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実験的属性1:ペット

「男前」で勝負しない。

 この条件は、とりあえず俺のプレッシャーを大きく軽減してくれた。は〜〜、いい男ぶらなくていいって楽チン〜。


 いや、そうじゃなくって。

 ならば、どういうタイプの属性で攻めるか。

 んーーー。


 ……実は、自分で言うのもなんだが、俺は顔だけは結構可愛い。

 色素薄めの肌に、くるっと愛嬌ある感じの茶系の瞳。髪も栗色で柔らかサラサラタイプだ。

 これまでは適当に聞き流していたが、「篠田くんって、よく見ると顔だけは結構可愛いよね〜」は、昔から言われ慣れた言葉なのだ。ほぼ褒められてないし、目下のところ全く有効利用できていないけれど。

 この僅かな長所を、なんとか戦略に活かせないか。



「……おお、そうだ!!」

 俺は、6月の蒸し暑い土曜の午後いっぱいうんうん唸っていた顔を上げ、ポンと膝を打った。

「属性:ペット」ってのは、どうだ?


 大抵の女子は、可愛い犬や猫が好きだ。どっちも嫌い!と言うのはあんまり聞いたことがない。

 早速洗面所へ走り、鏡を覗き込む。



 んーーー。この顔、この全体的雰囲気は……

 猫ってより、犬だな。

 血統は……芝犬とか?

 ……いや。そういう正統な血筋はちゃんと引いてない犬だなコレ。

 血統が良い、ってわけじゃないが、人懐こく愛嬌のある平凡な雑種……ってところか。

 ふん、血統がなんだ。手のひらサイズのハムスターがこれほど愛される理由はなんだ? 血統じゃなく、そのたまらない愛くるしさだろう。

 そう、ペットに大事なのは血統じゃない。愛嬌だ!!

 俺はマイナス方向へ走りそうになる思考を振り払い、必死にそう自分に言い聞かせた。


「さあ俺、戦闘開始だ。これから毎晩、愛される笑顔と愛される仕草、愛される尻尾フリフリの特訓だ!!」


 その日から、俺は小宮山係長に愛されるペット像を一心に自分自身の脳に刷り込んだ。





✳︎





 そんな特訓を開始し、約一週間後。

 自分自身の行動に、その効果が現れ始めた。


「小宮山係長、先ほど依頼された仕事、終わりました!」


 有能な係長のところへは、仕事が次々にやってくる。面倒な案件と電話が運悪くバッティングし、あたふたと焦る小宮山係長の様子に気づいた俺は、即座に彼女の元へ馳せ参じたのだ。

「篠田くん、ありがとう。さっきは私も手一杯だったから、手伝ってもらって本当に助かった」

 俺の言葉に、小宮山係長は眩しい微笑みを向けてくれる。


 ああ……かっこいい。

 ふわり、というより、きりっと引き締まった笑顔。あ〜〜、そういうとこもめっちゃキュンキュンする。なんて男前な女神だ……。


「あのっ、他にできることないですか? なんでも言ってくださいっ!!」

 彼女の輝く微笑に誘われ、そんな言葉が口をついて出た。

 今こそ特訓の成果を発揮する絶好のチャンスだ。

 鏡の前で訓練した人懐こいスマイルが、自然と口元に漂う。愛するご主人様の前にお利口におすわりし、嬉しそうに尻尾をフリフリさせる従順なワンコ。その愛くるしさを、ここぞとばかりに全身で表現する。

 おお、なかなかいいぞ俺!! さあどうだ、かわいいだろ小宮山麗奈!!



「…………篠田くん。

 気持ちは嬉しいわ、とても。

 それに、可愛い動物は私も好きだけど……あいにくペットを自分の部下にする気はないの。

 おすわりして指示を待つんじゃなく、自分で考えて動いてもらえると嬉しいんだけど?」


 小宮山係長は、ちょっと困惑したような微笑みを俺に向けながら、さらりとそう呟いた。


「はいっありがとうございますっ!!

 …………ん??」


 ビシッと一礼して自席へ戻りつつ、俺は首をかしげる。



 ……待てよ。

 今の彼女の言葉、冷静に要約すれば……

 つまり、ぶっちゃけ一蹴されたってことかペット属性……そうだよな!!?


 数秒遅れて、深い絶望感がやってくる。


 ————あああ。チャレンジ第一弾、呆気なく玉砕だ。



「……くううう〜〜〜!!!」

 激しい恥ずかしさと悔しさに、俺は自分のデスクに突っ伏してガシガシと頭をかきむしった。これじゃ完璧なバカワンコじゃん!!


 そんな俺の向かいから、クスクスと小さな笑い声が降ってくる。

 がっと顔を上げると、向かいのデスクでイケメンが拳で口を押さえ、俺の様子を見ながらさもおかしそうに肩を震わせている。

 俺は、その憎らしい微笑をきっと睨んだ。


「————何がおかしいんですか、五十嵐さん」

「え……だって篠田くん、今の……ウケ狙ったんだろ?」

「違いますっっっ!!!」


 ほんっとこの人、俺の一番嫌いなタイプ。頭脳明晰でクールで美形な「誰が見てもいい男」。しかも、華奢なフレームのシンプルなメガネが端正な顔立ちによく似合い、何とも色っぽい。

 そんな彼を遠巻きに見つめつつ社内の女子軍がハートを撒き散らしているというのに、それを知ってか知らずか、この人は飛び交うハートマークを完全スルーなのである。くそっ、モテる男はこれだから。


「……ってか……もしかして君って、小宮山狙い?」

 彼は、からかうような微笑を少し引っ込めながら興味津々な目で俺を覗き込み、そう囁く。

 恥ずかしさに赤くなっていた顔に、ますますカッと血がのぼる。


「——やめてください、そういうの口に出すの」

「ああ、これは悪かった。……でも、否定しないってことは……へえ〜、そうなのか〜」

「……今更否定しても、かっこ悪いの上塗りするだけですし」

 俺は頬の熱さをぬぐいきれないまま、俯いてそう呟いた。


 そんな俺の様子に、五十嵐さんは少し改まるように、小さく囁く。

「恥ずかしくもないし、かっこ悪くもないだろ、少しも。

 小宮山はさ、俺と同期なんだ。

 入社当初から才色兼備って有名でな。女だてらに営業でがっちり仕事こなして、言うなれば異例のスピード昇進でここまで来た。俺みたいな仕事ほどほど主義とは志向が全く合わない。

 まあ、半端じゃない能力と根性の持ち主であることは間違いないんだけどね……」


「…………」


 彼女の話に猛烈に食いついている俺の気配を感じ、五十嵐さんはクスッと微笑んだ。

「……まあ、ここで色々話すのもアレだし。

今夜、どっか飲みにでも行く?」


「はい。ぜひお願いします」


 気づけば、俺は五十嵐さんの誘いに即答していた。



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