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 これから何をすべきか、考えているうちに寝ていたらしい。目を覚ますと、パンの焼ける香りがした。

『おはようございます』

『おはようございます。丁度良いところに』

 食卓に並んだのは、全粒粉の丸パン、ジャム、燻製肉、酢漬けの野菜。全体に保存食が多いのは、住んでいる場所故か、それとも保存や輸送の技術が未発達なのか。

 パンは、食べ慣れた強力粉と薄力粉のパンとは違う味わいがある、気がする。舌の肥えていない宮下には、何が違うとまで指摘できないが、全粒粉の割にもっちりとしているだろうか。全粒粉のパンなど食べたことがないので、そういうものかもしれないが。そういえば、昨晩は穀物がなかった。主食に相当するものは、芋だったように思う。麦に芋。カロリー事情は充実している。米もあるだろうか。あとは、重要作物で言えばトウモロコシか。トウモロコシは、栽培化前はどんなに育ってもヤングコーン程度の実しかつけなかったと聞く。もし、食べ慣れたトウモロコシが存在すれば、ここが地球の可能性が高いと言えるだろうか。

(いや、結局、決め手に欠けるんだよな)

 やはり、昨晩考えた通り、あまり悩んでも仕方がない。うん、ここは異世界。

『日々の恵みに感謝を。いただきます』

『いただきます』

 こういう辺り、育ちの良さが伺える。言葉だけでなく、所作の優雅さであったり、姿勢を崩さないことも含めて。ユミルは何者だろうか。この国に貴族制度があるかは分からないが、何らか上流階級の出身ではあるだろう。それが何故、こんなところに住んでいるのか。

(ホント、分からないことだらけだな)

 たった1日足らずで、一体いくつ分からないことが出て来たのか。とにかく、情報を得ることだ。幸い、目の前に協力的な人物がいるのだから、色々と訊いていけばいい。

『ユミルさん……ユミルさん?』

 頭の中で呼び掛けるが、返答がない。

「ユミルさん?」

 声に出したところで、気づいたらしい。

『はい、何でしょう?ひょっとして、呼ばれていましたか?すみません、ずっと思考を覗くのは趣味が悪いですから、必要な時だけにしようと思いまして』

 言われてみれば、その通りだ。

『それは助かります。それで、訊きたいことがたくさんあるんですが』

『はい。もちろん、私の知る限りのことはお答えします。私も、何から説明するのがいいか、考えていました。けれども、ミヤシタさんが何を知りたいかが大事ですから、質問に答える形で良いでしょうか。朝食を片付けてから、ゆっくりお話ししましょう』

『あ…はい、お願いします』


 朝食後、ユミルはまたお茶を用意してくれた。昨日は優しく甘い香りだったが、今日は柑橘系のすっきりした香りだ。一口含み、宮下から切り出す。

『あの…聞きたいことは沢山あるんですが、多分、まずは俺の知っている世界を話した方がいいと思います』

 太陽と呼ぶ恒星を巡る3番目の惑星、地球の日本で生まれ育ったこと。魔術の存在は知られておらず、数学をベースに現象をモデル化する科学と、科学を生活上の課題に応用する技術によって生活が支えられていたこと。政権を国民全員で選ぶ民主制が採用されていたこと。

 興味深げに聞いていたユミルだったが、一番食いついて来たのは、宇宙の成り立ちや科学技術についてだった。どうやら理系な人種らしい。宮下も理系だから、ちょっと嬉しくなった。

 それにしても、案の定というか何というか、科学技術は未発達らしい。テンプレである。魔術で色々できてしまうから、科学へのモチベーションが低いのだろうか。まずはその辺りを探ってみたい。

『ユミルさんは魔術に相当詳しいと思いますけど、魔術というのは、誰でも使えるものですか?』

『はい、多少の訓練は必要になりますが、誰でも使えますよ』

 曰く、ユミルは魔術の研究をしているとのことだから、魔術に精通していると言って良いだろう。侯爵家の4男に生まれたユミルは、家を継ぐ必要も政略結婚の必要もなく、自身の興味に邁進したらしい。

(やっぱりあるのか貴族制)

 魔術は貴族のものとされている。貴族は多かれ少なかれ魔術を学び、何らかの魔術を行使できる者が多い(中でも魔術を専門的に学び、一定以上の実力を持つ者を魔術師と呼ぶそうだ)が、非貴族階級には魔術は浸透していないそうだ。

『それ故に、貴族にはそうした方達を蔑視する風潮があります。というよりも、貴族の特権を守るため流出を恐れている、というのが正しいでしょうか。けれど、彼らは単に教育を受けられないだけで、魔術は誰にでも扱えるはずなのです』

(理性的な人だな…)

 多数派の意見に流されず、真実を見据えようとしている。人の思想が全く独自に形成されることなどあり得ない。幼い頃から周囲の知識や思想に触れ、それらに共感や反発をすることで、思想を形成して行く。自身を取り巻く環境の常識が、自身の常識になるのが普通だ。この世界は教育機会が均等でないようだし、貴族階級と非貴族階級の間には、恐らく生活レベルに大きな差があるだろう。貴族には、それを正当化する方便が必要だ。ユミルが語ったように、差別意識も横行するだろう。そんな中で、優劣などないという信念に至ることは、簡単ではない。もしや、ユミルがこんなところに住んでいるのは、その辺りが関係していないだろうか。

ともあれ。魔術である。使えるものなら使ってみたい。暫定異世界人にも使えるだろうか。

『あの…俺に魔術の使い方を教えてもらえないですか?』

『いいですよ。それに、もし良ければ言葉もお教えしましょう。申し訳ありませんが、ミヤシタさんをニホンにお帰しする方法は、すぐには見つからないと思います。テレパシーは私が実現した魔術なのですが、他の魔術師には扱えませんでした。私以外の人と話すには、言葉を覚えないといけません。代わりに、と言っては何ですが、科学を私に教えて頂けませんか』

『あ、ありがとうございます!言葉もぜひ、お願いします!科学は…どれだけ教えられるか、自信ないですけど、俺に分かる範囲で良ければ、教えます』

 授業は、早速この日から始めることに決まった。

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