僕はセシリア・メイリーステル侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
しかしまさか公開婚約破棄になろうとは!
少々警戒を怠っておりました。
わたくしは構わないのですが、王家につく傷が大きくなってしまいます。
ひいてはネルファルス王国の統治に支障が出てしまいそう。
陛下を見ると、慌てる素振りは見せていませんが不興げな御様子。
やはり陛下に相談もせず、ハドリー殿下の独断なのですね?
陛下ならばこのような暴挙をお許しになるはずかありませんし。
「新しい婚約者はアナベル・メイリーステル侯爵令嬢とする!」
「えっ?」
アナベルはポカンとしていますが、ハドリー殿下の考えはわかります。
メイリーステル侯爵の後ろ盾を得るという意味では、わたくしとアナベルのどちらが婚約者であっても変わりがない。
であれば外見が好みであるアナベルのほうがいいということでしょう。
よく理解はできますが……。
ハドリー殿下はアナベルの性格を御存じでない。
アナベルはずば抜けて可愛いし頭もよいですけれども、無礼で自己中心的ですよ?
女王ならば向いていると思いますけれど、第一王子の婚約者という立場に相応しいかどうかは……。
アナベルを見ると、何か思案していますね。
まずいです。
ハドリー殿下を尻の下に敷けば、ネルファルス王国を好き勝手できるとでも考えていそう。
アナベルが統治したほうが繁栄するのではと思えてしまうところが、さらによろしくないです。
「お断りいたします」
アナベルが断りました。
次期王候補ナンバーワンに婚約者にすると言われて、即断るのはアナベルらしいです。
でも意外です。
ハドリー殿下の顔はアナベル好みだと思うのですが。
タイプではなかったのですかね?
何が気に入らなかったのでしょうか?
「な、何故だ!」
「お姉様を振ってすぐにわたしが靡くと思われていることが面白くないです」
あ、極めて自分勝手な理由ですね。
安心しました。
しかしパーティーの招待客からは一定の理解を得ているようですね。
「大体お姉様の何が不満なのですか? 美人で優秀で淑女ですよ?」
「顔だ」
「人間は顔なんていくらでも変えられるのですよ? ほらほら」
ぷふっ。
アナベルったら頬を膨らませて変な顔をするものですから、思わず笑ってしまいました。
でも可愛いだけですよ。
「アナベル嬢は天真爛漫だな。いや、顔というのは正確ではなかったか。セシリアは表情に乏しくて地味だろう?」
「基本的に淑女とは控えめなものではありませんか?」
「アナベル嬢は表情豊かではないか」
「メイリーステル侯爵家を継ぐ者として、淑女成分の足りないわたしでもいいという殿方を婿にするつもりでおりましたから」
「僕も淑女成分の足りないアナベル嬢がいい」
ハドリー殿下とアナベルは、意外と性格が合うのではないですかね?
会話が続きますものね。
「他人に淑女成分が足りないと言われるとムカつきますね」
「では他人でなくなればいい」
「殿下はおふざけが上手ですね。真面目なお姉様と合わない理由は理解しました」
「では僕の婚約者になってくれるね?」
「そもそもハドリー殿下とお姉様の婚約は、陛下のお決めになったことではありませんか。陛下の許可は取っているのですか?」
一転して正攻法です。
飽きさせませんね。
パーティーの余興としては面白いのでは?
「い、いや……」
「陛下の命に反しているということですね? 迂闊にこの婚約の誘いを受けたら、わたしまで反逆者ということではないですか。おかしなことに巻き込まないでください」
「は、反逆……。同じメイリーステル侯爵家の令嬢だったら交換してもいいと思ったんだよ」
ハドリー殿下は理解しているでしょうか?
それは同じ王子だったら第二王子レックス殿下が次期王でもいいという理屈と同じだということに。
……レックス殿下は穏やかで素敵な殿方なんですよね。
実はわたくし好みなのです。
「陛下。ハドリー殿下がこんなことを言っていますが、いかがでしょうか?」
ギョッとしている方が多いです。
陛下にお声かけするなんて失礼ですものね。
極めてアナベルらしい振る舞いではありますが……。
しかし陛下の意見が必要な場面であることは事実です。
「ふむ、侯爵とセシリア嬢、アナベル嬢が承知するなら、婚約者の交代を認めてもよかろう」
あっ、陛下が茶目っ気を起こして、成り行きを観察しようとしているではありませんか。
本当に夜会の余興としてちょうどいいと思っていそう。
アナベルは今日がデビューですから、まだあまり皆さんに知られていないのですよね。
どうやら陛下が慰謝料代わりにアナベルを目立たせてくれるという考えもあるようです。
ありがとうございます。
「父陛下もああ言っておられるじゃないか!」
「わたしは嫌です」
「どうして!」
「だってハドリー殿下は顔くらいしかいいところがないではないですか」
あっ、ぶっちゃけました。
これまた実にアナベルらしいですけれども、それは不敬罪ですからね?
