やばい宇宙人、こっそり到来
ノエル・シックザール・グレンツェがその扉を見つけたのは単なる好奇心による偶然だった。
グレンツェ。
それは惑星レスタで最も大きな国であるロジャーが唯一恐れた一家である。
魔法惑星レスタ。
この星では生まれた時から全ての者に魔臓と呼ばれる臓器があり、これがあるヒト科の者だけを人間と呼ぶ。これは人間至上主義を掲げる聖女教会が広めた考え方である。
特にロジャーは聖女協会発祥の地であり、当然のように人間至上主義を掲げ主に亜人達を虐げてきた。
魔臓ではなく体内もしくは体外に魔石を持っており、その魔石を使うことで魔法を放つ亜人。
平たく言えば人間以外の者達を指す。もちろんそれらを決めたのは人間なのだが、何故そうなったかは割愛する。
魔臓から作られる魔力を使って放たれる魔法。
グレンツェの人間は別に魔法の才など優れていないどころか人によっては使えないほど才がない。しかしながら"渦目"による類い稀な身体能力と圧倒的戦闘センスにより、魔法を避けて直接攻撃してくるのだ。
肉体が強靭すぎて魔法がうまく通らない
身体能力が高すぎて魔法が当たらない
そもそも放つ前に殺される
紙でも裁断するかのようにあっさり切られ、紙屑のように死んでいく魔法使いの精鋭達を実際に見てしまったロジャーの王族達は慌てて不可侵条約を提案した。
グレンツェとてある程度約束事は守る。そのためグレンツェは退けようとしたものの、これを喜び受けたのがグレンツェ家が住んでいる国シルヴァの王族だ。
ロジャーに比べると小さな島国であったシルヴァは大国であるロジャーと戦うことを是としなかったのだ。
こうして結ばれた平和はグレンツェ家が没落すれば簡単に崩れるような脆いものだった。
だが。
残念ながら今の今まで、グレンツェ家が没落する気配すら全くないまま数百年が経過している。
それどころか魔法技術は増えたり減ったりと一進一退を繰り返していたが、グレンツェ家は理不尽なまでに前進し続けてしまっていた。
グレンツェは弱い者を淘汰する。
そもそも渦目は先天性だが、渦目による身体能力の強化は最初から備わっているわけではない。極端に言えば肉体が限界突破する才能があるという証拠なだけ。
後は当人の努力と経験により自分自身で化け物のような身体能力が身に付けていくのだ。
当主は一人だが、正妻や愛人はとてつもなく多く存在している。それはグレンツェの強化のためだ。
身分も歳も出身地も異なる女性達に産ませた子供はグレンツェで育てられるものの、弱いと判断され役に立たないと分かると他の兄弟の練習台や実験台として再利用される。
ちなみに女のグレンツェだと世界有数の強者を襲い、妊娠した途端その子供の父親は殺害する。情けなのか面倒なのかその男の家族には手を出さない。その場合産んだ子供が弱そうならばグレンツェの手が及ぶ前に自ら殺すか他所へ逃すらしい。それが情けなのか自分の評価が下がるのを恐れたのかは分からないが。
勿論拷問や武器の切れ味を確かめるための奴隷や犯罪者、悪事を目論み捕まえられた者も屋敷にはたくさん収容しているのだが、やはりグレンツェの血を引く者だと諸々の強度が違うため割と重宝される。そうして残った子供達を争わせ、序列を決め、グレンツェは理不尽に強くなった。
古来より続くグレンツェ最大の特徴は、瞳孔の外側に現れる渦のような模様。
渦一つでも一般人の倍は優れた身体能力になっていくという信じ難い瞳は渦目と呼ばれ、魔力量と魔法の才能が高い者に現れる宝石眼や直筆の文字や顔を見ただけで相手の名前や情報が見える鑑定眼といった特殊な瞳と同じ───魔眼として有名だ。
