研究馬鹿仲間
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──研究馬鹿仲間
シャーロットに引きずられるようにして、私は帝国アカデミー理事長のスタンリー閣下のいる人の輪に向けて近づいていく。
「スタンリー卿」
しかし、シャーロットは本当にコミュニケーション能力が高い。自分より遥かに年上のスタンリー閣下にも平気で声をかけに行けている。
「おや。どちら様かな?」
「失礼。わたくしはウェスターフィールド侯爵シャーロット・アシュリーです。この度はお会いできて光栄ですわ」
「これは失礼を、閣下。モンクレア伯爵リチャード・スタンリーです。帝国アカデミーの理事長の地位に任じられております」
シャーロットが優雅にカテーシーをして挨拶するのにスタンリー閣下も深々と頭を下げてみせた。私はと言えばただその様子を眺めているだけだ。私はカテーシーと言った作法について全く知らないのだからしょうがないだろう。
「そう言えばアシュリー閣下はフォーサイス博士のパトロンになられたと聞きましたが、フォーサイス博士はどこに?」
「あら。そこにいらっしゃいますわよ?」
「ん?」
スタンリー閣下はきょろきょとを周囲を見渡したのちに、ようやく私の方を向くととても驚いた表情を浮かべた。
「フォ、フォーサイス博士?」
「はい。お久しぶりです、閣下」
スタンリー閣下が目をしばたたくのに私はただお辞儀をして挨拶した。
「いやはやこれは驚いた。私の記憶にあったフォーサイス博士は、その、えっと、もう少し地味なイメージだったので……。しかし、そのドレスも似合っているよ。随分と華やかになったね」
「ありがとうございます、閣下」
スタンリー閣下が笑顔で言うのに、私も一応笑みを浮かべておいた。
「しかし、どういう経緯でフォーサイス博士のパトロンになられたのですか、アシュリー閣下? フォーサイス博士の研究はあまりメジャーなものではないのですが……」
「博士の研究には命を救われましたの。悪魔学は人を救う可能性のある学問です。わたくしはこのことを広く知らしめたいと思いまして。帝国アカデミーでも注目していただければ、アカデミーにも出資できるのですが」
「そ、それはもちろん広く告知しましょう。学問が人の命を救ったのであれば、それは広く知られるべきです」
シャーロットが寄付を匂わせるのにスタンリー閣下はすぐにそう応じる。
アカデミーは政府からの予算とは別に寄付金などで成り立っている、そして、アカデミーは決して予算潤沢な組織ではない。いつだって寄付が得られることを望んでいて、こういうパーティでは出資者をもてなしたりする。
「それは嬉しいです。是非とも広めてくださいまし」
シャーロットはそれからスタンリー閣下としばらく話したのちに、スタンリー閣下を囲む輪から離れた。そのスタンリー閣下を囲む輪はいつの間にかシャーロットに話しかけようとする人間たちの輪になりつつあったのだ。
「アシュリー閣下。私は帝国アカデミーで物理学を研究しているデイビッド・アンダーセンというものです。この度はお会いできて光栄です」
「ええ。わたくしもお会いできて光栄ですわ」
シャーロットは見目麗しい美少女であり、女侯爵であり、富豪だ。彼女に惹かれる人間は次々に現れて、彼女を囲んでいく。いつの間にか私は輪の外にいて、外からシャーロットを眺めるのみになっていた。
「フォーサイス!」
と、ここで聞きなれた随分としゃがれた声が聞こえてきた。
「アーミテイジ博士。お久しぶりだな」
「ああ。お前さんは随分と見違えるようになっているが、雰囲気は以前のままだな」
がははと豪快に笑ってそういうのは酔いの回った赤い顔をした中年男性で、名前をナサニエル・アーミテイジという。専門は基礎神秘学である。私とは研究分野が一部重複している研究仲間だ。
彼には別にもうひとりの男性も一緒にいて、そっちも知り合いだ。
「驚いたよ、フォーサイス博士。ただ飯を漁りに来たら、君がこんな風になっているのに出くわすなんて……」
そっちの男性はまだ若く、そして長身だが酷く痩せているメガネの人物。名前をヘンリー・ウォードという。専門はアーミテイジ博士と同じ基礎神秘学で、アーミテイジ博士とは一部で共同研究者になっている。
