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『魔術というのは、魔力を操作して自身の望む現象を生じさせる技術です。その手順は、魔力の感覚、操作、変換の3つに分けられます。魔力はどこにでもあり、誰もが感じ取っているはずのものですが、魔力を魔力と最初から認識できる人は稀です。光は目で、音は耳で、香りは鼻で感じ取りますね。対して、魔力を感じ取るのは意識です。そして、魔力を操るのもまた、意識です。ですから、まずはこれが魔力か、と認識する訓練から始めましょう』
初っ端から驚きだった。意識で感じるとは、どういうことか。宮下の考えでは、意識とは結果であって原因ではない。脳神経の活動が先にあり、その神経活動によって何かを認識したり選択したりできなかったりする。この結果が、自ずから意識という形で観測されているに過ぎない、と思う。しかし、ユミルは意識が魔力を感じるという。ならば意識というものに何らかの実体があることになる。魔力なるものと相互作用する何かだ。それは、宮下にも備わっているのか?意識の在り方は、地球とこの暫定異世界で同じだろうか?
(うわ、ちょっと違う意味で面白くなってきた)
かくなる上は、早いところ魔力認識の訓練に入りたい。しかし、どうしたら魔力を認識できる?
『魔力を認識するには、高密度の魔力に触れることが近道です。魔力を高めたり低下させたりを繰り返しますから、意識が感じるものの変化に注意して下さい』
『……あ……これ、か?』
言葉に例え難い、不思議な感覚がある。初めて感じるようでいて、いつも感じていたような気もする。
『感じるものがあったようですね。では、今その感覚は強いですか?』
『強いです』
『…では今は?』
『弱くなりました』
『…今度はどうでしょう?』
『弱いままです』
『そうですね。はい、それが魔力です』
魔力を感じられた…!
(俺の意識にも実体があるってことか!何てこった!)
これは大発見だ。宮下の常識が打ち破られたと言っても言い過ぎではない。昨日から破られっぱなしな気もするが。ともかく、地球で意識というものの実体を捉えた人物はいなかっただろう。魔力というものを通して、意識というものの本質に迫れるかもしれない。これはすごい!
いや、まだ決めつけるには早い。意識が感じているとは、ユミルが、あるいはこの世界の人間が、そう考えているだけだ。本当は、意識とは異なる感覚器官があるのかもしれない。けれど、いずれにせよ、これは地球人がこれまで発見できなかった魔力感覚器官だ。
(何でこれまで地球で発見されなかったんだ?……もしかして……んー……。あー、やべ、たのしー!)
興味を引かれるものについて問いを立て、悩み考えるのは楽しい。必要な知識を学んで答えが見つかるともっと楽しいのだが、それにはまだ下地が足りな過ぎるだろう。色々と教わって行きたい。
『では、次に魔力の操作を…と行きたいところですが、これはまだ難しいでしょう。魔力の感覚を高めるのが先です。目の前の空間を眺めて、どこにどれだけの魔力があるか、なるべく微細な違いまで感じ取れるようになりましょう。それができたら、適当な1か所の魔力に集中して、魔力を捕まえて動かすようなイメージをします。慣れてくれば、そこまで集中しなくても操作できるようになるのですが、最初はこのやり方が分かりやすいと思います。それに、感覚が精密である程、操作の精度も上がりますので』
『分かりました。やってみます』
『では、先程と同じように魔力密度を操作しますが、今度はミヤシタさんの1m前くらいを操作します。行きますよ』
『はい。……あ、何か変わってるの、分かります』
『いいですね。では、色々と操作して行きますので、魔力の濃い方を向いてみて下さい』
そうして、魔力感覚の訓練をすることしばし。
『はい、今日はここまでにしましょう。少し弱めの変化も分かるようになって来ましたね。いい調子です。明日からも、しばらくは毎日この訓練を続けて行きましょう。ある程度小さな魔力変化や遠くの魔力を感覚できるようになったら、魔力操作の訓練に入ります』
魔力操作の訓練は、10日が経過した頃から始まった。その頃には、宮下は自分から十数m離れた位置の魔力を感じ取れるようになっていたし、魔力の感じからユミルがいる位置、木々や物の場所も分かるようになっていた。
(成程、これが気配ってやつか)
気配が濃いとか薄いとか言うが、面白いことに、人を含めて物質中の魔力は空気中よりも薄かった。魔力が薄ければ薄いほど、そこに何かがいると感じ取れる。物質が存在するというのは、魔力が物質という形に変換されたと解釈できるから、その分魔力が減っているのだろう。
『魔力操作のイメージは、以前にも説明しましたね。魔力を掴んで動かすようなつもりで魔力に集中して下さい』
やってみる。が、動いた気がしない。
『魔力操作はーー次の魔力変換も含めてーー感覚を掴むのが難しいです。少しずつイメージを変えて、試してみて下さい。私は、魔力を掴む感じというのが近いですが、例えば、押す感じとか、逆に引っ張る感じとか、そんなイメージでも良いかもしれません』
『はい。…………』「ダメだ、動かん!」
結局、魔力を多少なりと操作できるようになるまで、数時間を要した。
『これで、魔力感覚と魔力操作ができるようになりましたが、これらは訓練すればするほど上手くなって行きますから、毎日の訓練を続けましょう。魔力感覚は、より遠くの、より微弱な魔力を感じ取る訓練。魔力操作はより多くの魔力を、より精密に操る訓練です。次の魔力変換は、魔力操作の延長です。魔力が別の形に変化するように操作するのです。魔力操作に一定以上習熟しないとできません。それに、魔術というのは、必ずしも魔力の変換を必要としません。魔力に強い濃淡があれば、物に力を作用させますから、それでもう魔術として成立していると言えます。ですから、しばらくは魔力感覚と魔力操作を頑張りましょう』
『はい、分かりました』
『ところで、これは余談になりますが…。私は意識で動かすこのものを指して魔力と呼んでいますが、魔力を操作する能力を魔力と呼ぶ人もいる、ということを覚えておいて下さい。そういう人達は、私が魔力と呼んでいるものを魔素と呼びます。魔術の素というわけですね。ですが、魔力、あるいは魔素は、物を動かす力や熱など、別の力に変わる性質を持っています。ですので、私はこちらを魔力と呼んでいるのです』
その日の魔術の授業は、そんな話で終わった。