魔眼自体はそこそこ種類があるため"魔眼の中でもかなり有名な魔眼"なのだ。
魔眼が恐れられているのは単に凄まじい能力を持つからではない。
其々の魔眼を極めたごく僅かな者のみが入る"覚醒"境地、そして強いショックを受けた魔眼保持者が陥る"暴走"境地。
覚醒はある程度自身でのコントロールが出来るのだが、暴走は違う。
周囲に破壊や絶望、死を撒き散らし、暴走した魔眼保持者は死ぬまで狂うという。そのため、魔眼の保持者は周囲から線を引いたように接されることが多い。
グレンツェはそれがなくとも線どころか色々引かれているが。
ノエルはグレンツェの中でも当主であるダリオ以外は序列4位内に入っている者だけが名乗れるグレンツェネームを名乗れなかったことがない。当然だがその扱いは序列争いに入った瞬間から今までずっと優遇されている。
当主、ダリオ・マーティン・グレンツェ。
現当主のダリオはグレンツェ家でも最高数である4の渦目を持っており、優れた戦闘センスと勘の良さで圧倒的強者として君臨し続けている。最近のグレンツェの血を継ぐ子供は渦目を持って生まれることが多く、一世代に1人居れば良い程度だった渦目がダリオの代になる頃には"渦目を持たないならグレンツェ家失格"とまで言われるようになっていた。
どの国も誰も勝ち目がない。
王族すら媚を売り、グレンツェに戦果として魔法使いなら誰もが所有することに憧れるという幻の浮遊島──浮島を与えていた。
それからも何かあれば王家はグレンツェを頼り、そして成し遂げた暁には褒美を与えてきた。
ノエルは褒美として15年前に与えられたどこぞの王族の娘、ジュリアから生まれた子供だ。
グレンツェ家に多い青みがかったような黒髪、歴代第2位である3の渦目、左右で僅かに色の違う青い瞳。
王族の中でも地位は低いが魔力は高かったジュリアの遺伝なのか併発した宝石眼により渦目が分かりにくくなってはいるが、幸か不幸かそのせいでグレンツェ家と分かりにくい。
加えて魔法使いの中でもほんのわずかしか居ない固有属性、さらに2種持ち。その片方は世界同時に1人しか持てない唯一魔法。
とんでもない化け物が生まれてしまったのだ。
現在1位は戦闘狂である次男のバルト・グラオザーム・グレンツェ。最もグレンツェらしい男とされている。当主であるダリオと同じ最高峰4の渦目であり、最高峰の身体能力を所有している。
ノエルはこの男のお陰というか、この男がグレンツェ過ぎるため比較的大人しい部類として使用人からダリオやバルトほど過度に恐れられたりはしない。ただ"グレンツェの中では大人しい部類"でしかないが。
大人しい部類だろうが、グレンツェはグレンツェなのだ。
その日、ノエルは暇を持て余していた。
序列2位というと忙しそうなイメージがあるものの、実際は1位のバルトや当主であるダリオ本人が喜んで人を殺…任務を遂行しに行くためそういう任務は基本的にないのだ。
あるのはノエルの固有魔法の一つ、唯一魔法である神聖属性が必要になる場合。
間に合いさえすれば死者すらも蘇らせる最高峰な奇跡の力は、残念なことにグレンツェ家では拷問しすぎて死んだ奴を蘇生させたりするのに使われている。
固有属性でも神への信仰心の現れとされ希少度が高い白魔法。それの頂点に君臨する最も清き力をよりにもよって一番信仰から遠い倫理観がダメな一族が持ってしまった。つまるところ信仰心は関係なかったようである。