「何とも美人になっているじゃないか、ええ? どういう心境の変化だ?」
「私が望んでこうなったわけじゃない。私にパトロンが、その、整えてくれて……」
「パトロンって言うと、婚約者のアダムか?」
「彼とは別れた。振られたよ」
アーミテイジ博士が尋ねるのに私は首を横に振る。
「では、どこの誰が君のパトロンに?」
「あそこにいるシャーロットだ。彼女が私のパトロンになってくれた」
「シャーロット?」
私がシャーロットを囲む輪を指さすのに、ウォード博士は首を傾げる。
アーミテイジ博士とウォード博士は私の同類だ。研究が第一という人間。他のことには興味はないという人種だから、当然ながら社交界で名をはせているシャーロットについて知っているはずもない。
「ウェスターフィールド女侯爵と言えば、大体分かるか?」
「こ、こうしゃくぅ!? 一体どうやって……!?」
「いろいろと縁があった、としか言いようがない」
ウォード博士が目を見開くのに私はそう言って肩をすくめた。
「おいおい。何があったのか詳細を聞かせてくれよ」
「ああ。とある高位悪魔が彼女に呪いをかけていてな。私が追い払ったので、それ以降感謝されているというところだ。本当にいろいろと世話になっていて、彼女には頭が上がらない」
「高位悪魔が……」
「どうかしたのか?」
アーミテイジ博士が考え込むのに、私がそう尋ねる。
「いや。前にも似たような事件があった気がしてな。気のせいかもしれないが」
「似た事件?」
「とある高貴な血筋の人物が高位悪魔に狙われたって事件だ。前に古い資料でそういうのを読んだことがある。俺たちの研究と言うと、古い資料との格闘だからな」
そう、私の悪魔学もアーミテイジ博士、ウォード博士の基礎神秘学も、古くに残された資料を読み解き、そこから法則性を見つけ出すのがメインだ。物理学や化学のように実験をするというのは少ない。
「思い出したら知らせるよ。それよりパトロン様がお戻りのようだぞ?」
アーミテイジ博士がそう言うのに私が振り返ると、いつの間にか人の輪を出たシャーロットが少し憤慨した様子で立っていた。
「もう博士ってばわたくしを置いていくなんて酷いです」
「す、すまない。だが、私は特に彼らと話すことはなかったから……」
私が弁明するのをよそにシャーロットは私の手に自分の腕を絡めた。
「こちらの方々は?」
それからシャーロットがアーミテイジ博士とウォード博士の方を見て尋ねる。
「紹介しよう。基礎神秘学の研究者であるナサニエル・アーミテイジ博士とヘンリー・ウォード博士だ。私の研究仲間でもある」
「初めまして、アーミテイジ博士、ウォード博士。シャーロット・アシュリーです」
本当にシャーロットは物おじしない子だ。
「基礎神秘学とはどういう学問ですの?」
「その名の通り神秘を探求するものだ。俺たちは昔は奇跡と呼ばれていた現象に法則性と再現性を見つけることを研究している。奇跡の解体と言えば分かりやすいだろう。奇跡から神秘のベールを引き剥がし、学問のレベルに落とす」
アーミテイジ博士はこの手のプレゼンを得意としている。ウォード博士は私と一緒でそうでもないが。
「魔法というものが科学の発展で徐々に解体されたように、俺たちはいずれ教会が奇跡と認めたことも科学ってフィールドに引きずり込んでやるつもりだ」
「まあ。それは教会が反発しそうですわ」
「はははっ。そうだな。俺たちは進化論を発表した野郎より、教会に嫌われてるよ」
アーミテイジ博士は豪快に笑ってそう述べた。
「その点は悪魔学も似たようなものだがな。悪魔を神の敵ではなく、高次元に生きるだけの別の存在と定義する悪魔学は、教会にとっては面白くない学問だ」
「そうなのですか、フォーサイス博士?」
シャーロットは心配そうにそう尋ねてくる。
「まあ、私の話を快く聞いてくれる聖職者は全世界を見渡しても片手で数えられるくらいだろうね」
それに私自身もまた教会に忌み嫌われる存在なのだから。
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