パーティのあとで
……………………
──パーティのあとで
私たちはそれからもパーティ会場に残った。
「次の方に挨拶を!」
シャーロットは極めて意欲的に挨拶をして周り、その度に私に助けられたことをアピールしていった。おかげで、暫く経つ頃には、シャーロットだけでなく私の方にまで視線が向けられ始めてしまっている。
「ルナ・フォーサイス博士」
そして、ついには声までかけられてしまった。
「初めまして。私はウィンタースリー子爵家当主のハリー・ミットフォード。アカデミーでも主に神学と考古学についてスポンサーをしてるものです」
「初めまして、閣下」
話しかけてきたのはかなり若い男性貴族だ。年齢は私より下で20代前半ほどだろう。整った顔立ちにきちっとしたタキシードを身に着けているさまは、彼が特別な人間であることを示しているかのようである。
「まあ、ミッドフォード卿。お久しぶりです」
「ええ、アシュリー閣下。あなたの叙爵式以来ですね」
おや。ふたりは知り合いか
「フォーサイス博士。アシュリー閣下とはいつからお知り合いに?」
「つい最近のことです。いろいろと縁がありまして」
私はそう言って済ませようとするが、それをシャーロットが認めるはずもなく。
「わたくし、フォーサイス博士に命を救われたんですの。博士は高位悪魔を退け、呪いに苦しむわたくしを助け、それで知り合ったのですわ。そして博士のこの偉業を知らしめるべく、わたくしはフォーサイス博士のパトロンになったのです」
「ほう。それはドラマチックな出会いですね。素晴らしい」
「そうでしょう?」
ミッドフォード閣下が言うのに、シャーロットはにこにこしている。
「フォーサイス博士はどのようにして高位悪魔を退けられたのですか?」
一応私の研究にも興味はあるようだ。シャーロット目当てかと思ったのだが。
「まず簡単に悪魔について説明しましょう。彼らは別次元の存在であり、この世界でその存在を安定させるには、この世界に暮らす生命の力が必要となり、そのことを契約と我々は読んでいます」
「ふむ。聞いたことはある」
「はい。しかし、今回の高位悪魔は契約を経ておらず、存在が不安定でした。そこで私はその高位悪魔に対して、その存在をさらに不安定化させるための揺さぶりをかけたのです。そう、液体のニトログリセリンに衝撃を与えるようなものです」
「ほう。そのような話は初めて聞きました。私たちが悪魔について聞かされるときは、大抵は神学的な話で、ほとんどが教会の聖職者の経験した話ですが、あなたのそれは全く異なるようだ。面白い」
「教会の神学的な悪魔と現実の悪魔は切り離して考えるべきかもしれませんね」
ミッドフォード閣下はそう言って興味深そうに頷いていた。
「神学でも悪魔についての解釈は様々ですからね。神に歯向かった天使たちだという説もあれば、悪魔もまた神のしもべであるという説もある。フォーサイス博士は悪魔をどのように捉えておられますかな?」
「悪魔は我々の宇宙の隣人であり、ただ私たちとは別に世界に暮らしているもの。隣人が親切なときもあれば、トラブルの種になるときもある。私はそう捉えています」
「決して悪ではない、と?」
「我々人間の悪についての認識は、時代によって大きく異なるものですから。絶対的な悪という価値観が存在するとは思えないのです」
「……確かに」
ミッドフォード閣下は暫く考え込んだ末にそう言った。
「興味深い話が聞けました。ありがとう、フォーサイス博士」
「いえ。このような話でよければ」
ミッドフォード閣下はそう言って私と握手して立ち去っていった。
「気を付けてね、フォーサイス博士。ミッドフォード卿は結構なプレイボーイとして社交界では有名な人だから」
「そうなのか」
シャーロットからそう警告を受けたときには私はすっかり疲れ切っていた。
人酔いしたせいもあるのか、眩暈がし、壁の方によって手を着き、息を整える。
「大丈夫ですか、博士?」
「……少し疲れた。あまり人の多いところにはなれていないんだ」
「それならばそろそろ帰りましょう。博士の健康が第一です」
シャーロットはそう言ってすぐに帰宅の準備を始めた。
挨拶も手短にシャーロットは私の手を引いてホテルの前に向かい、すぐに侯爵家の車が私たちを迎えにやってきた。
「はあ」
車に乗り込んで人混みから離れると、思わず安堵の息が漏れた。
「大変でしたけど、博士の功績が広まったみたいでよかったです」
「ああ。それは間違いないだろう。君のおかげだ、シャーロット」
シャーロットの女侯爵という地位と爵位を後ろ盾にしたものだったかもしれないが、彼女の確かな私の研究への理解が、こうしてアカデミーの集まりの場で私の存在を目立たせてくれた。
「今日はありがとう、シャーロット」
「いえ。パトロンとして当然のことです」
シャーロットは大勢に自分が命を救われたことを広めて回ったが、これから私の研究が注目されることがあったりするのだろうか?
だとしても、私のやることはさして変わらない。私の研究は今は何かの役に立つものではなく、ただ世界がどういうものなのかを探るためのものに過ぎないのだ。広大な夜の暗闇にマッチの日をかざす程度の。
だが、それこそが何より私の生きる意味になっている。たとえそれがマッチのような小さな日だったとしても、私の生きる意味なのだ。
それから車は私の自宅に到着し、運転手が私たちの扉を開けて降ろす。
「ただいま」
家の玄関を開けてそう言うと、気分が少し落ち着いた。やはり私の居場所はここなのだ。華やかなパーティは私にとっては異世界に等しい。
「博士。お化粧を落として、今日は休みましょう」
「ああ。そうしよう。疲れたよ」
シャーロットとメイドに顔を洗ってもらい、綺麗に化粧を通すと、仮面を外したような気分になった。シャーロットもそれから化粧を落とし、私たちは早いがもう今日は休んでしまうことに。
「あの、博士。今日は一緒に寝てもいいですか?」
「一緒に?」
シャーロットが突然そう言いだしたのに、私は首をひねった。
シャーロットはこれまではこの家のゲストルーム──かつて父が使っていた部屋を改装したもの──でひとりで寝ていたのだが、今日になって突然の話である。
「何故?」
「嫌ですか?」
「そんなことはないが……」
誰かと寝たことがないので、どういうものなのか分からないというのが現実だ。私は寝相はそこまで悪くはないと思うのだが……。
「分かった。今日は一緒に寝よう」
「はい!」
シャーロットには今日は世話になった。それに彼女から私を世話したい以外の要望を伝えられたのは、これが初めてだ。これぐらいのことを拒絶するような、心の狭い大人にはなりたくない。
私は寝間着に着替え、シャーロットとベッドに入った。
今日は疲れていたのですぐに眠りにつくと思っていたのだが、やはり他人と寝るのは初めてのせいか、シャーロットの存在が気になってなかなか眠れない。
しかし、既にシャーロットの方は寝息を立てており、ぐっすりと眠っていた。
流石にこのまま朝まで寝ないでいるのは困るので、ソファーで眠ろうと思いベッドを出ようとしたときだ。シャーロットの手が私の手を軽くつかんできた。
「すまない。起こしたか、シャーロット?」
「……お母様、行かないで……」
シャーロットはそう寝言をこぼしただけだった。
「ふむ」
これも日ごろの彼女の献身に対するお礼だと思い、私はソファーで眠るのを諦め、シャーロットと同じベッドで眠れない夜を過ごした。
……………………