一応元々の素質と神聖という属性の特性である"常に平静"、そして常に悲鳴奇声断末魔の響くグレンツェ家に居たせいで発狂したジュリアが発狂するまでの間ノエルに説いた倫理観の教育が実を結んだのか、他のグレンツェに比べて理性や沸点が高く、物事の善悪程度は知っている。
まぁ残念なことに性根はグレンツェなため知っている程度だ。
今のところ何もすることがないノエルはダリオから与えられた浮島の管理のため空間転移装置を使い浮島に来ていた。
浮島とは、その名の通り宙に浮いた島のことである。
失われた古代文明により作られた人口の島。
普段は見えないように設定されているためぶつかる寸前まで近づかなくては島自体が全く見えない。
大小様々な規模があれど、中央に位置する神殿にある装置でオーナーを登録することにより初めて宙に浮き正式にオーナーの所有物となる。
登録には魔力が必要であり、失われた技術の宝庫とされる浮島を所有するのは魔法使いの夢なのだ。
王家から賜った浮島は小さめの国ほど大きい。
残念なことに登録に必要な魔力量の関係から高位の魔法使いでないとオーナー登録ができないため、序列の高いグレンツェではノエルしか所有ができなかった(という建前、本音は押し付け)。そのため欲しいとも思っていなかったノエルはグレンツェが放置気味だった浮島を管理する羽目となった。
ちなみにこの浮島、元はロジャーからもらった島である。停戦条約でシルヴァがもらった島がグレンツェに来たのだ。
しかも島には先住民が住みまくっていた。
"どこからか"逃げてきた亜人達である。
オーナー登録をすると神殿にある装置を使って島全体の状況を把握することができる。そこに表示された情報によると、四方八方自然に囲まれたこの浮島には無数の亜人が生息していた。
詳細情報を開示させると、エルフ、獣人、ドワーフなど様々な種族の亜人が住み着いていた。集団で、である。
住み着いたのはノエルが生まれる少し前かららしく、どの亜人もそれぞれの文化や様式を反映させた棲家がすでに作られどこもそこそこ大きな街となっていた。
最近住み始めましたと言い訳できる規模ではない。
古代の文明や装置が残り遥か昔の植物が自生する美しい神殿、機能していない古代建造物を突き破り侵食していく森林、そしてあちこちに存在する文化の異なる街と見目が異なる亜人達。
完全に住んでいる。間違いない。
当たり前だが居住など許可してない。
正直邪魔だし殺すかと思ったノエルだが、そもそも管理を怠れば森林がさらに侵食して行くであろうことに気づいた。あと普通に殺しに向かうのが面倒くさかった。
神殿から浮島内の空間転移装置を使って各街に飛ぶ……こともせず、神殿内の魔力放送装置から浮島全体に"神殿側の街外れの場所にノエル用の家を作っておくように"と連絡しておいた。
あとは放置である。
当然各方面に亜人が住んでいたなどと連絡すらしていない。父親であるダリオに言おうとはしたが、次会う機会があればでいいと思っている。
ダリオとてどうでもいいことのはずだ。つまりまだ言っていない。
グレンツェ家というのは良くも悪くも亜人差別をしない。それは生きとし生けるもの全て平等というお綺麗なものではなく、今殺して良いかダメかでしか判断していないから。
亜人贔屓でも人間贔屓でも身内贔屓でもなく単なる自分贔屓である。
一応ノエルもジュリアにより生きとし生けるもの平等理論は聞いたことがあるものの、グレンツェの性なのかズレた認識は治らない。
そこから数ヶ月。
真面目なのか恐怖故なのかあっという間に完成したノエル用の家々。
家"々"
各街の外れに全てノエルの家が作られていた。
