走れ負け組
是枝がその話を聞いたのは、週明けの朝礼でのことだった。
総務課の主任が、なんの前触れもなくこう宣言した。
「あーーあーーー。来週金曜、社内運動会だからな。全員参加で頼むぞ。」
社員一同 (は!?)
その瞬間、周囲から一斉にため息が漏れる。机の下で頭を抱える同僚や、小声で「またかよ」と愚痴をこぼす社員たち。
是枝も思わず内心で毒づいた。
「いやいや、体育祭なんて学生時代で卒業したイベントだろ。大人が全力でやるとか地獄か?」
だが、そんな空気を一切読まずに手を挙げたのが、入社半年の新人・前宮遥かだった。ロードバイクが趣味の彼女は、元気いっぱいの声でこう叫ぶ。
「運動会、いいですね!楽しみです!」
フロア全体が凍りつく。
社員一同(はぁ↓)
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運動会の詳細がメールで送られてきたのは、その日の昼休みだった。
「全社員参加の障害物競争」「綱引き」「リレー」など、学生時代を彷彿とさせるメニューがずらりと並んでいる。
さらに、チームごとに競い合う形式で、総務課も例外なく参加を求められていた。
是枝のチームメンバーは主任、前宮、そして経理課から駆り出された内山さん。内山さんは丸々とした体型で、運動よりも居酒屋のメニュー表が似合う中年男性だ。
主任は皮肉を込めてこう言った。
「チーム名は『走れ負け組』で決定だな。」
前宮が不満げに抗議する。
「そんな消極的な名前じゃダメです!私たち、意外とやれるかもしれませんよ!」
その発言を聞いて、是枝は思った。
(お前、本当にポジティブすぎるだろ…。いや、むしろ何を根拠にやれると思ってるんだ?)
運動会まで1週間。前宮の熱意に押され、形だけの練習が始まった。
「是枝先輩、これ使って筋トレしてください!」と前宮かが渡してきたのは、なぜかバランスボールだった。
是枝はバランスボールを見つめながら呟く。
「これ、椅子だと思って座ったら絶対転がって死ぬやつだよな?」
「死ぬは大げさですよ。」
前宮が笑っていった。
一方、内山さんは縄を手にして綱引きの練習を始めたが、すぐに手を痛めて呻き声を上げる。
「俺、やっぱり体力落ちてるかもな…」
前宮が励ます。
「内山さん、ここで諦めたらダメです!私たちが変えなければ、誰がやるんですか?」
一同(何を変えるんだ?)
その情熱に押されて是枝たちは渋々練習を続けたが、成果が出る気配は一切なかった。
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ついに運動会の当日がやってきた。快晴の空の下、参加者全員が社長のスピーチを無表情で聞き流す。
最初の種目、綱引きでは内山さんの体重を武器に善戦するも敗北。リレーでは是枝の遅さが致命的となり、遥に「是枝先輩、遅すぎます!」と本気で怒られる始末だった。
しかし、全社員参加の障害物競争が始まると、流れが変わった。
障害物競争のコースは地獄そのものだった。平均台を渡り、ネットを潜り、謎の巨大バルーンを超えるという過酷な内容だ。是枝はコースの途中で完全に息切れしていた。
「無理、俺、ここで終わるわ…」
だが、そのとき前宮が颯爽と追い抜いていく。
「是枝先輩、あとは任せてください!」
彼女はロードバイク仕込みの俊敏な動きで次々と障害をクリアし、最終的には大逆転でゴールインした。
結果、チーム「走れ負け組」は奇跡の準優勝を果たしたのだった。
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運動会後の打ち上げで、主任がビール片手に言った。
「来年も頼むぞ。」
是枝は即座に反論する。
「いや、来年は絶対やらないですから!」
前宮がニコニコしながらこう言った。
「でも、楽しかったですよね!これが私の使命だと思うのよ!」
是枝はビールを一口飲み、心の中で呟いた。
(使命ってなんだよ。)
「センパーイ何、黄昏れてるんですかぁ~~~~」
「な!?もう酔ってんのかよ!絡んでくるな!!」
「センパーイ。何、照れてんですか~……」
前宮の顔が青くなった。
「前宮?まさかのお約束はやめてくれ…」
おえぇぇぇぇぇ
前宮が勢いよく、マーライオンになった。
「ぎゃあああああああああ」
是枝の叫びが響き渡った。