墓地にて
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──墓地にて
私はウェスターフィールドの小さな集落で花束を買い、それからシャーロットとともに彼女の両親が眠る墓地へと向かった。
車で15分ほどの場所に墓地のある教会は位置しており、私たちは教会の前で車を降りる。教会はウェスターフィールド侯爵家の屋敷ぐらい古いものであり、私たちはその教会の脇を抜けて墓地に入った。
墓所はどこも同じだ。死者が眠る場所であり、静けさに包まれた場所。
「ここがお父様とお母様のお墓です」
「ああ」
私は『グレイス・アシュリー』『エヴァレット・アシュリー』と記された墓碑に買ってきた花を添えると、目をつぶって彼らのために祈った。
それから同時にこの墓から感じる強烈な違和感の分析を行っていた。
この墓からは奇妙な気配を感じる。とても嫌な感じのものだ。
呪いの気配に限りなく近い。呪いだと断言して言いだろうぐらいには。しかし、どのような呪いなのかを分析するには、感じるものは足りない。
人が魔術によって振りまいた呪いなのか、それとも悪魔などによってかけられた呪いなのか。もう少し強く感じることができれば分かるのだが……。
「シャーロット。よければ君の両親の話を聞かせてもらえないか?」
「ええ。構いませんよ」
私が求めるのにシャーロットが語り始める。
「お母様は優しい方でした。そして、聡明でもありました。いくつもの外国語を扱うことができ、何より父の研究を理解しているようでした。私には父の研究は分からなかったのですが、母と父はよく研究の話をしていましたから」
聡明な女性か。数か国語を操ると言うならば確かな知性を感じるが、研究を理解していたというのはどのレベルにおいてだろう。研究という仕事を理解していた程度なのか、それとも完全に研究内容を理解していたのか。
「わたくしは主にお母様から勉強を教わりましたの。本の分類法もお母様が教えてくださったのですよ」
「ああ。あれは君のお母さんが教えたのか」
「お母様はよくお父様の本棚を整理していましたから。私も手伝っていたのです」
シャーロットが彼女の母を聡明と評したのは、間違ったことではないようだ。
「他にもお母様には料理も教わりました。お母様は料理が趣味で、よくケーキを焼いてくれたものです。博士が気に入ってくださったチーズケーキやパンケーキ、ザッハトルテもレシもお母様から教わったのです」
「君のお母さんは素晴らしい女性だったようだ。私も会ってみたかったよ」
「私もお母様に博士を紹介したかったですわ」
私が言うのにシャーロットは少し寂しげにそう言っていた。
「お父様も優しい方でした。屋敷でお話ししました通り、わたくしに絵本を読んでくださったり、遊んでくださったりして。それにとても難しそうな本をいつも読んでおられて、わたしくは尊敬しておりました」
「君のお父さんは大学に勤務していたとも聞いたが、何学部だった?」
「魔術学部ですわ。お父様はいつも言っておられましたの。『我々の血には偉大なる先祖の血が流れている。それは魔術師として成功する血なのだ』と」
「偉大なる先祖の……」
クルザゼスの調査でもウェスターフィールド家は魔術師として成功した家だということだった。シャーロットの父が言った『偉大なる先祖』というのは、それを意味するものなのだろう。
「これがわたくしのお父様とお母様の話ですわ。博士のご両親についても教えてくださいませんか?」
「あまり面白い話ではないが」
「わたくしも博士のことが知りたいのです」
シャーロットはそう言って私の方をじっと見つめる。仕方がない。
「まず父は君のお父さん同様に研究者だった。とはいってもさほど成功した研究者でもなく、地位があるわけでもなかった」
父は私やシャーロットの父エヴァレット同様に研究者であった。
しかし、エヴァレットのように立派な大学の教授職にあるわけでもなく、大学での講師などあれこれと副業をしながら生計を立てていた。
「父が私に教えてくれたことはいろいろとある。外国語や数学もそうだが、何より私に影響を与えたのは父の科学に対する姿勢だった」
「科学に対する姿勢?」
「全ての物事には理由がある。偶然というのは暫定的な現象であり、全ての偶然には必ず理由が判明して必然へと変わるということ。そして、物事の理由をちゃんと知っておかなければ過ちは繰り返されるということだ」
全ての物事には理由が存在する。理由なくして起きるようなことはない。
父はよく言っていた。『理由を理解することが何よりも重要だ。この世界は全て理由がある物事に成り立っていて、理由を知ることは世界を知ることなのだ』と。
「私は今も父の言葉に従っているつもりだ。物事の理由を突き止め、偶然を必然へと推移させる。それが科学者のやるべきことなのだと思っているからな」
「博士のお父様も科学者として優れた方だったのですね」
「少なくとも私にとっては尊敬すべき人だった」
私はそこで一息つく。
「次は母だが、母は変わった人だった」
「変わった人……?」
「ああ。何というか若い人だったんだ。実年齢ではなく、精神面において若々しかった。幼いとすらいえるときもあった。私にとっては母と言うよりも、年の離れた姉という感じでもあったかな」
母のことで私が思いだすのは彼女のはつらつした笑顔だ。
「そんな母はいつも私を守ってくれていた。私をいじめる近所の子や学校のクラスメイトたちから守ってくれていた。母が私を守ったやり方は、決して褒められたものではないかもしれないが、私にとって母は優しい人だったよ」
「褒められないやり方とは?」
「目には目を、歯には歯をの古典的な価値観での方法だ。あまり話したくはない」
「分かりました」
母のやり方をシャーロットが知れば、私から離れてしまうだろう。以前ならばともかくとして、今はシャーロットに離れてほしくはない。
「母にはそんな面もあったが、私にとってはいい親であり友人であった。父は忙しくしていたときが多かったから、もっぱら私は母に遊んでもらっていたよ。友達がいなかった私にとって母と遊ぶのは楽しみだった」
父から勉強を教わるのも楽しかったが、父は家庭を支えるために働かなければならず、さほど時間があるわけではなかった。
そんな私のよき遊び相手であったのが母だ。
「これが私の両親の話だよ、シャーロット」
「これでまたひとつ博士について知れました。よかったです!」
シャーロットは本当に嬉しそうだった。
「これぐらいの話でよければいつもでもするよ。ただ私ももう少し君に聞きたいことがある。辛い話かもしれないが、よければ答えてほしい」
「何でしょう?」
シャーロットが首を傾げる。
「君の両親が亡くなったときのことだ。そのときのことが知りたい。何かしらの違和感を感じなかったか、どのような状況だったか。可能な限りのことを知っておきたいんだ」
「……それは何故ですか?」
私の求めにシャーロットがそう尋ねる。
「君を守るためだ」
私ははっきりとそう言った
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