………
……
…
……役に立ちそうな記憶などない。心当たりもない。
思い出しただけ無駄だったなとため息をつき、ノエルは見つけた扉の前で腕を組んだ。
なんか知らん扉があるんですけど。
記憶辿ってもこんなの知りませんけど。
それが今の率直な気持ちである。
(いや、記憶遡っても管理も何もしてないんだし分かるわけないか。そもそも浮島にある死んでない神殿と言えば古代技術と古代魔法の宝庫。ワープとか放送器具もその一つ。なら他にも稼働している古代装置は多々あるはず。つまりこの扉もその一つ)
古代技術といえば有名なのが空間転移装置。
ワープと呼ばれるその装置は今では様々な場所に設置され、沢山の人々に使用されている。
今では解析が済んだことで短距離から長距離まで様々な種類が存在するワープだが、固有魔法である"空間"属性保持者でないと完成しないためそれなりに高価なものだ。
(そういえば過去に唯一魔法の"次元"保持者がいたな。アレで異星間転移装置の研究結果は報告されてなかったはず)
生まれる前のことなので詳しくはないものの、ノエルとてグレンツェであり貴族だ。グレンツェでは本人の希望さえあれば家庭教師を呼んでもらえるためある程度の知識やマナーは学んでいる。
もっともグレンツェでマナーや常識を学ぼうとするのはノエルしかおらず、ノエルに勉強を教える羽目となった家庭教師は毎度死にそうな顔をしていたが。
(意図的に隠されていたか、完成していなかったか、完成したが報告していないか、まぁ何にせよ魔力の感じから次元魔法…というより唯一魔法の感じがする)
唯一魔法の魔力は特殊である。
特に宝石眼を持つノエルにはその違いが顕著に分かる。扉に込められた悪意や殺意の有無を確認し、無いことを確かめると躊躇いなく扉を開けた。
向こう側に広がるのは、石畳と林。
そのさらに向こうに見えるのは山。そしてレスタで見たことのない建造物…というより、家だと思われる建物。
(魔力を感じない。……どこからも感じない)
レスタではあり得ない。
つまり扉の向こうに住んでいるであろう人間は皆魔力がない…魔臓のない者ということになる。
(こんなんじゃ平手打ちだけで死ぬんじゃないの。加減しないと…虫に触る感じかな)
例えが最悪である。
グレンツェ家で贔屓にしている職人がノエルのために作ったカソックコートを靡かせ拝殿より下の長い石段を降りる。早々に持っていた武器を鞄へと仕舞い込んだ。素手でも勝てるのは間違いない。オーバーキルしないため、あと不必要に敵意を見せないためだ。
ノエルが着ているのは黒いカソックコートである。見た目は派手じゃなければ何でもいいと伝えたのだがグレンツェ用のためか職人の趣味か、黒い生地は刺繍やら銀糸やらでのせいで地味ではなくなってしまっている。これでもノエルに用意された他の服よりは大人しい部類ではあるが。
(文化も違うし服もこっちに適したものにしないと。まぁとりあえず近くのヤツに話聞くか。ちょうどこっち来てるし)
5人。
若い男なのだろう。少年たちと言っていい。
賑やかに話し声が石段の上の方からよく聞こえる。
当人同士の会話に気を取られ周囲への配慮が出来ない、しないのも若者によくあることだ。石段の下から上を見ていたノエルの目には後ろ向きの少年1人と前向きの少年4人が対立しているように見えた。周囲に目を向けていたノエルがそこでようやく少年たちに意識を向ける。
(何だあの服、防御機能がまるで無い。…必要ないってこと?こいつら強い部類?それともこの星では必要ない?)
