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再びのウェスターフィールド侯爵領

……………………


 ──再びのウェスターフィールド侯爵領



 私たちは侯爵家の自動車に揺られて、ウェスターフィールドを訪れた。


 ウェスターフィールドを以前訪れたときは夕方だったが、今日は昼間だ。以前は不気味に見えたウェスターフィールド侯爵家の屋敷も、今日は幾分かマシに見えた。


「お帰りなさいませ、閣下」


「ええ。ただいま、スペンサー」


 当主の帰宅に使用人たちが彼女を出迎える。


「手紙で知らせておいた通りよ。今日はフォーサイス博士が泊るから準備をして」


「できております。フォーサイス博士、こちらへどうぞ」


 以前話した家令のスペンサーに案内されて、私は屋敷のゲストルームに通された。私の家のなんちゃってゲストルームと違って、品があり、広い部屋だ。


「ご用があればベルをならしてください」


「ああ」


 スペンサーはそう言って出ていき、私は部屋を見渡す。


 ここに最初に来たときにはそれなりの違和感があったのだが、今日はそういうものを感じない。ということは、この屋敷が呪いの原因である可能性は低いということだ。


「やはり原因は……」


 まだ決めつけるには早い。もっと調べなければ。


 私はゲストルームを出ると、部屋の外ではシャーロットが待っていた。彼女はとてもワクワクしている様子である。


「博士! まずは屋敷の中を案内します! それから外を案内しますね!」


「そうだね。そうしてもらおうか」


「では、出発!」


 シャーロットは元気よく出発し、私はそれについていく。


「まず、ここがわたくしの部屋。昔から私が使っていた部屋です。博士は以前ここに来られたのですよね?」


「ああ。君は高位悪魔の呪いのせいで私を認識できていなかったと思うが」


「ええ。残念ですけど博士に最初に会ったときの記憶はありません……」


 そういうシャーロットは本当に残念そうだった。


 シャーロットの部屋の中にはぬいぐるみや人形があちこちにあり、娯楽小説と言ったものが本棚には並んでいた。少女らしい部屋だ。


 そして、何より高位悪魔であったベルグリオスが去ったこの部屋からは、全く悪魔の気配を感じない。原因からまたひとつ除外されるべき項目がチェックされた。


「これは?」


 そこで私はシャーロットの部屋の壁に傷があることに気づいた。


「それはわたくしの身長を刻んだものですわ。ここが2歳のときで、ここが11歳のとき。昔はこんなに小さかったのですよ」


「ほう。君は今15歳だったね。記録は途中でやめてしまったのか?」


「……ええ。父が亡くなったので……」


 シャーロットの表情に暗い影が落ちるのが、鈍い私にもすぐに分かった。


「すまない。悪いことを聞いた」


「いえいえ。気にされないでください。博士には私のことを何でも知っていただきたいですから!」


 私も父を亡くしたので、家族がいないという事実を突きつけられることの辛さはある程度理解できているつもりだ。シャーロットはそれに耐えているのだろう。


「次は書斎に案内しますね」


 シャーロットはそう言って次の部屋に進む。廊下は主人がいない間も掃除され、清潔に保たれているのが分かった。


 この屋敷の使用人に不幸が続いた時期を考えれば、使用人が今でも侯爵家に忠実に仕えているのは奇跡だと言えるのかもしれない。


「ここが書斎です」


 そう言って開かれた先には嗅ぎなれた本の臭いが濃くしていた。


「凄い蔵書だ。ここまでとは……」


 私の家も膨大な数の本に占領されていると思っていたが、この書斎にはさらなる数の本が支配していた。書斎と言うより図書館に近いものであり、ずらりと並んだ本棚には分類が記されており、びっしりと本が並んでいる。


「ふむ。かなり古い本もあるね。これだけの本を揃えるのは容易なことではなかったはずだが、何か目的があったのだろうか?」


「お父様はコールチェスター大学で教授職にありましたので」


「なるほど」


 クルザゼスの調査報告はでたらめではなかったようだ。シャーロットの父エヴァレットは大学で勤務し、研究を行っていた。だから、これだけの蔵書があったのだろう。


 私は本棚に並ぶ本の傾向を調べ、それによって亡きエヴァレットが大学で何を研究していたかを把握しようとした。


「『魂について、神学と現実のはざまで』か。これは科学的な魂について論じた名著だね。君のお父様は魂について興味があったのだろうか?」


「それがよく分からないのです。当時のわたくしは子供で、お父様の研究はとても難しそうでしたから……」


「そうか」


 だが、魂に関する本が多い。このアヴァロニアでは珍しいことに東方の異教における魂について論じた本もある。よほどの興味がなければこれだけの本を揃えようとは思わなかっただろう。


「ああ。でも、この本は覚えていますわ。お父様がよく読んでくださいましたの」


 そう言ってシャーロットが手にするのは、一冊の絵本であった。


「ふむ? 『聖女デボラと七つの冒険』と。私は読んだことはないな。一体どんな本なのだろうか?」


「デボラという少女が神様から与えられた七つの試練を通じて、皆に愛される聖女となる話ですよ。私はこの本が大好きで、寝る前にお父様が読んでくれるのがとても楽しみでした……」


 そう言ってシャーロットはぱらぱらと絵本のページをめくる。


「では、次に行きましょう!」


 それからシャーロットは私に屋敷の中をあれこれと案内してくれた。


 だが、どこからも悪魔や呪いに関する気配を感じることはできなかった。やはり原因は屋敷にあるのではないということで、ほとんど間違いなさそうだ。


 シャーロットの両親、使用人、そしてシャーロット自身。起きた事件を時系列順に並べて、シャーロットの母グレイスの死からベルグリオスが起こした呪いまで共通している事項は現段階ではひとつしかない。


 シャーロットだ。


「これが私の生まれ育った屋敷です、博士」


「君のことがよく知れたよ。ありがとう」


 まだ決めつけるには早い。もっと確かな証拠は必要だ。少なくともシャーロットの両親の死が自然死か、そうでないかが分からなければ、これが事件だということはできないだろう。


「シャーロット。よければ君のご両親の墓に花を添えさせてくれないか?」


「構いませんよ。両親の墓は教会の方にあります。すぐに行きますか?」


「ああ。そうしたい」


「では、準備しますね」


 シャーロットは使用人に車を準備させ、私とエントランスで待った。


「……ここにいると昔のことをどうしても思い出してしまいます」


「両親のことか」


「はい。皆が笑い合って暮らしていたときのことですわ。父が亡くなってから3年も過ぎたのに、それは昨日のことのように思えてしまいます。お父様もお母様も実はまだ生きているのではないかと思うほどに」


「気持ちは分かる。私も父を亡くしてから、それを受け入れるまで長い時間がかかった。だが、傷がいずれ癒えるものだ。私も君の力になれるならば、喜んでそうしよう」


 私はそう言ってシャーロットの小さな手に自分の手を重ねた。シャーロットの手は温かく、その体温の高さはまだ子供であると感じさせた。


「博士……。ありがとうございます。博士がいてくださって私は幸せ者です」


 シャーロットはいつもの元気さは少なく、だが確かに微笑んで見せた。


「幸せ者は私の方さ」


 私もその笑みに笑顔を返した。


……………………

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