悪しき再会
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──悪しき再会
学会発表は問題なく終了した。
私は魔除けの数学的解析について発表し、それなりの反響を得た。だが、やはり悪魔学そのものがマイナーなせいか、他の発表と比べると拍手も質問も少ない。
それから私は他の魔術学の研究者たちの発表を聞き、2日間の学会発表は終わった。
そして、魔術学会の懇親会が開かれる3日目が訪れた。
「どうです、博士? 似合っていますよ!」
シャーロットは鏡を前にしている私にそう言う。ドレスアップした私は空色のドレスを身に着けており、化粧もしてもらい、ばっちりだ。
「うん。君のおかげだよ。ありがとう、シャーロット」
「いえいえ。では、遅れないように行きましょう」
シャーロットにそう言われて私たちは早速ホテルを出た。
それから会場になるホテルまでタクシーで向かう。
ストラスミアの街並みはルンデンウィックとは少し違っていて、雪が降るこの地方では降雪に備えた建物の作りをしているのだ。
「着きましたよ、博士」
シャーロットにスケジュールを管理してもらったおかげで、ホテルに到着した時間はぴったりであり、私たちは受け付けで招待状を見せて中に入った。
予想はしていたがパーティ会場は人がいっぱいだ。人混みが苦手な私には辛い。
「大丈夫ですよ。わたくしがついていますから」
そんな私の手をシャーロットが握ってくれる。
「ありがとう」
「ええ。では、まず一番偉い方に挨拶に向かいましょう!」
シャーロットにそう言われて私は魔術学会の学会長に挨拶に向かう。これから挨拶をして回ることになるのだろう。
「あの方が学会長のイーサン・リドルさんだ」
私が視線でそう示すのはメガネをかけた長身の中年男性で、名はイーサン・リドルという。貴族ではないが、裕福な人物であり、これまでアヴァロニアの魔術学を牽引してきた人物でもある。
「では」
シャーロットはイーサンを囲む人混みの中に潜り込むと、イーサンの下に向かった。
「イーサン・リドル様?」
「ああ。そうだが、君は?」
「ウェスターフィールド侯爵家のシャーロット・アシュリーと申します」
シャーロットは綺麗なカテーシーでそう挨拶する。
「ウェスターフィールド侯爵家の……。ああ、失礼を、アシュリー閣下」
侯爵家の名前の効果は絶大だと思う。シャーロットが自分の家名を告げるだけで、どんな人物でもたちまちシャーロットに敬意を示すのだから。
「しかし、アシュリー閣下はどうしてここに?」
「今日はわたくしはフォーサイス博士の付き添いで来ましたの。わたくしはフォーサイス博士のパトロンですから」
イーサンの質問にシャーロットが私に視線を向けてそういう。
「フォーサイス博士の。そう言えばフォーサイス博士は、何というか、その、以前とは雰囲気が大きく変わりましたね」
「ありがとうございます」
まあ、以前の髪はぼさぼさで服はよれよれの私から比べれば、今の私はかなりチャンとしていると言えるだろう。
「フォーサイス博士のパトロンになった理由は、お父様が魔術学の研究者であられたからですかな? アシュリー閣下のお父様であるエヴァレット・アシュリー閣下は優れた魔術学の研究者でしたから」
「それもありますね。ですが、一番大きいのは博士がわたくしを救ってくださったことです。博士の研究にわたくしは命を救われたのです」
「ほう?」
それからシャーロットは私がベルグリオスを退けた際の話をした。
「それはそれは。素晴らしい功績ですな、フォーサイス博士。あなたの研究は地味なものだと思っていましたが、認識を改めえる必要がありそうです。今日の魔除けの数学的な分析についても面白かった」
「そう思ってくださるとありがたいです」
シャーロットが私をイーサンに紹介してから、私の周りに人が集まり始めた。
「フォーサイス博士。悪魔学について教えてくださいませんか?」
「ええ。構わないが」
最初はシャーロット目当てかと思ったが、意外にも私の方に声をかけてくる人間が少なくない。私はそういう人間の相手をして、悪魔学や今日発表した内容について捕捉などを行った。
しかし、1時間としないうちに私は人酔いで疲れ切り、人混みから抜けだして、化粧室に向かった。
「博士、大丈夫ですか?」
「ああ。何とか大丈夫だが、これ以上は無理だな……」
私はシャーロットにそう言った。
「では、今日はもう引き上げましょう。博士は頑張られましたわ」
「君のおかげだよ」
全てシャーロットのおかげだ。シャーロットがいなければパーティに出席する気にもならなかっただろう。
「そんなことはありませんわ。今日、博士が人気だったのは博士の聡明さと美しさ故なのですから。博士はもっと自分に自信を持ってください!」
「自信か……」
私はいつか誰もにも恥じない自分になれるのだろうか?
「今日は大勢が博士に見とれていましたね。少し嫉妬してしまうぐらいに」
「嫉妬なんて。君の方がずっと綺麗じゃないか」
「いえいえ。違いますよ。博士を独り占めしておきたいと思ったんです」
「ひ、独り占め……」
シャーロットが笑顔で言うのに私は苦笑するのみ。
「本当ですのよ? 博士のファン1号はわたくしですからね?」
シャーロットはどこまで本気で言っているのだろうか。今は可愛らしいものだが。
「確かに君は私の一番の理解者だと思うよ。私も同意しよう」
「まあ! ありがとうございます、博士。これからも博士のことはわたくしが支えていきますからね」
「こちらこそありがとう」
私たちがそんなことを話しながらホテルを出たときた。
「ルナ」
聞き覚えがあるが、不快感を伴う声が私の耳に届いた。
「アダム?」
「ああ。君はここに来るんじゃないかと思っていたんだ」
私の前に現れたのはかつての婚約者だったアダムだ。
「シャーロット。先にタクシーに」
「はい」
私はシャーロットをこの場から離す。
「私にはどうしてあなたがここにいるのかが分からないが」
「君は今、ウェスターフィールド侯爵と懇意にしているのだろう?」
「ええ。それが何か?」
「そうだったのか。やはり君の研究は価値のあるものだったのだね。私もそうではないかと思っていたんだ。君の研究への情熱を一番知っているのは、私だろう?」
違う。私のことを一番理解しているのはシャーロットだ。
「ルナ。よければウェスターフィールド侯爵を私に紹介してくれないか? かつて愛し合った間柄だ。頼むよ」
はあ。こういうことが一度は起きるだろうと思っていたが、よりによって私をこっぴどく振ったアダムの口からこんなセリフを聞くことになるとは。
「残念だが答えはノーだ、アダム。私は確かにシャーロットと親しいが、勝手に紹介していいほどの間柄ではない。シャーロットと知り合いになりたければ、自分でどうにかしてくれ」
「ま、待ってくれ、ルナ。そうだ。まず私たちの関係を修復しよう。今度、食事など一緒にどうだい?」
「私は研究と結婚するつもりなので、答えはやはりノーだよ、アダム」
私は以前言われたことを言い返し、シャーロットが待つタクシーに向かった。
「博士。さっきの方はお知合いですか?」
タクシーではシャーロットが私にそう尋ねる。
「昔のな。今は他人だ」
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