女侯爵は世話焼きさん
本日3回目の更新です。
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──女侯爵は世話焼きさん
私はシャーロットが持って来てくれたスープを貪るように平らげた。
「美味しかったですか?」
「うん。ありがとう」
温かいスープのおかげでお腹がぽかぽかして、実に気持ちがいい。
「でも、お礼はこれで十分だ。わざわざ私のパトロンにならなくてもいい。私の研究は私のためのものであって、あまり他人の役には立たないものだから」
「いいえ。もう決めたのです。博士のことはわたくしが面倒をみると」
「め、面倒を……」
年下にペットか何かのように扱われて、私も流石にプライドが揺らぐ。
「まずは栄養のある食事をしっかりとってください。まずは消化のいいものを取っていって、それからお肉などを増やしましょう」
「いや。私はこのスープだけで元気になったから、食事はもういいよ」
「ダメです。今回はわたくしが訪問していたときだったからいいものの、誰もいないときに倒れていたらどうするつもりだったのです? 命の恩人が飢えて死んでしまったとなっては困ります」
「だが……」
「そもそも普段はどのような食生活をしておられますの? 空になったクラッカーの袋しか見当たらなかったのですけど?」
「クラッカーと紅茶。たまにチーズを食べている」
「……それだけですの?」
「ああ。料理をする時間はないから」
そもそも私には料理をするというスキルがない。専門外だ。
そして、料理を作ってくれる使用人を雇うことや、外に食べに行くような金銭的余裕があるならば、そのお金は研究につぎ込みたい。研究にはいくらお金があっても足りないぐらいなのだから。
「いいですか、博士。人はバランスのいい食事をしないとこうして体調を崩してしまうんです。研究も大事かもしれませんが、いや研究が大事ならばなおのこと体調には気を使いましょう。こうして倒れては研究はできませんよ?」
「それは……確かに……」
お腹が減っているときより、ちゃんと食べているときの方が研究の効率はいい。だが、食事をしている時間や料理をする時間を加味すると、抜群に効率が上がるというわけでもないはずだ。いや、どうだろう……?
「博士が料理ができなくとも大丈夫です。わたくしが料理はしますから、博士はしっかりと食べてください。こんなに手首も細くて心配になります」
そう言ってシャーロットは私の手をそっと握った。健康的な肌色のシャーロットの手を違って私の手は青白く、そして血管が浮かぶほどに細い。
「とりあえずスープは食べられたので次は甘いものを持ってきますね」
シャーロットはそう言うと寝室を出ていった。
私には寝ておけということだろうが、私は病人ではないし、いつまでも年下のシャーロットに面倒をかけてはいられない。ここは元気なところを見せて、それで彼女には帰ってもらおう。
私はベッドから這い出る。少し足元がふらつくが、大したことではない。
それから寝室を出てダイニングの方に向かった。
そこで気づいたのだが、部屋が少し綺麗になっている。埃塗れだった場所がきれいに掃除されており、床も心なしか輝いて見えた。
そう言えば掃除もしてくれたと言っていたっけ。
「シャーロット。私はこうして元気にしているから、もうお世話は必要ないよ」
私はキッチンからできたシャーロットを見つけてそう言ったが、彼女の手には皿が握られていて、その皿を彼女はダイニングにあるテーブルに乗せた。
洗わず放置されていたティーカップなどの食器の類がすっかり片付けられたテーブルに置かれたのは……カスタードプリンだ。
「これは?」
「デザートですよ、博士。消化にいいですから食べてください」
にこにこと笑ってシャーロットは私にそう言う。
「君が作ったのか?」
「ええ。お菓子作りは得意なんです」
「そうか。せっかく作ってもらったのに残すのはもったいない」
私は席について、プリンをスプーンで口に運んだ。
「美味しい……」
プリンは甘くて、キャラメルソースは香ばしく、とにかく美味しい。甘いものと言えば砂糖をどばどば入れた紅茶ぐらいしか味わっていなかった私にとって、このプリンはあまりにも刺激的だった。
思わずスプーンを動かす手が早まり、あっという間にプリンはなくなってしまった。少し物足りないぐらいだが、私はしばらくの間口の中に残った甘みの余韻を味わう。
「美味しかったですか?」
「ああ。とても美味しかった……」
そこで私ははっとした。シャーロットに元気なところを見せて帰ってもらうはずが、デザートまで作ってもらってしまっている。いけない、いけない。これ以上、彼女に迷惑をかけるわけにはいけないのだ。
「シャーロット。私はもうこうして元気になったから、帰ってくれていいよ。もう世話は必要ない」
「ダメです。元気な割にはまだふらふらしているではないですか。ちゃんと元気になるまではわたくしもここに住み込みます。三食しっかり食べてもらい、休養もとってもらいますからね」
「だが……」
「部屋もちゃんと片付けないといけませんね。人手が要りそうなので屋敷から使用人を呼びましょう。あとは……」
シャーロットは私の意見を聞くつもりはないらしい。
ここは素直に厚意に甘えるべきなのだろうか? それともはっきりと帰るように言うべきなのだろうか? 人付き合いというものが苦手な私には、どちらを選択すべきかなかなか決められない。
「分かった。君がそこまで言うならば好きにしてくれ。ただ私は休んではいられない。研究に戻らせてもらうから──」
私がそう宣言しようと椅子から立ち上がったとき、またふらついてしまい、慌てて壁に手をついて辛うじて姿勢をさせた。
「研究もお休みです。休養も大事ですよ。ベッドで本を読むぐらいはいいですけど、それ以外のことはお休みしてください。ほら、寝室に戻りましょう」
「ううむ……」
シャーロットに私は無理やり寝室に戻されてしまった。
「なら、本を持ってきてくれるか。『異端の信仰にまつわる法則』と『新しい悪魔学』というタイトルの本だ。リビングの机の上に置いてある」
「分かりました。待っていてください」
シャーロットに見張られている以上、暫くは本を読んで過ごすしかなさそうだ。
「これですか?」
それからシャーロットが辞典のように分厚い本を2冊抱えてきた。小さな彼女からすると本はとても大きく見える。
「これだよ。ありがとう」
私は本を受け取り、早速しおりを挟んでおいた場所から読み始める。
「それはどういう本なのですか? 悪魔についての本のようですが……」
「ああ。悪魔という存在の分析を記した本だ。悪魔学について、そう私が専攻している学問の本だよ」
「やはり難しいのですか?」
シャーロットはそう言いながら私の横で本を覗き込もうとしてくる。
「難しいといえば難しい。悪魔というものは法則性を見つけるのがとても難しい存在なんだ。学問の分野としては民俗学的な要素すらある」
私は興味を示しているシャーロットに簡単に悪魔学を説明。
「悪魔学は過去に記録された悪魔に関する事件について調べ、そしてそこに科学的な法則性を見つけ出すことを目指している。普通の科学と同じように再現性のある法則を求めているんだ」
「再現性のある法則……?」
「水を炎で温めれば沸騰する。そのような物事の因果をはっきりさせることだ。だが、悪魔の場合はそれがとても難しい」
私はそう言って本を読み始めた。
「博士はどうして悪魔学の研究を?」
シャーロットはまだ私の本を覗き込みながら尋ねてくる。
「それが私の人生にもっとも深くかかわっているからだ」
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