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第53話 人の変化


「あなたが誰かを傷付けようとは思っていないことくらい、見ていれば判る。あなたも傷付けられて来た側の人間だ」


「……」


 人間だ、とビルは強調するように言った。さっき施設でマックスが謝罪した時も、人間だから平等に扱えないことはあると答えていた。私にはそれがビルの優しさに感じられたのだ。およそ人として扱われなかった子どもを集めたこの場所で、この場所出身のマックスやテレーズにもその言葉は響いたと思うから。そしてそれは、私にも。


 私を“ジゼル奥様”と呼んでくれるようになった皆。呼ばれる時は温かい言葉や想いと一緒だから、私は何だかくすぐったかった。優しくて、温かい。ソルシエールの娘としてではなく、“私”を見てくれる。皆の優しさのおかげで私は今こうしているのだろう。


 それが嬉しいというのだと気づいて、心が震えた。もっと嬉しくなったのだ。何となく彼らとの距離が近くなったように思った。それでもそれは、此処でだけのことだと私は知っているから。立場もあることを理解しているから。


「……ソルシエールは多くの人を傷付けて来たわ」


 だから目を伏せて静かに返す。舞い上がってはいけない。外での私は魔女と呼ばれ蔑まれるのだということを、忘れてはいけないと戒めながら。


「過去の大戦でだろう」


 ビルの答えは簡潔だった。そんなものはこの伯爵家も同じだと。


「虐げられた人が憤るのは解る。責任を求めたい気持ちも解る。だからといってそれを理由に誰かを虐げて良いことにはならない。充分に償いはした。それなのに未だに、その家に生まれただけの人間が傷付くなんて」


「あなたはそんな風に考えるのね」


 ビルが子どもたち以外のことでこんなに話すことに驚いて、そんな風に考えていると知れたことが何だかくすぐったくて、他に何と言って良いかも判らないから私はそう返す。ビルは一瞬口を噤んだけれど、また薄く開いた。


「先代の伯爵は、罪滅ぼしと考えていたようだ。人として扱われない子どもを保護し、助けることを。そうすることで彼の無意識下に植えられた罪の呵責は弱まったんだろう」


 此処の使用人は若い人が多い。誰も彼も地下出身だと言うから、もしかしたらビルもそうなのかもしれない。其処に触れる恐ろしさを知っているから尋ねたりはしないけれど。


「マックスも、イヴォンヌも、トマも、テレーズも、此処へ来て助かったって言っているのを聞いたわ。だから貰ったものを今度は返すんだって。先代の伯爵が行ったことで救けられたと思う人がいる。罪滅ぼしがきっかけとしても、それで笑顔があるなら素晴らしいことだわ」


「あぁ、あなたの“聞く力”とやらか」


 マックスがそう表現していたけれど私にはよく判らない。何と返そうかと考えているうちに、そうか、とビルは独り言のように零し、頬を緩めた、ような声に聞こえた。


「……これは詮索とは違うのだけど、伯爵はどうして私を結婚相手に選んだのか、ビル、聞いてる?」


「……」


 ビルは答えない。訊かなければ良かっただろうか、と思いつつも口に出した言葉は戻らない。


「私なりに考えていた理由はあるけど、でも今の話を聞いたらもしかしてって思ったの。もしかしてヴリュメール伯爵は私のことも子どもたちのように、思ってくれたのかしら。人として扱われないと思って、保護、してくれたのかしら」


 傷付けられて来た側の人間だ、とビルが言ったこと。ヴリュメール伯爵家がもう充分に償ったと思っていること。それはソルシエールも同じだと受け取れるような発言があったこと。ビルだけの考えかもしれないけれど、伯爵から聞いたことかもしれない。


 憐れみでも良い。情けをかけられたのでも良い。魔女の万能薬を求められていたとするより、ずっと、そっちの方が。


「此処へ来て色々なことを学んだわ。優しくしてもらうことを知った。向けられる笑顔が嬉しいものだって、このくすぐったさが嬉しいって呼ぶものだって、実感した。今まで家の中にしかないと思っていたの。両親以外には向けられるはずもなくて、貰えるはずもないって思ってた。でも、違うのね。色々な優しさがあって、嬉しいにも沢山あるんだわ」


 知らなかったことが沢山あって、知ることは楽しいだけではなくて。ジゼルお姉さんもマックスの患者みたい、とフラヴィが言ったのは間違えていない。子どもたちが知るように私もきっと、此処で多くのことを知ったから。


「たった二ヶ月と少しだけど、此処に来て私きっと、変わった。両親が見たら驚くと思うの。まだまだ教えてもらうことは沢山あるけど、私も此処で、皆みたいに役に立てると嬉しい」


 皆と同じように、人として。人として求められること、出来ること、それらに応えていって。皆と一緒に笑えたら。


 マックスが教えてくれた、笑うこと。それを思い出して私はまた頬を意識して上げる。勇気を振り絞ってはったりを効かせるための笑顔ではなくて、喜びが伝わるように。心配してくれる人に、大丈夫だと伝わるように。


「私も此処に来て良かったって、そう思ってるのよ」


 ビルが微かに息を呑む音がしたような気がした。



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