当然ノエルの着ている服は強化服と呼ばれる特殊な作り方をした服だ。生地は頑丈でないと魔力や物理力に勝てないため強いものになる。だが、上にいる少年たちの服はどう見ても単なる布だ。
農民、というよりもはや奴隷に着せるレベルの薄さだ。見た目は繊細な柄やら形やらをしているのに、物が薄すぎる。つまり見た目重視で防御力は限りなくゼロ。よほど実力に自信があるのだろうか。こんなに弱いのに?とノエルは疑問に思っていたのだ。
「──じゃ、死ねば」
「は、…えっ?」
どん。
安っぽいドラマのような展開。
ノエルと向かい合う形になった落した側の少年のニヤニヤした笑みが見える。あちらは視野が狭まっているのかノエルのことなど視界に入っていないらしい。
突き落とされた少年は悲鳴をあげる間も無く頭から石段に激突し、そのまま転がり勢いよく下まで──ノエルを轢く勢いで落ちてきた。受け止める気などさらさらなく、そっと傍に移動しておく。
(なにアレ、あんなの避けられないとかクソ雑魚じゃん。あ、そういう遊びか)
下段でノエルと合流することとなった少年は特に頭部が血塗れとなっており、放っておけば…というか間も無く死ぬだろう。上の4人は4人で揉めているらしい。3人が石段を覗き込み、下段に居るノエルと血まみれで倒れる少年を見つけ顔が青褪めた。
(遊びのつもりが怪我させてショック、じゃないな。俺に見られてショック…ってことか。つまり、そういうのは見つかるとやばいことになる訳だ)
「うわぁ、人殺しぃー」
わざとらしい棒読みの声に慌てて逃げ出す3人。
感情どころか抑揚もイントネーションも死滅した大声だが、何故かとてもよく通る。感情がなくとも魔力と声量は籠っているからだろうか。
後を追う1人が視界から消える頃、ノエルは落ちてきた少年の前にしゃがみ込んだ。
「都合のいい奴発見〜」
死にかけの怪我人相手に酷いヤツである。
意識もほぼないであろう少年の首が少しだけ頷くように傾いたのを確認し、少年の割と色んな方に向いた身体を正しい位置に戻し血の付いていない手首に触れた。
柔らかな白い光が少年の下から溢れ出す。
数秒もせず収まる光と共に、少年の身体は石段から突き落とされる前の状態に…つまり無傷の状態へと劇的に変化していった。
ノエルは当然のような顔で少年を見下ろしている。
ノエルにとっては当然の結果だった。死にかけだろうが死んでいようが、全身捻れてようが、内外ひっくり返ってようが頭部が紛失してようが、ノエルの前では関係なかった。
(やっぱ魔力がない。お陰で魔法がよく通る)
無傷になった少年の頬を無遠慮に引っ叩く。
「いっ…!?」
「はい治った起きて」
勿論手加減はしてある。だが死にかけの怪我人だった奴にやる仕打ちではない。
引っ叩かれた少年は驚き、飛び上がるように起き上がった。起き上がりはしたものの状況が分からずキョトンとしていた。
「落ちてたよ」
「えっと………そう、そうだ。落とされて、それで……なんで?」
「服は直せないからね、魔力こもってないヤツだし」
「まりょく?」
当然だが、異星間コミュニケーションである。うまく説明できるはずもなかった。ノエルはそのことに気が付き、青く煌めく瞳を細めて僅かに面倒くさそうな顔をした。
「俺はノエル。宇宙の別の星からワープしてきました」
「は?」
「一旦最後まで聞こうか。ついでにアンタ誰」
「あ、はい…楢崎真也です、真也が名前」
「魔法が使えますがこの星のことは知りません」
「(名乗ったのに無視…)はい」
「美味しいものとか面白い文化を所望します」
「はい」
「何かありますか」
「は……えーと、とりあえず、オレん家で飯でも食べる?」
「食べる」
ノエルは暇だからここにきたのだ。
だからこそ少年の──真也の提案にあっさり乗った。
***
「うまい」
「そりゃ良かった」
綺麗な箸遣いで唐揚げを頬張るノエルの顔を見る。
太陽の下では特に何も思わなかったが、電灯の下で見ると髪の毛が紺色に見える。女子が見たら羨むであろう毛先までつるりとまとまると綺麗な直毛だ。