「顔は褒めてくれるのか。ありがとう」
「殿下は楽天的でポジティブですね。そこは長所に数えていいかもしれません」
「あと僕はネルファルス王国の第一王子で次代の王だよ。そこは長所にならないかな?」
『次代の王』のところで、皆が一斉に陛下の方を見たように思います。
しかし陛下に動きはありません。
……ハドリー殿下が次代の王と見られていたのは、メイリーステル侯爵家の娘であるわたくしを婚約者としていたからです。
そのわたくしを婚約破棄し、また妹のアナベルに婚約を拒否されている現実に、ハドリー殿下は気付いていないのですかね?
かなり危ういお立場ですよ。
「殿方でしたら自分の実力を長所に数えてくださいな」
「こう見えて僕の剣術はなかなかなんだよ。貴族学院でも負け知らずで」
「本当ですか? 皆さんが忖度しているだけではないのですか?」
「そんなことないって!」
「では、わたしと立ち会ってくださいな。わたしに勝てるならばハドリー殿下の婚約者となりましょう」
「やった!」
ハドリー殿下は喜んでいますけれど、アナベルは相当強いですよ?
幼い頃からチャンバラ大好きですから。
でも男性とは筋力が違いますからどうでしょうね?
ハドリー殿下も自信ありげですから、いい勝負なのかもしれません。
「模擬剣を持ってきてくれ!」
「はっ!」
本当に勝負するようですね。
ハドリー殿下は理解されているかわかりませんけれど、結果が重い勝負です。
ハドリー殿下が勝てば、婚約者が交代するだけでメイリーステル侯爵家が後ろ盾になることは変わりません。
次代の王への道が開けるでしょう。
ところが負ければ後ろ盾がなくなるだけではなく、女に負けたというレッテルが貼られ、後継者の目は奇麗さっぱり消え失せます。
見世物として大変興味深いと思ってしまうわたくしは不謹慎でしょうか?
アナベルの姉なのだなあと、変なところで血の繋がりを感じますね。
「さあ、いざ尋常に勝負!」
模擬剣を持ってきた近衛兵が審判を務めるようですね。
どうなることやら。
えっ?
「ま、まいった!」
「一本!」
一合も打ち合わない内にアナベルの剣がハドリー殿下の喉元に突きつけられました。
アナベル強い!
というか実力が違い過ぎるのではないですか?
パーティー客もザワザワしていますよ。
「お終いでよろしいですか?」
「まだだ! こうしたものは三本勝負と相場が決まっている!」
「はい」
アナベルのテンションが下がっています。
ハドリー殿下の技量を見切って、つまらない相手に付き合わなければいけない、時間のムダと思っているようです。
ふふっ、アナベルは失礼ですね。
勝負はまだついていないのですから、もう少し観客を楽しませなさい。
「二本目勝負!」
アナベルの剣が滑るようにハドリー殿下の左首へ!
「いっぽ……」
「まだまだあ!」
何と卑怯な。
審判の近衛兵が『一本!』を宣言しようとしているのに、ハドリー殿下は決まっていないと言い張るつもりのようです。
殿下をいなしたアナベルの剣が今度はハドリー殿下の右首へ!
「いっぽ……」
「こんなものか、アナベル嬢!」
これで三本は取ったではないですか。
アナベルがわたくしの方をチラッと見ます。
大丈夫です。
存分にやってしまいなさい。
アナベルが雄叫びを上げます。
「きえええええええい!」
「う、うお?」
「たあああああああっ!」
アナベルの袈裟斬り!
鈍い音がしました。
ハドリー殿下が倒れ、転げ回ります。
「い、痛い痛い!」
「お姉様、お願いします」
「任せて。ヒール!」
回復魔法はわたくしの特技の一つです。
おそらくハドリー殿下は鎖骨が折れていたかと思いますけれど、問題ないでしょう。
「な、治った……」
「勝負は決まりましたね」
「思い切り剣を叩きつけてくるとはひどいじゃないか!」
「どの口が言いますかね?」
実力が全く違いましたから。
ハドリー殿下の往生際の悪さに、皆さんしらけていますからね?
