ハングドマン
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──ハングドマン
シャーロットがウェスターフィールド侯爵家の名でパーティを開くと私に言ってきたのは、シャーロットが戻ってきてからすぐのことだった。
「パーティ? 何のための?」
私は首を傾げた。
「表向きはわたくしの誕生日祝いです。しかし、本当の狙いは別にあります」
「というと?」
「今は秘密ですよ」
シャーロットはそう悪戯げに笑って見せた。
「では、博士。パーティのために気合を入れましょうね!」
「あ、ああ」
それから私は再びルンデンウィックに繰り出し、ドレスやアクセサリーをシャーロットに揃えてもらうことになった。
このころの私は既に健康的な肌色をしており、まだ痩せてはいたが不摂生の影響はある程度抜けだしていた。
それからシャーロットは自身の屋敷でのパーティ開催に向けて話を進め、自分の知り合いにも、私の知り合いにも招待状を出した。
「リチャード・スタンリー閣下まで招待するのかい?」
招待状は帝国アカデミー理事長のスタンリー閣下にまで出されていた。
「ええ。博士の研究の重要さを知っている人が必要ですから」
「ふむ……」
現段階ではシャーロットが何をしようとしているのかさっぱりだ。
* * * *
そして、パーティの当日が訪れた。
私とシャーロットはウェスターフィールド侯爵家の屋敷に向かう。
「シャーロット。そろそろ教えてくれないか。このパーティは純粋に君の誕生日を祝うものなのか? だったら私も何かプレゼントを……」
「狙いは別にあります。博士に付きまとっている失礼な男──アダム・ラザフォードに思い知らせてやるためです」
「アダムに?」
「そう。二度と博士に付きまとわないようにするのが目的ですわ」
シャーロットはそういってにやりと笑って見せた。
「それが君のやりたいことならば、否定はしないが無理はしないでくれよ」
「無理などしません。でも、わたくしにできることはさせてください」
「……分かった」
私が不名誉を負うのはいい。私はそもそもそこまで高潔でも、立派でもない人間だったのだから。だが、シャーロットがそうなるのは望まない。彼女は素晴らしい人間なのだから、正しく評価されるべきだ。
私たちは屋敷に入り、そしてパーティは始まった。
* * * *
「ようこそ。ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます、アシュリー閣下」
パーティが始まり、シャーロットはホストとしてあれこれと客に挨拶をして回っていた。忙しそうに歩き回るシャーロットを私はパーティ会場でぼんやりと眺めていた。
「フォーサイス博士?」
「スタンリー閣下。お久しぶりです」
スタンリー閣下は私を見かけてやってきて、私は挨拶をする。
「フォーサイス博士は相変わらずアシュリー閣下と親しく?」
「はい。アシュリー閣下の厚意に甘えさせていただいてます」
「それは、それは。私も最近、学者たちの間でフォーサイス博士の研究する悪魔学について注目が集まってると聞いています。アシュリー閣下も博士の研究を広めるのに随分と社交界に働きかけておられるようですから」
「そうだったのですか……」
シャーロットには世話になってばかりだ。本当に。
「ルナ!」
そこで聞きたくなかった声が私の耳に響いた。不快とも言えるその声の方を向くと、案の定いたのはアダムであった。
「アダム。私に何か?」
「やはり君が私のために便宜を図ってくれたのだろう? アシュリー閣下に私のことを紹介してくれたのではないのか?」
「私は知らないし、あなたと話すことはない」
私はアダムにそう言って離れようとしたが、彼は私の腕をぐいと掴む。
「離せ」
「待て、ルナ。私たちは関係を修復できるはずなんだ。頼むよ」
アダムの手を振りほどくが、アダムはまだしつこく近寄ってくる。
「あらあら。ラザフォード卿、何をなさっているのですか?」
そこで現れたのはシャーロットだ。
「これはアシュリー閣下。この度はお招きいただき──」
「ええ、ええ。この場であなたの行った間違いについて、ここにいる皆様に広く知らしめなければなりませんね」
「ま、間違い……?」
シャーロットの言葉にアダムは困惑している。
「皆さん! ここにいるアダム・ラザフォード氏はルナ・フォーサイス博士との婚約を一方的には破棄しました。これほどまでに美しく、聡明な女性との約束を一方的に破り、ごみのように捨てたのです」
シャーロットがよく通る声で告げると、パーティの参加者たちの刺すような視線がアダムに向けられる。
「しかし、フォーサイス博士が私と親しくしていると知るや否や、約束を破棄したのも都合よく忘れて、再びフォーサイス博士とよりを戻そうと付きまとい始めたのです」
シャーロットの言葉にアダムの顔は羞恥のせいで真っ赤になっていた。
「何て男だ。信じられない」
「紳士として恥ずべきだな」
「あのように美しい女性をコネのための道具としか思っていないのか」
「ラザフォード家との付き合いは見直さなければ」
ひそひそとパーティの参加者たちがささやくのが、私の耳にも聞こえてくる。
「さて、ラザフォード卿。まだ何かフォーサイス博士に用事が?」
「くっ……!」
アダムは顔を真っ赤にしたまま、足早に屋敷を出ていった。そのあとを追うものは、誰ひとりとしていない。
「まあ、挨拶もなしに帰っていかれましたわ!」
シャーロットは大げさにそう言ったのちに私の方に笑顔を向けた。
「これでもうあの男は近づけさせません。安心してくださいね、博士」
「あ、ああ。しかし、アダムはこれからどうなるのだろうか……」
「家業は傾いたままで、社交界からも追放されれば、もう立て直せる見込みはありませんわね。路頭に迷うのも時間の問題でしょう」
「そうか……」
私はそこまでは望まなかったが、アダムは怒らせるべきではなかった人間を怒らせてしまったのだ。すなわちシャーロットを。
「さて、博士。今日はわたくしの誕生日です。最後まで付き合てくださいね」
「そうしよう」
私たちはアダムが逃げたのちも、シャーロットの誕生日を祝うパーティを続け、シャーロットは大勢の招待客に祝福されて誕生日を迎えた。
そして、その日は私はシャーロットの屋敷に泊まることになった。
* * * *
アダム・ラザフォードはウェスターフィールド家の屋敷から逃げたのちに、ルンデンウィックの酒場に駆けこんでいた。
「ウィスキー!」
そして、彼は自棄酒を始めた。
既に彼が手掛ける事業は大きく傾いており、有力者からの支援がどうしても必要だった。だが、その望みは完全に断たれた。今日のシャーロットの誕生日パーティで恥をさらしたアダムをもう誰も支援しようとはしないだろう。
「クソ、クソ、クソ!」
彼は呪った。ルナを、シャーロットを、その周りの人間たちを。
「どうして俺がこんな目に……!」
「おや。自棄酒か?」
アダムが呪詛を吐くように呟く中、ひとりの男がアダムの隣に座った。大柄な白人とも黒人とも言えない風貌の、どこか気味の悪い男であった。
「何だ、お前は」
「ちょっとしたビジネスマンさ。あんたにビジネスの話を持ってきた」
「ビジネス……?」
「失礼。名乗り遅れた」
そこで男が名乗る。
「俺はベルグリオス。あんたの望みをかなえてやろう」
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