パーティの準備?
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──パーティの準備?
私はシャーロットに悪魔学について説明を続けた。
「この世の中には人々が考える生命として当然にできることができない、生命に類似する存在がある。ウィルスはそのひとつだ。ウィルスはその増殖に他の生命を必要とする。彼らは他者を利用することで生命のように振る舞う」
「悪魔もそうである、と?」
「ああ。彼らもこの地球においては自らの存在を単独では維持できなくなる。他者を利用することで、存在を確立する。悪魔との契約は、ウィルスの感染にも似たような現象だとする学者も存在する」
「この前の悪魔もそうだったのですか?」
「そうだね。あの悪魔は高位悪魔であった。悪魔はその存在が高度であるほど、地獄以外の場所の活動に強い媒体を必要とするとあるが、例外として自らの霊力で強引にこの世界に居座るということもできる。君に取り憑いていた悪魔の場合はそうだった」
高位悪魔ほど強い媒体を必要とするが、この霊的高度さが一定の数値を越えると媒体なしで無理やり異世界に居座れるのだと私は説明した。
「ただし、そのような方法で異世界たる地球に居座るのは、かなりの力を消耗する。普通の悪魔はその手の方法に頼らない。私も滅多に見ないタイプのものであった」
そこで私はある疑問が浮かんだ。
「何故あの悪魔はあれほどまでの力を使って、君を呪ったのだろうか……」
自身の霊力に任せた方法は悪魔自身も消耗する諸刃の剣だ。そんな方法をとってまでシャーロットを呪った高位悪魔ベルグリオスの目的はなんだった?
「何か心当たりはないか、シャーロット?」
「……いえ。ありません」
「そうか」
私は研究以外のことではおおむね鈍い。だが、今のシャーロットが僅かに嘘をついていることに気づかないほど鈍くはない。
「これが私の研究している悪魔についての簡単な説明だ」
「面白かったです。またお話を聞かせてください」
「ああ。もちろんだ。君は私のパトロンなのだから」
シャーロットが微笑むのに私もそう小さく笑って返した。
「博士。お手紙が届いております」
と、ここでシャーロットが連れてきた若いメイドが封筒を差し出した。
差出人は帝国アカデミーだ。
「アカデミーからか……」
封筒を開くと、そこにはアカデミーが主催するパーティの招待状が入っていた。
定期的にこの手のパーティは開かれている。社交力のある研究者は、ここでアカデミーの運営に当たっている理事たちにプレゼンを行い、潤沢な予算を手に入れているのだ。が、あいにく私にその手のことは無理だ。
「パーティには出席されますの、博士?」
「まさか。私はパーティに来て行けるようなドレスも持っていないし、行ったところで何かができるわけじゃない。出席は断るよ」
「でも、パーティにはアカデミーの方がいらっしゃるのでは?」
「ああ。私に社交力があれば、アカデミーの理事に研究の有用性を訴えたりできるのだろうけどね。私にはそんなコミュニケーション能力はない」
「……もったいないですわ」
そこでシャーロットがぼそりとそう言う。
「博士は絶対に悪魔学の優れた点を示すべきです。わたくしを救ったということだけでもアピールするべきです。そうしないのは博士の才能が世間に認められず、わたくしとしてももったいないと思いますわ!」
「しかし……」
「わたくしに任せてください。あらゆることで博士を支えるのがパトロンであるわたくしの役目ですから!」
シャーロットはそういうと出かける準備を始めた。
「博士、出かけますよ。準備なさって!」
「出かけるとは、どこに?」
「ふふ。それは着いてのお楽しみですわ」
私はシャーロットに促されるままに出かけることになってしまった。しかも、家の前には侯爵家の自動車まで止まっている。遠くに行くのだろうか……?
私が行き先を予想できないまま、私たちを乗せた自動車はルンデンウィックの街の中を走っていく。ルンデンウィック中心部は騒がしいので、あまり好きではなく、私はあまり地理に詳しくなかったので、本当にどこに行くのか不明だ。
「まずはここですわ」
シャーロットが車を止めさせたのは……服屋?
「オートクチュールの店ですよ。博士はドレスを仕立ててもらったことは?」
「……ない。そんな金銭的な余裕もない……」
そんなお金は私にはないのだ。
「では、何事も経験です。行きましょう」
「ま、待ってくれ。本当にお金はないんだ」
シャーロットは私を車から引きずり出すと服屋の中に引っ張っていく。
「あら。アシュリー閣下! ようこそいらっしゃいました!」
「こんにちは、アメリア。今日はこの方のドレスを頼みに来たわ」
どうやら店主と思われる女性とシャーロットは顔見知りらしい。
「こちらの方はご友人ですか?」
「ルナ・フォーサイス博士。わたくしの命の恩人よ」
「それはそれは。ようこそ、博士」
店主は早速と言うように私の方に向かってくる。
「まずは採寸をさせていただきますね」
「あ、ああ」
私は言われるがままに見せの奥に連れていかれて、あれこれと体のサイズを測られた。何故そんな場所のサイズも測るんだ? と思うようなことまであって、私自身は何もしていないのに凄く疲れた……。
「まあまあ。酷く痩せておられるのですね……。そうなりますと、少しボリュームが出るドレスがいいでしょうか?」
「こういうのでいい。動きやすいものだ」
私は採寸の結果を見て唸る店主に自分の着ている黒いワンピースを示す。
「ダメですよ、博士。しっかりと着飾っていただきますからね」
だが、私の提案はすげなくシャーロットに却下されてしまった。
「このようなものが最近の流行りですが、いかがでしょう?」
「いいわね。色は明るい感じにできる?」
「もちろんです」
「なら、あとはワンポイントに──」
あれやこれやと私にがさっぱり分からない専門用語の会話が続く。私はこのワンピースぐらいでいいのだが、どうにも大げさなことになっているような気がしてならない。こんな高級店で仕立ててもらったらいくらかかるのだろかと心配だ。
「では、3日ほどお時間をいただきます」
「ええ。また来るわ」
どうやらやっと話し合いは終わったらしい。どうなったのか見当もつかない。
「さあ、次に行きますよ、博士!」
「つ、次? 一体どこに……?」
私の疑問も他所にシャーロットは私を車に押し込み、再びルンデンウィックの街を進んでいく。そして、今度はまた別の店の前で車は止まり、私はシャーロットに引きずり出された。
「今度は何なんだ?」
「化粧品ですわ。博士ってば何も持ってないんですもの」
ううむ。確かに私は生まれてこの方、化粧のひとつもしたことはない。やり方も知らないし、何を買っていいかも知らなかった。
「私なんかが化粧しても意味はないよ」
「あります。絶対に後悔させませんから、ほら、行きますよ!」
「ううむ」
シャーロットに押し切られて私は店の中に。
店の中は化粧品特有の香りがした。悪い匂いではないが、こういうのは嗅ぎなれていないので、緊張感がしている。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
「化粧品を一式。いろいろと試させてくれる?」
「ええ。どうぞこちらへ」
店員がそう言うとシャーロットは私の手を引いて、化粧台の前に座らせた。
「ふうむ。博士は色白だから口紅の色はあまり明るくしすぎると浮くわね……」
あれこれとシャーロットは私の顔を見て唸りながら、美容品を手に取り、塗っていく。私は一体何をしているのかさっぱりであり、鏡を見ているしかない。
それから小一時間ほど経っただろうか。
「できました!」
シャーロットがそう歓声を上げると、鏡には……。
「これは……」
目に隈があり、肌は病的に青白く、婚約者からもすぼらと指摘された私とは思えない、ちゃんとした女性が鏡には映っていた。
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