陛下が立ち上がります。
「ハドリーは下がれ。そしてアナベル嬢とセシリアの妙技に拍手を!」
◇
――――――――――一〇日後、メイリーステル侯爵家邸にて。アナベル視点。
「レックス殿下は素敵なのですわ。ああ、お慕い申しております……」
お姉様がメロメロです。
ハドリー殿下に婚約破棄されてから、お姉様は第二王子レックス殿下の婚約者と定められたのですが……。
考えてみれば当たり前でした。
お妃教育だって結構な費用と時間をつぎ込んでいるんですものね。
次代の王妃候補なんてそう簡単に代えられませんわ。
現在は当然レックス殿下が王太子になるであろうと考えられております。
ハドリー殿下ですか?
どうなるんでしょうね。
王家の面目を潰しただけで罪はないですから、当分は大人しくしていると思いますよ。
面目を潰したのはわたしだろうって?
だって勝負に乗ってきたのはハドリー殿下ですもん。
「ああ、レックス殿下……」
それにしてもお姉様がこんなに恋に夢中になるとは。
予想外です。
レックス殿下はどちらかというとぷっくりで、貴公子然とした方ではないんですけれどもね。
ハドリー殿下のほうが何十倍も美男子。
「お姉様。自分のウリを忘れてはいけませんよ」
「は? ウリ……ですか?」
「はい。お姉様はできる淑女というのがウリではないですか。恋にかまけてポンコツ化すると、レックス殿下に見放されますよ」
「そ、そうね」
瞬時にシャキッとするのがお姉様の本領。
恋は盲目というのは本当ですね。
お姉様ならいずれ自分で気付いたでしょうけれども。
「陛下に謝られたのですよ。ハドリーの件ではすまなかったと」
「遅かったですねえ」
ハドリー殿下は明るく見目麗しく活発だとして、幼い頃は理想の王子だったそうなのですよ。
ネルファルス王国を力強く牽引するであろうと期待されていて。
長じて欠点が増幅されてしまったのですかね?
わたしから見るとおバカで我が儘な王子にしか見えないのですけれども。
小さい頃の評価って当てにならないものです。
「ハドリー殿下は今後どうなるのですか?」
「特にどうということはありませんよ。でも周りからの扱いが変わるでしょう? 次期王と見られていたのに、そうでなくなると」
「取り巻きがいなくなりますか」
「ハドリー殿下の成長する最後のチャンスかもしれません。頼りになる王兄になれれば幸せでしょうが……」
レックス殿下に反発するようならネルファルス王国にとって有害。
排除されるということですか。
ハドリー殿下は理解していますかね?
「陛下はアナベルに感謝していましたよ」
「わたしに?」
「よくハドリーをけちょんけちょんにしてくれたと。これで自らの器量を悟れぬようでは見込みがないと」
「……わたしは好き勝手やっただけなのですけれど」
「わかっていますとも」
わかられていました。
さすがはお姉様です。
レックス殿下が次期王と見做されている現状はいいと思います。
レックス殿下は目立たないですけれど、調整型で人当たりのいい殿方ですしね。
お姉様が恋愛ボケさえしていなければ、我が国の将来に憂いなし、です。
「となると問題はメイリーステル侯爵家についてなのですけれど」
「わたし、やり過ぎちゃいましたか?」
「アナベルのやり過ぎと不敬罪は個性だと思うのですよ」
お姉様は大らかにわたしを認めてくださるのです。
ありがたいことですね。
「わたしも鮮烈なデビューを果たしたので、令息方を虜にしてしまったと思うのですが」
「鮮烈過ぎましたけれどね。でも婚約の打診が結構来ているとお父様が言っていましたよ」
「本当ですか?」
デビューしたのに婚約の打診が来ていないと、それはそれでショックなので一安心です。
でもわたしのアクションは決して令息ウケはしないと思っていたのですが。
世の中物好きが多いですね。
勉強になります。
「まだ出揃っていないから、アナベルに言っていないのでしょうね」
「楽しみにしています」
「ところでアナベルのタイプって、どんな殿方ですか?」
「実はレックス殿下のような……」
「絶対にあげませんよ?」
「お姉様、顔が怖いです」
メッチャ食い気味に言われました。
お姉様は執着の薄い人かと思っていたけれど、そんなことはないようですね。
今まで拘るものがなかっただけみたい。
お姉様、きっとあなたは幸せになれますよ。
ネルファルス王国に栄光あれ。
姉妹で男性のタイプは似るというお話でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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