眼鏡をかけたら瞬きの度にズレるであろう長い睫毛も髪と同じ色に見える。
そして秘境の海のように澄んだ美しい蒼。
美しくカットされた宝石のように光を溜めて輝くその瞳は何度見ても吸い込まれそうになってしまう。その宝石のような瞳の奥に揺らめく水面のような…渦のような何か。
非常に心がざわつく。
キュンとくる感じではない。何というか、美しい湖を覗き込んだら一瞬奥に人の腕らしきものが見えた時のような…要は怖い。得体の知れない何かを覗いているような、覗かれているような気になる。
とはいえここまでとてつもなく不思議な瞳は見たことがなく、パーツの見た目は地球人だろうが宇宙人と言われても納得してしまう。よく見ると肌も白人というより陶器に近く、血色が非常に分かりにくかった。
CGを疑うレベルでものすごく綺麗な宇宙人。
地球人の感性としてはそんな感じになる。
普段他人の顔をまじまじ見たりはしないが、ノエルと名乗ったこの少年の顔はどうしてもまじまじ見てしまう。ふと視線に気づいたのか、ノエルは首を傾げた。
「食べたい?」
「いやオレん家の飯だし俺はいつでも食える」
「そう」
「てか言葉は何で通じるんだ?」
「魔力を全身に流してる。魔力を込めて言葉を発する、声を聞く、文字を見るとどこの言葉だろうと問題なくなる。もっと簡単に言えば魔法使いはどの国でも言語の壁がない」
さっき動画投稿サイトから美しい食べ方の動画を見せたため、ノエルは惚れ惚れするほど綺麗な食べ方で唐揚げを頬張った。
割と大きい塊だったため一口で食べるものではない気もするが。
「はほひははひんはん」(あと舌が敏感)
(何言ってんのか分かんねーけど熱かったんだな)
「あふぃ」
肉の味が無くなるのが嫌なのか水を飲むべきか否かで迷っているらしいノエルになんとなく警戒心が解けてしまう。
抜けているのだ、それも色々。
私生活にしろ性格にしろ、優しげで抜群に整った外見もあり完璧そうに見えてそこそこ抜けている。なんとなく世話してやらなきゃ、という気分になってしまうのだ。
こんなの狡い。私生活でちょっと抜けてるイケメンなんてモテ要素しかない。
ちなみにノエルは自分が死にかけようと動けなかろうと、何なら死んでも相手を殺害するのは容易い。
性格が抜けてようとうっかりミスをしようと多少のうっかり程度で不利益を被るタイプではないため直す必要がなかったのが原因である。
当然、序列争いがある以上他の兄弟がそんな気を遣ってうっかりしているから気をつけろなんて言ってくるはずもない。グレンツェ家でもないものがそんな恐ろしい指摘を出来るはずもない。
その結果、戦闘以外は間抜け気味なノエルになってしまっているのだ。
そして結局水を飲んでいた。
「魔力を通さなかったら通じないのか」
「魔力を常に通して生きてきたからそっちの方が難しいけど、まぁ通じないと思う。…*%2€〒々¥♪?」
「うわ」
突如謎言語に切り替わったノエル。
一音一音ハッキリ発音する日本語とは違い、2、3音に一度ハッキリとした発音を入れてくるタイプの言語なのだが真也には全然分からない。
全然分からないけど何となく馬鹿にされているような気がする。
「全然分かんねー」
「やっぱり」
「てか、食ったらどうする?大して何もねーとこだし…隣町にでも行くか」
「それより、さっき階段からシンヤを落としてった奴らはどうする?殺しておかなくていいの?」
「ころ……殺!?物騒すぎるだろ!」
「シンヤはほぼ死んでたけど」
袋に入れられた血塗れの制服を指さす。
ノエルは落とされた時の痛みを思い出しゾッとする真也を気にするそぶりもなく味噌汁を啜っていた。
「法やら罪やらにならないの?レスタには国ごとにあるんだけど。あんまり無闇に生き物を殺すなとか、復讐はほどほどにしろとか、生きとし生けるものみんな虫けらとか」
「絶対どっか湾曲して覚えてんだろ」
「間違ってないと思うけどなぁ」
「怖すぎだろお前んとこの星…」
