見違えるようになって
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──見違えるようになって
私はアカデミーのパーティに参加するために、首都ルンデンウィックにある高級ホテルに向かっている。パーティはそこで開かれることになっているのだ。
本来ならばタクシーで向かうところだが、私は今ウェスターフィールド侯爵家の自動車で向かっている。というのも、隣にはパーティに相応しいドレスに着飾ったシャーロットがいるからだ。
「シャーロット。君までわざわざ来なくとも……」
「いいえ。わたくしも参加しますわ。わたくしは博士のパトロンとして紹介状もいただいていますからね」
シャーロットにはパーティで彼女を助けたことをアピールするようにと言われている。私としてはあまり気が進まない話だ。
私は学者であって事件を解決する探偵などではない。一応は学者である私がアピールすべきは研究がどれほど進んだかであって、その応用によって事件を解決したかではないのだ。少なくとも私はそう思っている。
確かに医学などでは症例報告などがある。難しい病気や珍しい病気の治療に成功した場合は、そのことを皆に知ってもらうことで治療方法を広めるのが目的だ。
私がシャーロットの件を解決したのも、それにこじつければ症例報告と言えるのかもしれない。だが、私が高位悪魔を退散させた方法は、私にしかできない方法が含まれている。エビデンスが皆無とは言わないが、再現性には乏しい。
報告しても大した反響は得られないだろう。
「それにしてもドレスが似合っていますわ、博士」
「ありがとう」
今日の私はよれよれのワンピースと着古したカーディガンという服装ではなく、シャーロットが案内してくれた店で仕立ててもらってドレスを纏っている。
若草色の明るい色をしたドレスであり、今まで着たどんな服よりも高級で、上品なものだった。これがいくらしたのかをシャーロットは『気にしなくていいんです』と言って教えてくれない。
一方のシャーロットは薄い桃色のドレスで、彼女に似合ったそれであった。彼女と比べるといくら着飾っても私など及ぶまい。
「しかし、シャーロット。君は私にこんなに時間を割いていいのか? 君にもするべきことやしたいことがあるのではないか?」
「今は博士のための時間が大事です。さあ、そろそろ着きますよ」
シャーロットは笑顔でそう言い、私に異論を挟ませなかった。
そして車はホテル前に到着し、私たちを降ろす。
ホテルには既にタキシードやドレス姿のアカデミー関係者がおり、知っている顔も見えた。そんな入り口ではホテルスタッフが招待状を確認し、パーティには参加する人間に対して案内を行っている。
「ようこそ。帝国アカデミーのパーティに参加される方ですか?」
「ああ。ルナ・フォーサイスだ。これが招待状になる」
「確認したしました。スタッフがご案内いたします」
それから別のスタッフが出てきて、私たちはパーティが開かれているホールに案内された。ホールには既に大勢のアカデミー関係者たちがいる。
アカデミーの所属する科学者は比率としては圧倒的に男性が多い。アヴァロニアの学術界もかなり開かれたものになってきたものの、女性が研究者を目指すというのは男性より困難な道のりだ。
その男性研究者たちは恋人や妻をパートナーとして連れてきており、パーティ会場は華やかさが添えられていた。
「行きましょう、博士?」
シャーロットは私の手を引いて、人が多い方へと進ませる。
「おや。どちら様かな?」
そんなパーティ会場にて、私には知った顔の人間が話しかけてきた。帝国アカデミー理事会のメンバーであり、チェスターウィック伯爵のロバート・ウッドストック閣下だ。初老の男性であり、かつては研究者だったが今は管理職。
研究者が偉くなると研究から離れ、管理職というつまらない地位に就くのはアカデミーでも変わらない。彼はかつては研究に情熱を持っていたのだろうが、今は権力と金銭をやり取りする方を楽しんでいるように見える。
そんな彼とはこれまで何度か予算のことについて話し合ったりしたのだが、彼の方に私についての記憶はないらしい。初めて見たという顔で私の方を見ている。
「こんばんは。ルナ・フォーサイスです、ウッドストック閣下」
「え? フォーサイス博士?」
私が挨拶するのにウッドストック閣下は何度か目を瞬き、眼鏡のレンズを拭いたりしていたが、やがてとても驚いた表情を見せた。
「これは失礼を、フォーサイス博士。その、あまりにも普段と違っていたもので……」
ウッドストック閣下はそう言って笑ってごまかそうとしていた。
無理もない。鏡を見た私でも、自分の変わりようにびっくりしたぐらいだ。今の私は目の隈は薄くなり、唇は青白いそれではなく健康的なピンクで、髪の毛も清潔かつ綺麗に整えられている。
「そして、そちらのお嬢さんは?」
「初めまして、ウッドストック卿。わたくしはウェスターフィールド侯爵家当主のシャーロット・アシュリーです」
「ウェスターフィールド侯爵家の……! これは失礼を、アシュリー閣下。私はロバート・ウッドストック。帝国アカデミー理事のひとりです。この度は閣下にお会いできて光栄です」
「ええ。どうぞよろしく。わたくし、フォーサイス博士のパトロンですの」
「フォーサイス博士の……。確かに聞いてはおりましたが……」
ウッドストック閣下はどうしていきなりシャーロットが私のパトロンになったのか理解できないという顔をしていた。
「フォーサイス博士には命を救っていただいたのですよ。フォーサイス博士の研究がどれだけ重要なものか、当然アカデミーの理事である方ならば理解されておられるかと思うのですけど?」
「も、もちろんです。フォーサイス博士の悪魔学は今は注目度が低いですが、ホットな分野になる可能性があります」
「それは何よりですわ」
ウッドストック閣下は無理やり言わされたように思える表情をしていた。
確かにシャーロットは侯爵で、ウッドストック閣下は伯爵だ。そこには明白な地位の差がある。この国では未だに爵位や家名というものが、実際にその人間に備わった能力より評価されることがあるのだ。
「フォーサイス博士の研究は本当に注目すべきものですから、わたくしを助けていただいたことも含めて広まるといいのですけれど」
「他の理事たちに話しておきましょう。では、フォーサイス博士。あなたの研究を応援していますよ」
ウッドストック閣下はそう言ってにこやかに笑うと立ち去っていった。
「いい感じですね、博士?」
「こういうことをしていいのだろうか? きっとウッドストック閣下は私の研究ではなく、君の地位を評価したように思えるのだが……」
「博士は謙虚すぎます。社交の場ではあらゆるものが武器になるのです。わたくしの地位が武器になるのならば、遠慮なく使ってください。博士も自分の研究は決して無駄なものではないと思っていらっしゃるから研究をしておられるのでしょう?」
「それは……そうだが……」
シャーロットの地位に頼るのは、何だかずるをしているような気分になる。
「さあ、次の方に挨拶しに行きましょう。ここで一番偉い方はどなた?」
「そうだね。アカデミー理事長のモンクレア伯爵リチャード・スタンリー閣下だ。あそこにいる老人だよ」
私はそう言って大勢の客に囲まれている白髪の老人を示す。丸い体形をした60代ほどの老人こそ帝国アカデミーの理事会トップである、スタンリー閣下だ。
アカデミーの名誉理事長である王族を除けば、彼が一番の権力と言っていい。
「では、その方に挨拶を」
「あ、ああ」
私なんかが理事長に近づいてもいいものなのだろうか? これまでは会話どころかちょっとした挨拶すらしたことがない人なのだが……。
私はそんな懸念を抱いたまま、スタンリー閣下のいる方に向かってシャーロットに引っ張られて行く。
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