常識ですがとでも言いそうな顔でお椀を置いたノエルをなんとも言えない顔で見る。
「そっちみたいに怪我したら魔法で治す、なんてこっちじゃ出来ねーんだ。だから今アイツらに怪我を負わせたらオレの方が悪者になると思う」
「うん、だから"無傷"なら問題ない」
「まぁそうだろうけどそれじゃどうやって、」
「"最終的に無傷"なら問題ない」
「いや………………え、……は?」
安いLEDライトの下。
宝石のような大きな青が、ゆっくりとその形を変えた。
翌日。
高校生男子4名が精神に異常をきたし、朝から学校で大暴れして警察騒ぎになった。
4人とも殺される、殺さないでくれなどと言いながら机や水筒などを振り回して窓ガラスや備品を壊しまくったのだ。他所のクラスだが怪我人も出ている。
「怖いわね〜。真也、あんたと同じ部活の子達なんでしょ?前から何かあったの?」
「いや……知らねーし。仲良くもなかったし」
「あ、そういえばレギュラーなったんでしょ?おめでと、レタスあげる」
「せめて肉ぅ」
「ノエル君にはお肉あげるね〜」
「ありがとう」
急遽休校となった高校から帰宅し神社近くで合流したノエルと隣町へと行こうとした真也だったが、運悪く駅近くの商店街で母親と妹に遭遇した。
結果、恐るべき強引さで楢崎家に呼ばれた。
何故か肉屋のおばちゃんも大喜びでサービスしてきた。ちなみに真也は生まれてこのかたずっとこの地にいるが、肉屋のおばちゃんにサービスされたことなど高校合格時と誕生日くらいしかない。しかも今回サービスされた肉の値段の方が明らかに高かった。
母親の瑠璃子と妹の千尋から異様に可愛がられるノエルは愛想も良く大人しいものだ。
(…高橋たちの件、絶対ノエルがなんかやった。なんかっていうか、多分ボコボコにしては傷治してっていうのを繰り返して高橋たちをおかしくしやがったんだと思う。思うってか絶対そう)
ゲームや漫画の王子様のように柔和で優しげな現実離れしたイケメン。
ぱっと見少々危なっかしい性格、微妙に張った食い意地、穏やかな口調。
どれをとってもどう見ても悪い奴には見えない。
だが真也は見ている。
先日、真也の前で目を三日月のように細めて笑ったノエルの絶対的な捕食者の顔を。
まるでゴミをゴミ箱へ入れるような、始末は当然とでも言いたげな"これは善行ですから"という顔をしたノエルの顔を。
漫画だったら絶対背景が黒塗り一色だっただろう。間違いなくラスボスとかの迫力だった。
(イケメンのおっかねー顔マジでおっかねーんだな……まぁ、多分悪い奴じゃ…あ、いや悪いやつかもしんねーけど…意味もなくその辺の奴を殴るタイプではない、と、思いたい…)
ちらりとノエルを見る。
よく見たらノエルは父親の椅子に座っている。
父親が帰ってきたらどうするつもりなのだろう。多分父親が真也が床に座る羽目になる。
昼時なので大丈夫だろうが、今は帰ってこないでくれと願った。
「ノエル君はいくつ?」
「14です」
「やだ、年下?お兄ちゃんと同い年かと思った!てかお兄ちゃんてばノエル君と何処行くつもりだったの?」
「隣町に遊びに、となんか服でも見ようかと」
「まぁ、そうなの?それじゃご飯食べたら一緒にお買い物行きましょうか」
「行こ行こ!私とお母さんで服選んであげる」
姦しさと長時間が確定してしまった。
あと同級生や知り合いに見られたら揶揄われるのでできれば母親と仲良く買い物は避けたかった真也なのだが、家庭内の立場が弱いため口出しできなかった。
ていうか、母親と妹がかわい子ぶってる姿と声は聞きたくなかった。
今ノエルは真也の服を着ている。
身長自体は175の真也と変わらないのだが、明らかにズボンの丈が足りていないのだ。
非常に遺憾のイである。なんなら遺憾のカまで来ている。
よく見るとテーブルを囲み座った状態で一番座高が高いのは真也になっており、ノエルは妹の千尋よりは高いくらいしかない。美しい食べ方の動画を見たためかノエルの背筋はピンと伸びているのに。
(宇宙人め…!)
ある種の憎しみがこもった真也からの視線。
ノエルは悔しさのこもった視線をなんとなく察したのか、生ぬるい笑みを浮かべて頷いた。
────
───
ー
出かける前のノエルの服選びから難航したせいでやや出遅れたが、平日ということもありさほど混んではいなかった。
ほぼ全て父親の服を着せられたノエルは今や真也より年上に見える。Tシャツジーパン(真也)とジャケットスーツ(ノエル)なのだから仕方がないのだが、何となく悔しい。
「なぁ、お前金持ってないよな?」
「少しならあるよ」
「なんで?」
お前宇宙人じゃん。
ほら、と言って鞄から出してきたのは5万円と数千円。財布はないようだ。そして割と大金である。
ピンと嫌な閃きが頭を巡った。
(……高橋たちの金では?)
頭に花でも生えていそうな笑みを浮かべ金を鞄にしまうノエル。顔に見合わずえげつないのは間違いない。
ここまで来ると何となく察してしまうのだが、ノエルは"そういうこと"に関して全く証拠を残さない。まるでプロのようだ。多分プロなのでスルーしようと心に決めた。
「…財布、買った方がいいな。てかよく紙の方が価値が高いって分かったな」
「書いてある額が大きかったし」
「そっか文字は読めるのか」
「違ったら後で取りに行けばいいし」
「やめなさい」
先に千尋の服を見ると追い出された2人は今のうちにと財布を見に行く。
ハイブランドでなければそこそこいいものが買えるだろう。こういう金はさっさと使い切った方がいい気もする。
財布屋に向かいながらノエルに地球について…主に科学捜査について知っていることを教えておく。監視カメラと指紋、靴跡等には是非とも気をつけてほしい。
異様に(隣に対する)視線を浴びつつ財布のあるコーナーに向かうと店員が瞬時にやって来た。真也も今まで何度かこの店を利用したが、店舗に入った途端店員に来られたことは初めてである。いや別に来て欲しかったわけではないと思いつつも、やはり顔なのかと思ってしまうのだ。
よく見ると近くの店舗の店員の視線まで感じる。
「シンヤ、財布ってどれ」
「え、そこから?」
「袋とかだったから」
「雑すぎだろ」
「いざって時武器になるし」
「武器にすんな」
多分袋の口を掴んで振り回すやつだ。
こいつほんとにぶん殴ることばっか考えてんなと思いつつ、真也は無難そうな茶色の財布を手に取る。ノエルの前で開け方を見せる。
「これでいいか?」
「うん」
「えーと2万6千円…3万くらい。すんません、これそのまま使うんで入れもんなしでお願いします」
「さんまんくらい…3枚か。はい」
懐から3万円を取り出したノエルが店員に渡す。
本性がバレなければどこからどう見ても王子様ルックなノエルはさぞ目の保養だろう。星の王子さまです、と言っても引かれず納得されるはずだ。…いざとなったらそれで通せないだろうか。
ノエルが札を渡すが、店員の女性はノエルに釘付けになっており紙幣を受け取ろうとしない。
「……えっどうしよう…この人誰?」
「店員」
「あっ…し、少々お待ちください!」
しばらく店員がノエルを見たまま動かなかったため、もしかして客なのではという顔をした。
客なのではという顔はしたが、フロアの店員は皆大体同じ服を着ている。ノエルとてそれは見ていたはずなので多分分かっててやっているのだろう。
顔の割にちょいちょい嫌味と煽りを挟んでくる奴らしい。向こうの星ではさぞ有能な煽り屋なのだろう。
「てか家帰んなくて大丈夫なのか?」
「兄弟多いし気にしないから」
「兄弟多くても気にはすんだろ普通」
「多分50人は居ると思う」
「ご……え、それ何?普通の家?」
「弱いと殺されるからね、ストックは多いよ」
「ストックって兄弟の数え方だっけ」
やばい星又はやばい家なのは確定だった。
そんな家庭環境ならばこんなクレイジーサイコイケメンが生まれるのも分からなくはないのかもしれない。
こんなんあと49人くらい居るとか死ぬわ。撲殺アイドルグループかよ。
昔書いたものを発掘したので書き起こして投稿してみたものです。読んでくれてありがとうございました。